第3話『森の民クヌンポヌン』
シシンシャの街から離れた森林地帯。
そこは、近代的な発展を遂げたシシンシャの街の、過去の姿を表すかのように、鬱蒼と草木を生い茂らせ、入る者の方向感覚を惑わせるような霧がかかっていた。
そして、その近くには遥か昔から生えている巨木が存在していて、巨木の名称は『森の魔窟』とされている。
駆け出し冒険者が訪れるには、もってこいの低級魔窟に分類されており、霧がかかった森を抜けて、入る者たちで賑わっていた。
「今日も見慣れた人たちばかりだな」
入口を見渡せる場所に立つ少年は、ぼそりとそう言って、タオルで額の汗を拭う。
シシンシャの街は駆け出し冒険者の街と名称されていて、多くの冒険者がシシンシャの街に滞在する事が多く。
シシンシャの街が近代的な発展を遂げたのも、お金を落とす人口が多いからだ。
「魔窟に潜れるぐらいには強くなれたのかな。師匠やアリシアに、劣らない程度にはなっていて欲しいんだけれど」
期待を寄せた独り言を吐き、体つきを確認するように肢体を眺めた。
以前はもやしのように細かったのが、筋肉で膨らみを持ち、触ってみると、柔らかくそれでいてしっかりとした肌触りだった。
真剣をちゃんと振るえるようになれたのも、最近の事である。
ここまで鍛えられた事は、自信になるはずなのだが、比べる対象があまりにも大きすぎて、自信を無くしてしまう。
「ネガティブになってても仕方ないや。残りの課題を終わらせなくっちゃ」
魔窟に入る人たちを横目に、獣道を走っていき、アレクは森の奥へと向かうのであった。
森の奥、霧がかる森を抜けたその先は、さらに草木が生い茂っているわけではなく、枝先や葉先が、肌を切らないように剪定されていた。
剪定と言っても、シシンシャの街の人や冒険者がやっているわけではない。
「今日もありがとう。草木を気にせずに修行が出来るよ」
アレクが感謝の言葉を漏らし、広場の真ん中に立つと、どこからともなく矢が飛んできた。
一息を吐き、それを叩き切る。
背後からの攻撃だったが、難なくそれをいなし、アレクは神経を尖らせる。
森の茂みの中から、手頃なサイズの丸太が飛んでくると、それも叩き切り伏せ、合間合間に飛んでくる矢を避ける行動を踏まえながら、動きを鋭敏にしていく。
大胆でかつ最小限に。
師匠から教わった動きの一つだ。
矢も丸太も、毬栗も、今日の量はいささか、人間が処理出来る範疇を、超えているような気もする。
毬栗に関しては、針の部分だけを取り除いて無害化しなくてはいけない。
細かい作業と大まかな作業の連続。
師匠がある者に頼んだ修行課題の一つだ。
唐突に目覚まし時計のようなベルの音が鳴り響き、全ての攻撃をいなしきると、攻撃が止む。
攻撃が止んだ後に現れたのは、小柄な子供。
ではなく、この森に住むクヌンポヌンだった。
「きょーで、さんじゅーにち。かだい、くりあ、できた?」
「ある程度は出来るようにはなったかな。師匠はもっと上手くやっていたし、まだまだ」
「アレク、はーどるたかすぎ」
クヌンポヌンは舌足らずな話し方をしているが、この子はまだ上手な方だ。
他の子に至っては単語でしか話せず、会話がままならない。
クヌンポヌン自体は人間に近いような姿をしていて、頭に花が咲いている。
人のように目もあるし耳もある。
髪の毛に見えるように生えている草で光合成をして、栄養を摂ることは普通の草花と変わりない。
ただ、魔族の分類には入らない。
彼らはこう見えて、妖精なのだ。
「アレク、つぎのかだい、する?」
「そうだね、ちゃちゃっとすませようか」
薪割り、伐採、滝行に。
筋トレ、ランニング、真剣での素振りが終われば、適宜食事。
食事が済めば、また薪割り、伐採、それと真剣での素振り。
そして、
「この巨木を切る課題が最後になったか」
目の前にあるのは、歴史を感じさせる巨木だ。
しかし、クヌンポヌンたちは、何かに怯えているのか近づいてはこず、茂みの中から様子を見守っていた。
なぜならば。
「お出ましか」
古びた巨木からぬっと現れたのは、人の形をした魔物だった。
魔物は、木で出来たような体をしていて、目や鼻といった物はないが、こちらに敵意を示しているのはよく分かる。
「オールドトレントの魔法だよね。自己防衛のための」
これは初日にアリシアから教わった話だ。
年齢を重ねると、魔法が使えるようになる魔物もいて、オールドトレントもそれに該当する種族なのだと。
「そこまで高位な魔法じゃないって、アリシアは話してたけれど、厄介なのは厄介だよね」
所詮、魔物は魔物。
そう言って笑い飛ばしていた、アリシアの顔を思い出してアレクはムッとした顔になる。
あの時、魔物だって侮れないでしょ、と言いたかったが、言えなかったからだ。
ジリジリと間合いを詰め始めると、召喚獣は明らかな敵意を示して、トゲを手のひらから発射してきた。
風を切る矢のように早く、クヌンポヌンが投げる丸太のように固い。
それを難なく叩き切り伏せると、召喚獣はトゲの数を増やして発射してきた。
しかし、それすらも叩き切り伏せてしまうアレクに恐れをなしたのか、地面からトゲが生え走り、アレクはそれに気づいて、すんでのところでそれを避ける。
相手を見据えながら着地をしつつ、次の一挙手一投足に細心の注意を払い、間合いを詰める。
召喚獣の動きの予兆は、全て頭の中に入っている。
この間合いを詰めても、あの攻撃がくる、と。
剣が届く範囲までに間合いを詰めるが、召喚獣が割れんばかりの叫び声を上げる。
これは主を守るためのイバラの攻撃の合図だ。
地面からイバラが飛び出すと、しなるイバラが振り払われ、それに勢いよく吹き飛ばされるアレク。
予測はしていたが、音速を超える鞭のようなイバラは避けきれないのだ。
崩された体勢を宙で立て直し、難なく着地するが、着地を狩るようにトゲ攻撃が差し込まれ、アレクはヒヤリとする。
幸い、トゲの切先を切り捨てる事で事なきを得たが、危なかったのには変わりない。
「集中力が落ちてる。しっかりしないと」
自分に言い聞かせるようにして呟き、イバラで守られたオールドトレントを見据えた。
「単なる斬撃じゃ、あの木は切れない。なら、師匠から教わった、あの技を使うしかない」
剣を鞘に納め、腰を深く落とす。
柄には、触れるか触れないかぐらいの位置に手を置き、息を深く吸い込む。
そして、
「絶技……」
鞘から剣先が現れるまでの間、急速的に対象へと接近し、間合いに入った途端に斬り伏せる。
「紫電一閃!」
反応出来ずにいた召喚獣は、切り口から消滅し始めて、オールドトレントは、ミシミシと大きな音を立てて倒れる。
アレクは剣を鞘に納めて一息つく。
「ふぅ、なんとか課題はクリア出来た。これで旅に同行出来るようになれたのかな」
安全になったと分かったクヌンポヌンたちが、アレクの周りに集まりだし、ワイヤワイヤと喜ぶ。
「すご、かった、びゅん、ずばん、て」
「師匠みたいな感じには出来なかったけど、相手は反応出来てなかったし、及第点ぐらいには仕上がってるはずさ」
「アレク、はーどる、ひくすぎ」
「ははは、低いわけじゃないよ」
クヌンポヌンたちをよそに、冒険者カードを懐から取り出すアレク。
それをオールドトレントに掲げると、オールドトレントの真下に魔法陣が現れて、瞬時に消えた。
「いま、のは?」
「冒険者界隈だと、素材を運ぶ手間を軽減するために、冒険者カードに転移魔法が組み込まれているのさ。カードに割り振られた番号で転移先も決まっているから、すぐにお金に変えられるんだって」
「へー」
クヌンポヌンは情報量の多い会話に、生返事で返す傾向がある。
これは、今までで一番興味の無さそうな返答だ。
アレクの持つ冒険者カードの色は、茶色だった。
アレクはアリシアと違って、ウッドランクなのだ。
「と言っても、お金を受け取る場所は決まってるから、そこへ行かないと貰えないんだけどね」
運搬の手間を軽減するのはありがたいのだが、結局のところ、冒険者ギルドにお金が回るような仕組みになっているのだ。
転送費用を手数料と称して、報酬から天引きだ。
「さてと、君たちにまた頼み事だけど、聞いてくれるかな?」
「まち、いきたい、そう、でしょ」
「ありがとう、近くまでで良いからさ」
三十日間の修行の合間に、アレクは森の民クヌンポヌンと仲良くなっていた。
そして、とある異変についても聞いていた。
最近になって、森の魔窟の様子がおかしいのだと。
一体それがなにを意味するのか、今はまだ分からないが、アレクはシシンシャの街にある、宿へと急ぎ向かうのであった。
次回は2月25日の18時に投稿します