第28話『迫る制限時間(タイムリミット) ランサムが仕掛けた罠』
アレク達がランサムと会敵している最中、金山掘りに行かなかったカムイは朝食を終え、その後の足取りは軽く、労働と言う足枷が外れた囚人のようであった。
アリシアはそれに引っ付くようにしてついていき、向かった先はと言うと……。
「あー! また負けたのじゃ!」
「残念、残りのチップはいくらかしら?」
ニューフロンティアの大通りを西に通り越し、道はずれの地下に続く階段を降りて入って行った場所。
男女問わず机に並べられたカードや積まれたチップを使って一喜一憂して、大金を手に入れる夢の過程を楽しむ場所。
言わずもがな、賭博場であった。
むせ返るような煙草の煙が立ち込め、明かりに照らされた机だけがぼうっと浮かび上がり、まるでその机で賭博している人の夢模様を映し出しているように見える。
カムイとアリシアが着いた席は賭博場では奥の方で、多少は煙の少ない場所である。
「どうされますか? まだベット出来るチップは残っていますが」
「ぐぬぬ……、アリシア、魔法でなんとかならんか」
小声で隣に座るアリシアに耳打ちするが、アリシアは白々しい顔をして我関せずの態度をとっていた。
「あんたも知ってるでしょうけど、賭博場は厳重に魔法探知の魔法が掛けられてるわ。魔法全般だから、どんな魔法でも、抜け道は無いのよ」
「じゃが、これに勝たんと残金はゼロじゃぞ」
「いいんじゃない? そのチップで夢見て散って、金山にまた一日篭ればペイ出来るんだから」
「労働は嫌じゃ、なんの見返りもない労働はもっと嫌じゃ」
アリシアは「あっそう」とだけ言ってそっぽを向き、カムイは今一度机に向かい直し、机の向こう側にいるディーラーを睨む。
「そんなに睨まないでくださいな。ここ最近冒険者はよく来ますが、そんな目で睨む人は初めてです」
ディーラーは若い女性で、淡い金色の髪を後ろでまとめて括りポニーテールにしている。
清潔感のある赤と白のコントラストが美しい制服を着こなしており、ディーラーの割には顔立ちは端正であった。
最初は鼻の下を伸ばしていたカムイであったが、賭け事に入った途端、負け続けた事により睨まざる終えなくなったのだ。
「普通は勝たせて気分を良くするのが定石じゃろうに、何故に勝たせんのか」
「私は好きじゃないんです、勝たせるのが」
「ほう、上からよく言われんか? 勝たせないと客は机にすらつかないと」
「言われますね、けど来ますよ。お客様は」
カムイの追求が間違っていると言わんばかりにディーラーは張り付いた笑みで返した。
「貴様が負けるのが見たい物好きか」
「さぁ? 私はただ勝つのが好きなだけです」
「ならばこうしよう、次の賭けでワシはなけなしのチップを全賭けする。もしお主が負けたらそこにあるチップは返してもらおう」
「なるほど、いい提案ですね。けれど私に見返りが無いのは頂けない、貴女にとって何か大きな物を賭けないと」
張り付いた笑みを維持したままディーラーはカムイに賭ける物を要求してきた。
「今は金もないし賭ける物がないな」
「ならこうしましょう。そのお隣にいる可愛いお客様をバニーガールとして働かせるかどうか賭ける。それならちゃんと見返りがあります」
とんでもない賭けの対象にされた事にアリシアはギョッとして目を丸くして、すぐさま隣にいるカムイを睨んだ。
「なんで私を賭けに巻き込んでるのよ」
「ディーラーに言え、勝手に要求してきたのはあっちじゃよ」
「だから何よ。負けなしのディーラー相手に勝てる算段はあるんでしょうね?」
「さぁの、運に身を任せるしかないのう」
「あのねぇ……!」
アリシアはカムイの首根っこを掴み揺さぶるが、カムイがディーラーの方を見たままな事に気づき、首根っこから手を離した。
「勝てる算段があるのね」
「負けた時はワシもバニーガールになって働いてやろう」
「勝てるから言ってるのよね?」
手持ちのチップを全てベットすると、カムイはディーラーにカードを配るように促した。
「勝負は勝負。運に賭けるも良しですが、こちらが有利だと言う事を考えて物を言うべきです」
「ならばカードをシャッフルさせてくれんかの?」
「……いいでしょう、シャッフルしたぐらいで小細工は出来ませんから」
ディーラーは自身でカードをシャッフルしてから、裏向けたままカムイにカードの束を渡した。
カムイはそれを受け取るとシャッフルをしてから、二度指で裏面を叩くと、ディーラーにカードの束を返した。
「何よ今の」
「願掛け」
「願掛けって……」
「運は味方に出来るのじゃよ、アリシア」
二度指でカードの裏面を叩いた事がなんの意味もなかった事にアリシアは呆れる。
一応、この机には他にも客はいた、しかし全く他の客には眼中にないカムイとディーラーの勝負を好奇な目で見守っていた。
「では勝負を始めましょう」
ディーラーは慣れた手つきでカムイを含めた客にもカードを配り、右へ左へカードは配られていく。
他の客は配られてきたカードの役を見てニマニマと笑みを浮かべ、カムイの前に置かれたカードの役を見透かしていた。
「あんた負けたね、一対一ならまだしも、他に客がいる事を考慮してなかった」
「なんじゃ急に」
「いやあ、素人質問で悪かったね」
「冷やかしなら別の所でやれ」
カードは配り切られ、親であるディーラーは五枚のカードの内、二枚を伏せたまま見せ、客達はそれぞれ捨てるカードをディーラーに渡し、新しいカードを入れ替えるように手札に差し込む。
カムイはと言うと、手札を見ることもなく机に置いたままで、交換をする素振りも見せない。
「いいんですか? そのままで」
「ワシの願掛けは絶妙での、手札を見ないことも願掛けになるんじゃよ」
「そうですか」
素っ気ないやり取りにアリシアは怒りを抑える事に必死になる。
カムイはあっけらかんとしたままで、他の客の様子を眺めていた。
他の客はと言うと、ディーラーが公開している三枚から予測して、諦めたのはカムイ以外の全員であった。
置かれたディーラーのカードを見ると、絵柄がバラバラではあるがスートが揃っていて、数字が段々と増えており、一見役が無いように見える。
しかし、これに該当する役が存在する。
「多分ディーラーさんの役はストレートフラッシュだろうと思うぜ」
「俺もそうだと思ってる、勝てる役と言ったら……」
「ロイヤルストレートフラッシュだな」
カムイの前に伏せられた五枚のカードがそれに該当するのかしないのか、期待はされていなかった。
ディーラーが有利であるこのゲームで、ディーラーがわざわざ最強の役を渡すはずがないと理解出来るからだ。
「ロイヤルストレートフラッシュ、いい響きですね。最強の役であると豪語出来る役の名前」
「ロイヤルストレートフラッシュを出さんのは不正を疑われるからであろう? だから出さない。出してもストレートフラッシュまで、貴様らしい役じゃのう」
「短時間の勝負でよくもまぁ抜け抜けと。ならその伏せられた五枚のカードがロイヤルストレートフラッシュだとでも?」
ディーラーは前にあるカードを開示すると、ハートのストレートフラッシュであった。
カムイが勝つにはスペードで統一されたロイヤルストレートフラッシュを出すしかない。
「ならば一枚ずつ見てみるかのう」
ぶっきらぼうに一枚ずつカムイが前に伏せられたカードをめくり始める。
一枚目はスペードの10だった。
「まずは……と言った所でしょうか」
ディーラーの笑みは揺らぐ事なく、カムイのカードのめくる手つきを冷静に眺めていた。
続けて二枚、三枚とめくられると、周りの客たちが慄き始めた。
何故ならば、
「スペードのジャックにクイーンが来たぞ……!? 一体何がどうなってやがる!?」
「ディーラー有利のこのゲームでこんな事があっていいのか!?」
そして四枚目をめくりスペードのキングが出た事により、騒ぎを聞きつけた周りの客が集まり始め、残る一枚に期待が掛かった。
「スペードのエースが出たら大逆転だ! まさか本当に出ちまうのか!?」
賭博場のボルテージが高まり、一番奥の机に人集りが形成される。
カムイは勝負の大一番だと言うのに手は震えておらず、まさに歴戦のギャンブラーに見えた。
「では見せてやろう」
最後のカードがめくられるその時、ディーラーは生唾を飲み込み、目は血走り、開示される瞬間を逃さまいと凝視していた。
アリシアも客も同様に、五枚目のカードが勝負を決する模様を見届けようと必死になる。
そして、開かれた五枚のカードの絵柄は……!
「な、なんだ……これは」
客達は皆唖然としていた。
何故ならば、
「手書きのスペードのエースだとぉ!?」
開かれた五枚のカードは、誰かが適当に描いたようなスペードのエースのように見える絵柄で、賭博場のボルテージが高まりから平坦化した。
「あーワシの願掛けが悪いことしたようじゃのー」
カムイがあからさまな棒読みをして、チップをディーラー側に渡し、席から立ち、集まった客を割って進む。
アリシアは慌ててそれについていくが、勝負の行方はディーラー側の勝利のように見えた。
しかし、
「おい、なんか一枚重なってないか?」
「えっ?」
手書きで描かれたスペードのエースの下に、何か一枚重なっている事に気づいた客が、すかさず取り払うと、みな声が出なくなった。
「お、おい……これって」
「嘘だろ……」
なんとか絞り出した声に、賭博場の客とディーラーの視線が集まったカードは――
「待ってよー!」
賭博場から出てきたカムイは慌ててついていくアリシアをよそに足早に階段を上がり、清々しい朝の陽気に照らされると背を伸ばし、鬱憤を晴らすようにため息をついた。
「あの勝負、イカサマしてたの?」
追いついたアリシアはカムイにそう尋ねると、カムイはニンマリと笑みを浮かべる。
「しておらんぞ。簡単に言えばまじないで、魔法に頼らないやり方じゃな」
「まじないって」
賭博場に続く階段を後にして、カムイはアリシアに説明を始める。
「まず、まじないを掛けたカードを用意する。最後に見せた手書きのスペードのエースじゃな」
「まじないの掛かったって、いつ用意してたのよ」
「いつでも持っておるのじゃ、お守りみたいな物じゃからのう」
カムイの手にはいつのまにかトランプが握られており、一枚だけカードを差し込みシャッフルをする。
「まじないに掛かったディーラーはワシにロイヤルストレートフラッシュの役を渡すように暗示を掛けられ、最後のネタ明かしに手書きのスペードのエースを見せたのじゃよ。その下には本物のスペードのエースがあった訳じゃ」
「じ、じゃあ勝ってたって事……!?」
「勝ちは勝ちじゃが、ただ一つ問題がある」
「あっ……」
問題はどう考えてもあからさまに残る手書きのスペードのエースだった。
「結局イカサマした事になるから負けになるのじゃよ、ワシがエンターテイナーであったがためにのう」
「まじないしなきゃ大金が舞い込んで来たのにね」
「良いじゃろう、あのディーラーの負けるかどうか分からない不安定な表情を見れただけでも十分じゃ」
「あんたも悪趣味ね……」
輝くような笑みをするカムイに呆れた様子を見せるアリシア。
しかしすぐに真面目な顔をすると、目だけを動かして後ろを警戒した。
「ねぇ、なんか付いてきてない?」
「付いてきとるのう、賭博場のスタッフか、それとも……」
カムイは振り返りはしなかったものの、合点がいったのか素っ頓狂な声を上げ、
「ギャングじゃろうなー、きっとお主を攫いにきたのじゃろう」
「そんな事だろうと思った、嫌ね、やり方が」
「ギャングに目をつけられてるからのう、誰かさんのせいで」
大きくもなく小さくもない声を出してカムイは人差し指を立てる。
それに合わせてアリシアも人差し指を立てると、二人は息を合わせて魔法を詠唱したのであった。
二人を追っていた人物――それはギャングではなくアレクであった。
カムイとアリシアをなんとか見つけて追いかけ始めた途端、アリシアが得意とする氷のデコイの魔法とカムイの透明化の魔法を二人が使い始め、まともに追いつく事すらできなかった。
「なんで僕だって分からないんだ……?」
一回ならまだしも、複数回のアタックにも二人は迷わず魔法を使いアレクを撒いた。
明らかに何かがおかしいとアレクは考えたが、冷静になる時間は残っていなかった。
「駄目そうかい? 師匠さんとアリシアちゃんに会うのは」
「はい……二人共何かを避けるようにして魔法を使ってます。僕らが敵対するはずがないのにどうして」
「参ったな、こんなもの付けられてるってのに」
アンセムは首周りを気にするような仕草をすると、アレクも首周りを気にした。
二人の首には鉄のような素材で出来た首輪が巻かれており、遅れてやってきたリリーとローズの首にも同じような物が巻かれている。
「これ、制限時間があるって話だったわよね」
「ああ、アイツの言う通りならそのはずだ。現にアレク君の首輪を見たら時間が表示されてる」
四人の首輪には赤い色で表示された数字が刻一刻と減っていっており、残された時間は十分であった。
「二十分あったのがもう半分だ。早いとこ師匠さんとアリシアちゃんに会わないと爆発しちまう」
「けど、いくら僕が会おうとしても逃げられる一方で……」
「そこなんだよね、あの爆弾魔が何か細工をしたに違いない」
「細工……」
アレクはふと考えた、カムイとアリシアが逃げる理由になる事を。
さっき出てきた場所は賭博場であったが、そこで大ポカをしているのであればアリシアが怒っているはずだ。
けれど、カムイに対してアリシアが怒っている様子はなかった。
「賭博場から誰か追いかけて来てましたか?」
「いや、特には追っ手はなかった。……もしかして賭博場の誰かと勘違いされてるのかい?」
「それだとおかしいんです。会って間もないアンセムさんならまだしも、僕を賭博場の追っ手だと勘違いするはずがない」
なので賭博場云々は関係がないことが分かる。
原因となる二つ目の候補がアレクの頭には思い浮かんでいた。
「アンセムさん、もしかしたら師匠たちは僕らの事をギャングの一員だと勘違いしている可能性があります」
「ギャングの一員か。それなら早いとこ誤解を解かないと」
「違うんです。ただ単に勘違いしているんじゃなくて、勘違いさせられているんですよ」
「まさかこの首輪のせいか……!」
忌々しそうに首輪を外そうとするアンセムだったが、ガッチリとハマった首輪が外れる事なく、アンセムの努力は虚しく散った。
「魔法が得意そうな助っ人を呼んで来てもらうために、トトには別行動させたんですけど、まだかな」
「アレク君、焦るのも無理ないけど、とにかく師匠さんとアリシアちゃんを見失わないようにしよう」
「そうですね、その助っ人に頼めば師匠たちにも気づいてもらえるかもしれませんし」
アレクは「では行きましょう」と言ってアンセムたちを引き連れ、カムイとアリシアを見失わないように追いかけ始めるのであった。
その一方で別行動をしているトトはと言うと。
「にゃーかーらー! ギャングじゃにゃいって言ってるにゃよね?」
「その最近会った獣人みたいな喋り方されてもね。ギャングじゃないって証拠、あるんですか?」
助っ人――ハーフェッドとは会う事が出来ていたが、自分の姿がギャングだと勘違いされている事に腹を立てハーフェッドと口論になっていた。
「にゃんでこのアタイの姿がギャングに見えるのにゃ。獣人の特徴である獣耳がついてるにゃ、ほら」
トトは頭に付いている耳を触って確かめさせようとするが、ハーフェッドは気まずい様子になり、頑なに触ろうとはしなかった。
「いや……強面の男の人の頭を触る趣味は無いですから」
「だからにゃんで――」
続けた言葉が出る前に、トトの自慢の耳に周りの声が聞こえてきた。
「あの子何かしたのかしら、ギャングに迫られてるじゃない」
「冒険者も萎縮しちゃってるな。あんな変な喋り方するギャングには関わりたくないからな」
明らかにおかしいと気づいたトトは首を触るような仕草をして、ハーフェッドに首輪を見せつけた。
「何ですかそれ、悪趣味な首輪ですね。タイマーみたいなのが付いて……」
首輪に気づいたハーフェッドは、何か違和感を感じたのか小声で魔法を詠唱し、目を凝らしてその首輪を覗いた。
すると、
「なんでギャングが自爆する首輪なんて着けてるんですか、家族でも人質に取られて……」
ハーフェッドはペタペタとトトの顔を触り、頭にある耳を触ると確信を持てたのか、手を離しトトに目を合わせた。
「トト! 貴女なのね! なんでこんな紛らわしいことするの!」
「にゃはは、最初からそう言ってるにゃ。アタイがトトにゃって」
「けど魔法を使えたかしら貴女」
「使えにゃいにゃ」
首輪を注視したハーフェッドはふむふむと頷き、タイマーが減っていっている事に気づくと、顔を青ざめさせる。
「まさか爆発まであと五分も無いの!? は、早く外さないと……!」
「待つにゃ、アタイ以外にもこれを付けられた人がいるにゃ。アレクも入ってるにゃ」
「じ、じゃあ早く解きにいかないと!」
「多分アレクたちにも同じ魔法が掛けられてるにゃ。カムイとアリシアなら逃げるにゃろうから、ハーフェッド、あんたが架け橋になって欲しいにゃ」
「わ、分かったわ」
「じゃあ」
トトはハーフェッドをお姫様抱っこして走り出すと、匂いと音を辿りながらカムイとアリシアを探し始めるのであった。
一方、ギャングの姿に見える魔法がアレクたちに掛けられている事を知らないカムイとアリシアはと言うと。
「なんかおかしくない?」
「何がじゃ」
「いやだって……」
後ろを気にする様子のアリシアを見て、カムイも同じように後ろを気にする。
「追ってきとるが」
「私のデコイが見破られたのはすぐだったわ。まるで普段から見慣れた様子で」
「ワシの透明化の魔法も使っとるのに追って来とる」
「追っ手の質が高いのかしら」
ふぅむとカムイが鼻を鳴らし一度立ち止まり、後ろに振り返った。
アリシアもそれに合わせて立ち止まると、振り返る。
追っ手のギャングたちは四人いるが、姿を隠せているのは一人ぐらいで、あとは完全に素人のような隠れ方であった。
「あれを見ると一人で十分そうだけど?」
「わざわざ足手纏いを三人引き連れて来るとなると、アリシア、貴様を攫うためではないか?」
「人を攫うなら一人でも出来るわ。……なんか変なのよね」
アリシアは首を傾げ、カムイは魔刃剣を展開して手に持った。
「手っ取り早く追っ払うかの」
そうすると、隠れていたギャングの一人が物陰から姿を現す。
右手には拳銃ではなく剣が握られていて、カムイはアリシアを攫う為に邪魔になる自分に対処する刺客だと踏んだ。
「ワシに剣で挑むとは、面白い」
互いに剣を構える。
刺客と奇しくも構えが同じである事に違和感を覚えたカムイであったが、臆する事なく腰を低く落とす。
そして二人の姿が消えたかと思えば、雷が落ちたかのような音が鳴り響き、双方の姿が露わになる。
魔刃剣とただの剣の刀身が火花を散らしながら拮抗し、互いに睨み合う。
「やるのう、紫電一閃を捌き切られたのはお主で二人目じゃ」
「分かりませんか師匠、こんな事が出来るギャングなんていませんよ」
「むっ……?」
拮抗していた刀身をずらし、一度後ろに引くカムイ。
しかし刺客はその場で立ち止まったままで、追撃をかけようともしない。
「貴様が言ってる事の方が分からんの、ただの刺客ではないだけではないのか」
「やはりギャングの姿に見えているんですね。そしてこの姿に違和感を覚える事もない」
「ますます分からん。一体何処の出の刺客じゃ」
カムイは同じ構えをとり、紫電一閃を捌き切ったことに興味が湧きそんな質問をした。
「分かりませんか……師匠。アレク・ホードウィッヒその人だと言っても分かりませんか」
「……」
カムイは呆気に取られていた。
声も姿も愛弟子とは違う存在からこうも言われてみれば、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
疑うことすら出来ないのだ。
双方が緊張感を保ったまま剣の構えを解く。
頭の中を整頓しようとするカムイはその場で髪を掻きむしり、目の前にある矛盾した存在に頭を悩ませた。
「気味が悪い……なんなのじゃこの違和感は」
同じ構えをして、初見では捌けない紫電一閃を捌き切った存在。
一度見た相手は絶命する運命にある紫電一閃を捌き切れるとなると、一度は見た事のある人物になる。
「なんじゃその首輪は、刺客にしては随分と悪趣味な首輪じゃのう」
カムイは刺客が着けていた首輪に気づき目をやった。
時刻が表示されているのかと思いきや、その数が段々と減っていっていて、カムイは青ざめる。
「まさか貴様、任務が達成出来なければ自爆するつもりか?」
「……っ!」
図星である態度を見せた刺客は、後ろを気にする様子も見せ、カムイは察する。
「あやつらも同じ首輪をしとるわけじゃな」
「まだ分かりませんか! ギャングの姿に見えるだけで僕はアレク・ホードウィッヒなんですよ!」
「まだ言うか……! 弟子の名を騙って惑わすと言うハッタリじゃろう。斬り捨てる!」
迷いを断つようにして走り出すカムイ。
魔刃剣の切っ先が刺客の首を掠めようとしたその時である。
隣から爆音にも似た鳴き声が響き渡り、地面が揺れ、カムイの動きが阻害された。
「なんじゃ!」
爆音の鳴き声がした方を見るとそこには、昨日見たドラゴンがいて、ハーフェッドが青い顔をしてギャングに抱え込まれていた。
「ハーフェッド! 貴様正気か!?」
「正気も正気、早くその人たちの首輪を外してあげて」
「ギャングの言いなりになっておるだけではないな?」
「ない! 今は私の言葉を信じて! もし嘘なら私を斬り捨てればいい」
カムイはアリシアを呼び寄せ、ハーフェッドの言葉を信じてギャングたちにつけられた首輪を解除した。
「良いのかこれで」
「良い。あとは……」
ハーフェッドはカムイとアリシアに手に集中するように指示して、二人の視線が手に集中するのを見計らってハーフェッドは特殊な猫騙しを浴びせた。
魔力の籠った音を聴いた二人は目をぱちくりさせると、先程までギャングに見えていた者たちの正体に気づき、あっと声を大にして驚く。
「アレクにアンセムたち!」
「それにトト!」
カムイとアリシアは自身に何が起こったのかと混乱していると、ハーフェッドが口を開く。
「多分だけど暗示がかけられていたんだと思う」
「暗示じゃと?」
「だから魔力の籠った猫騙しをしたんだけれど」
ハーフェッドはトトの頭に付いている耳を触る。
「私には姿を変える魔法だけしか見えていなかったから、こうやって触ったから気づけたのだけど、あなた達にはギャングの姿と思い込まされる暗示が掛かっていて、気づく為には私の仲介が必要だったわけ」
「一体何処で掛けられたのじゃ……」
カムイとアリシアが気づかない程に巧妙に掛けられた暗示。
この二人が気付けないとなるとかなりの手練だろうとハーフェッドは思った。
「ついさっき、若頭のランサムと戦って。金山から出た時にギャングに不意を突かれて爆発する首輪を付けられたわけです」
「そうじゃったか、じゃから氷のデコイも透明化の魔法を使っても追って来ていたのじゃな」
「はい……なんとか爆発する前に会えて良かったです」
アレクは肩の荷が降りた顔をしており、アンセムもリリーもローズも同じように安堵していた。
「ランサムはセラフィムに生き返らせて貰ったみたいです」
「奴は使えると踏めばそうするじゃろうな。他には?」
「どんな物でも爆発させる能力も貰ったみたいで、リリーとローズさんに掛けられているんですが」
カムイはすかさず動き、二人に掛けられた魔法を見て、解除する魔法を唱え始める。
「ほんとに解けるのかい? セラフィムって奴は死体になった奴を生き返らせる程の実力者なんだろう?」
「師匠ならセラフィムが授けた能力でも解けるんだろうと思います」
「そうだと良いんだけど」
アンセムは少し不安げな表情をして、その様子を眺めていた。
アリシアもその様子を近くに寄って覗き込んでいたが、難解な魔法を解いているわけではないと分かったのか、アンセムの方を向く。
「簡単な爆発魔法よ。威力は人体を破壊する程度だけど、高度な魔法じゃないわ」
「アリシアちゃんが言うなら安心だ」
リリーとローズの身体に浮かび上がっていた魔法陣が霧散すると、カムイは二人の肩を叩いて、魔法が解けた事を伝える。
リリーとローズはカムイに感謝の言葉をかけ、強張っていた表情が緩む。
「授けられた能力自体は特別な物が多い。が、魔法自体はこの世界の理を逸脱した物ではない、じゃから解ける」
「初めて見た私でも解けるって思えたんだから、きっとそうよ」
「じゃが能力自体は特別じゃ、きっと発動条件を聞けば飛び上がるじゃろうな」
「飛び上がりはしないわよ」
と、そのアリシアに近寄る者がいた。
「ほんとかにゃ? これを見てもまだ飛び上がらにゃいかにゃ?」
トトはポーチからランサムから千切り取った親指を取り出してアリシアに見せつけると、アリシアは強張った顔をして一歩引く。
「なんなのよそれ、人間の指なんか持って来て。狩りから帰ってきた猫じゃあるまいし」
「こうしにゃきゃリリーさんとローズさんが爆破されてたにゃ」
指は生きた人間が動かしているかのような動きを見せ、アリシアは尚のこと強張った顔をする。
「指が無いと発動出来ないんでしょ、きっと」
「じゃあ返しに行くかにゃ?」
トトは藪から棒にそう言うと、カムイが不敵な笑みを浮かべる。
「返しに行くなら、全員で行くかの」
カムイは皆を促すようにして歩き出す。
アリシア、トトは疑いもせずそれについていく。
アンセムとリリーとローズは互いに顔を見合わせてから渋々ついていき、残されたハーフェッドが声を上げる。
「私も連れてって!」
アレクはハーフェッドをおんぶしてカムイ達の後をついていくのであった。
次回も不定期更新になります
去年の年末までに投稿できず、すみませんでした




