第27話『甦る恐怖 爆弾魔(ボマー)ランサム』
アレクから語られた過去を聞いてから一夜が過ぎ、窓から日が差し込み始め、朝がやってきた。
一番に起きたのはアレクで、ベッドから降りて掛け布団を丁寧に畳み、その上に枕を乗せると洗面台に向かう。
顔を洗い、歯を磨き、ペッと水を吐く。
吐いたものを水で流し、蛇口の栓を閉める。
「よし」
アレクは鏡に映る自分に喝を入れ、食堂へと向かう。
朝早くと言うのもあってか、食堂は人がまばらであった。
机には番号が書いてある紙が置いてあり、アレクは自分たちの部屋番号と同じ数字が書いてある場所を確認してから料理を取りに行く。
食券制になっていて、食券機から食べたい料理を選ぶ形になっていた。
「バランスよく食べないと……」
体の事を考え、朝からガッツリ食べようと肉多めの定食を選んだ。
次いで副菜にサラダを付けて、スープはコンソメスープを選ぶ。
食券を職員に渡すと同時に、料理がおぼんに乗せられていき、流れ作業のように料理を受け取るとアレクは先程の席に着いた。
「自然の恵みに感謝して、いただきます」
パンから先に手をつけ始め、千切ってスープに浸して食べる。
パンを食べ切ってから、肉料理に手をつけて、フォークとナイフを巧みに操りパクパクと食べる。
サラダにはドレッシングがかかっていて、油多めの口の中に放り込むと、シャキシャキとした感触で口の中が爽やかになる。
スープは最後に飲み、リフレッシュする形で食べ終えた。
「ごちそうさまでした」
食べ終えて席を立とうとすると、男性の声で呼び止められた。
声のした方を向くと、そこにはアンセムがいて、リリーとローズも隣り合うように立っていた。
「おはようございます、アンセムさん、リリーさんとローズさんも」
「おはようアレク君! 昨日は災難だったね」
「聞きましたか、トトが攫われた事とか」
「聞いたね。いやはやカムイさんの周りには面倒事が絶えないねー」
アンセムたちは席に座り、パッとした笑みを浮かべる。
「昨日は金採掘に行っていたんですか?」
「そうだね、魔窟化している金鉱脈で金採掘……、いや金討伐かな」
「金討伐……?」
昨日、アリシアたちから金採掘については聞いていなかったため、アレクは首を傾げた。
「金鉱脈が魔物に変化したものを討伐して金を稼ぐのさ」
アンセムが説明をすると、合点がいったのかアレクは、なるほど、と頷いた。
「確かじゃんけんしてたね、仲良いー」
「じゃんけんは話し合いで決まらなかったからやったんですよ。決して仲が良いからやったわけじゃないです」
仲が良い事を否定して顔を背けたアレクだったが、その様子を見てアンセムたちはなお一層朗らかな笑みを浮かべる。
「今日はお師匠さんとアリシアちゃんは金討伐には行かないだろうね」
「えっ、なんでですか?」
「昨日、一番の討伐数を叩き出しちゃったからね。誰も敵わなかったよ、あのタッグには」
「確かに、あの二人に敵う冒険者なんていなさそうですけど」
「信頼が厚いね全く、けど二番は僕たちさ」
それを聞いて目を丸くしたアレク。
ただの催眠術しか使えないアンセムと、か弱い女性二人組がカムイたちに次いで二番を取れた事に驚いたのだ。
「あれれー、まさかただ単に催眠が使える魔眼持ちの僕と、か弱いローズとリリーが二番目だった事が信じられない? 大丈夫、きっと今日は君とトトちゃんが金鉱脈に入る事になるからね」
「百聞は一見にしかず、ですか。良いですよ、そう言うんなら、僕とトトが金討伐に行こうじゃないですか」
「正直だねーアレク君は、けど良いのかい勝手に決めちゃって」
アンセムが後ろに指を指すと、そこにはカムイたちがいた。
「よく言ったの、弟子よ。トトの実力を測る良い場所にもなる、今日は二人が金鉱脈に入れ」
「分かりました、男に二言はありません」
覚悟を決めたアレクを他所に騒ぎ出したのはトトだった。
「勝手に決めるにゃ! アタイの昼寝の予定が狂っちゃうにゃ!」
「良いんじゃない、コイツお得意の弓の腕前がどれ程の物か、アンタの目で確かめてきなさいな」
「一番の討伐数を誇ってるにゃら、アタイらが頑張る必要はないにゃ。にゃんで金討伐に行かないといけないのにゃ」
それもそうだとアレクが師匠であるカムイを見ると、カムイは暗い顔をしていた。
「師匠まさか、金討伐で何かやらかしましたね」
「あれはまとめて回収するつもりじゃったんじゃ……。なのに全てそこの男に取られたんじゃよ」
「えっ、窃盗じゃ」
アンセムの方を見るが、アンセムは悪びれる様子は無く、アリシアの方を見た。
「アリシアちゃんがあげるって言ったから貰っただけだよ。俺は悪くない」
「だそう……ってまた魅了されちゃったのかい!?」
アリシアは部が悪そうにへの字に口を曲げ、苛立ちを抑えられない様子である。
「魅了しただなんて証拠あるのかい? あげるって言ってきたのはアリシアちゃんの方なんだからさ」
「確かにのう、アリシアも乱戦で魅了されるとは思っとらんかったのが悪い、金はくれてやろう。ただし」
「ただし?」
「次にギャングに因縁をつけられてもワシの名は出すな、名を出すことは金輪際許さんからな」
カムイはそう言って立ち去ると、アリシアとトトもそれについていった。
「ギャングに因縁ねぇ……、若頭をやっちまったから因縁ありありだな、今の僕」
「きっと血眼になってアンセムさんの事探してるんじゃないでしょうか」
「怖い事言うね、アレク君」
指先で念でも送っているのか、アレクに向かって宙をつつくように指を動かすアンセム。
能天気な様を見て呆れてしまったアレクは、空になった皿が載っているおぼんを持ち、席から立ち上がる。
「僕は助けますよ。師匠じゃなくても、あれは助けなくちゃいけない状況でしたし」
「カッコいい事言うねアレク君。僕感動しちゃった」
アンセムはハンカチを取り出して目元を拭うような素振りを見せる。
それを見てリリーとローズが身を乗り出す。
「私たちの事も助けてくれるのかしら」
「助けます、師匠の意に反しますが」
それだけ言ってアレクはおぼんを持って行き、アンセムたちはそれを見送った。
アレクはおぼんを受付に備えられた回収棚に置くと、ごちそうさま、と料理人たちに伝える。
そして早速冒険者ギルドに向かうために踵を返して足早に歩いて向かった。
隣接された冒険者ギルドは仮設されたもので、テントを張った中に依頼が貼られたクエストボードが置いてあり、受付嬢は一人か二人ぐらいしか常駐していなかった。
そもそも金を掘りに来ているのに、他の依頼を受けようと言う冒険者がいない事が要因だろう。
「すみません」
「ニューフロンティア仮設冒険者ギルドへようこそ! 金山への入山許可認定証発注の手続きでしょうか?」
「はい、二人なんですが」
受付嬢は慣れた手つきで入山許可証を棚から取り出して、アレクの前にそっと出す。
「この用紙に今日入山される方の氏名をお書きになって、氏名を書いたご本人様の冒険者カードの提示が認可条件になります。他にご不明な点はありますか?」
「特にはないです。ああけど、今もう一人は食事中で……」
「その用紙を提出される際で良いので、集まり次第冒険者カードの提示をお願いします」
「分かりました、色々とありがとうございます」
離れた場所にある記入机に向かい、用紙に自分の名前とトトの名前を記入する。
冒険者カードを懐から取り出して用紙と重ねるように持つと、依頼が張り出されているクエストボードの前に立つ。
「昨日の依頼は……」
昨日、突発的に依頼を解決してしまった人攫い事件の依頼書が無いかと探していると、隅の方に依頼達成の判が押されて貼られているのが見えた。
「誰が依頼達成した事になってるんだろう……」
冒険者カードを依頼書にかざしてみると、依頼達成者の名前が宙に映し出されて表示された。
「ええっと、カムイ・シンバットカムイ・シンバット……って、名前が無い!?」
依頼達成者の名前は見たことのない人たちの名前で埋まっており、カムイの名前どころかアレクたちの名前すらもなかった。
「どうかされましたか?」
「あ、あの!」
様子がおかしいアレクを伺うように先程対応してくれた受付嬢が現れ、アレクは事の次第を受付嬢に伝えた。
「ああその依頼でしたら、解決したのがギルド職員たちだったので、そうなっているんですよ」
「依頼を達成するために尽力したのは僕たちなんですが……」
「依頼はお受けになりましたか?」
「いや……そう言われると」
アレクは、うーん、と唸り、受付嬢は顔色を変える事なく。
「依頼を受けていないと冒険者ギルドが対応する事になります。縁の下の力持ちに依頼を達成されても、結局はギルド職員が依頼を達成した事になるので、依頼はちゃんと受付嬢を通して受注してから解決してください」
「は、はい……」
少しでもリブラ金貨を得られる依頼だったのを急いでいたため、受付を通す事なく確認だけして帰ってしまった自分自身に非があるとうなだれる。
と、そこへ現れたのはトトであった。
「何うなだれてるにゃ、その身体じゃ金山に入れにゃいって言われたのかにゃ?」
「いや違うんだよ、昨日の人攫い事件の依頼を受けるのを忘れてて」
「なんにゃ、そんな事かにゃ。金山に入ればそんな端金にゃんか気にならないぐらい稼げるにゃよ」
「でも……」
「でもじゃないにゃ」
トトは弱音を吐きそうになるアレクの背中を叩き、懐から冒険者カードを取り出すと、アレクの持っていた用紙ごと回収して受付嬢に手渡した。
「はい、入山許可認定証です」
機械に通された冒険者カードから映し出されたのは入山許可認定証と書いてある用紙で、その下には二人の名前が書かれていた。
「これを金山に入山される際に提示していただけたら良いので」
アレクとトトは受付嬢に感謝の言葉をかけ、入山許可認定証を読み込ませた冒険者カードを持って、金山の入り口へと向かった。
「にゃはは、結局労働しにゃいといけにゃいのにゃ」
「気が変わったんだね、あんなに嫌がっていたのに」
「アタイにゃってやる時はやるにゃ。金稼ぎは明確にやる気が出るからにゃー、金を稼げば労働しにゃくて済むからにゃ」
「現金だね」
金山の入り口に到着するとギルド職員に冒険者カードの提示を求められ、アレクとトトは冒険者カードを差し出す。
冒険者カードが機械に通されると小気味良い音が鳴り、ギルド職員は冒険者カードを二人に返した。
「制限時間などはありませんので、自由に魔物狩りに勤しんで下さい。取り分はグループ内で分配されるので、そこだけは注意して下さいね」
「分かりました」
金山に入ると、壁際には魔法灯が掛けられていて案外明るく、ある程度の視界が確保出来ていた。
トトはどうなのかとアレクが覗き込んで見てみると、瞳孔の大きさが変わっていて、丸みを帯びた目になっている。
「にゃ? にゃんかアタイの顔に付いてるかにゃ?」
「付いてはないけど、瞳孔が開いてるから」
「獣人は獣の特性が出るにゃ。アタイは猫の特徴が多いからそうにゃってるにゃ」
「て事は暗い所は得意な方なんだ」
「そうにゃね」
瞳孔が開いたままのトトは可愛く見え、アレクは少しドギマギとした。
「一応矢は補充してるにゃけど、採算が合うと良いにゃね」
トトの背中に掛けられた矢筒を見ると、矢がたっぷりと詰まっていた。
「何か特別なのかい?」
「地元に知り合いの矢師がいるんにゃけど、そこ特注にゃからお金がにゃー」
「消耗品なんだから妥協しても良いんじゃないかい?」
「駄目にゃね、素人はこれにゃから」
トトは手を肩まで上げ、呆れたような顔をして首を横に振る。
消耗品と言えど、何かこだわりがあるのだろうとアレクは考え、特に感情を荒立てる事なく。
「矢が無くなったらどうするのさ」
「そんな事滅多ににゃいにゃ、矢の本数は頭に叩き込んであるからにゃ」
「ふーん、じゃあ今回の魔物討伐は使った矢の本数代も入れないとね」
「嫌味かにゃ?」
アレクがなんの警戒も無しに洞窟の中を歩いていると、トトの耳がピンと立ち、その場に静止すると矢筒から矢を取り出して弓に番る。
それに釣られてアレクも左腰に差した鞘から剣を抜き出し、トトが見た先に警戒心を強める。
ゴトリ、ゴトリと岩が動くような音が聞こえ、重い物が動く音だと勘づき、アレクは姿を見る事なく魔物だと断定し、トトに伝える。
「ゴーストロックだ、姿を隠して獲物を待つ事が多いけれど、もしかしたらこの金山の個体は違うのかもしれない」
「矢は大切にしたいにゃ。姿を現す前に弱点とか教えてほしいにゃ」
「獲物を捉えるために口を開けて触手を伸ばすんだけど、そこは弱点じゃない。弱点は目だ。師匠がそこを狙って魔刃剣を刺したのを見たよ」
「にゃるほど、矢じゃ分が悪い相手って事にゃね」
岩が動くような音が近づき、一定の距離まで来たと二人が察した途端、金色が混じった岩が唐突に出現して口を開けるように岩が割れると、中から赤い鞭のような物が瞬間的に伸びてきた。
「トト!」
「分かってるにゃ」
ゴーストロックの触手がアレクに伸び掛かろうとしたその時であった。
弓の弦音が洞窟に鳴り響くと、矢が一閃の光を帯びてゴーストロックに向かい、刺さる。
悲鳴にも似た叫び声を上げたゴーストロックはそのまま沈黙して、触手は力無く垂れた。
「アタイの取り分にゃ、案外弱点らしい弱点で良かったにゃー」
「アタイの取り分って、この中じゃ師匠たち含めたグループの取り分になるって聞いてなかったのかい?」
「やったのはアタイにゃ。誰がなんと言おうと」
死体になったゴーストロックに近づいて、冒険者カードをかざそうとするトト。
しかし、アレクが血相を変えて呼び止める。
「なんにゃ急に」
「それ、魔法を帯びてる! 普通じゃない!」
「罠――
刹那、ゴーストロックの死体がカッと輝きを放ち、四方八方に飛び散るほどの爆発を起こし、トトがそれに巻き込まれたようにみえた。
砂埃が舞い、視界が悪くなると、アレクはトトの安否を心配した。
「トト! 大丈夫かい!?」
返事が返って来ず、アレクはもっと早く気づくべきだったと落胆する。
「トト……惜しい人を亡くした……」
「死んでにゃいにゃ」
背後からトトの声がしてアレクが驚くと、トトはにひひと笑う。
「アタイの身体能力を舐めちゃ駄目にゃ、爆発範囲から逃れるのはお茶の子さいさいにゃ」
「良かった、生きてて。……でも一体誰があんな酷い事を」
確かあの時見た魔法陣は爆発の魔法陣であった。
ゴーストロックはそれをかけられた事も知らずにこちらにやってきたのだろう。
明らかに冒険者を狙った罠だ。
「師匠に昨日の金山の様子を聞いておけば良かった」
「明らかにアタイらみたいなのを狙ってるのは分かるにゃ。けど、なんでこんな回りくどい事するにゃ?」
「聞きたいのはこっちだよ、全く」
洞窟の先には人影すらない。
他の冒険者が来ていてもおかしくないはずなのに。
「この先にいるんだろうけど……どうする?」
「一旦戻ってカムイとアリシアを呼びたい気持ちは分かるけど、アタイらはまず原因を調べた方が良いにゃ」
「どうしてさ」
「今戻った所で、いきなりゴーストロックが爆発したって話だけしかできにゃいにゃ。原因が分からにゃいのにあの二人がついてくるとは到底思えにゃいにゃ」
「確かにそれもそうか」
アレクは納得して前を見据えると、剣を抜いたまま歩き始める。
トトは再び矢を弓に番たままついていき、いつでも矢を放てるように警戒を怠らなかった。
「魔法灯が付けられてるって事は、ここら一帯は探索済みなんだろうね」
「一応開拓地にゃからね、危険が一杯にゃ時に丁寧に歩いて地道に開拓して行った涙ぐましい努力の表れにゃ」
「それだったら相手は冒険者かもしれないね」
「わざわざ爆発の魔法を掛けて罠を仕掛けるにゃんて、やっぱり回りくどいにゃ」
アレクとトトが警戒したまま前へ前へと進んでいると、後ろから声がしてきた。
構えをとって後ろに振り向くと、遠くにはアンセムやリリー、ローズがこちらに手を振っていて、二人は構えるのをやめる。
「なになにー? なんかあったの? 怖い顔してさー」
「怖い顔も何も、ついさっき爆発の魔法が掛けられたゴーストロックを回収しかけて大変だったんです」
「えっ、そりゃ怖いね。一体誰がそんな事を」
「調べるためにゴーストロックが来た方向の先に向かっているんです」
アレクとトトが真剣な顔をしていたのが効いたのか、アンセムは一つの提案をする。
「調べるのは良いけど、もし勝てそうにない相手だったら逃げること、いいね?」
「逃げるってたって、師匠に頼りに行くんでしょう?」
「ご名答。そもそも、魔物に爆発の魔法をかけるイカれ野郎には関わりたくないな」
「人間かどうかも分からないですよ」
一行は警戒心を持ちながら洞窟の中を先へ先へと進み、開けた場所に出る。
「いなさそうだね」
「そうとも限りませんよ」
辺りを見渡していると、天井にゴーストロックが現れるのが見え、アレクはすかさずトトに指示を出す。
トトは迷う事なく一体のゴーストロックを射抜くが、残ってしまったゴーストロックが触手を伸ばす。
伸びた赤い筋がリリーとローズを狙ったが、二人の姿が掻き消えたかと思うと、天井近くまで二人が飛び上がっていて、ゴーストロックたちを岩ごと切り捨ててしまった。
「えっ……!」
アレクは降り立ったリリーとローズの様子を窺ったが、魔法の類いが掛かっている様子はなく、目を疑った。
「アレク君、そう驚く事でもないでしょうに」
「そうそう、だって催眠のスペシャリストがいるんだから」
リリーとローズはアンセムを指差し、アンセムは笑みを浮かべてサングラスを掛け直す。
「催眠も使いようさ、二人には暗示を掛けて身体能力を上げてるんだよ」
「アンセムさんは?」
「僕? 僕は見守り役に徹するのさ」
「それ言ってて悲しくなりませんか?」
アレクの鋭い返しにグサリと刺されたアンセムは、胸を痛がる仕草をして涙目になる。
「決して何もしないわけじゃないんだよ。ほんとだよ?」
「目が合えば魅了出来るんですから、怖い相手ですよ」
アリシアも魅了の餌食になっている事を考慮すれば、乱戦になればなるほど能力を発揮するわけだ。
怖い相手なのには間違いない。
魔法灯の灯りが続く中、アレクたちの視線の先に人影が見えてきた。
すらっとしているが、体格はがっちりとしており、男性であるとアレクは思った。
だが、近づけば近づくほどその男性の異様さに気づき、全員が離れた場所で立ち止まる。
「あんた、爆発の魔法をゴーストロックに掛けて冒険者を困らせて無いか?」
アンセムがそう言うと、男性はこちらに振り返る。
そうすると、リリーとローズが手で口を押さえて小さく悲鳴を上げる。
アレクとトト、アンセムはその男性の顔を見て、強張った表情になった。
「おやおや、誰かと思ったらあの時の……」
男性の顔には、何かに引き裂かれたような傷跡が顔にびっしりと走っており、眉毛や髭、髪といったものが無く、がぱりと開かれた口が異常に大きく見えた。
「あんたとは知り合った覚えがないが? 人間違いじゃないのか」
「いやいや、あんたとは深い仲さ。そう、爆弾を抱えさせられて自爆しろと命じられた……ね?」
「……っ!? まさかあんたは!」
その男性は青を基調とした服に身を包んでおり、綺麗な所作で襟を正す。
そして、以前にアンセムから自爆しろと命じられた人物と言えば一人しかいない。
「西部ギャングの若頭、ランサムか……!」
「そうさ、ランサム・ピューターその人さ」
魔法灯の灯りが揺れ、その場に緊張感が走る。
「だがランサム、あんたは自爆して死んだはずだ。なぜそんな姿になって生き返ってる」
「話せば驚くだろうさ。天使って知ってるかな」
天使と聞いてピンと来ないアンセムだったが、アレクとトトはその正体にすぐ気づく。
「天……使? 死者に天からの使いが来たって言う比喩表現か?」
「違う違う、正しく天からの使い。カミサマって奴が俺にもう一度チャンスをくれたのさ」
ランサムは手をおおっぴろげ、天を仰いだ。
「美しい天使――セラフィム様が俺を生き返らせて下さったんだ。ボスも凄く喜んでたさ、息子が生き返ったって」
頬を紅潮させ、恍惚とした目はまるでそこにセラフィムがいるかのような表情であった。
「そんな冒涜的な事はあってはいけない。死んだ者を生き返らせるだなんて自然に反してる!」
「セラフィム様を侮辱するつもりか? 雑魚が」
「これからあなた達ギャングは、『星なる者たち』の駒になるでしょうね。いや、既になっているか」
アレクの諦めたような口ぶりに腹を立てたのか、ランサムは右手で爆破スイッチを押すような仕草を見せ、怒りを露わにする。
「いいか、貴様らの命は俺の右手に掛かっている。この指が押し込まれたら俺が触れた物が無差別に爆発するんだからな」
「まさかセラフィムから何か授かったのか……!」
「セラフィム様から授かりし祝福! 爆弾魔だ!」
手始めにランサムが右手でスイッチを押し込むような動きを見せると、突然前方にあった岩や小石などが爆発して、生暖かい爆風がアレクたちの髪をなびかせた。
「厄介な能力だ……! どこに触れたか分からない今だと、近づきようがない」
「アレクくん、一旦退いたほうが良いと思うのかい?」
「それは……」とアレクが言いかけるが、背後には金山の入り口が繋がっている事を思い出し、剣を構え直す。
「それでこそアレク君だ。僕は奴に魅了を掛けられないか尽力するよ」
「それに徹していて下さい」
アレクは爆心地へと踏み入れる前に探知の魔法を唱える。
そうする事により、爆発魔法が掛けられた場所を特定する事が容易になるからだ。
そして、その情報を共有する魔法を唱え、全員に伝達する。
「アレク君ありがとう、これで奴に近づけるわ」
リリーとローズは短剣を構えて走り出し、流れるような斬撃を繰り出す。
狙ったのは手首だったのか、ランサムが逃げるように手を挙げる。
しかしすぐに二人の背中に触れようとして手を下げるが、リリーとローズはヒットアンドアウェイの体制を取ってランサムから離れた。
「もしかして人にも付けられるのか……!?」
「なんて違法な魔法だ、だと言いたげだが。その隣にいる奴の方がもっと違法だと思うがな」
「だけど、手を斬れば魔法を付与出来ない事は今分かった。違法だけど、ちゃんと世界の魔法学に則ってる」
リリーとローズが再びランサムを辻斬りしようとするが、ランサムははなっから手を斬られる前提で構えをとり、二人に触れた。
触れられた事が分かった途端、リリーとローズの額に冷や汗が吹き出した。
「リリーさん! ローズさん!」
「大丈夫よアレク君、奴の手は斬り落としたから」
だらりと手首から分離するランサムの両手。
それが地面に落ち、手首から血が吹き出す――はずだったが、何故か血は吹き出すことなくピタリと止まる。
「あぁ痛いなぁ……! やってくれるじゃあないか」
痛みを堪える様子のランサムであったが、異様な光景に全員が慄き、手首の切断面をじっと見つめるしかなかった。
「トト、もしかしたらだけど……」
「あぁ、奴は不死身も貰ってる可能性があるにゃ」
不死身、と言う言葉が出てくるとランサムの口元が異様に引きつり、笑みを浮かべた。
「ああそうさ! 爆弾で殺された恨みも相まって死なない身体にしてもらったのさ! だからな……」
地面に転がっていた手が、指を立てて地面を這いずり回り、靴から登って手首に戻ると、なんのダメージが無かったように接着され元通りになる。
「一番恨んでる相手が一番嫌がる方法を俺は選ぶ。そう、結婚を約束した彼女たちが爆破されて肉片に変わる様を見せてやる」
「リリー! ローズ!」
アンセムが二人に寄ろうとするが、リリーとローズはアンセムから離れていき、アンセムの顔が青ざめる。
「ははっ、良いね。じゃあ死ね」
ランサムの右手の親指が押し込まれそうになると、リリーとローズたちは覚悟を決めた顔をして、「長生きしてね」とだけ言った。
しかし、爆発はしなかった。いやしなかったと言うよりもさせなかったが正しい。
「ごちゃごちゃうるさいにゃ。結局爆破するのにスイッチを押し込むフリをしにゃくちゃにゃらにゃいのにゃろう? なら指を千切って――」
――ひゅんと姿を消したトトは、矢に刺さったランサムの親指を持って現れると、ランサムは唖然として自分の手を見た。
「いつの間に……!」
「ついさっきにゃ、弓矢で矢を放ってその指頂いたにゃよ」
指を千切られた事により、ランサムの額に青筋が走り、トトに向かって、
「崇高なる行為を邪魔したな! 獣人風情が!」
「世界の魔法学に則ってるにゃら、発動条件を断てば良い話にゃね。それに……」
トトは親指をポーチに入れてしまい込み、
「こうすれば元通りににゃる事もにゃいにゃ」
それを見たアンセムは安堵の息を吐く。
「どうするにゃ? 爆破ができにゃいにゃら、ただの木偶の坊にゃよ?」
「くくく……俺に手を出したな? 若頭に手を出したって事はギャングに楯突く事になるんだよ」
「結局は量で攻めてくるんにゃね」
「覚えておけ、今その二人の命が俺の手に掛かっている事を」
捨て台詞を言って暗がりに向かって走り出すランサム。
それを追おうとするアレクを止めるトト。
「奴は何も出来にゃいにゃ、ここに指がある限り」
「けど左手が残って……」
不安を吐露するアレクに対してトトは首を振り、
「左手で同じことが出来てるにゃら、逃げるなんて愚策にゃ。アタイなら逃げずに爆破してるにゃ」
と、言ってのけた。
何かしらの縛りがあってどんな物にでも爆発魔法が掛けられるのだろうと考えたアレクは、剣を鞘に納める。
「師匠たちに協力を仰ごう、爆発魔法だって解けるかもしれないし」
「やってみる価値はあるにゃ。……けどどこにいるか分かるのかにゃ?」
「トトは何か聞いてないのかい?」
「聞いてないにゃ、どこに油を売りに行くか」
「困ったな……」とアレクはひとりごちり、リリーとローズの様子を見に行く。
二人は掛けられた爆発魔法を気にしてはいたが、危機は去ったのだと分かっているのか、アンセムに抱き寄せられる形になっていた。
「すみません、動けなくて」
「良いんだよアレク君。あれは相当恨んでるね、魅了も効いてなかったみたいだし」
「効いてなかったんですか?」
「何度か奴が目を合わせてきたんだけど、効いてる素振りは一切無かったね」
宥めるようにリリーとローズの頭を撫でるアンセム。
トトはポーチに入れた指が逃げていない事を確認しつつ、金山の入り口へと歩き出した。
「僕らは師匠を探しにいきます。リリーさんとローズさんに掛けられた爆発魔法を解けるはずでしょうし」
「街で魔法使いを探したほうが早いんじゃ」
「奴らの魔法はかなり高度なものです。師匠たちじゃないと解けない可能性だってある」
「奴らって……ランサムもそうだが、君らは一体何と戦ってるんだ」
「『星なる者たち』です」
それを聞いてアンセムは目を丸くして、トトの後を追うアレクを流し見る。
リリーとローズに小さく声をかけて促し、二人の後を追う、三人なのであった。
次回も不定期更新になります
年内に投稿したいとは思っています
もし無理なら来年になります




