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剣と魔法が交わる世界で  作者: 天望
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第25話『星の器』

 路地裏に入り、右往左往したかと思えば、追手を撒けたと確信した男は立ち止まる。

 そして、まず手に持っていた目隠しをトトの目に被せ、這いつくばらせるようにして下ろすと、体と腕ごと巻き込むようにして縄で縛ると、再び抱え上げたのであった。

 男はトトを抱えたまま大通りから離れていっているのか、人の声や雑踏が遠ざかっていき、段々と静まり帰っていった。

 男に抱え上げられているしばらくの間、トトは音を聴き、匂いを嗅ぐ事に集中していた。

 もし逃げ出した時に、逃げ道が分からないとなると、不利になるからだ。

 まだここに来たばかりであるが、トトは音や匂いだけで路地裏の道筋を覚えてしまい、密かに笑みを浮かべた。

 そうしていると男が立ち止まり、荒い手つきで扉を叩く音が聞こえた。

 男はあんなにも走った後なのに息を荒げる様子もなく、軽い汗をかく程度であった。


「合言葉は?」

「カミサマを信ずる者は救われる」

「よし、入れ」


 向こうから男の声がすると、ギィっと立て付けの悪いドアの軋む音が聞こえ、建物の中に入ったのか窮屈な空気に変わる。

 男は奥へ奥へと進み、階段を降りていくと少し広い部屋へと入った。

 部屋の真ん中あたりからは、数人の人の匂いがして来たが、男性はおらず、女性だけのようだ。

 そこへ加え入れられるようにして下されると、男はその部屋に留まる。

 男が部屋に留まっていると、部屋に入ってくる足音が一つ聞こえて来た。

 歩幅から察して足の短い者で、太った男であるとトトは感じ取った。


「星の器候補は集まりましたかな?」

「いや、まだ分からない、集めるだけ集めてセラフィム様に見て貰わねばならない」

「厄介ですなぁ、いちいち確認してもらわないといけないのは」


 女性たちは太った男を奴隷商人だと思っているのか、半ば諦めた様子で押し黙っていた。

 しかし、トトだけは能天気に話しかけ始めるのであった。


「アタイたちを攫って、一体何が目的にゃ?」

獣人(ビースタス)風情には分からないだろうな、星の器探しだ」

「星の器? なんにゃそれは」


 ガタイの良い男は勢いよく手を上げると、意気揚々と語り出す。


「星の器! それはカミサマが宿るとされる依代! この腐った世界を浄化してくださる為には依代が不可欠なのだ!」

「こってこてのセリフにゃね」

「獣人風情には分からないだろうな、素晴らしき世界の到来が」

「分からないにゃ、全くもって」


 信者とは話が通じないな、と諦めたトトは、攫われてきた子達の事を思い、これ以上は喋らずに推し黙る事にした。


「人間だけでなく、魔族や獣人と多種多様だな」

「星の器になり得る存在は、どの種族にも可能性がある、数は多ければ多い方が星の器を引き当てる確率も上がる」

「見た目で分からないのが問題だな」


 太った男は困ったようにため息を吐くと、(きびす)を返して部屋から出て行った。

 ガタイの良い男もそれに着いて行き、部屋に静寂が訪れた。


「みんな安心するにゃ、助けがくるにゃ」

「訳の分からない連中なのよ、助けなんか来てものらりくらりとかわされるだけよ……」

「にゃはは、頭のおかしい連中には頭のおかしい助っ人をぶつけるまでにゃ」

「あなた、一体何者……?」

「紫電のカムイの弟子にゃよ」


 トトは耳飾りをわざと落とした事も伝え、強力な助っ人が来ると念を押し、トトが来たばかりのどんよりとした空気ではなくなり、この場にいる女性たちは幾分か希望を持ったように見えるのであった。


 トトが落とした耳飾りを見つけてからしばらく経った時分、アレクはギルド協会が用意した宿へと着いていた。

 事前にギルド職員に部屋番号を聞いていたため、アレクは宿の中に入って、すぐさま該当する部屋に入った。

 部屋は照明で明るく照らされており、案の定、金採掘から帰ってきていたカムイとアリシアがいた。


「師匠! アリシア! 大変なんだ!」

「なんじゃいきなり、揉め事にでも巻き込まれたのか?」

「違うんです! トトが攫われたんです!」

「あの猫娘が!?」


 カムイは飛び上がるようにして驚くと、反面、冷静になるアリシア。

 アレクが手に持っていた物に気づき、アレクに歩み寄るとそれを受け取った。


「この耳飾りちょっとだけどトトの魔力の残滓がある。これを調べて辿れば見つけられるわ」

「やっぱりそうだよね、拾ってきて正解だった」


 しかし、難しい顔をしたままアリシアは黙ってしまい、ベッドの縁へと腰掛けた。


「残滓があまりにも少ないから、正確に跡を追いかけるのは難しいかもしれない」

「ワシがその点を補ってやろう、アレクの事じゃ、ギリギリまで粘って、逃げられた可能性があるからのう」

「人攫いについて聞き込めば何か手掛かりがあるかもしれないけれど、悠長にしてる暇はないわね」


 アリシアが小さな声で魔法の詠唱を始めると、カムイはアレクに頼み事をした。


「すまんが、人攫いについての依頼が出ていないか見てきてはくれんかの」

「分かりました! 見てきます!」


 すかさず踵を返してアレクは部屋から飛び出していき、部屋にはカムイとアリシアだけになった。

 するとそこへやって来たのは、銀髪に赤い瞳をした女の子であった。


「ちょっといいかしら、召喚獣を見ていただきたいのだ……け……って何してるの?」


 部屋の様子を見てハーフェッドは何事かと思い、扉の縁に寄りかかって固まっていた。


「仲間が人攫いに遭っての、今、残滓を辿る魔法を使おうとしているところじゃよ」

「人攫い!?」


 慌てた様子になるハーフェッドをカムイとアリシアは気にする様子はなく、アリシアの魔法の詠唱に助け舟を出すようにしてカムイが詠唱しており、ハーフェッドは目を丸くした。


「え、詠唱に介入しているの!?」


 ハーフェッドはそれを間近で見るために、二人の前に駆け寄って屈むと、輝いた目でその様子を眺めた。


「綺麗な詠唱陣……、詠唱の妨げにならないように正確な詠唱じゃなくて、改変した詠唱を流し込んでいるのね」


 詠唱陣が魔法陣に変化すると、耳飾りから光の玉が現れ、道標になるようにして部屋の外へと飛び出していった。


「行きましょう、残滓があまりにも少ないから、道標になる時間も少ない」

「わ、私もついて行くわ!」


 駆け出したカムイとアリシアについて行くようにハーフェッドも走り、部屋はもぬけの殻になる。

 宿から飛び出した三人は、依頼を確認してきたアレクと合流して、光の道標を追った。


「やっぱり何件か依頼がありました。みんなその耳飾りを付けた後、狙いを澄ましたかのように攫われているそうです」

「なるほど、宝石商か宝石屋に奴らが介入しておったか」

「『星なる者たち』の仕業なんでしょうか」

「奴らが人攫いとなると、思い当たる節がある」


 光の道標を追いながら、カムイは話し出す。


「信者を増やす以外に、星の器と言う存在を探すために奴らが人攫いをすることがある」

「星の器?」

「カミサマがこの世界に介入するための依代的存在じゃよ」

「依代的存在……」


 アレクはとても嫌そうな顔をする。


「人を集めてセラフィムに見てもらう。その過程を踏まないと星の器かどうかは分からんらしい」

「てことはその星の器候補の人たちが集められている場所に僕たちは向かうわけですね」

「そうじゃな、移送されとらんと良いが……」


 脈拍のように点滅しながら光の道標は路地裏へと入っていく。

 カムイとアリシアとアレクには問題はなかったが、走る速度に追いつけなくなったハーフェッドがその場にへたり込んで根を上げた。


「もう無理ー! あなた達どれだけ走れるのよー!」


 カムイがアレクに目配せすると、アレクは反転してハーフェッドの元へ駆け寄った。


「大丈夫? 運動はしないほうの人だったり?」

「召喚士が普段から運動すると思う? ここまでついてきただけでも褒めて欲しいわ」

「偉い偉い。多分あっちは師匠たちがなんとかしてくれるよ」


 ぜぇぜぇと荒い息を吐くハーフェッドの頭を撫でるアレク。

 撫でられている事に気づいたハーフェッドは、その手を払い退け、嫌そうな顔をする。


「頭を撫でるのはあまり魔族にしない方がいいわ、年下扱いするのは無礼だから」

「そうだったんだ、ごめん」


 慌ててハーフェッドの頭から手を離すアレク。

 しかし、なぜかハーフェッドが頬を赤く染めているように見えたのは気のせいだろうか。


「強いのかしら、あの二人は」

「強いよ、そこら辺の冒険者には負けないんじゃないかな」

「貴方はどうなの」

「僕は……」


 アレクは自分の手を見て握ると、暗い面持ちになってしまう。


「僕は全然ダメだよ、トトを間近で攫われちゃったんだから」

「そう思い悩む必要はないんじゃないかしら。カムイって人、貴方に私を介抱するように頼んだように見えたから」

「そうだけど……」


 ますます落ち込んでしまうアレクを見て、ハーフェッドはため息を吐き、アレクにしゃがむように促した。

 アレクが迷いなくしゃがむと、ハーフェッドは先程のお返しかのようにアレクの頭を撫でた。


「貴方はよくやってる、だってその手の荒れ具合を見たら、ただ普通に鍛錬を積んでいるわけじゃないって分かるんだから」


 頭を撫でられる事が久しぶりであったため、アレクは恥ずかしさのあまり赤面する。

 ハーフェッドは、偉い偉い、と(ささや)くように言い、アレクはカチコチに固まってしまう。


「ふふっ、まだ幼いんだから甘えてもいいのに」

「えっ、えっと……その、何というか……」

 

 アレクが返答に困っていると、路地裏の方から悲鳴が聞こえてきた。

 悲鳴は男性の声であるように聞こえ、声の主たちが夜の闇から逃げ出すようにしてこちらにやってくるのが見えた。


「さて、私の番ね」


 ハーフェッドは(おもむろ)に立ち上がると、懐から杖を取り出して魔法の詠唱をするように口上を詠み上げ始めた。


「『黒き鋼を纏し大いなる者・万物に破滅をもたらす大いなる者・我が声に応え・召喚の儀に応え現れよ・黒鋼龍ブラックメタルドラゴン!』」


 地面が突然隆起し始め、土の塊が周りの建物を優に越す程までに大きくなると、ボロボロと土が剥がれていき、中から真っ黒い鱗が露出して、土塊が両手のような部分をハーフェッドの側に勢いよく置く。

 そうした途端、一気に土が剥がれ落ち、土塊に見えていた存在の姿が露わになる。

 アレクは見たことのない造形をしている召喚獣に驚き、その場で(すく)んでしまう。

 こちらに逃げてきていた男たちも同じように竦んでしまって立ち止まる。

 そして顔の部分が露わになると、召喚獣はとてつもなくけたたましい咆哮をして、辺り一帯が震えに震えた。


「これが()()()()……! 凄くカッコいい……!」


 咆哮を終えた黒鋼龍は怯える男たちを見下ろし、大きく息を吸い始め、口の中から何かを吐き出そうとしたその時であった。


「キ……キャパオーバー……」


 ハーフェッドがその場で倒れると、巨大な龍は泥へと変わり、辺り一帯に溶けてなくなってしまった。


「お、驚かせやがって! ただのハリボテかよ!」


 見掛け倒しだった事に腹を立て怒りを露わにする男たちの額には、太陽の模様に星の輝きを表したかのようなタトゥーが見え、アレクはすかさず剣を鞘ごと腰から引き抜き、男たちの顎めがけて殴打して、男たちを黙らせた。

 

「大丈夫かい!?」


 慌ててハーフェッドに駆け寄るアレク。

 抱き起こすとグロッキーな顔をしていたハーフェッド。

 それを見てさらに慌てたアレクは、カムイとアリシアが早く戻ってこないかと忙しなく辺りを見渡す。


「魔力切れ? それとも召喚の反動? どちらにせよ早くポーションを飲まないと」

「いや……いい……、私ポーション嫌いだし……、それに召喚にカロリーと魔力を使っただけだから……」

「えっ、それなら尚更ポーションを飲まなくちゃ」

「食事のほうが良い……、美味しい物を食べて魔力とカロリーを摂る方が良いから……」


 食わず嫌いなのか、ポーションは嫌だと意思表示したハーフェッド。

 それを聞いたアレクはひとまず腰からぶら下げた水筒の栓を開け、ハーフェッドに水を飲むよう勧めた。


「魔力が入った水だから多少はマシになるはずだよ」

「ありがとう……」


 ハーフェッドはグビグビと水筒から魔力水を飲み、ある程度飲むと気分の悪そうな顔ではなくなり、落ち着いた表情になる。

 アレクは水筒をハーフェッドの口から離し、その様子を見て一安心した。


「良かった、さっきよりかいくらかマシになったよ」

「魔力水なんて高い物、よく水筒に入れてるわね」

「魔法は使わないんだけど、アリシアに何かあった時に持っておきたくてさ」

「長い付き合いなのね」


 今の言葉だけで長い付き合いであると推察されたアレクは、若干驚きはしたものの、顔に出ていたのではないかと思い、苦笑いを見せた。


「長い付き合いだよ、腐れ縁ってやつかな」

「ふふっ、鎌かけたけどそうなのね」

「えっ」


 鎌を掛けられた事に気づき、ハッとするアレク。

 ハーフェッドはその表情を見て、アレクがとても素直な人間なんだなと思った。


「何二人でやっとるんじゃ」


 いつのまにか周りには、カムイにアリシア、それにトトまでいた。


「遅いですよ、ハーフェッドさんが召喚疲れになってたんですから」

「さっきうるさかったのはこやつの召喚獣が泣き喚いたからか。確かにリソースの割き方を間違っておるのう」


 カムイはハーフェッドの様子を見て、何もない空間に手を突っ込んで、中からポーションを取り出した。

 しかし、アレクがハーフェッドがポーション嫌いだと伝えると、部が悪そうな顔をする。


「なんじゃ、そやつ魔族の割にはポーションに苦手意識を持っておるんじゃな」

「悪かったわね、魔族の割にポーションが苦手で」


 カムイにハーフェッドはポーションの代わりになる栄養剤のパウチを口に突っ込まれ、ちうちうとそれを味わっていると、多少はハーフェッドの顔色が良くなったように見える。


「師匠、奴らに攫われた人達は?」

「全員助けた、すでにギルド職員が事後処理に当たっておる」

「そうですか、それなら良かったです」


 安堵するアレクを横目に、カムイは何かに勘付き魔刃剣を取り出し構える。

 魔刃剣を展開して構えるカムイを見て、アリシアとトトがカムイの視線の先に目をやった。

 アレクも三人が見た先を見ると、そこにはフィソフィニアに見せられた写真に写っていた人物が空から降り立つ様子が見えた。


「や、奴は……!」

「やはり出てきたか……! セラフィム!」


 カムイの慟哭に応えるように、地面に降り立ったセラフィムは笑みを浮かべる。


「あら、誰かと思えば私から愛するアレク坊やを奪ったカムイじゃないの」

「貴様こそ悪趣味な笑みを浮かべて何が楽しい。ここら一帯を人の住めん土地にでもするつもりか」

「話の通じない奴ね、カミサマが降臨する世界を無闇に破壊するわけないじゃない」

「何を言うか、第十階位の魔法をノーリスクで撃てるからと言って、見境なく放つ奴に話は合わせられんよ」


 セラフィムはとても美しい存在であった。

 流れるような流線的な眉、瞳は星の輝きを閉じ込めたかのようにキラキラと輝く乳白色。

 髪色はピンク色で、前髪は切り揃えられ、端の髪は遊ばせるように垂れ下がっており、後ろ髪は長く艶のある馬の尻尾のようにまとめられて垂れ下がっていた。

 見ていたアレクとアリシアとトトは、セラフィムが写真で見ていたよりも数倍綺麗に見えて、一度自分たちの審美眼を疑いかけた。


「アレク()()()もいるじゃない、来た甲斐があったわ」

「アレク、知ってはいるじゃろうが、奴には星導剣でしかダメージを与えられん。はっきり言うが自衛のための手段としてしか活躍はせんじゃろう」


 目を爛々と輝かせながらこちらに近づいてくるセラフィム。

 カムイは進んで前に立つが、アレクやアリシア、トトは及び腰になる。


「セラフィムって奴はどのくらい強いのよ」

「分からない、けど師匠が言った通りなら法外な強さなんだろう」

「この世界になんて奴降臨させてるのよ」


 セラフィムはジリジリとこちらに歩み寄り、互いの目と鼻の先まで到達した。

 互いに決定打が無い事を承知の上でのこの距離であった。

 カムイは警戒を解く事なくセラフィムを睨む。

 アレクは近づいてきたセラフィムを見て過去のトラウマが蘇り、魔力が分かるアリシアは竦み、トトは放たれる殺気を肌に感じ取りなお一層警戒心を高めた。


「私は星の器を見に来ただけなんだけど、まさか貴女が子供を引き連れてるなんて。奴隷商人にでもジョブチェンジしたのかしら」

「ほう、言ってくれるではないか。貴様こそ全く見つからない星の器探しに飽き飽きしてるのではないか?」

「星の器探しは趣味みたいなものよ、強引な手で集められた人間や魔族の中にいるとは到底思えないから」

「とんだ腐れ趣味じゃのう。貴様を今ここで叩き斬れるのであれば、奴らが瓦解するのは目に見えているのにのう」


 アレクは息を荒げ、胸が苦しいのか胸に手を当て握りしめた。

 アリシアは心配こそはしていたものの、目の前にした異次元の存在に竦み、動くことができなかった。


「アレクちゃんは変わらず……いや、少し勇ましくなったかしら」


 アレクの額から脂汗が流れ始めるが、セラフィムの顔をグッと睨んでいた。


「あらあら、カミサマに抗ったのが効いたのかしら、私に対してよくもまぁ」


 するりと伸びた綺麗な手がアレクの頬を撫で、アレクは生唾を飲み込んで固まってしまう。


「貴方は星の器になり得る存在、手荒な真似はしないわ」


 セラフィムはアレクの髪をサラリと触り、ふっと微笑み、隣にいるアリシアに目をやる。


「貴女はエレメンタル憑きね、私の威光にやられて動けないみたいだけど、見込みはあるわ。そして……」


 後ろにいるトトに目をやるが、しばらく眺めた後、何も言わずに視線を逸らした。

 何も言われなかった事に衝撃を受けたトトだったが、表には出さずに心の中で押し留める。


「カムイ、貴女には期待してるわ。きっとアレクちゃんをカミサマに近づけてくれるって」


 セラフィムは四人の元から離れ、夜の街に姿を消していく。

 あんなにも異質な存在が街に溶け込んだ事に、アレクとアリシア、トトは驚愕する。

 そして、セラフィムの姿が消えた事により、アリシアはすぐにアレクに寄り、労いの言葉をかけながら背中をさすった。


「大丈夫大丈夫、私がいるから」

「ごめん……アリシア、ありがとう」


 苦しい表情をしていたアレクは、アリシアが背中をさする事で幾分かマシになっていく。

 そんな中、栄養剤に夢中になっていたハーフェッドはこちらの方を向き、いつのまにか深刻な状況になっている事に今気づいた。


「はへ? なんでアレクくんが苦しそうにしてるの?」

「セラフィムに興味すら示さんかったのかこの小娘は」

「小娘扱いしないで」


 ハーフェッドはカムイに憤り、空っぽになった栄養剤の容器を投げつけ、怒りをあらわにした。


「栄養剤は食べるんじゃな。ポーションと変わらんじゃろうに」

「栄養剤は栄養剤、ポーションはポーション、違いはたくさんある」

 

 カムイは栄養剤の容器を何も無い空間に突っ込み、手を引き抜くと、容器は消えていた。

 それを見たハーフェッドは目を丸くして立ち上がると、カムイに近寄ってまじまじとその手を眺めていた。

 トトはアリシアに加勢してアレクに労いの言葉をかけていたが、アレクはまだ立ち直れそうにないようだった。

 セラフィムに見逃された。

 カムイ以外はそのことが心に残り、尾を引いた。


「奴はやはりワシ以外、眼中にないようじゃな」

「アレクについてはなんだかんだ気にかけてたみたいだけど?」


 カムイ一行は冒険者ギルドが用意した宿の部屋に戻っており、いまだに立ち直れないアレクを心配するようにして話し合っていた。


「アレクはのう……、奴の庇護下に置かれていた時期があってな。ワシは助けただけじゃから細かい事は知らん、恐らくその時の事がトラウマになっておるんじゃろう」

「また私の知らない話してる。……けど確かアンタが家に訪ねてきた事があったわね。まさかあの時ぐらいに……?」

「そうじゃな、お主の家に連れていくのが良いと判断して連れて行ったあの時分じゃな」


 それを聞いてピンときたのか、アリシアはカムイに詰め寄った。


「なんでそんな事があったって話してくれなかったのよ!」

「必要以上に重石をお主に与えたくなかったからじゃよ。アレクが孤児院から出る時に面と向かって送り出した仲じゃと知っておったしな」

「な、なな、なんでその事を知ってるのよ」


 アリシアは動揺を見せていたが、一番聞かれたくない相手がいるためでもあった。


「にゃにゃ、なんて深い仲にゃ。そんな小さな頃から愛し合っていたにゃんて」

「コイツの前でアレクとの関わりを匂わせないで!」


 アリシアがアレクとの話を聞かれたくない相手――トトはニンマリと笑みを浮かべてアリシアに近寄った。


「お熱いにゃー、熱々すぎてこっちが焼けちゃうにゃー」

「そうやって茶化さないで!」


 真っ赤に頬を染めてアリシアは反撃をするが、トトにスルリと避けられて攻撃は空を切る。


「ハーフェッド、貴様の召喚獣は一応確認出来た。必要以上にゴテゴテしていたな、その上内部構造までにも気を配りすぎて、少し動かすだけで魔力とカロリーを消費していたな」

「一目見ただけで私の召喚獣の欠点を見抜くなんて、ただの魔法剣士じゃないのね」

「言ったじゃろ、召喚士にも精通しておると」


 うなだれてため息を吐くハーフェッド。

 髪をいじりながら、カムイに改善点を聞く。


「そうじゃな、召喚獣を小さいサイズで召喚してみせよ。細部には拘らず、おもちゃのような感じでのう」

「召喚獣をおもちゃのように召喚……か。やった事ないけど、良い練習になりそう」

「召喚士は召喚をすることから始まるが、召喚出来ても維持できなければ何の意味もないからのう」


 ハーフェッドは納得するように深く頷き、すぐさまカムイに言われた通りのやり方で召喚獣を召喚しようとする。

 しかし、魔法陣までは構築出来たものの、肝心の召喚獣が現れなかった。


「召喚コストが高い物を小さくしただけでは召喚出来ん、却って召喚に不備が出てくる」

「魔法陣の再構築からかぁ……」


 ハーフェッドは手のひらの上に展開していた魔法陣を消し、再び詠唱をし始めて、詠唱陣を展開するのであった。


「アレク、私が知らない事、知らないままは嫌だから。……今無理そうならいいんだけど、話せるならセラフィムの庇護下にいた時の事を話してほしい」

「アリシア、僕自身は構わないよ。ただ話の途中で遮ったりはしないでほしい」

「分かったわ、話せる所まででいいからね」


 アレクから語られたのは、つい数年前の雨の酷い日に繋がる話であった。

次回も不定期更新になります

出来るだけ早く取り掛かりますが、遅くなるかもしれません、ご了承下さい

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