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剣と魔法が交わる世界で  作者: 天望
24/49

第24話『開拓地ニューフロンティア』

 ニシノニシから()ったのは日が登る前の時分(じぶん)であった。

 早朝だったのにも関わらず、ギルド職員たちや冒険者はシャッキリとしており、眠気眼を擦る者はいないように見える。

 しかし、そんな中にも眠気眼を擦る者がいた。


「のう弟子たちよ、あそこまでワシが忠告したのに寝る間も惜しんで修行に励んだのじゃ」

「それはその……、なんか興が乗ったんですよ」

「人はそれを深夜テンションと言うのじゃよ、全く」


 ピシャリとカムイがアレクに言う。

 アレクもアリシアも眠そうであったが、トトはそうでもないような雰囲気であった。


「して、トトはしっかりと寝ておったようじゃな。結局室内じゃったから、修行もすぐに終わっておったし」

「二人が頑張り屋さんなだけにゃよ、アタイは怠け者のトトにゃからねー」


 能天気にそう言ってのけ、トトはアレクたちのことを見てニヤニヤと笑みを浮かべる。


「アレクは別に良いけど、アリシアはどうかにゃー、夜更かしは肌の天敵って言うからにゃー」

「一日ぐらいどうってこと……ないわよ」


 眠気も気持ちも相まってか、弱々しい返事をするアリシア。

 トトは物珍しいものを見たかのように目を見開き、アリシアにちょっかいをかける。


「今のアリシアになら何やっても反撃されないにゃー」

「ちょっと……やめなさいよ」


 ふわっとした動きでトトのちょっかいを止めようとするアリシアだったが、案の定トトを止める事は出来ずに終わった。


「にゃはは、ちゃんと寝てないからにゃ」

「……後で倍返し……してやるんだから」

「やってみるがいいにゃ、どうせ馬車の中で眠って忘れるんにゃから」


 高笑いをしながらトトは胸を張り、アリシアに向かって勝ち誇ったような顔をする。


「トトも言った通り、馬車の中で寝るがよい。どうせニューフロンティアに着くまでには長いじゃろうしな」

「師匠は眠らないんですか?」

「仮眠程度には眠る、長く寝れないのは慣れっこじゃからのう」

「歳ですかね……」


 歳のことを揶揄したアレクの頭に拳骨が飛ぶと、一行の前に馬車が停まった。

 カムイを筆頭に馬車の中へと入っていく一行。

 すると、その後ろをちょこちょことついてくる者がいた。

 しかし、眠気と言うデバフが掛かったカムイたちはそれには気づかず、その小さな客人は一行と共に馬車へと入った。

 馬車の扉が閉まり、発車する。

 ガタゴトとゆらりゆられながら、カムイたちは夢の中へと(いざな)われていくのであった。


 アレクが眠りから覚めた頃には、馬車は停まっていた。

 アンセムたちやカムイたちがいないことに気づいたアレクは、馬車から出て辺りを見渡した。

 すると、近くに立っていたのはアリシアで、馬車から出てきたアレクに気づく。

 アレクはアリシアに近寄ると、


「休憩中? まだニューフロンティアには着いていない感じかな?」

「いや違うわ、索敵中よ。ニューフロンティアまでは後もう少しなんだけど、魔物が襲ってきたの」

「えっ」


 アレクはすかさず鞘から剣を抜き取り、辺りを注意深く覗く。

 見える景色とすれば、丘に登るうねり道に馬車が連なるように並び、さわさわと背の低い雑草が風にゆられているぐらいだろうか。

 他の冒険者たちが同じように索敵をしながら辺りを見渡しており、アリシアも魔法を詠唱し始めて、アレクに緊張感が走る。


「こんなに見晴らしが良いのに見つからない魔物だなんて、存在するのか……?」


 空には雲ひとつない晴天が広がっている。

 怪鳥やワイバーンと言った飛行生物が飛んでいればすぐ分かるはず、なのでアレクは地上に目をやった。

 風が心地よく吹き、柔風に揺れる草しか見えない。

 しかし、馬車に繋がれている馬がしきりにいななき始め、バタバタとその場で足踏みをして暴れる。

 動物にしか認知出来ない魔物、そんなものは存在しない。

 アレクはそう思い、草の風の流れをよく見た。

 すると、左斜め前辺りの離れた場所に、何か巨大な物体を避けるように風が草を伝って流れており、アレクは声を上げた。


「十一時の方向に魔物がいる!」


 アレクの一声で冒険者の視線が一斉に集まるが、姿が見えない魔物と認識出来ずに、怒鳴り声を上げる者がいた。


「お前の目は節穴か! どこにもいねぇじゃねぇか!」

「姿を隠してる! 恐らくゴーストロック(幽霊岩石)かと!」


 ゴーストロック――鉱山地帯によくいる岩石型の魔物。

 その場の景色に溶け込むように姿を隠すことで、山に入ってきた動物や人間などを襲う機会を伺う。

 姿を現す時は、獲物がある程度近くに寄った時である。


「アリシア、君の魔法でなんとか出来ない?」

「私の魔法も万能じゃないわ。ちゃんと姿が見えないと、どれだけの魔法を使えば良いのか分からないんだから」

「そうか、なら……!」


 アレクはすかさず走り出し、止めようとしたアリシアを振り切った。

 風で切り立った草を目印に、剣を下ろしながら走るアレク。

 それに続くようにカムイが走り出し、魔刃剣を携える。


「師匠! 近づいたら姿を現して舌のような触手を伸ばしてくるはずです! それを叩き斬ります!」

「やれるか!?」

「やってみせます!」


 切り立った草が少し風を吸い込んだように見えたと思えば、その場に場違いな岩石がカメレオンの擬態を解いたように現れ、バカリと黒い隙間が開く。

 その中から高速で赤い帯のような物がアレクに向かって伸び、アレクはその場で身を(よじ)ってすかさず剣を振るった。

 ズバリと断ち切られた触手から緑色の血液が吹き出し、ゴーストロックが悲鳴に似た金切り声を上げる。

 姿を確認出来たアリシアは、高速詠唱を交えながら魔法陣を展開して、暴れ出したゴーストロックの体を氷漬けにする。

 氷漬けにされ、身動きの取れなくなったゴーストロックの殻の隙間を縫うようにしてカムイは魔刃剣の刃を差し込み、致命の一撃を与えた。


「まだ他におるのか?」

「分からないですけれど、馬たちが騒がしくないのでいないかと」

「そうか、全く、こんな所におって何がしたかったのやら。あ、素材とかはお主らに渡す、ワシはいらんからの」


 と言ってカムイはゴーストロックの体から降り、魔刃剣を解いて馬車へと向かっていった。

 アリシアがこちらに来る様子はなかったので、アレク一人が素材を丸ごとぶん取る形でその場は収まった。

 素材だけを収め、アレクも馬車へと帰ろうとすると、一人の少女が亡きゴーストロックの残骸を眺めており、何かぶつぶつと独り言を言っていた。

 アレクが気にせず、その子の側を通ろうとしたその時であった。


「貴方、絶対許さないんだから」


 その子に殺意のこもった目で睨まれながらそう言われ、アレクは立ち止まりそうになったが、空耳だろうと気持ちを切り替えて馬車へと帰った。

 しかし、それで終わりでは無かった。


「アレクくーん、君ってば結構フィジカル派ー?」

「なんですか、藪から棒に」

「そこはフィジカル派って答えるとこ」


 軽口を叩くアンセムに呆れた様子のアレクは、馬車へと乗り込んで席へと座ったのだが、先程の殺意のある目で睨んできた子が前の席に座っていたのだ。


「なっ……!」

「アレク君たちは知らないだろうけど、ニシノニシで合流した冒険者さんだよ。こっちも四人目が乗れるわけだし、ここに乗ってもらったんだ」


 アンセムから紹介された冒険者は、赤い瞳に、肩までかかるぐらいのウェーブがかった銀髪、白磁のような白い肌にキチンとした制服のような服を着てアレクの事を睨んでいた。


「今からでも別の馬車に……」


 逃げようとするアレクを追い詰めるように馬車の扉が閉まり、アレクは席に渋々座り直した。


「なになに、なんかあったの?」


 何も知らないアンセムが銀髪の子とアレクを交互に見て、アレクは重い腰を上げてその子と話すことにした。


「なんで君に殺意のある目で睨まれなくちゃならないのかはよくわからないんだけれど、何か……あった?」

「貴方は……貴方は……!」


 語尾が強まったかと思えば、銀髪の子は席から勢いよく立ち上がった。


「ゴーストロックの美しい触腕を叩き斬った、それが許せないの!」

「しょ……しょくわん……?」


 聞き慣れない熟語に悪戦苦闘していると、銀髪の子はアレクに詰め寄った。


「あれを叩き斬るだなんて言語道断! いますぐゴーストロックに謝りなさい!」

「あ、謝るって言ったって、あれは魔物だし……」

「魔物だからなんなのかしら。魔物だって人間のように独自の進化を遂げているのよ、敬意を払って接するべきだわ」


 声音から察するに女の子なのだろうが、アレクは気の強い女の子との関わりがあると、少し悲しい気持ちが湧いてしまう。

 普段から、気の強い女の子が近くにいるせいだろうか。


「ちょっとあなたアレクに詰め寄ってなんなのよ。話があるなら私も噛ませてもらうわよ」

「今はこの子と話してるの! なんとか言ったらどうなの!」


 馬車の中が一触即発な状況になり、場の空気が熱を帯びたようにヒートアップする。


「謝らない、僕だって危険を賭してまで触手を斬ったんだから」

「言ったわね……!」


 銀髪の子がアレクに食ってかかろうとした途端、馬車が急に動き出し始め、バランスを崩した銀髪の子の顔がアレクのズボンの上に乗ってしまった。

 馬車にいる一同に衝撃が走り、当の本人はともかく、アレクはあまりの出来事にフリーズしてしまう。

 しかし、一番衝撃を受けているはずの銀髪の子は、スッと顔を上げて、フニフニとズボンを指で触ると、冷静に席へと帰っていった。

 そして、


「男の子だったのね。てっきりガタイのいい女の子かと思っていたから」

「いや……その……なんて言うか……ごめんなさい」

「素直にそう言えばいいのに。ゴーストロックも許してくれるはずよ」


 アレクは銀髪の子に謝ったのだが、なぜかゴーストロックに謝ったことになり、加熱していた馬車内の空気が一気にクールダウンした。

 しかし、興奮冷めやらぬ状態のアリシアが噛み付くようにして話しかける。


「あんた名前は? それに冒険者の割には小綺麗な格好してるじゃない、学者か何か?」

「私の名前はハーフェッド・ドラゴニクスよ。学者じゃなくて正真正銘の冒険者、分類するなら召喚士ってところかしら」


 ドラゴニクスと聞いてアリシアの目の色が変わり、興奮冷めやらぬ状態から普段の落ち着きに戻り。

 

「ドラゴニクス……。ハーフェッドさんは魔族なのね」

「よく分かった……と言いたい所だけど、知らない訳ないものね。ドラゴニクス家と言えば有名な貴族なんだし」


 小さな声で耳打ちをするようにアレクが、そうなの?、と聞いたのでアリシアは小さく頷き、話を続けた。


「私はアリシア・ド・フォーレンよ。こっちのなよっちいのがアレク・ホードウィッヒで、こっちは……」

「トト・シーハにゃ、弓を得意とする獣人(ビースタス)の女の子にゃ〜」

「で、一番向こうにいるのがカムイ・シンバットよ」


 アリシアに紹介されたカムイはハーフェッドには興味がない様子であった。

 しかしなぜかハーフェッドは輝いた目でカムイを見つめて、熱い眼差しを送っていた。


「なにかあいつにでも言いたいことがあるの?」

「トドメの刺しかたがとても綺麗だった。あれなら標本に出来るぐらいの死体が出来たはずだわ」

「あぁそう」


 ハーフェッドが本当に魔物が好きなのだなと理解したアレクたちは、魔物の話はしないようにしようと思うのであった。


「……で、召喚士って具体的にどんな事をするの?」


 魔物以外の話で花咲かせていた一行は、ハーフェッドが名乗った、召喚士と言う職業について聞いてみたくなったので、アレクが気になって聞いてみた。


「自分が使役する召喚獣を召喚するのが主ね。使役出来る数にも限度はあるけれど、大体は五、六体同時に召喚出来ればプロね」

「ハーフェッドさんはどのくらいの召喚獣を使役しているんですか?」

「そうね……私は」


 ハーフェッドはスッと前に両手を出して手を広げる。

 十体もの召喚獣を使役しているのかとアレクたちは思ったが、ハーフェッドはすぐに指を折り始め、立っている指の数が段々と減っていき最終的には片手の人差し指だけが立っているだけになった。


「一体だけ……!? 本当なの?」

「最後まで話を聞いてほしいわ。最初から一体だけしか使役してた訳じゃない。最初は十体の召喚獣を使役をしていたんだけれど、召喚士にも召喚出来る召喚獣の数に限度があるの」

「五、六体を同時に召喚するのがプロ召喚士の基準だよね?」

「ええそうよ。けど、数があれば良いって訳じゃない、質よ、私は質を求めたの」


 ハーフェッドは握った手を人差し指を立てた手に合わせ、アレクたちは首を傾げた。


「召喚のリソースを一体だけに集約して、強力な召喚獣を召喚する。それが私のやり方よ」

「す、凄い……! だったら名の知れた冒険者なんだね」

「そうだったら良かったんだけどね……」


 フッとハーフェッドの顔に陰りが差す。

 理解出来ないアレクを横目にアリシアが釘を刺すようにこう言った。

 

「召喚士って召喚してからが肝なのよ。多分察するに、リソースを割きすぎて召喚獣の姿を維持するのが難しくなってるんじゃないかしら」

「そう、アリシアさんがおっしゃる通り。私は質を求めすぎたあまりに、召喚獣を召喚するだけの見掛け倒し召喚士として名が広まったのよ」


 そうだったのかとアレクが頷いていると、カムイが横槍を入れるように話に入り込んできた。


「召喚獣は何というのだ、名前ぐらいはあるじゃろう」

「オ、オリジナルネームだから恥ずかしい……」

「ドラゴニクスから名を取って、『ドラゴン』じゃったかのう、確か」

「知っててもさらっと言わないで!」


 恥ずかしさのあまり赤面するハーフェッドを見て、アレクたちは聞き慣れない名前にドギマギしていた。


「ドラゴンってなんなんですか?」


 アレクの真っ直ぐな質問に、ハーフェッドは髪を指でいじりながら目を逸らし、答える。


「ドラゴンはその昔に存在していたとされる伝説の魔物よ。ドラゴニクス家の名前の由来はそこから来ているの。爬虫類のような鱗を持ち、口から火炎を吐き、空をも飛べる翼があるの。時に人と喋ったって言う逸話もあって、魔法だって使える高位な魔物なの。そんな魔物がいるって知ったのは古い書物を読んだからで、それから……それから……」

「長くなりそうなので端的に三行でお願いします」

「とにかくものすっごく強い爬虫類の高位な魔物って事!」


 ハーフェッドがとても大きな声で返答したので、アレクたちはビリビリと耳が痛み、キーンと耳鳴りがした。


「ろくに姿も知らん魔物を召喚獣として召喚するせいじゃろう、今の見掛け倒しなところは」

「ぐっ……!」


 カムイの核心をついた指摘に、ハーフェッドはぐうの音を上げてうなだれ、いじけ始める。


「そうですよ……、私が古い書物で見た、文字でしか想像した事のない存在だから困ってるの」

「じゃが、ロマンはある。貴様がドラゴンを召喚するのには興味がある。また後で見せてはくれないかの」

「えっ、でも、貴女は剣と魔法しか使えないのでは? 召喚士と畑違いな事を百も承知で見るつもりなんですか?」

「ワシは召喚士になろうとした事もある。教えられる事があれば教えてやろう」


 そう言ってのけるカムイであったが、懐疑の目が隣から注がれていることに気づき、ムッとした顔になる。


「なんじゃお主ら、ワシがこの身一つだけでなんとかやってきたのではないかと言いたげな目は」

「魔法に似てはいるけれど、召喚術も結構難解だからそう易々(やすやす)と教えられるのかしらって、私は思ってるのよ」

「ワシに限界などない。ワシは剣術に魔術、弓術に加えて召喚術にも長けておる」

「へぇー」


 嘘をついているわけでは無いとアリシアは知っていた。

 アリシアも一時期、召喚術に習った魔法の使い方をカムイから教わっていたからだ。


「アタイは弓術について教えてもらいたいにゃ〜、あの時の鋭い一撃には痺れたからにゃ〜」

「ニューフロンティアに金山堀りに行くのじゃから、的を使った修行が出来るのう」

「にゃはは、労働の後の修行は勘弁してほしいにゃ」


 トトは気怠げに背伸びをするとふぁっとあくびをして、まぶたを擦りカムイの肩に頭を寄りかからせた。


「なんじゃ、また眠るのか」

「怠け者のトトにゃからねぇ、眠れる時は眠っておくのが吉と出るにゃ」


 そのまま目を閉じたかと思えば、たったの数秒で小さな寝息を立て始め、トトは夢の世界へと誘われた。


「怠け者ね」

「まぁまぁ、ニューフロンティアに着くまではそっとしておこうよ」


 その様子を見てローズとリリーが笑みをこぼす。

 アンセムはそんな二人を見て幸せそうな顔をする。


「冒険者界隈じゃ伝説的な存在なんだろう? 紫電のカムイさんは」

「その事は言わんでも良い。形骸化しておるからな、ワシの評判など。ただの飲んだくれの女好きなギャンブル狂とでも思っておけばいい」

「俺の姉と両親の命を助けてるんだぜ、あんたは」

「それは貴様が勝手にワシの名を使ったからじゃろう。……降ってかかる火の粉は払ってやるがな」

「そう言うところだぜ、カムイさんの良いところは」


 冒険者一同を乗せた馬車は少しずつ荒れた道に入って行き、近くには草木も生えぬ禿げた岩山が連なって並ぶのが見えていた。

 開拓地ニューフロンティアはすぐそこである。


 一行は馬車から降り、冒険者ギルドの職員からこれから何をするのかについての話を聞いていた。


「――であるからして、金山に入っていただき、主に金を掘ってもらうのが滞在期間中の労働内容であります。そして滞在していただく宿に関しても、こちらで用意しています。滞在期間中の宿代、食事代と言った諸々の費用は冒険者ギルドが負担します。以上について質問のある方はいらっしゃいますか」


 バラっといる冒険者一同の顔を見るギルド職員。

 質問などは特になく、手を挙げるものもいなかったので、説明会はスムーズに終わった。


「どうする、今からでも金山に入って労働に勤しむ事も出来るが」

「僕たちが来た本当の理由って金を掘りに来たんじゃなくて、『星なる者たち』がどれだけニューフロンティアを侵食しているのかを調べる。それと、フィソフィニアさんが言っていたギャングの事もありますし」

「ワシとしてはある程度リブラ硬貨を持っておきたい。調べる役と稼ぐ役で別れよう」

「じゃあ話し合いで決めましょう」


 アレクはほとんど諦めていた。

 この四人が話し合いで役割が決まるわけでもなく、言い争いに発展しそうになったため、ジャンケンで役割を決めることにした。


「恨みっこ無しですからね、じゃーんけーん――」


 金山の麓には、人が住む家屋や小屋などがあり、馬を繋ぎ止める厩舎などもあった。

 麓の町へとやってきたのは、金色の髪をした赤い瞳の少年アレクと、緑髪とエメラルド色した瞳を持つトトであった。


「いいかい、勝手な行動はしないようにね」

「分かってるにゃ、町の様子を見ながら町人に話を聞いたりするぐらいにゃ」

「アリシアと師匠なら金掘りに出かけても問題ないから良かったけれど」


 アレクがじっと隣にいるトトを見ていると、トトは分が悪そうに視線を逸らした。


「堀りに行くのがアタイだったら徹底抗戦してたにゃ。恨みっこ無しですからね、とか言ってたけど、アレクも掘りに行けるような体躯じゃないにゃ」

「これでも結構鍛えているんだけどなぁ」

「細っこいにゃ。あの召喚士のハーフェッドやらも、女の子と勘違いするぐらいにゃから」

「むむむ……」


 見た目から女の子と間違われていた事実を突きつけられ、アレクはしかめっ面をすると、トトがご機嫌になる。


「しかめっ面してても可愛げのある顔にゃね。良いこと思いついたにゃ、町人に質問して統計を取るにゃ、この子は男の子か女の子、どちらに見えますか? って」

「そんなことしないよ、やるだけ無駄さ」

「無駄を楽しむのも調査の一環にゃ」


 ニヤニヤと笑みを浮かべながらそう言ったトトは、見かけた町人に我先にと近づき、後から来たアレクの性別について尋ね始める始末であった。

 アレクは呆れた様子ではあったが、自分が周りからどう見られているのか気になるようで、トトに質問を止めるように促さなかった。


「……で、聞いたけど、男の子五十、女の子五十って別れたね」

「にゃはは、アレクはどっちにも見えるって訳だにゃ」


 休憩を取るためにベンチに二人は座っていて、質問の集計結果を話していた。

 どちらにも見えてしまう、と言った集計結果に納得がいかないアレクであった。

  

「君はハッキリと女の子って分かるから良いよね。獣人特有の際どい服も着てるし」


 自分の容姿と服装を指摘されたトトは、顔を真っ赤にしてアレクに反論する。


「にゃにゃ! にゃんでアタイの話になるにゃ! からかうのも大概にするにゃ!」

「からかっちゃいないよ。僕はいつだって真剣さ」

「にゃっ……!?」


 トトは焚き火に薪を足したように勢いづいていたのが、アレクの一言で萎びていき、顔を真っ赤にしたままうなだれてしまう。


「アリシアもそうなんだよね、昔っから女の子女の子していて、注目を浴びることが多かったし。あぁでもトトも良い顔してるしモテてたんじゃないの?」

「アリシアと比較しながら聞いてくるんじゃないにゃ……」


 萎びたトトは、弱々しい声でそう言いながら片手でアレクの肩を殴る。

 こうも弱ったトトを見たことがなかったアレクは、少し間を開けてから再びアリシアについて話し出した。


「アリシアがあんな強い口調なのは、周りからの信頼や期待を一身に背負っていたのが原因でさ。トトだって族長の子供だったんだから、何かしらの期待なんかを背負った事はあったんだろうけど、トトとアリシアは対比しているように見えてね」

「にゃに……言ってるにゃ」

「別に君がその期待の重圧から逃げたって訳じゃ無いんだろうけど、今の君は見てて不安になるよ、とりつく島がない人みたいでさ」


 アレクの肩に当たっていたトトの拳が力なく垂れる。

 拳が垂れたと同時にトトは震えたような声で喋り始めた。


「アリシアはきっとアレクにとって良いお嫁さんになるにゃ。間違いなく保証するにゃ」

「そうなのかな、尻に敷かれそうな気もするけれど」

「アタイはアレクにとってどう見えてるにゃ……?」


 トトがアレクをウルウルとした上目遣いで見てきたので、アレクは一瞬出掛けた言葉を飲み込み、気を落ち着かせてから返答した。


「君は可愛いよ、それに実力だってある。ドゥーべを倒す時だって助けてくれたんだし」


 と言うと、狙っていましたと言った顔になるトト。

 それを見てアレクはあっと声を出して、すぐに訂正しようとするが、時すでに遅し。

 トトはベンチから立ち上がり、アレクの前へと歩み出る。

 

「言質取ったにゃー、アタイは可愛いし実力もある事は知ってたけど、言わせる相手が大事にゃからにゃあ」

「僕がちゃんとした話をしようとしたのに茶化すだなんて!」

「否定はしないんにゃねー、まっ、そこがアレクの良いところなんにゃけどね」


 逃げるようにして走り出したトトを追いかけるようにしてアレクは走り出す。

 捕まえるのは至難ではあったものの、トトに追いついたアレク。

 町の中心地に迷い込んだアレクたちは、周りを見渡すようにあたりを観察した。


「変な張り紙なし、変な建物なし、変な旗もなし。『星なる者たち』の拠点があってもおかしくはないのににゃあ」

「もしかしたら派遣する形で布教活動をしているのかもしれない。ここら辺の人たちにも話を聞いてみよう」


 二人は手分けして町人に話を聞いて回る。

 そして、お互いに集めた情報を伝え合うため、合流した。


「でね、最近夫の金遣いが荒いって話をされて、質問を重ねてみたんだけど、ただ若い女の人と不倫してただけだったって訳さ」

「なんにゃそれ、アタイは宝石が似合いそうだから裏に来て欲しいって、宝石商に言われてほいほいついて行ったら、ただの獣人好きな変な奴だったにゃ」

「貰ってきたのかい? それ」


 帰ってきたトトの耳には緑色の宝石と金飾(きんしょく)が施された耳飾りが被さっており、飾りっけのある服と似合っていた。


「タダで貰ってきたにゃ。売ったら高く売れるかにゃ?」

「売れるとは思うけれど、君に似合ってるから売らない方が良いと思う」

「またまたー、軽々しく女の子に言って良いセリフじゃないにゃ」


 アレクは、そうかな?、と一人ごちると、買ってきていた軽食を一噛みした。


「なんにゃ? それは」


 アレクは口に入れたものを咀嚼し切って飲み込んだ。

 

「爆弾おにぎりだってさ、金採掘に使われる爆薬をイメージした軽食らしいよ」

「一個ちょうだいにゃ」

「いいよ」


 アレクは袋から握り拳大の大きさのおにぎりを取り出してトトに手渡すと、トトは銀紙を剥がし取り一口頬張った。


「味はまぁまぁにゃね、塩がかなり効いてて、普段食べるのには向いてないにゃ」


 べぇっと舌を出して顔をしかめるトト。

 それを横目にアレクはパクパクと爆弾おにぎりを食べていき、食べ終わると包み紙を綺麗に折り畳んだ。


「よくそんな速度で食べられるにゃね」

「お腹が空いてたからね、トトもそうなんじゃないの?」

「そうにゃけど……」


 まだ半分以上残っている爆弾おにぎりを見て、トトはあからさまに嫌そうな顔をして、アレクに食べ残しを押し付けた。


「食べないのかい?」

「遠慮せず食べるにゃ、アタイはもういいにゃ」

「そうかい、じゃあいただきます」


 トトから貰った二つ目の爆弾おにぎりをアレクは遠慮なく食べる。

 そして包み紙をゴミ箱に捨て、アレクとトトが再び町人に話を聞きに行こうとした、その時であった。

 突然トトの背後から見知らぬ手が伸びたかと思えば、あっという間にトトが抱え上げられ、攫われてしまったのである。


「トト!」


 アレクは慌てて走り出し、トトを攫った人物を追いかける。

 見たところ男のようで、男が追いかけてくるアレクをチラリと見た時、額に『星なる者たち』のタトゥーが入っているのが見えた。


「待てー!」


 男は通りがかる人にぶつかりながら進み、追うアレクは判断を誤りそうになる。

 トトを攫った男を追いかけるのか、ぶつかられて倒れた人を介抱するのか、と。

 しかし、今はトトを攫った男を追いかける方が良いと判断して、アレクは男を追った。


「アタイを攫っても何の得にもならないにゃ! 紫電のカムイが出てくるにゃよ!」


 ジタバタと暴れながらトトはそう言ったが、男は気にする素振りもなく、進路をあちらこちらへと変えてアレクを撒こうとする。

 アレクはなんとか追跡はするものの一向に追いつく事が出来ず、狭い路地裏に消えたのを最後に、トトを攫った男の姿は煙を巻いたかのように消えてしまったのであった。


「くそ……! どこへ行ったんだ」


 狭い路地裏をくまなく探すのも良かったのだろうが、日が沈みかけており、暗くなってからでは探しようもないとアレクは仕方なく諦める。

 アレクが諦めて帰ろうとした時、路地裏の道にキラリと光る物が見え、アレクはそれを拾った。

 落ちていた物、それは、トトが耳に被せていた耳飾りであった。


「アリシアに頼めばまだ見つけられるはずだ、早く帰ろう」


 まだ見つけられる希望があるのだと、胸を高鳴らせながら帰路に着く。

 だがしかし、なぜトトを狙ったのかは分からずじまいで、アレクはそれだけが心残りであったのである。

次回も不定期更新になります

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