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剣と魔法が交わる世界で  作者: 天望
23/49

第23話「情報屋フィソフィニア」

日が落ち、町が夜の色に染まる時刻。

 酒場『バーニング』は活気よくなり、中では一日限りの新人たちが精を出して働いていた。


「ムギエール三人前、マルマルダコの唐揚げ一人前。あとそれと、ジャンジャンポテトのジャンジャン揚げ三人前ね」

「ムギエール三人前、マルマルダコの唐揚げ一人前、ジャンジャン揚げ三人前ですね!」


 元気よく注文を繰り返してハキハキと喋るアレク。

 アレクは金色の髪を隠すようにタオルを巻き、赤い瞳はキラキラと輝きを見せ、お客様に対する接客術を遺憾なく発揮していた。


「あんな子がうちのパーティにいたら、毎日愛でちゃいそう」


 アレクの接客術により、酒場にやってきた女性冒険者の心を鷲掴みにしていき、注文が無いにも関わらず呼ばれることもあったが、笑顔を絶やすことなく接客をする。

 それと人気の双璧を成していたのはアリシアで、男性冒険者はアリシアの美少女振りに心を奪われていた。

 艶のある黒い髪が馬の尻尾のようにまとめ上げられ、サファイアのような青い瞳と目が合えば、キラリと輝く微笑みが返ってくる。

 白磁のような白い肌は、同じ冒険者には無い天賦の才そのものだった。


「ご注文はお決まりでしょうか?」

「ム、ムギエール四人前に、テ、テッポウ魚のフライ二人前。そ、それと〜、アリシアちゃんの笑顔……なんてね!」

「ムギエール四人前にテッポウ魚のフライ二人前、それと……」


 アリシアは注文をしてきた男性冒険者に向かって、キラっとした笑顔を見せ。

 笑顔を食らった男性冒険者は「ぐっ!?」と絶命して倒れ伏した。


「サービスですよー♪」

「アリシアちゃん半端ね〜」


 倒れ伏した男性冒険者を介抱する仲間をよそに、アリシアは注文を裏の厨房に伝えに行く。

 それを横目に、品出しされた物を運ぶトト。

 小走りだけれど軸がブレず、たくさんの品を両手のお盆に抱えて運ぶ姿は正に配膳車。

 緑色の軌跡が酒場に流れ、緑色の瞳が机を捉えて離さない。

 注文された机をあっという間に覚えて、瞬時に運ぶトトの仕事振りに、パスカルはほぅと息を吐いた。


「みんな物覚え早くて助かるわ〜。毎日来て欲しいくらいの働き振りね」

「正式に雇ったらどう? 冒険者って不安定な職だしさ」


 アンセムがぶっきらぼうにそう言うと、パスカルは口を尖らせてこう言った。

 

「一日だけって言ったでしょう? 日雇いぐらいがちょうどいいのよ、あの子たちには」

「仕事で息抜きって感覚、あんまり共感出来ないな」


 ジリジリと距離を詰めるパスカルは、頬杖を立てるアンセムに笑みを見せ、

 

「アンちゃんもやってみる? その顔立ちならアレク君に並ぶぐらいの女性人気は出るはずよ」

「僕はパス、目が合うと大変な事になるからな」

「サングラスはその為?」

「察してくれよな、これでも精一杯の配慮してんの」


 サングラスの縁を摘んで位置を直すアンセム。

 隣にいるローズとリリーは、アレクたちの働き振りを見て優しい目をしていた。


「あの子たち、冒険者とは思えない。紫電のカムイってどんな人なのかしらね」

「気になるわね、剣術魔術を多彩に操れる人物がどんな教えを説くのか」


 アンセムはグビリと酒をあおり、コップを机に置く。


「命の恩人でもあるんだ、足向けて寝れねぇよな、全く」


 活気付いた酒場の扉が突然勢いよく開くと、酒場にいた冒険者やアレクたちの視線が、扉を開けた人物に集まった。

 白い衣装に日に焼けた肌、絹のような白い髪に黄金(こがね)色の瞳をした、背の高い人物。

 アレクたちはその人物に見覚えがあり、パッと明るい表情を見せるが、その隣にいた人物を見て懐疑的な顔になった。

 端正な顔立ちをしていて、金色の髪を(なび)かせ、エメラルドグリーンの瞳に、白磁のような白い肌。

 特徴的だったのは耳で、横に長く伸びて尖った耳をしていたのだ。

 格好は肌が露出するような際どい服で、白い布で出来た目隠しのようにしか見えなかった。

 そんな二人が現れた事により、酒場はざわつき、熱気が一気に冷めてしまう。


「空いてる席はあるかの?」

「空いてる席ならそこに」


 日に焼けた肌の女性――カムイは空いている机を見つけ、ご丁寧に隣にいた女性をエスコートする。

 その様子を見て気に食わなかったのはアリシアで、つかつかと歩みを進めて、カムイが着いた机にいち早く到着した。


「ご注文はお決まりでしょうか?」

「待て、今来たばかりじゃ。急かすでない」


 アリシアの外行きの面に慣れていないカムイは、対応したのがアリシアで無いと思い、よそよそしい態度をとって、アリシアの怒りゲージを貯める。

 机に置いてあるメニュー表を取り、カムイは隣に座った女性と半分半分に分けながらそれを見ていた。


「どれも見た事ない料理ばかりね。ニシノニシじゃ有名な酒場だから来てみたけれど、来て正解だったわね」

「そうじゃな、どれを頼もうか……」


 カムイはちらりとアリシアの方を見る。

 それに応えるように、にこりと笑みを見せるアリシアを一度見たかと思えば、二度視線を合わせ、あっと驚いた声を上げた。


「何じゃお主!? 普段見せない、気持ちの良い笑顔を見せるなんて!」

「どう言う意味よ」


 アリシアは机をバンと叩き、カムイは嫌そうな顔をして、逃げるようにメニュー表に目をやった。

 隣にいた女性は、注文するものが決まったのか、メニュー表から手を離し、アリシアに顔を向ける。


「香草サラダ一人前、あとここで一番高いお酒を頼めるかしら」

「香草サラダ一人前ですね! お酒は少々お待ちください!」


 笑顔が少し硬いように見えるアリシアは、バーカウンターにいるパスカルに耳打ちをするようにして、お酒の事を伝えた。


「大盤振る舞いね、この酒場で一番高いお酒を頼むだなんて。いいわ、とびっきりのを出してあげる」


 バーカウンターの裏にある棚の中に、何重にも鍵が掛けられた金庫があり、パスカルはその鍵をあっという間に解いてしまうと、中から一本のビンを取り出した。

 それをバーカウンターに置くと、ラベル以外は普遍的なワイン瓶にしか見えず、アリシアは首を傾げる。

 そんなアリシアに対してパスカルはそのお酒について滔々(とうとう)と語り出す。


「このお酒はね、なんと数百年前に造られた代物で、人魔大戦中に飲まれていた物なの。そんな物がこの酒場にあることは聞かないで、長くなっちゃうから。この年代の物は、お酒に込められた魔力量に応じて価格は伸びるんだけど、アリシアちゃんになら分かるかな? 長い年月が過ぎているにも関わらず、その魔力量は変わらずに残っているの。その味はどんなワインでもエールでも東方酒でも太刀打ち出来ないお酒で、飲んだ魔王がその美味さに驚いた事によって、このお酒の名前は『魔王の一撃』って名付けられたの。似たようなのが今は普遍的に流通しているんだけど、そんな物と比べるのがおこがましい程の美味さだから、私も飲んでみたいわ」

「確かに、魔法使い百人分の魔力が、減衰する事なく詰まってるわね」


 パスカルはへぇと声を上げ、アリシアはその瓶を掴もうと手を伸ばすが、その手は震えていた。


「こんな代物を運ぶだなんて気が気でないわ。こっちに来てもらったらどう?」

「そうね、そうしましょう。あの二人とも話してみたいから」


 パスカルは向こうにいるカムイたちに声をかけて、バーカウンターへと来てもらう事にした。

 カムイはメニュー表を睨みながらこちらに来て、謎の女性は優雅な雰囲気を醸し出しながらこちらにやってきて、二人はバーカウンターの席へと着いた。


「初めまして、私はこの酒場『バーニング』を取り仕切るバーテンダーのパスカル・テスカルです。お二人はどんな関係で?」

「ズバリと聞くのね」


 女性が不敵な笑みを浮かべて、魔王の一撃に目をやると、「一杯頂けるかしら」とパスカルに言った。

 パスカルは震える手を何とか抑えて栓を開け、手慣れた様子でグラスに注ぎ込んだ。

 注ぎ込まれた液体は透明だが、ふわりと葡萄(ぶどう)を思わせるような甘い香りがして、閉じ込められた魔力が泡のようにグラスに引っ付いていた。

 女性は短く感謝の言葉を漏らし、グラスを持ち、口に当てると、そっと味わうようにグラスを徐に傾けて『魔王の一撃』を飲んだ。


「お味の方は……?」

「年代物のワインを思わせるような芳醇な香りで、透き通るような口当たり。そして、口の中に広がる果実のような甘みが『魔王の一撃』の特徴ね」


 なぜか女性は『魔王の一撃』を飲み慣れた様子で語り、グラスの中で液体を回して頬杖をつく。


「私とカムイの関係は話せば長くなるわ。つるんでるのは、簡潔に言えば、長生き同士ってのが理由かしらね」

「長生き……、お二人はどのくらいから関係を持ったんです?」

「およそ数百年前ね、人魔大戦があった頃ぐらいかしら」

「魔族の方……なんですかね? 耳が特徴的ですし」


 パスカルが耳の事を指摘すると、女性は耳をそっと触り、何かを懐かしむ様子になった。


「魔族と言えばそうなるのかもしれないのだけれど、違うのよね、私の種族は」

「きっと珍しい種族なんですね、耳が尖った種族なんて滅多に見かけませんし」

「聞いても笑われるだけだから伏せておくわ。……私の名前はフィソフィニア、フィソフィニア・オリーブよ、ソフィって呼んでくれても構わないわ」


 謎の女性――フィソフィニアはにこりと笑みを浮かべ、パスカルはドギマギとする。


「ソ、ソフィさんは冒険者なんですか?」

「あら、そう見える?」


 フィソフィニアは自身を見つめ返すように服を見てから、どこが冒険者に見えたのかとパスカルを疑問視した。

 冒険者に見えると言ってしまったパスカルはさらに冷や汗をかく。

 そこに助け舟を出すように口を出したのは、アンセムだった。

 

「姉ちゃん、その人は情報屋さ」

「えっ」


 フィソフィニアは、グラスに注ぎ込まれた魔王の一撃を飲み干し、グラスを置くと不敵に笑ってみせた。


「冒険者界隈ではかなり有名なんだけどね」

「し、知らなかった、勉強不足です……」

「気に病む必要はないわ、知らなくてもいい情報だから」


 フィソフィニアが情報屋であると分かると、隣で立っていたアリシアがカムイに詰め寄る。


「いくらで雇ったのよ、こんなに美人な情報屋を雇えるほどの金も無いくせに」

「雇ってはおらんよ。腐れ縁のよしみで、タダで情報を提供してくれる奴じゃ」


 メニューを眺めながらカムイは淡々と言い、アリシアは納得がいかないのか、フィソフィニアに確認を取るように同じ事を聞いた。


「カムイとフィソフィニアさんは長い付き合いだから、そう言った関係なの?」

「タダでは無いわ。毎回依頼として情報を提供しているから、そう見えるだけ。ねっ、カムイ」


 タダでは無いと知り、アリシアの剣幕が強まると、カムイは居た堪れ無くなってメニューを置き、注文をする。


「ミルクと砂糖でも貰おうかの」

「えっ」


 カムイからの酒場で頼むとは思えない注文に、パスカルは間の抜けた声を出して固まってしまう。


「酒場とは言え置いてあるじゃろうに、ミルクと砂糖じゃぞ」

「え、ええはい、ありますあります」


 頭の処理が追いついたパスカルは、冷蔵庫から牛乳の入った容器を取り出し、調味料が置いてある棚から大さじ一杯分の砂糖を小皿に盛り付けた。

 カムイはそれを渡されるや否や、砂糖を牛乳に入れ、スプーンでかき混ぜると、ぐびぐびと喉を鳴らして飲み干した。


「かぁー! 美味いのう砂糖を入れたミルクは!」


 いつも酒浸りなカムイを知っているアリシアは、引きつった顔になり、慌ててカムイに詰め寄った。


「天変地異の前触れ!? アンタが酒を飲まないなんてどうかしてるわ!」

「ワシだって酒を飲まない時もあるのじゃよ。……まぁ、天変地異の前触れと言われれば否定出来んがの」


 含みのある事を言ったかと思えば、カムイは再び砂糖と牛乳を頼み、アリシアは信じられないと言った顔をして、その様子を見ているしかなかった。


「あの子たちはいつ上がるのかしら」


 フィソフィニアがアレクたちを()してパスカルに尋ねる。

 パスカルは時計を見てあっと驚き、すぐさま三人を呼んだ。

 呼ばれたアレクたちはバーカウンターに集まり、パスカルの顔を見つめた。


「もう手伝いは終わっていいわ。労働就労スタンプだけ押したいから、冒険者カードを出してくれないかしら」


 各々が冒険者カードを出して、パスカルが魔道具であるスタンプを押すと、冒険者カードから表示された画面にスタンプが押された。


「これで晴れて自由になったわけね。お勘定頼めるかしら」


 パスカルはサッと伝票をフィソフィニアに手渡し、フィソフィニアはその額面を見て驚くのかと思いきや、笑みをこぼして懐から一枚の板を取り出した。


「支払いはこれで頼める?」

「こ、これは!」


 一枚の板――黒く輝くソレは、ブラックカードと呼ばれるものだった。

 支払いを銀行に預けた資産から天引きすることによって済ませ、大量の金品を持たずして支払いを済ませられるクレジットカードの最高ランクのカード。

 それを間近で見たパスカルは唖然として、それを受け取る手が震えていた。

 カードを読み取る魔道具にそれを通し、小綺麗な電子音がなったかと思えば、パスカルはカードをフィソフィニアに返した。


「楽しい時間を過ごせたわ」


 フィソフィニアはそう言って席から降りて、一人帰るのかと思ったのだが、何故か階段の方に向かって歩き出す。


「あれ、お帰りにならないんですか?」

「その子たちに用があるのよ。部屋には寝泊まりしないから、少しの間だけ、ね?」


 パスカルは少しの間だけならまぁいいかと了承して、フィソフィニアは階段を上がり始める。

 カムイも勘定を済ませると、アレクたちを引き連れて、自分たちが寝泊まりする部屋へと向かうのであった。


 部屋は素朴な造りだが、ベッドはどんなホテルにも負けないほどの弾力性や包容力を持ち、枕も少し大きめで、頭を乗せれば反発力のある高そうな枕であった。

 フィソフィニアは椅子に座り、カムイたちに向き直ると、指で四角の形を作り、広げたかと思えば、指の形と同じ半透明な板が作られる。

 フィソフィニアはその半透明な板を部屋の壁に向かって押し出すと、アリシアが口をあんぐりと開けて呆然としていた。


「何をそんなに驚いてるんだい?」

「いやだって、目測だけで正確な結界を張るなんて見たことないから……」


 アリシアが驚くのも無理はなかった。

 結界術は、高度な計算や豊富な経験を要求される魔術であるからだ。

 フィソフィニアは手書きでその空間に結界を一枚一枚張っていく作業を、両手で適当に測っただけの結界で済ませてしまうのだ。


「何度見ても意味が分からんの、フィソフィニアの結界術は」


 カムイから見ても、フィソフィニアの結界の張り方は異常であると思われており、アリシアはそれを聞いて安堵した。


 部屋をぐるりと一周して結界が張られた事により、フィソフィニアは柔らかい表情になると、カムイたちを各自のベッドに腰掛けるように指示した。


「フィソフィニア、ワシに会いたいと言って、わざわざ情報を伝えに来たのには理由があるのじゃろう?」

「カムイが一番欲しい情報を手に入れたから、わざわざ西の町まで出向いてきたの」

「その情報は?」

()が一枚噛んでるわ。この西の地方を牛耳るギャングの中枢に潜って、ギャングを手駒にしようとしてる」


 カムイは納得がいったのか頷く。

 しかし、アレクたちには何のことだかさっぱり分からず、カムイに助言を求めた。


「貴様らには話してはおらんかったのう、セラフィムについては」


 カムイはアレクたちの想いに応えるように、真面目な面構えで、セラフィムについて語りだす。


「セラフィムは『星なる者たち』の教祖的存在じゃ。カミサマを降臨させるため、信者を増やすことに尽力し、圧倒的な力と知恵で相反する者を排除する、そんな奴じゃよ」

「師匠でも勝てない相手なんですか、そのセラフィムって奴は」


 アレクが心配そうに聞くと、カムイは神妙な面持ちのまま、話を続けた。


「セラフィムは特殊な存在でのう、戦った事はあるが勝敗がつかなかった」

「どういう事ですか、勝敗がつかないって」

「奴は別次元の存在で、この世界の武器や魔法で傷をつけることが出来ず、自然現象の影響を受けないのじゃよ」

「じゃあどうしようもないじゃないですか」


 カムイはちらりとアレクの持つ星導剣に目をやり、フィソフィニアが話し始める。


「星導剣なら、奴を倒せる可能性があるのよ」

「本当ですか?」

「一度だけ、試しに星導剣で斬ったことがあるのよね。そうしたら、セラフィムの腕を斬る事に成功した事例があるの」

「けど、今の持ち主は僕ですよ。師匠が振えばそう出来たのかもしれませんが……」

「あら、師匠から何も教わってない訳じゃないでしょう?」

「ですけど――「今その話をしても仕方ないじゃろう」


 アレクが続けようとした言葉を遮るようにカムイが話す。


「セラフィムが関わっているのは貴様らにも周知しておかなくてはならん。奴は『星なる者たち』の心臓のような存在じゃからのう」

「けど、会った事もない人物に気をつけろって言われても、姿形がどうなのか分からないじゃない」

「それは大丈夫じゃよ。ソフィ、例の物を」


 フィソフィニアは懐から数枚の紙を出して、それぞれ一枚ずつアレクたちに手渡した。

 その紙には、精巧に男性とも女性とも見えるような人物が写っていて、色彩も目で捉えたような色使いに見えた。


「綺麗な奴ね、こんなのが教えを説いていたらほいほいついて行くのがたくさんいそう」

「まっ、実際には全身全霊を賭けてカミサマに奉仕せんとならんから、こやつと密接な繋がりを持つのはせいぜい重役レベルの人間ぐらいかの」

「甘い蜜は啜れるだけ啜る、そんな顔に見えるわ」

「言い得て妙じゃの」


 写真を見ていた一同だったが、見慣れない、といった感じになっていたのはトトであった。


「こいつに専属の絵描きでも付けて描かせたのかにゃ?」

「写真よ写真。カメラで撮って、現像したらこれになるの」

「にゃるほどにゃー、都会だとこんな物があるのかにゃ」


 トトはふむふむと写真をまじまじと見つめていた。


「師匠、僕、この人と会った事があります」

「そうじゃろうな、こやつの支配下から救ったのはワシじゃからのう」


 それを聞いたアリシアは、また初耳だと言った顔をしてアレクに詰め寄る。


「どういう事よ、こいつの支配下にいたって」

「『星なる者たち』に入信していた訳じゃないんだけど、……色々あったんだよ」


 アレクが思ったよりも暗い顔をしたため、それ以上追求する事をやめたアリシア。

 いつもなら茶化すトトも、場の空気を読んでか茶化す事はしなかった。


「で、フィソフィニア、これだけではないのだろう?」

「お察しの通りそうね。結界まで張ったんだから。価値の無い話だけで終わるわけがないでしょう」


 フィソフィニアは吐き捨てるようにそう言い、扉を気にするような仕草を見せた。


「聞かれていなくても聞かれていても、多分私が来たことは奴らにバレている、だって目立つもの私は」

「やはりこの前のシーンレーン金貨の価値の暴落は、ただ時代が流れたのが要因では無いのだな」


 フィソフィニアは深く頷く。


「一個師団を連れてわざわざあんな田舎にくるかしらね、リヴィング騎士団が」

「依頼の他にやる事があるのではないか? シシンシャの警備隊の実践訓練など」

「そうね、私も最初はそう思った。けどね、王都リブラで『星なる者たち』の毒牙が掛かり始めた兆候があったの」

「もしや、シーンレーン金貨の価値がなくなったのは……」


 二度(にたび)深く頷くフィソフィニアに、カムイたちは話を食い入るようにして耳を傾ける。


「リブラ王は過去にあったシーンレーン王都の力がいまだに及んでいるのが気に食わなかった、のが表向きな印象なのだけど、調べるとそうじゃ無い事が分かったの」

何故(なにゆえ)にリブラ王はシーンレーン金貨の価値を無くしたのじゃ」

「世継ぎが産まれない、産まれる子たちは呪われているか病弱で先が長くない、至極真っ当な状況じゃないのよリブラ王の周りは」


 フィソフィニアが声を低く落とし、カムイたちはリブラ王の周りが何故そうなっているのか考えた。


「カミサマが関わっている……とか?」

「カミサマはこの世界自体に今は干渉出来ないの。けど、カミサマ側からこちら側にやってきている奴がいる」

「セラフィム……」


 名前が挙がると途端に納得がいったのか、カムイたちは顔を揃えた。


「そっ、マッチポンプね。奴が関係してるのよ、シーンレーン金貨の価値の暴落は」

「教団との繋がりを持つようにさせるために……か」

「カムイ、偶然にも奴がこうするとは限らない。シーンレーン金貨の価値が暴落したのも、その子に星導剣が渡ってからだから」

「ワシが振るえないと知って、大きな布石を打ったのか」


 自分に星導剣が渡った事によって、大きな布石を打たれたと聞いて、アレクは暗い面持ちになり、腰に差された星導剣に手を乗せた。


「じゃあ僕がもっと強くなれば、セラフィムの計画は破綻するって事ですよね」

「一概にそう言えん、が、しかし」


 カムイが立ち上がり、暗い顔をしたアレクの前に立つと、アレクは顔を上げた。


「ワシが師匠なのじゃから、大船に乗った気持ちで研鑽(けんさん)に励むが良い。すぐにはセラフィムに(かな)う実力にはなれんじゃろうが、いつかはなれる」

「師匠……!」


 アレクはパッと明るい顔になり、立ち上がる。


「じゃあ早速修行ですね!」

「今からか!?」


 びっくり仰天といった驚き方をするカムイ。

 アレクに続いて立ち上がったのはアリシアだった。


「私も修行したいわ! こいつだけじゃ敵わないってなら、私がいた方がセラフィムに敵うまでの時間が早くなりそうだし」

「ワシは良いが……。お主ら、明日ニューフロンティアに行くのじゃぞ?」

「馬車の中で寝たら良いじゃない、どうせ道のりは長いんだし」


 修行に励むのだと意気揚々としている二人を見て、居ても立っても居られなくなったのはトトで、


「あんたにアタイの弓の腕前も見てもらってないにゃ。族長直伝の弓術、二人にも見てもらいたいにゃ」


 と言って、息巻くように立ち上がり、カムイに詰め寄った。


「わ、分かった、分かったから落ち着くのじゃ」


 活気づいた三人をいなすように、どうどう、と呟きながら手を押し出した。


「弟子に大人気ね」


 フィソフィニアは四人の仲睦まじい様子を見てそう呟き、椅子から立ち上がった。


「じゃあ私はこれで。次会う時は別の姿かもしれないけど、覚えておいてね」


 アレクたちはフィソフィニアと別れの挨拶を交わし、フィソフィニアが部屋から出て行くのを見送った。


「じゃあ、室内でも出来る修行でもしようかの」

「はい!」


 快く返事をしたアレクに続いて、アリシアたちも返事をして、修行に励み始めるのであった。

投稿まで期間が長く開きましたが、不定期更新の状態が続きます

楽しみにしてくださっている方には申し訳ありませんが、気長にお待ちいただけるように重ねてお詫び申し上げます

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