第22話『西の町を牛耳るギャング』
悲鳴が上がったのも束の間、アレク達は階下を覗き込む形で階段の縁に体を乗せた。
一階の酒場には、黒い服を着た男の集団が押し寄せ、酒場にいた冒険者たちにガンを飛ばしながら睨みつけ、青い色を基調とした服を着た男を先頭にバーカウンターへと向かっていた。
「アリシア、あの人たちは?」
「さぁね、この町についてはよく知らないから、アレがなんなのかは……」
とアリシアが言い淀む。
すると、隣にアンセムがいる事に気づき、ギョッとして驚いた。
「あれは西の地方を牛耳るギャング達さ。なんせ、ニューフロンティアが開拓された事によって、その土地の町長を誰にするかで揉めてんのさ」
「僕たちがそれに関する依頼を受けているんですが、ギャングの話は聞いてなかったです」
「怖い事には首突っ込まない方が良いよ、だけど俺は首突っ込むけどね」
アンセムは階段を降りていき、ギャング達を恐れる事なくバーカウンターへと一人向かっていく。
それに気づいたギャングの一人が鋭くアンセムを睨みつけ、ドスの効いた声音で喋り出す。
「兄ちゃん、俺たちに何か用か」
「いんや、あんたらには用はない、ただ、姉ちゃんに危害を加えるんだったら容赦はしないってだけさ」
「はぁ? なんだぁ? まさかあの女に手を出したらギャングの俺たちとやりあうつもりか?」
「そう、それに僕、人間相手ならほぼ無敵なんで」
へらへらと笑みを浮かべるアンセムはサングラスをずらし、その態度に苛立ちを見せるギャングの一人。
サングラスをずらしたアンセムと目があったのか、男の表情は柔らかい物になり、親を慕うように手懐けられた。
「よし、君はとりあえずここで待機。あとこれは貰っとく」
魅了した男から、片手で持てる拳銃を懐から抜き取り、それをズボンのポケットにしまうと、アンセムはバーカウンターの側に寄りかかり、様子を窺う。
「毎度毎度来られても困ります。どうせ何かにつけて集金でしょ?」
「パスカルさん、よくお分かりで、あとそれに集金をしたお店にはこれを貼り出してもらう義務があります」
青い色を基調とした服を着た男が、バーカウンターにいる女性――パスカルに手渡したのは、町長選挙のためのポスターであった。
「こんな悪趣味なものはウチでは貼れません。ギャングと繋がりを持っても、ろくな事になりませんから」
パスカルは男にそのポスターを乱雑に投げ返し、男はふっと笑う。
「私が直々に来たんだ、今回は集金を拒む事は出来ませんよ」
懐から拳銃が現れるのかと思いきや、小さな赤いボタンが露出した筒状の物を取り出して、男はそれに指をかける。
「この私、ランサムが来たからには強引な手を使わせてもらう」
ランサムがボタンを押すと、突如として、酒場の端に置いてあった机が爆発して舞い散り、冒険者とアレクたちはあっと驚いた。
「今のは見せしめだ。次は、このバーカウンターが爆発する」
「なんですって!?」
パスカルが驚いてバーカウンターの下を覗き込もうとするが、ランサムに呼び止められ、パスカルは否応なく従うしかなかった。
「爆弾を爆発させるのは俺のこの指に掛かっている。金さえ払えば爆発はさせんよ。だから締めて百万リブラ、払ってもらおうか」
「百万リブラなんて大金がここにあるとでも?」
「用意しようと思えば出来る額だろう、小間使いにでも銀行に行かせて用意させろ。お前は百万リブラのための人質だ」
ランサムは爆破装置を持ちながら椅子に腰掛け、悠々と待つつもりのようだ。
冒険者達や、アレク達が動こうとするが、それを良しとせず、ランサムは大きな声でこう言った。
「誰かが私に危害を加えた時点で、バーカウンター諸共店は吹き飛ぶ。余計な真似はしない方が良い」
しかし、なぜかランサムはバーカウンターからは移動する事なくその場に留まり続けているのを不審に思ったパスカルが、一つ質問をした。
「その装置で細かい事は出来ないんじゃあないの? さっき爆発させた爆弾だけの装置じゃないのかしら」
「ほう、肝が据わっているな。もし本当にバーカウンターに爆弾があるなら、私がここから動かないのは馬鹿のする事だと言いたげだな」
「金と命、ギャングなら後者を選ぶと思うけど?」
やや上擦った声でパスカルは言い切る。
「そうだな、それもそうだ。しかしだな、言葉には気をつけないと家族の命が危うくなるぞ」
家族を強く強調した言い方をするランサムに、パスカルは冷や汗を流し、バーカウンターの裏を気にするような仕草をした。
「この酒場は美味い料理が出るって話だな。それを用意してるのは、元々バーテンダーをしていた両親。私がここにいるのは、金を確実に払わせるための交渉がしたいが故だよ」
「狂ってる、そこまでしてお金が欲しいの!?」
「ああそうさ、ギャングは金が入り用だからな」
誰もがランサムにボタンを押させまいと、何か出来ないかと思案を巡らせていたが、一歩や二歩、魔法や武器を使えば店諸共が爆破されてしまう。
そのことが頭をよぎり、誰も動く事ができなかった。
「さぁ! 百万リブラだ。百万リブラさえ払えば、今回は見逃してやろう」
言葉の圧を強めたランサムは机を叩き、パスカルを追い詰める。
その途端、乾いた銃声が酒場に鳴り響き、音のした方をランサムが見た。
「黙って聞いてりゃ、金金金。ギャングは惨めだな全く」
その方向には、拳銃を天井に向かって撃ったアンセムがおり、ランサムは額に青筋を立てて怒りに打ち震えた。
「貴様今何をしたのか分かっているのか、私がこのボタンを押せば店もろ……と……」
「今、目が合ったな」
バチリと互いの視線が合った双方は、片方は不敵な笑みを浮かべ、もう片方は爆破装置にかけていた指を離してしまった。
青筋を立てて怒りに打ち震えていたはずのランサムは、とびっきりの笑みを浮かべて、アンセムに服従するようにして話し出す。
「アンセムのボス! 貴方に一生ついて行きます!」
「なら、爆弾を持って外に行って、自分で自分を爆破しろ。二度とその面見せるな」
「はいボス! 仰せのままに!」
ランサムはバーカウンターへと飛び込むと、裏手に行くドアを開け、しばらくした後に爆弾を持って現れると、そのまま店から出て行って、間が空いた後に爆弾が爆発した音が鳴り響き、店内は静まり返った。
「この野郎! 若頭を殺しやがったな!」
声を荒げてギャング達がアンセムに向けて銃を構えるが、一人一人目線がアンセムと合い、瞬く間に魅了されていく。
「はいお疲れ様。あんたらは若頭さんの死体を持って行ってギャングのボスに報告してきな。ただし、この件には紫電のカムイが噛んでいると、報告しなよ」
「「「はいボス!」」」
わたわたとギャング達は店外へと向かい、店内に平穏が訪れると、冒険者たちから拍手が起こる。
「よっ! にいちゃん! カラクリはしらねぇけど、よくやった!」
「かっこよかったわよ!」
アンセムは応えるように手を上げ、その手を振る。
それを見ていたアレクたちは階段を降り、アンセムの近くに寄る。
「危ない真似しちゃダメですよ、アンセムさん」
「こういうのは得意分野だから、よくやっちゃうのよね」
「だからと言って、ギャングに喧嘩を売るだなんて」
「だからさ、だから君たちの師匠の名を使ったのさ。さすがに紫電のカムイが一枚噛んでるってんなら、手出ししてこないだろうってね」
「そんなんでギャングが手を引きますかね……」
少々呆れ気味になるアレクをよそに、アンセムはパスカルに話しかける。
「大丈夫だったか姉ちゃん。ヒヤヒヤしたぜ、全く。肝が座ってるとは言え、あんな真似は二度としないでくれ」
「そう言うアンちゃんも、ギャング相手するのはやめなさい。紫電のカムイって人の名前を勝手に使うのもね」
「お互いこれっきりにしよう」
プッと息を吐き、ほころんだ笑みを浮かべる二人。
そこに横槍を入れたのはトトであった。
「ギャングってのは家族の一員が傷つけられた時が一番怖いにゃ。子分が若頭って言ってたから、かなりの重役をやったことになるにゃね」
「なら明日にでも俺たちは山にでも埋められるのかな。もしそうでなかったら、あんたらの師匠に借りが出来ちまうな」
「にゃはは、あのお師匠さんが赤の他人を守ってくれるとは到底思えにゃいけどにゃ〜」
「怖い事言うね、君」
アンセムは苦笑を浮かべ、パスカルも笑えない冗談だ、と言った顔をする。
そんな三人に割って入るように、アレクが口を開く。
「あの、ここって美味しい料理が出るんですよね?」
「え、ええそうよ。両親が手塩にかけて作った料理は、ここに来るお客さんに評判よ」
「じゃあ今夜はここで食事を摂っても良いですか?」
「今晩寝泊まりするお客さんなんだし、食べて行きなさいな」
美味しい料理が出るお店が見つかり、やった!、と喜びに満ち溢れるアレク。
「あっ、でも手持ちがそんなに無いので、何か手伝いをさせてくれませんか」
「店の手伝いか、良いよ。冒険者のアンタたちには簡単な仕事だろうけどね」
アレクたちは夜までの間、パスカルの店の手伝いをする事で、代金を支払う事にしたのであった。
――上質な動物の剥製が床に敷かれた部屋で、啜り泣きながら土下座をする男がいた。
身ぐるみ剥がされた情けない状態にも関わらず、土下座の体勢を崩す事なく床に頭を擦り付けている。
「頭を上げたらどうだい、ニシノニシの町長さん」
声を出したのは土下座をする町長の前で、女性を侍らせながらソファーに座る男だった。
町長は、町で若頭が自爆する事故があったと聞きつけたギャングに連れ去られ、身ぐるみを剥がされて土下座をさせられているのだ。
「滅相もない! 貴方様の前でこの体勢を崩すなどもってのほか!」
「いやいや、別に謝る事はないんだ。私の家族同然だった若頭のランサムが自爆するなんて、誰かが作ったホラ話だと思っているからな」
「ですが……!」
町長は、町の誰かがやった事によって、ギャングのボスの前に突き出されたのだ。
町長からすれば、謝る事でしか自分の命が守れないと、気が気でなかった。
「ランサムは、とても……それはとてもとても優秀な奴でね。私が彼を息子のように扱う程にまで、優秀な人物だったんだよ」
「申し訳ございません! そんな彼を町民が手にかけたなどと言った事実、認めざるおえません!」
ギャングのボスに近寄った子分が耳打ちをして、ボスは目を見開き、力なく瞼を下ろして落胆した。
「たった今ランサムの死体が運び込まれたそうだ。しかしだな……町長、この一件には部外者が関わっているらしい」
「と言いますと……?」
「町長自身には何の罪もない。事を荒立てるような真似をしてすまなかった。……おい、町長に服を返して家までお送りして差し上げろ」
ボスの鶴の一声で町長はその場で服を着せられ、子分に丁寧に連れて行かれると、その部屋にはボスと侍らせていた女が残った。
「紫電のカムイがどうやらランサムをやったらしい。……だが、その報告をした奴らは薬か魔法の影響で挙動不審だったそうだ。奴がそんな事をするだろうか」
「どうかしらね、その情報を持ってきた奴らがもし嘘をついているのなら、粛正しないとね」
「それはおいおいするとして、町長選挙はどうだ?」
「私の手腕があれば、貴方がニューフロンティアを牛耳るのも夢ではありませんわ。このまま丁寧に票を獲得すれば良いだけのこと、心配ご無用です」
ボスの首に手を回し、寄りかかる女。
「なぁセラフィム、カミサマはいると思うか?」
「ゴッデス様は星なる者たちまでお使いになられるのですか?」
「奴らのハングリー精神には頭が下がるよ。個々人を顧みず、カミサマと言う存在に全てを投げ打つ、正にギャングそのものだ」
「素敵ね」
寄りかかる女――セラフィムの頭を撫でるゴッデス。
セラフィムは猫のように喉を鳴らして喜び、ゴッデスの機嫌を窺う。
燃え上がる野心が目に見えるように湧き立っているゴッデス。
そんな彼に向かってセラフィムは笑みを浮かべ、頬を擦り合わせる。
「私がついていれば、この西部地方だけじゃなく、どの地方だって掌握することが出来るわ。私に見せてね、貴方が牛耳る世界を」
「ああ、見せてやる。私に敵はない」
ゴッデスは地の底から湧き立つような笑い声を上げ、セラフィムはさらに笑みを歪ませる。
ゴッデスの目には、世界を掌握すると言う、非現実的な夢が映っているのであった。




