第21話『魔眼を持つ者と西の町「ニシノニシ」』
荒れた道行く馬車の隊列。
その後方にある数字の九が書かれた馬車の中は、なんとも言えない空気に包まれていた。
馬車内部は八人乗りになっていて、片方にはカムイとアリシア、トトとアレクが乗っており、そのもう片方には……。
「やぁやぁ紫電のカムイ御一行様、初めましてだね」
男性一人に二人の女性が抱き寄せられ、片方の席を独占していた。
男性は馬車内にも関わらずサングラスを掛けていて、上質な素材で出来た花柄のシャツに、無地のズボンを履いており。
女性二人は花柄のシャツにダボッとしたスカートを履いていた。
カムイたちは、知らないふりをして白々しい態度をとるが、ただ一人、馬鹿真面目に返答をする者がいた。
「初めましてですね、僕はアレク・ホードウィッヒです。あなたは?」
「お、良いね〜、僕はアンセム、アンセム・ニードリヒさ」
アンセムが「こちらは」と続けて、抱き寄せられている二人の女性について話し始めた。
アンセムの右側にいる女性の名はローズと紹介され、左側にいる女性はリリーと紹介された。
「ローズとリリーは僕の妻でね、新規開拓者としてニューフロンティアに入植したいのさ。西側の乾いた大地が魅力的でね」
「そうなんですね。けど、冒険者なんですよね?」
「ああそうさ、まとまったお金も必要だし、決してただ遊びに行くわけじゃないよ」
アレクは白々しい態度を取り続けるカムイたちを白い目で見つめ、ため息を吐く。
それを見てアンセムはドッと笑い出して、腹を抱えた。
「あっはっはっ! 仲良いね君たち! アレク君結構、潤滑油的な存在だね!」
馬車の中に、アンセムの笑い声が響き渡り、白々しい態度を取り続けるカムイたちは、ムッとした顔をする。
その中から白々しい態度を取るのをやめた人物がいた。
「どこが潤滑油的存在よ、こんな奴が潤滑油だったら歯車が壊れてるわ」
「おっ、可愛い声してるね〜。お名前なんて言うのかな〜?」
白々しい態度を取るレースから抜け出してしまったのはアリシアで、アンセムはそれを逃さないように話しかけるのであった。
その時、何故か彼はサングラスを少しずらしており、アリシアとは目が合った状態に見えた。
「アリシア、アリシア・ド・フォーレンよ。……ってあれ、なんで名前」
「それでそれで? フォーレン家の愛娘さんがどうして冒険者になってニューフロンティアへ来たのかな?」
「それはリヴィング騎士団団長の……、なん……で……、なんっ……団長のリエイラ・ヨーデルムから依頼された、っはぁ……! 魔法か……!」
「依頼か、もう抵抗ついちゃった早いね。流石はセブルス・ド・フォーレンの愛娘だ」
アンセムはずらしていたサングラスを戻し、背中を席に預けると、退屈そうにため息をついた。
トトとアレクは辛そうに息を吐くアリシアを介抱して、アレクは睨むようにアンセムを見たが、アンセムは悪びれる様子は無く、降参のポーズを取るように手を上げる。
「だってそっちが白々しい態度を取るからじゃーん。そんな怖い目されても困りますー」
「だからって、魔法を使って人から情報を聞き出そうだなんてしないでください」
「警戒しないのかい? 僕がサングラスをずらして君と目が合えば……」
アレクとアンセムの視線が鉢合わせになるが、アレクはサッと視線をそらし、アンセムは眉を潜めた。
「魔法抵抗持ちって訳じゃあなさそうだ。だけど魅了には掛かっていない、不思議だ、こんなことは生まれて初めてだ」
アンセムは嬉しそうに喉を鳴らすと、子供のようにバタバタと床を踏んで靴を鳴らし始め、アレクと積極的に視線を合わせようとし始める。
「やめんか、絶対魅了のアンセム」
「ほっ、二つ名で呼ばれるのは初めてだ」
ダンマリを決め込んでいたカムイが口を開いたため、アンセムの興味がアレクから逸れると、アレクは再び席に戻り、二人の様子を眺める。
「魔眼……聞いたことあるわ、たまに産まれるのよね、体のどこかに魔法術式が組み込まれてる子供が」
アリシアが忌々しそうにそう言うと、アンセムは両手をおおっ広げるようにして開く。
「そうさ、俺は目が合った人物を魅了する魔眼持ちさ。サングラスを掛けてるのはそのためなんだよ」
すかさず、ちゃきちゃきとサングラスを上げ下げして、しきりにカムイと目を合わせるが、カムイが素っ頓狂な話し方をする事はなく、アンセムはまた床を踏んで靴を鳴らし始める。
「いいねぇ、さすがは紫電のカムイさんだ。初見でも効いてない事は分かってたけど、本当に効いてないとは恐れ入ったよ」
「魔眼持ちなど取るに足らんからの、分かってしまえば対策される。ただし、初見の戦闘においては脅威じゃがのう」
「魔眼持ちと戦った事あんのかー、なら対策されてても仕方ないかー。良い店の情報とか聞き出せるのかと思ったのにさ」
アンセムがそんな軽口を叩くとローズとリリーが眉を潜めて怒りを露わにする。
「私たちがいるって言うのに、夜の店なんかに行くのね」
「ほんとほんと、私たちじゃ満足出来ないってわけ?」
アンセムは「そんな訳あるか」、と言い二人を抱き寄せる。
視線を合わせれば魅了されるだろうとアレクは思っていたが、ローズとリリーはアンセムと視線を合わせても魅了された様子はなく、様子が変わった予兆はなかった。
「二人には感謝してるぜ、苦労掛けちまったもんな。だからニューフロンティアへと入植して、仲良く暮らそうって話だからな」
ニューフロンティア、と名前が出て、アレクはカムイが応募した第3次開拓者募集について問う。
「そう言えば僕たちは、どんな作業をするためにニューフロンティアへ向かってるんですか」
「それはじゃのう、鉱山採掘じゃよ」
鉱山採掘、と聞けば肉体労働だ。
この中に肉体労働に不向きな人がいるなぁとアレクが視線をずらすと、その本人と目が合った。
「アンタ、あたしが鉱山採掘なんて無理って言いだすんじゃないかって期待したでしょ。甘いわね、甘々よ、今や魔法でなんでも出来る時代、採掘なんて肉体労働だけで成り立ってはいないのよ」
アリシアはポカンとするアレクにニヤリと笑みを浮かべ、魔法採掘について話し始めた。
「良いかしら、かつて人魔大戦があった頃、不足していたものはなんでしょうか」
「採掘が関わってるなら、鉄や魔石とかかな」
「大方そうね、けど一番は金だった」
「金……? なんでお金なんて必要なのさ」
「お金じゃなくて、金そのものが使われていたものは?」
うーん、と頭の中を探ってみるが、アレクには思いつく事なく、アリシアに助けを求めた。
「魔導具よ。魔法術式付与武器なんかもそうね。とにかく精密機器のようなものは金がふんだんに使われていたの」
「でも、なんでそれと、魔法採掘が繋がるのさ」
「繋がるわ、それも大いにね」
アリシアは杖を取り出して、床につける。
アンセムとローズとリリーは微笑ましい物を見るように笑みを浮かべ、二人の様子を窺っていた。
「もしこの馬車に金が使われていたとする」
「うん」
「じゃあアレクだったらどうやって、金を取り出すのかしら」
「一から分解して……それから何やかんやして取り出すんじゃないかな」
「ブッブー、それなら肉体労働で採掘するのと変わりませーん」
トントンと床を杖で叩き、埃だけを魔法で集めるアリシア。
それを見てもアレクはピンと来ず、アリシアに助けを請う。
「もしも、このほこりの中に金が混じっていたとする。鉱山はどんな物が多い?」
「埃が石とか岩……って事は金そのものだけを山から取り出すって事!?」
「そう、それが魔法採掘」
ふふんと、鼻を鳴らしてアリシアは誇るような顔をするが、横槍を入れたのはカムイであった。
「効率が良く見えるじゃろうが、魔法使いが何百人もおって、一山から金を取り出すのじゃよ。アリシア、そこを説明せんか」
「アレクなら騙せると思ったのに」
あーあ、とつまらなさそうにそっぽむくアリシアであったが、アレクの方をチラチラと見ては、気になる様子であった。
「そう言うところが踏み切れない原因じゃないのかにゃ? 素直に魔法について話すのと一緒にゃよ、踏み切るのは」
かぁっと顔を赤く染めるアリシアを見て、アンセムがトトに顔を近づける。
「なになに、まさかアリシアちゃん誰かの事、好きなの?」
「そうにゃ、アリシアちゃんはアから始まる人が好きなのにゃ」
「そっかー! アから始まる子かー!」
ちらり、とトトとアンセムはアレクの方を見るが、アレクは何も気づいておらず、ただただ二人が何故こちらを見ているのか気になって仕方ない様子であった。
「こーれだから踏み切れないのも分かるにゃ〜」
「ダメダメ〜、鈍感すぎるよアレクくーん」
トトとアンセムは息を合わせたように呆れ、アレクはますます不思議になって仕方なかった。
「なんなのさ二人して、全く」
アレクが一人ごちていると、馬車はますます険しい道を進み始めたのかガタガタと揺れ始めるのであった。
西にあるニューフロンティアまであと半分。
中継地点とされる、西の町『ニシノニシ』へと馬車の一団は到着していた。
馬車の狭い空間から解放されたカムイたちは、背を伸ばし、晴れの空に向かって息を吐く。
街はある程度の発展は遂げており、寂れた様子はなく、活気付いていて、気の良い町に見える。
「師匠、ニューフロンティアへ行く前に、二日酔いにならないでくださいね」
アレクがカムイに釘を刺すように低く唸る。
すると、カムイはべえっと舌を出して嫌そうな顔をする。
「師匠、何度も言わせないでください。ニューフロンティアには『星なる者たち』もいるんですから、万全の状態で立ち向かわないと」
カムイは舌を引っ込め、はいはいそうですねと気の抜けた頷き方をして、話に一切興味がないのか地面の小石を蹴っていた。
「アリシアからもなんか言ってよ」
町を一望出来る高台にいるアリシアに声をかけるが、アリシアはツンと鼻を立ててこっちに向こうとしない。
「ありゃ拗ねてるのにゃよ、鈍感アレク君にはわからない悩みにゃね〜」
「またそう言う。アリシアとは長い付き合いなんだ、分からない悩みなんてないよ」
「ふっ、長い付き合いって言ったって、せいぜい生きた年数から二、三年差し引いた数ぐらいにゃよね? 付き合った年数が長かろうが分かり合えないのはどの種族も一緒にゃよ」
トトは、虚を突かれたような顔をするアレクの肩をポンポンと叩き、アリシアの元へと駆け寄っていった。
「アレク、ワシはこの町で会いたい者がおる。貴様ら三人は今夜泊まる宿の場所を把握したら、料理の美味い店でも探しておくことじゃな」
「会いたい人……ですか、まさか恋人ですか?」
「どうじゃろうな、付き合いが長い奴じゃからのう」
さっきの話を聞いていたのか、カムイはニマニマとアレクに向かって笑みを浮かべる。
なんとも言えない怒りをぶつけようとアレクが右手を挙げ、カムイに襲いかかるが、ひらりと避けられて、カムイは町の中へと姿を消していくのであった。
「なになに〜? 仲間割れ〜? お兄さんが悩み聞いてあげよっか?」
「仲間割れじゃないですよ!」
アレクは空を切った右手を下ろし、声をかけてきたアンセムに食ってかかる。
その勢いに負けたアンセムは、手を胸の前に挙げてひらひらと振り、降参の意を示していた。
「まぁまぁ、アレク君は潤滑油的存在だからね、怒っていても仕方ない。この町は初めてなんだろう? なら一緒に町の散策にでも行かないかい?」
「一緒にですか? アリシアがついてくるかどうか……」
アレクはアリシアの方をちらりと見て、機嫌を損ねていないか顔色を窺う。
トトと仲良く話す様子から見て、先程のアンセムの魅了行為が尾を引いている様子はなく、アレクは一度試しにアリシアを呼んでみた。
「アリシアー、アンセムさんと町に一緒に行こうって話、してるんだけどー」
それを聞いたアリシアは、トトとの会話を中断してから手を挙げ、アレクに向かって、
「どうせそうだろうと思ってたー」
と返してきた。
アレクは機嫌を損ねていないアリシアを見て、ほっと胸を撫で下ろし、アンセム達と共にニシノニシへと赴くのであった。
町は大して大きくはなかったが、冒険者ギルドを中心にして発展を遂げたのか、居住区は入り口から入って左奥の方にあり、馬を預けられる厩舎などは入り口に入ってすぐの右手前側に集中していた。
「西の方は風がヒンヤリとしてますね、日差しで暑いのに、さらっと風が吹いて冷やされる」
「そうそう、で、砂地に木材で出来た建物。上下水道も完備されてれば、快適な生活が出来るわけさ」
アレク一行は町の大通りを歩き、冒険者が混じった人混みの中を進んでいる。
アンセムとアレクが先頭に立ち、ローズとリリーと続いて、トトとアリシアが最後尾に立っていた。
「一からの入植ですし、かなり苦労するんじゃないですか?」
「だから金が必要なのさ、鉱山地帯のニューフロンティアは一攫千金のチャンスが与えられる唯一の道だ」
「……僕らはそのつもりではないんですけどね」
アレクはボソリとアンセムに聞こえないように、そう言うが、聞き返してきたアンセムにしどろもどろとするがなんとか誤魔化した。
「ニシノニシは良い、ここよりさらに西の方だけど、ニューフロンティアはもっと良い場所なんだなって思うよ」
「アンセムさんはどこの出身なんですか?」
「僕? 僕はニシノニシ出身なのさ」
「えっ! そうなんですか!?」
アンセムはそうだよ、と頷き、周りを懐かしむように見始める。
「ニシノニシは、冒険者ギルドが入植する形で出来た町なんだ。そしてそこの入植者の子供が僕ってわけさ」
アンセムは自分を指差しニシシと笑みを浮かべ、アレクたちについて聞いてきた。
「君らはどこ出身なのさ? あ、ローズとリリーについては内緒だよ」
「僕とアリシアは南の『ミナミノフォーレン』出身なんです。トトは北にあるフェールフィールドの出身です」
「ミナミノフォーレンにフェールフィールドか、どっちもド田舎だね」
「ニシノニシもどっこいどっこいですよ」
的を射る発言にアンセムは目をまん丸にして、うーんと唸り、顎に手を当てた。
「そんなにド田舎かな、ここ」
「酒場が一軒しかないならそうですよ、師匠がそう言ってました」
「なら当てはまるな」
納得がいったのか、アンセムは頷きながら前を向き、一行は開けた場所に出てきた。
冒険者ギルドがある大広場だ。
ニシノニシの冒険者ギルドは、シシンシャの街にある冒険者ギルドとはまた違った風貌で、端材が組み合わさって出来た木材が使われており、空に向かって伸び縮みしたかのような歪み方をした造りになっていた。
「街に着けば、最初に行くのが冒険者ギルド。今回の宿についても聞いておきたいからね」
軽快にドアを開けるアンセムに続いてアレク達も入っていき、自信満々に受付嬢の前に立ったアンセムだったが、それを引き摺るようにしてローズとリリーが横にずらして、アレクが先頭に変わった。
「ニシノニシ冒険者ギルドへようこそ! 依頼の受付ですか?」
「ええ、ニューフロンティアへの派遣依頼を受けているんですけど、宿について聞きたくて来ました」
「ニューフロンティア第3次開拓者募集依頼の方ですね。でしたら――」
アレク達は冒険者ギルドをアンセム達と共に後にして、受付嬢に教えてもらった宿へと向かっていた。
「酒場を営んでいる民宿だって聞いたけど、大丈夫かな……」
「何か心配?」
「だってさ、酒場に入り浸ってる冒険者がうるさくて眠れないかもしれないじゃないか」
アレクは口を尖らせてそう言うと、アリシアは同意するように頷く。
「あの馬鹿みたいなのがいたら、更にうるさくて眠れなさそうだから、私も心配だわ」
「本当かにゃぁ? アレクと同室にならないと眠れないって言いたげな顔してるにゃよ?」
「また……、あんた本当好きね」
「にゃにゃ……、なんかいつもと反応違うにゃ」
呆れた様子を見せたアリシアに、トトはたじろぎ、あせあせと焦り始める。
「そう言うあんたはどうなのよ、フェールフィールドを救ってもらって、その上、ハハまで救ってくれたアレクについては」
「にゃっ!? にゃに言うにゃ!?」
かぁっと顔が赤くなるトトに、追撃をかけるようにしてアリシアは詰め寄る。
「へぇ〜、そんな反応しちゃうんだ。いつもみたいに軽口叩くのかと思ったら、へぇ〜」
「にゃにゃにゃにゃ……! にゃ! ぜ、絶対違うにゃ! この気持ちはたまたまにゃ! たまたま湧いて来た一時の感情にゃよ!」
「ちょーっと思い当たる節があるみたいね。でもまぁ、譲らないから、私のアレクは」
私、と言う所を強く主張したアリシアは、トトは引き下がるようにして顔を背ける。
そんな二人の様子を見て、再びアンセム達は顔を綻ばせ、アンセムがアレクに抱きついていく。
「この色男〜、二人から想われてるって分かっちゃったね〜」
「なんですかアンセムさん。二人はただ宿について話してるだけでしょう? 二人ってば、僕と一緒じゃないと眠れないだなんて、変な人たちだなぁ」
「えっ、そう解釈しちゃうの、アレク君」
驚いた顔をするアンセムをよそに、アレクは受付嬢から伝えられていた名前を掲げた建物の前で立ち止まった。
「ここみたいですね」
周りの建物と比べて一回り大きく、しっかりとした木材で出来たその建物の入り口上には、『バーニング』と魔法灯で文字をあしらった物があった。
アレクが先導して中へ入ると、中は昼下がりだと言うのに薄暗かった。
理由としては、灯りが壁際にあり、吊り下げられた照明は机を照らす程度だ。
特に目立った場所は、奥にあるバーカウンターだろうか。
ギラギラと灯りの付いた棚には、飲み止しのボトルが並べられており、どれも高そうに見えた。
そしてそのバーカウンターを取り仕切るように立っている女性がこちらに気づくと、
「あら〜、アンちゃんじゃない! 帰って来たのね!」
と声を上げたため、その場にいる男女の目が一斉にこちらに集まった。
集まった視線に怖気付く事なく、前に歩みを進めたアンセムは、答えるようにして手を上げる。
「姉ちゃんも相変わらずだな、帰って来たぜ」
アンセムはトットットと足音を立てながらバーカウンターまで向かい、カウンターに頬杖を立てて寄りかかった。
「何か飲む? アンちゃんが好きな酒ならすぐ用意出来るよ」
「いや、今はいいや。それよりも……」
声を下げ、後ろに視線をやるアンセム。
そこにはアレクやアリシア、トトが不安そうな顔をして立っており、アンセムの隣にローズとリリーが陣取った。
「あら可愛いお客さん。だめよ〜? お酒は成人してからね」
「いや、そうじゃないんだ。今夜だけ、上を使わせてもらえないかって話、来てないか?」
それを聞くと女性はパッと明るい顔をして、一行をバーカウンターの端へと案内した。
そして金庫から手慣れたように鍵を取り出すと、アンセムに一つ、アレクに一つの鍵をそれぞれ渡した。
鍵には部屋の番号が書いた札が吊り下げられており、女性は手を伸ばして階段の場所を指す。
「あちらから上がれます、部屋の鍵は明日の朝返して貰えば良いですよ」
アレク達は階段を上がり、登った先にあった壁に描かれた番号を見て、左奥へと進んだ。
アンセム達は右奥へと進んで行き、一旦別れる形となった。
「一つの鍵ってことは一部屋になるのよね。一体どれだけ広いんだか」
「酒場も兼ねてるのにね。もう少し狭い部屋が所狭しと並んでて、休憩が取れるだけの場所かと思ってたのに」
廊下は明るく照らされていて、壁際の窓から差し込む光もあって、下とは打って変わって、カーペットも生き生きしているように見える。
鍵の番号を確認すると、『208』と書かれているのが分かり、その部屋の前に着き、鍵を差し捻ると、鍵が開いた音がした。
ドアを開けた先には四つのベッドが左右に並んでいるのが見えた。
そして三人は一度真ん中に集まると、各々が握り拳を作り始め、勢いよくこう宣言した。
「最初はグー! じゃんけん――」
――決まり手はアリシアのチョキであった。
早々に抜け出したのはアレクで、トトとアリシアの一騎打ちとなったのだ。
長きに渡る対決が済み、アリシアは勝ち誇るようにしてアレクが寝るベッドの隣のベッドに手を置くのであった。
「長かったね。二人とも一回一回気合いが入ってて、手に汗握ったよ」
「あらそう、私はそんなに気合いは入れてるつもりは無かったけど、アレクが言うんならそうなんでしょうね」
アリシアはトトにドヤ顔を見せつけ、トトはぐぬぬと苦い顔をした。
しかしトトは、すぐに最初から勝ちにこだわってはいないように、シラを切った表情に変わって、「気にしないにゃ」と一人言い聞かせるように言って、ベッドの感触を確かめ始めた。
アレクもベッドの感触を確かめたが、普段利用しているシシンシャホテルのベッドに引けを取らない、触り心地と弾力感であった。
「酒場と併営されてる宿とは思えないね」
「冒険者ギルド直々に依頼されるぐらいなんだから、これぐらい良くないと」
「それもそうだね。宿の確認も出来たし、アンセムさん達と料理の美味しい店を探さないとね」
と、部屋を出た途端、下の階から女性の悲鳴が上がり、ドタバタと乱雑な足音が立ち、粗暴な男性の声が聞こえ始め、アレク達は急いで階段へと向かうのであった。
次回から不定期更新になります
楽しみにしていただいている方には申し訳ありませんが、作者の力量不足です
この先、不定期更新が続きますが、重ねてお詫び申し上げます




