第20話『鍛治師ヘパイストス』
アリシアが言う、カムイから紹介された鍛治師がいる鍛冶屋は、シシンシャの街外れにあった。
その鍛冶屋の見た目は、今にも崩れ落ちそうな廃屋にしか見えず、土台がまだ安定しているから建っているようにしか思えなかった。
「ごめんくださーい」
アリシアは怖気付く事なく、人が住んでいるのかすら分からない廃屋に声をかける。
当然、中から返事が返ってくるわけでもなく、しんと静まり返っていた。
「入るわよ」
「えっ」
アレクはアリシアの突然な空き巣宣言に動揺し、素っ頓狂な声を出すと、それを横目にアリシアはつかつかと廃屋へと入って行く。
怖気付いている間もないと、アレクはその後を追うようにして廃屋に入って行った。
中は人がいるようには思えないほど荒れており、家具らしい物もなく、辛うじて家具と呼べるものがあったとしても、ボロボロになったイスぐらいだろうか。
「ごめんくださーい」
今度はアレクが呼びかけるようにして、あたりを見渡すが、人が現れる事もなく、返事もない。
「今はいないんじゃないかな」
「そう? まだ奥があるみたいだけど」
アリシアが指差した方を見ると、この廃屋には見合わない、強固な鉄の扉が閉じた状態で鎮座しており、アレクはそれに近づき耳をすませてみた。
「何か聞こえる?」
「何も聞こえないや」
手がドアノブにかかり、少し力を入れただけで鉄の扉が開き始めると、黒く大きい何かがこちらに倒れてきて、アレクは驚いてそれを避けた。
その黒い物体が何であるか、じっとよく観察してみると、ところどころほつれている服を着た男性で、髪は切り揃えられてはおらず、手入れもされていないのか脂でギットリしており、無精髭も生えていた。
「この人がそうなの?」
「死んでるんじゃないの?」
「そんな殺生な」
倒れ伏した男性が何かもごもごと口を動かし始め、アレクが耳を寄せてみると、男性が小さな声で何か呟いていた。
「み……水と……」
「水と……?」
「シシンシャ……特製……サンドイッチを……五切れぐらい……」
と言って事切れたように静かになると、アレクはアリシアの方を見た。
「あの馬鹿の紹介だったから、一応持ってきたんだけど」
アリシアの片手には、ここに来るまでに買ってきていた、シシンシャ特製サンドイッチが入ったカゴが携えられており、飲み物もおあつらえ向きにカゴに入っていた。
「ありがとう……」
男性はボロボロのイスに座り、久々の食事をゆっくりと噛み締めるようにして食べており、咀嚼を終えて飲み込むと、飲み物をストローを介して飲んだ。
「あのバ……紫電のカムイの紹介で来たのだけれど、貴方がヘパイストスさん?」
「そうだ、鍛治師のヘパイストス・エンカウントだ」
汚れた見た目ではあるが、ヘパイストスの体躯はしっかりとしており、髪の奥から覗いた片目の瞳がやや明るい色をしていた。
「その……なんて言うか、見た目に無頓着な方なんです……ねっ!?」
アレクの脇腹に、グーの拳が突き立てられており、イタタと脇腹をさすりながらアレクは話を続ける。
「僕の剣を作ってくださるって話ですが」
「ああ、それなら試作品をいくらか作ったんだ、試しに持ってみてはくれないか」
奥の部屋へと案内され、机の上にずらりと並べられた剣の数々を見せられた。
「ここは鍛冶場だ、試作品は机に置いてあるものだけだ」
どの剣も素人目から見ても、良い物であるように思え、アレクは手近にあった剣を手に取った。
「どうかな、君の身体的特徴はカムイから聞いていたから、合うと良いんだけれど」
「……良いとは思うんですけど、なんかしっくりこないような」
持ってみて、初めて感じる些細な違和感。
試しに振ってみると、刀身の重さに負けて、いつものように振った後に止めることが出来ず、前にツンのめるように体勢を崩しかけた。
「良い剣だとは思うんですけど……」
「試作品だからね、製品にするならもう少し君の情報が必要になるかな」
ヘパイストスはじっとアレクを上から下へと見つめ、アレクはその目で何もかもを見透かされているような感覚に陥り、そわそわし始める。
そして腰に差された星導剣に目が留まると、ヘパイストスは口をわなわなと動かし、飛びつくようにして縋り付いてきた。
「この……! この剣は一体誰が作ったんだ!」
大男が腰に縋り付いてきたため、体勢を崩しかけるアレクであったが、鍛錬のおかげか、後ろに倒れる事はなく、冷静にヘパイストスと話を続けた。
「知らないんです、一体誰が何のために作ったのか」
――嘘である。
この剣を作ったのは超常の存在であるカミサマだ、とは流石に言えず、出自不明の剣として押し通すことにしたのだ。
「知らない……のか、少し刀身を見せてもらってもいいかい?」
「ええ、構いませんよ」
鞘から星導剣を抜き出し、ヘパイストスにゆっくりと手渡すと、ヘパイストスは取るや否や、舐めるように半透明な刀身を覗き込み、息を荒げた。
「す、素晴らしい……! 鋼で出来た剣ではなく星導石で出来た剣! 存在があってはならないオーパーツのようだ……!」
「そんなにすごい代物なんですか? それは」
「凄いも何も、星導石は衝撃に弱いんだ。それなのに刃こぼれ一つもせずに、剣の体裁を保っているのだからね」
アレクはそこに付け加えるようにして、何度か斬った事も伝えると、更に驚いたヘパイストスは、星導剣を持ったまま固まってしまった。
「何度も斬ったのに美しさを保っている……、これは天より送られた最上大業物だ……!」
ヘパイストスは息を荒げながら見ていたが、段々と落ち着いてきたのか、深呼吸をして息を整え始め、冷静に刀身を眺めた。
「この剣は君に合っている。だがしかしだ」
ヘパイストスは星導剣をアレクに返し、思い詰めるような顔をして顎に手を当てた。
「その剣は、物体を斬ることには使えない、そうだろうアレク君」
「そうです、これは特殊な物しか斬れなくて、それで――」
「続けなくとも分かる、これは確かに特殊な物しか斬れないのだろう。だからカムイが君たちを私の元へ来るように差し向けた」
アレクが持つ星導剣を見てヘパイストスは意を決したように頷くと、鍛冶場から出て行こうとした。
「えっ、今からどこへ?」
「どこへってそりゃ……」
「それは……?」
「銭湯だ!」
ずっこけそうになるアレクとアリシアを横目に、浮浪者のような姿をしたヘパイストスが鍛冶場から出て行き、それを二人は追いかけた。
ヘパイストスは巨大な男であった。
通りがかる人と比べて見ると、頭一つ抜け出したような頭身の高さであり、カムイと同じぐらいの身長かとアレクとアリシアは思っていた。
そのせいか目立って仕方なく、銭湯に辿り着くまでに、何度警備隊に声をかけられたか。
アレクとアリシアは、警備隊には銭湯に行く途中である、と伝えるが、ヘパイストスの体つき故か、冒険者ギルドへ行く途中ではないのかと逆に訂正されたりもした。
そうこうして、辿り着いた銭湯では、周りの目を引く筋肉質な身体を披露することとなり、なおのこと、目立って仕方なかった。
アリシアには外で待ってもらうことにして、アレクはヘパイストスに誘われる形で銭湯に入る事になり、今現在、湯船に浸かっているところであった。
「なんで僕まで……」
体が汚れているわけでもないアレクが、朝から湯船に浸かる理由があるはずもなく、ぶくぶくと水面に泡を立てながら息を吐いていた。
「裸の付き合いと言うのも悪くはないだろう。ただ剣を振るったりするだけでは感じ取れない物もあるからな」
湯船に浸かった状態でも分かる、ヘパイストスの体つきの良さ。
それと見比べてみれば、アレクの身体は発展途上と言ったところだろうか。
発育の違いを知ってしまえば、なんともないのだろうが、今一番嫌な気持ちになっているのはアレク自身であった。
「そう嫌な顔をするなアレク君、私は鍛える趣味はないが、いかんせん職業が職業だ、こうなっても仕方あるまい」
アレクは水面から顔を上げ、風呂の縁に寄りかかった。
「ヘパイストスさんと、師匠……もといカムイとはどんな仲なんですか?」
「そうだな……、何と言うか、彼女が斡旋業者みたいな仲だろうか」
「普段は師匠から誰かの剣を作るように依頼されるですね」
「斡旋する依頼の数々をこなせば有名になれる……なんて甘い夢を見ていたが、いかんせん彼女は青天の霹靂のような人だ。依頼されたのも君が今年で初めてだよ」
ヘパイストスも息を吐きながら縁に体を寄りかからせて、アレクと隣り合う形になった。
「腕を見込んでのことなんでしょうか」
「さぁね、ただ私には少し特殊な力があってね」
「特殊な力……?」
水面からヘパイストスの右手が現れ、手のひらに何かがあるように見えた。
アレクによく見えるように、手のひらを広げたヘパイストスは、そのまま話を続けた。
「刻印……と言った方が良いだろう。代々テンカウント家には手のひらに刻印が刻まれた者が産まれる」
「『星なる者たち』との繋がりは無いんですよね」
「んっ? いや、宗教には興味は無いよ。これは代々に伝わる伝承みたいな話だが」
手のひらに刻まれた刻印が、炎を宿したかのように橙色に染まると、中から槌が現れ、それをヘパイストスは手に持った。
槌の色は橙色に染まっており、所見では熱を帯びているように見えたが、ヘパイストスがそれをお湯の中に入れても、水が沸騰する事はなかった。
「君、魔法術式付与武器については知っているかい?」
「エンチャンテッド……何ですか? それは?」
「魔法術式付与武器とは、その名の通り、魔法が剣に練り込まれた物だ。ただ、剣だけに限った話では無い、他の武具でも該当する名称だ」
ヘパイストスは、「要するにだ」と話を続けながら右手に持った槌を眺めると、
「エンカウント家では、魔法術式付与武器を作る才能を得た者に、この刻印が付与される、と代々言い伝えられている。歴史を遡ると、人魔大戦の頃からだそうだ」
槌が分解され始めると、再びヘパイストスの手のひらの刻印の中へと槌が収められ、ヘパイストスは隣にいるアレクを見た。
「君の身体はまだ発展途上だ。成長してなんぼの年頃だし、伸び代も沢山ある、だから」
ヘパイストスは風呂から立ち上がると、シャワー台の前まで行き、イスに座って、シャワーのノブを回した。
「君の剣は、何度も作り直す事になるだろう」
アレクは風呂から上がり、ヘパイストスの背後に立つ。
「それでヘパイストスさんが浮浪者みたいな生活をしないで済むのなら、進んで剣を打ってもらいますよ」
「ははは、そう言われると身が入るな」
「じゃあ僕は先に上がってるので」
そう言い残してアレクは脱衣所へと向かい、身支度を済ませ、外で待つ、アリシアの元へと向かうのであった。
銭湯の門構えがある場所に行くと、その端に背中を預けているアリシアを見つけた。
声をかけようと近づこうとした時、アリシアの近くに氷で固められ、身動きが取れなくなった男性たちが見えて、アレクは頭を抱えそうになりながらも、アリシアの側まで来た。
「またやったんだね、アリシア」
「こいつらが悪いのよ、混浴が出来る店を知ってるからって連れて行こうとするし」
「だからって氷で固定する事はないじゃないか」
「は? なら逆に考えて、アンタがここで待ってて、徒党を組んだ謎の女性たちが、アンタを混浴出来るお店に連れて行くってなったら、アンタはどうするのよ」
「そりゃ話し合いでどうにか……」
アリシアは「甘いわね」と、指を動かしながら舌打ちをして、アレクの肩を掴んだ。
「人数があれだけいれば、人一人なんて簡単に攫えるのよ、それは男性だろうと女性だろうと関係無しに」
氷で固められた男性たちを見ると、五人ぐらいが固められており、アリシアを攫うには簡単だろうとアレクは思い、すぐに謝り訂正した。
「君が正しいよ、僕が間違ってた」
「冒険者なら、力で解決する事も視野に入れなきゃ」
肩からアリシアの手が離れると、アレクは氷で固められた男性たちを眺める。
そうすると、リーダー格である男性が気づき、へにゃりとした笑みを浮かべて話しかけてきた。
「な、なぁアンタ、その子に言ってくれないか、この氷を解いてくれないかって」
「大丈夫ですよ、アリシアがただ単に凍らせるだけの魔法使いじゃ無いって事は、僕、知ってますし」
「俺たちも悪いと思ってるからさ、な? 早いとこ解いて欲しいんだ」
リーダー格と同調するように皆頭を下げて謝り始め、アレクは許したが、アリシアは許す様子はないようだ。
「一応、その氷は自然に溶けるように出来てるから、多分日没までには溶けるんじゃないかしらね」
「に、日没ゥ!? そんなに待っていられるか!」
「しばらく動けないんだから、頭冷やして、次からどうするか考えなさいな」
やいのやいの騒ぎ、反省が見られない男たちに、アリシアは興味が失せたのか、銭湯の門構えに目をやり、そこから現れた人物の名を呼んだ。
「こっちよ、ヘパイストスさん」
名前を呼ばれてキョロキョロとあたりを見渡し、声のした方を見て気づいたヘパイストスはこちらにやってくると、近くにある氷塊について言及した。
「待たせてしまったなアリシア君。で、この氷は君がやったのかな」
「ええそうよ」
悪びれる様子もないアリシアを怒るのかと思いきや、ヘパイストスは男たちを拘束する氷に近づき、膝を折ってそれを間近で眺めた。
「ふむ、自然に出来た氷と同じような構造か……、不純物も少なく、魔法で出来た物の高密度設計な氷だ……。かなりの使い手だな……」
ぶつぶつと独り言のように話し始めたヘパイストスに、男たちは嫌な顔をして、早く離れてくれと願うような雰囲気を醸し出していた。
「そんな物見てるなら、剣の話、無かった事にするけれど?」
アリシアはヘパイストスに声をかけ、剣、と言う単語に体をびくりと動かしたヘパイストスは、氷から離れ、すぐさまこちらにやってきた。
「それは困る、私は今、剣を作りたくてうずうずしているのに」
「そう、なら、早く帰らないとね」
気がせっているのか、アレクとアリシアの前をずかずかと歩いて行くヘパイストス。
そんな彼を連れて、鍛冶屋に着くのはそう時間は掛からなかった。
「聞いていなかったが、剣はいつぐらいまでに完成させれば良いだろうか」
鍛冶屋に着いて早々に、ヘパイストスは大事な事を聞いてきた。
アレクはうーんと唸り、カムイが言っていた集合日の事を思い出す。
「そうですね……、強いて言えば三日ですね。そのぐらいに依頼を受けてここから発つので」
「わかった、それまでには完成させよう」
「あと集合場所は――」
ヘパイストスには伝えられる事は伝え、アレクとアリシアはヘパイストスに別れを告げて鍛冶屋から去るのであった。
――そして三日の月日が流れた。
集合場所には冒険者たちが各々が選んだ組み合わせのパーティで集まり、その中に、アレクたちもいた。
その中でもやはりと言ってか、カムイに視線が集まっており、なぜかアレクたちの周りには溝のような空間が生まれていた。
「見ろよ、紫電のカムイだぜ。超巨大ゴーレム討伐に、一役買って出たって話は聞いた事はあるだろ」
「ああ、それも見た事の無い魔法を使ったって、街中の魔法使いたちが言ってるらしいからな」
「そんな奴がどうして新規開拓地、ニューフロンティアの第三次開拓者になろうとしてるんだ……?」
ひそひそと冒険者たちが小声で話しているのが聞こえ、次に聞こえてきたのは、もちろん借金の事であった。
「聞いた話によると、夜の店で作った借金を返すために、王都直属のリヴィング騎士団から直々の依頼を受けてるらしいぜ」
「なんたって、酒に女にギャンブル好きだもんな。そりゃ働いて返すしかないわな」
「騎士団の団長も中々のべっぴんさんって話もあるから、それで依頼を受けたんじゃないかって話もあるぜ」
「もっと聞かせろよ、その話」
噂好きな冒険者の話を聞こうとして、喋っていた冒険者たちは向こうの方へと行き、アレクはホッと胸を撫で下ろした。
「嫌ですね、冒険者界隈の噂が流れる速さは」
「言わせておけばよい、噂は所詮噂でしかない」
カムイはそうぶっきらぼうに言うと、アレクは押し黙るしかなかった。
そうしていると、馬車が集まり始め、冒険者ギルドの職員が前に立ち、大きな身振りを見せて声を上げた。
「みなーさん! 本日はお集まりいただき! 誠に! ありがとうございます!」
冒険者一同の視線がその職員に向かって集まり、職員はつらつらと説明を始める。
「この馬車に乗っていただき、ニューフロンティアへと向かってもらいます! 費用はこちらが受け持ちますのでご安心ください!」
馬車は、ここにいる冒険者を振り分けて乗せられるぐらいの数が用意されており、一つ一つがどれも質素な造りではあったが、しっかりとした木材で出来ているように見えた。
「続いて、馬車に乗っていただいたグループが一つの組となり! ニューフロンティアで行動していただくグループとなります!」
冒険者たちは互いに顔を見合わせて、どの組とグループになるかとソワソワとし始める。
「各冒険者グループのリーダーの方に、くじを引いていただきます。くじには番号が書いてあります、その番号と同じ馬車に乗ってください。以上です」
くじの入った箱が職員によって出され、各自のグループのリーダーがくじを引いては、決まった番号の馬車へと吸い込まれて行く。
「誰が引くかじゃんけんしましょ」
「ワシで良いじゃろうに」
「ダメ、こう言うのはじゃんけんに限るわ」
アリシアの謎のじゃんけん圧に皆が折れ、互いに握り拳を作ってから出す手を考えた。
「最初はぐー、じゃんけん――」
――高らかにくじを引き上げたのはカムイであった。
カムイ以外がパーを出して、チョキを出したカムイの一人勝ちであった。
「安牌を取るべきだったわ、まさか二人がパーを出すなんて」
「僕は君がグーを出すと思ったんだよ」
トトは頷いたが、アレクはあっ、と口を手で押さえて黙ってしまう。
頷いていたトトは、事の重大さに気づかず、そのまま口を滑らすように、
「いっつもグー出してそうな人にゃからアタイもパーを出したのにゃが……まさか平手だったとは思いもよらなかったにゃ」
「それどう言う意味よ」
血相を変えてトトに詰め寄るアリシアに、トトは顔を背けて軽口を叩き始める。
「そのまんまの意味にゃよ、今まさにグーが出そうにゃ」
「グーじゃなくて、平手が出るんだったわよね、ならこうよ!」
ぺちんとトトの尻を叩いたアリシア。
音は軽い物であったが、痛みは比例していなかったのか、痛そうに服の上から尻をさするトトであった。
「何、阿呆な事をやっとる、馬車に乗り込むぞ」
カムイの一声に、アリシアとトトはついて行くが、アレクだけが一人あたりを見渡して残っていた。
アレクはヘパイストスを待っていたのだ。
しかし、ヘパイストスが現れる様子は無く、カムイがアレクを急かすように声を上げた。
「師匠! ちょっと待ってください!」
アレクは幾分かの時間を作り、あたりを見渡すと、馬車へと冒険者が移動する中に、目立つようにそれはいた。
「ヘパイストスさん!」
冒険者たちの中でも目立つガタイの良さは、並いる冒険者たちの視線を惹きつけ、ヘパイストスは波を割る岩のようにしてこちらにやってきた。
「すまない遅くなってしまった」
「もう少し遅かったら、行ってしまうところでしたよ」
ヘパイストスは腰に巻き付けていた鞘の付いたベルトを外し、アレクに手渡し。
両手で受け取ったアレクは、ずっしりとした重みを感じ取った。
「中身は後で見るといい。白亜鋼と呼ばれる鋼で打った剣だ。魔法を一時的にだが使う剣術を得意とすると聞いていたからね、魔法との相性が良い鋼を選ばさせてもらった」
「ありがとうございます!」
中身がどんな形をしているかはまだ分からないが、馬車の中でじっくり見れば良いとアレクは思い、急る思いを抑えながら、それを腰に巻き付けて固定した。
「剣は使ってこそだ、君にとって良い剣に仕上がったと思うよ」
「はい! ありがとうございます! では!」
ヘパイストスに手を振りながらカムイたちの待つ馬車へと走り、馬車に乗り込むと、入口でもう一度強く手を振ってから、馬車の中へと入った。
中へ入ると、四人が対面するようにして座る座席になっていて、アレクは入口近くの席へと座る。
窓際からは外が見え、その先にいるヘパイストスは小さく手を振って、アレクの乗る馬車を見送っていた。
アレクはヘパイストスから貰った剣を見て、気持ちを新たにして、ニューフロンティアへと向かう馬車に揺られるのであった。
次回は6月23日18時に投稿します




