第2話『橋の厄介者』
澄み切ったように晴れやかな空。
街の雑踏と、行き交う馬車が通る大通りから外れた、小さな通りにとんがり帽子がするすると、人通りを割って進んでいた。
その速さは可もなく不可もなく、人にぶつからないように計算された動きのようにも見える。
そのとんがり帽子が店の前に止まると、金銭と商品の受け渡しが執り行われ。
とんがり帽子を被った少女は、その商品を持って、近くのベンチに座るのであった。
袋には『シシンシャ名物!シシンシャパン!』と書かれており、包まれているのは、程よく焼きの入れられた板状のパン、その間にみずみずしい葉野菜や、よく焼かれた赤身の肉などが入った、サンドイッチだ。
それを大きな一口で食べるアリシアは、何度かの咀嚼の後に、可愛い唸り声を上げて、幸せそうな顔をしていた。
ただ、サンドイッチの数は一人で食べ切れるような数では無く、二人分の数のように見える。
そこへ、一人の少年がやってきた。
アリシアがその少年に気づくと、怪訝そうな顔をしながら咀嚼をする。
「アリシア、隣良いかな?」
アリシアは口の中にあるものを飲み込み、袋の中にあるサンドイッチを少年に突き出す。
「ほら、アンタの分も買ってきてあげたから食べなさいな」
それを受け取る少年は、飲み物をアリシアに提供した。
アリシアはそれを受け取るとなんの躊躇もなく飲み、感謝の言葉を少年に伝える。
「アレク、アンタ少しは強くなったの? あの馬鹿から出された課題とか、クリアしたって聞かないし」
「問題ないよアリシア、ただやっとまともな食事が出来たよ」
ベンチに座り、サンドイッチにかぶりつくアレク。
野菜と肉の旨味、そしてパンの甘さが相まったまともな食事に喉を鳴らす。
そんな様子を見て安心そうな顔をしていたアリシアだったが、アレクが顔を向けるとまた怪訝そうな顔に戻った。
「課題は何個かクリアはしたし、トレーニングもこなしてる。ちゃんと君と会話出来たのも、これが初めてだからね」
「アンタにいつ会えるか分かんないし、あの馬鹿がハメを外さないように、見張るのにも注視してたから、それもそうね」
「でもきっと今頃、師匠はどこかでもう既に何回も、警備隊のお世話になって強制労働させられてるんだろうなって、君の晴れやかな顔見たらそう思ったよ」
話し終えると、むしゃむしゃとサンドイッチを食べ切り、まだ袋に残っているサンドイッチに手を伸ばして掴み取る。
「アリシア、このサンドイッチよく買えたね。何回か師匠が問題を起こしてたから、リブラ金貨が何枚か消えてそうだったし」
「えぇそうよ、あの馬鹿、ついさっき、十回目の景観保護法に違反して捕まったわ。だから強制労働環境に放り込んで、罰金を返させるようにしてやったわ」
「ははは、やっぱり師匠、働かされる事になったんだね」
アレクは二つ目のサンドイッチを食べ切ると、飲み物をストローを介して飲み、三つ目のサンドイッチに手を伸ばした。
アリシアはと言うと、一つのサンドイッチを食べ切った後は、我関せずと言った態度で、袋に残っているサンドイッチには手をつけていなかった。
「あれ、君食べないの? いつもならもっと食べてるのに。残り……も結構あるんだけど」
三つ目に口をつけるアレクをよそに、顔を背けるアリシア。
アリシアの頬はいささか赤く染まっていて、飲み物の減る速度が早まる。
残っているサンドイッチは二人分よりも多く、三人分であった。
味の変化も考えられているのか、卵の入ったサンドイッチが袋の奥から現れる。
「君が元気そうならそれで良いんだけど、宿代とかは大丈夫? きっと師匠が取った宿なんて、毎日滞在するには高すぎて大変でしょ」
「そうね、毎日滞在するには快適すぎて、飽き飽きするほど高い宿よ。あの馬鹿から前借りするようにリブラ金貨を回収してなかったら、今頃安い宿に鞍替えしないといけなかったわ」
先んじて策を講じておいたのが幸いしたのか、肌艶もよく、眠気も一切感じられないような素ぶりであり、アリシアは元気そのものであると見てとれた。
そのまま四つ目、五つ目とサンドイッチを口にするアレクは、羨ましそうに口を開く。
「まともなベッドで寝ていられるなんて最高だね。僕は野宿だって言うのにさ」
「それはアンタが弱すぎて、あの馬鹿から課題をだされたのが原因でしょう。私はアイツから課題を出される事なく、悠々自適生活させてもらってるわ」
「君にも課題出てたじゃないか。関所の先に出現した魔法使いの説得が」
それを聞いた途端、アリシアは耳を塞ぎ、聞こえないふりをした。
アレクはあからさまな態度に呆れて、五つ目のサンドイッチを咀嚼して飲み込むと、ベンチにあった袋をたたんでゴミ捨て場に捨てた。
「君ねぇ、嫌なことから逃げてもしかたないよ。同じフォーレン派だって言うから、師匠が君にそれを頼んだんだからさ」
「アイツが解決すれば良いのに、なんで私が」
「言い訳してても仕方ないよ。僕は課題がまだ残ってるし行くよ、サンドイッチごちそうさま」
「あっ、ちょっと!」
走り去るアレクにアリシアの言葉が届く事はなく、その姿は街の雑踏に紛れて消えてしまった。
アリシアは帽子を深く被り、ムッとした目でその背中を追っていた。
「一緒に行ってくれたっていいのに、馬鹿アレク」
ボソリと悪態を吐き、意を決したのか、アリシアはベンチから降り、北の関所へと続く道になぞらえて、歩き始めるのであった。
北の関所。
隣国の国境と隣り合わせの最後の砦、と言わんばかりに、積み上げられた石材で組まれた門がそびえ立ち、門もまた、通ろうとするものを阻むようにして、固く閉ざされているのであった。
そんな所へ、小さな少女がやってきて、門を開けるようにと進言していた。
だが当然、少女一人を通すのも許さないと、門番たちは少女を強い言葉で追い返そうとする。
しかし、少女――アリシアは売り言葉に買い言葉と、強い態度で門を開けるように進言する。
そんな騒ぎを聞きつけ、何やら、とやって来たのは、門番長であった。
門番長は他の門番と肩を並べると分かるように、鎧に装飾が増やされた鎧を着込んでおり、騒ぎを起こしているアリシアに対応する。
「いかがなされたかな、魔法使いの少女さん」
「この先にいる魔法使いに用があるの、通してもらえないかしら」
「申し訳ないが、その件は、警備隊が対応する事になっていまして……。あとは、何やら有名な冒険者に依頼をしたとかなんとかで、その方なら通せるのですが」
「その有名な冒険者の仲間よ、それなら通してくれる?」
「ふぅむ……」
門番長はアリシアを上から下へと見て、その衣服の上質さを見抜き、ただの冒険者ではないと判断し、ある物の提示を提案した。
「冒険者カードの提示をお願い出来るかな」
「いいけど」
アリシアが宙に手を伸ばすと、片腕の半分が半透明の何かに吸い込まれ、門番たちが驚くが、アリシアはなんともないように、そこから手を引き抜くと、金色の輝きが門番長に差し出された。
「ゴールドランクでしたか!、有名な冒険者に頼んだ依頼も拝見しました、ならば通しましょう」
「話が早くて助かるわ」
「門を開けよー!」
門番長の鶴の一声で、重厚な門が開いていき、それが開ききると、アリシアはその下をくぐり、通り抜けていった。
門番長に門番の一人が意気揚々と話しかける。
「冒険者カードがあんなに輝いているのは初めて見ました、いるんですねゴールドランク冒険者なんて」
「あぁ、私も驚いたよ。それも、あんな少女がな。有名な冒険者の仲間だと言われても信じるよ、私なら」
――冒険者カード。
この世界において冒険者は、各個人に配られる冒険者カードと呼ばれる物を用いて、活動や依頼の証明をする。
ランクによってそのカードの色が変わり、下から順に。
ウッド、ストーン、スチール、ゴールド、プラチナ、ダイヤモンド、と、なっている。
門の抜けた先には、立派な橋があり、白い色をした石材で構成されたそれは、切り立った崖の対岸へと伸びていて、遥か下には河が流れていた。
一人歩くアリシアは、その橋の中腹で、つまらなさそうに佇んでいる者を見つけ、声を掛ける。
「こんにちは、フォーレン派の魔法使いさん」
「なんだ、貴様は」
声を掛けられた男は、冷めた目でアリシアを睨み、懐にしまっていた杖を取り出す。
男はフードと布で目元以外を覆い、身長はアリシアよりも高く、魔法使いと言うよりも盗賊のような格好をしていた。
「私はアリシア、アリシア・ド・フォーレン」
「聞いたことのある名前だな。……セブルス・ド・フォーレンの孫娘だな」
杖を構えられているにも関わらず、アリシアは戦闘体勢をとらずに話を続ける。
「アンタがいるせいで、困っている人がたくさんいるのだけれど、ここから立ち去るつもりはないのかしら」
「立ち去るつもりは毛頭ないな。それに、ここから退けたいのであれば、力ずくで退けてみたらどうだ」
「生憎、それは私の選択肢には入っていないのよね。そもそも力量差がはっきりと見て取れるから、面倒でしかないわ」
あからさまな格下決定発言に、怒りの感情を抑えきれない男。
男が何かを口ずさむと、杖の先から固められた水の塊が発射される。
しかし、それがアリシアの肌に触れることなく、宙で弾け飛び、薄い膜のようなものが、アリシアの周りに存在していることが分かった。
「無駄だって言ったほうがいいかしら。明らかな魔力量の差と、魔法練度の差、決定的なのは……」
アリシアが宙から杖を取り出すと、杖の先を地面に軽く当てる。
そうすると、どこからともなく現れた氷の切先が男の喉に伸び、男の動きを止めた。
「エレメンタルが視えていない事。私が魔法を使うまでもなかったのは、そのためよ」
「わ、わわ、分かった、俺が悪かった。お嬢ちゃんのほうが強いのが分かったから、関所を通る者の邪魔はしない、立ち去るから勘弁してくれ」
アリシアはその言葉を聞くと、小さく何かを呟く。
すると、瞬く間に氷の塊が霧散して、男の身は自由に動かせるようになる。
「なら、もうフォーレン派だとか言って、魔法使いアピールするのはやめなさい、アンタはまだ初歩的な魔法しか使えないみたいだから」
「へへっ、恩に着るぜ」
アリシアが男に背を向け、門の方へと歩き出した途端、男は懐からナイフを取り出して、それをアリシアに向かって投げた。
「最後まで信用しちまったのが運のつきだ!」
「そうね、だから格下なのよ」
ナイフがその背中に刺さる事はなく、アリシアの姿が氷に変わり霧散すると、ナイフは橋の上で悲しい音を立てて転がる。
そして男は声のした方へと向くと、氷塊が男の顎を捉えてぶつかり、意識を無くして倒れ伏す。
「これが魔法って言うのよ。単なる水遊び程度なら誰にだって出来るわ」
杖を異空間にしまい、男の首根っこを掴もうとすると、男のフードと布が外れて顔が露わになる。
「うわ……悪趣味なタトゥー刻み込んでる」
男の額には太陽のようなマークの中に、星が輝いているようなタトゥーが彫られており、アリシアは嫌そうな顔をして引きずり始めた。
関所の門が開き始め、そこから警備隊が現れると、アリシアはさっさとその警備隊に男を引き渡して宿に戻ることにするのであった。
次回は2月18日の18時に投稿します