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剣と魔法が交わる世界で  作者: 天望
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第17話『守護者フェールフィールズ』

 アレクたちが七曜の星(セブンスターズ)である貪狼ドゥーべを討ち倒し、『星なる者たち』が獣人(ビースタス)の集落に着いた頃であった。

 待ち構えていたのは、彼らが最も恐る相手である、紫電のカムイ、その人だった。


「相手は一人だ! 束になればどうしようもないはずだ!」


 雄叫びを上げながら彼らは、武器を持って果敢にカムイに向かって走り出し、間合いに入ったかと思えば、ぐらりと身体が揺らぎ、血の音を立てて崩れ落ちていく。

 彼らは斬られたのだ、それも、判断が追いつかないままで。

 上半身と下半身に分かれた者は、地面に突っ伏したまま叫び声を上げて喚き始め、首を斬られた者は、自分の身体と別れ始めるのをまざまざと見せつけられて、恐怖の声を上げる。

 そんな彼女に敵うはずがないと、狼狽え、武器を捨て逃げ出す者もいた。

 しかし、逃げ出した途端、音もなく斬り捨てられると、糸の切れた操り人形のように、地面に肢体(したい)が転がり落ちる。

 カムイの間合いの詰め方が、彼ら常人には理解し得なかった。

 逃げ出そうが立ち向かおうが、死あるのみ。

 彼らは今、目の前にした人生の終着点に、抗う(すべ)は無かった。


「貴様らにとって、死は救済ではない、ワシはそれをよぉーく知っておる」


 地の底から唸るようなその声に、彼らは(すく)んで動けなくなり、()め付ける目には、獲物を捉えた猛禽類のように、爛々(らんらん)とした光が宿っていた。


「貴様は何が目的だ! 我々を殺すのがそんなに楽しいのか!」


 このような状況下で我を忘れた者が怒りのあまり、そんな事を口走ると、カムイはこう答えた。


「カミサマは信ずる者がいなければ、力を引き出せん。貴様ら有象無象を殺せば、奴の弱体化に繋がる。それを楽しまんでどうする?」


 無邪気な笑みを浮かべながら滔々と答えたカムイに、彼らはカミサマを侮辱されたと捉え、なす術ない死に近づき、あたり一面に命だった物が転がり落ちていく。

 そうして、追手であった『星なる者たち』は死体になり、血溜まりを吸い込んで、彼らが着ていた衣服は真っ赤に染まるのであった。


「カムイ様、ありがとうございます。恐らく追手はこれだけでしょう。あとは、我々が住む集落に残った『星なる者たち』をどうするかですが……」

「ここから吹き飛ばす」

「吹き……えっ?」


 カムイは握り拳を作り突き出し、親指で何かを弾くような体勢を取ると、魔法の詠唱を始める。

 魔法の詠唱が進むにつれて、魔法陣の数が増えていき、それが三百六十度の球体になるように展開されて、詠唱が終わる。

 そうすると、展開されていた魔法陣が握り拳の先に一塊(ひとかたまり)に集まり、カムイが指を爪弾(つまはじ)くと、向こう側にある集落の場所に、巨大な魔法陣が展開されて、結界で包まれたかと思えば、その中で、尋常ではない熱源が発生して、それが地面に着弾すると、集落は爆発四散した。

 結界は、爆発の勢いが収まるまで展開されて、爆発で仕留め切れなかった生き残りを、蒸し焼きにしているようにもみえる。

 そうして、しばらくの間、森の向こう側が明るくなったかと思えば、瞬時に暗くなると、結界が解けて中から溜まりに溜まったドス黒い煙が上がると、雷が発生しているのか、煙の形を浮かび上がらせ、異様な光景を作り上げていた。


「これで良いじゃろう。では、ワシは城に向かった生き残りを始末しに行くからのう」


 唖然とする人たちを横目に、カムイは城の奥へと向かったハハを始末しに、走り出すのであった。


 フェールフィールドに建つ、名もなき城。

 かつては名があったのだろうが、戦乱の世を耐え忍ぶあまり、名を継承する者がおらず、ただの廃墟と化していた。

 上階に向かうのではなく、下階へと下るカムイ。

 カムイにはこの城にある、触れてはならない物の存在を知っているからだ。

 守護者フェールフィールズ。

 フェールフィールドの名の語源となったそれは、どんな厄災からも、城を守り通す使命を与えられた存在。

 形こそ知っている訳ではないが、もし守護者を目覚めさせられると、かなりまずい事になる。


「もう既に覚醒の一途(いっと)を辿っておるようだの」


 下階に降りてしばらく経つが、ゾロゾロと無機物の塊のようなエレメントたちが現れており、邪魔こそしてこないものの、その数が異様に増え出している。

 カミサマの力は、何かしらの支配下にある物に対して、一番有効に力を発揮する事がある。

 守護者フェールフィールズは、かつての王が城を守る事を目的に作らせた代物だ。

 未だにその使命を全うしているであれば、ハハを介してカミサマの力で起動し、カムイたちに牙を向け、立ちはだかるであろう。


「そうなる前に叩き潰す!」


 魔力の波動を飛ばして、空間を把握し、ハハがいる場所を特定したカムイは、縦横無尽に壁を飛び跳ねて移動し、最下層へと瞬時に到達する。


「見つけたぞ、小僧」


 最下層はだだっ広く、中央を囲むようにしてなだらかに壁が形成されていた。

 真ん中には、恐らく守護者フェールフィールズの核らしき物があるのが見え。

 それの前にハハが立っており、片手でそれに触れていたが、外敵の存在に気づき、強くこちらを睨む。


「なんなんだアンタは! カミサマの統べる世界が来るのが怖いのか!?」

「あんな奴が統べる世界など来てはいけない。何を報酬にして釣られたかは知らんが、奴は人を駒にするつもりの時にしか甘い言葉を吐かんよ」

「嘘だ! 直接会いに来て下さって、母さんを生き返らせてくれるって約束してくれたんだ! 目の前で死んだ小鳥を生き返らせて見せて下さった……! 人を生き返らせる事なんて、カミサマは簡単にできるんだ!」

「面白いのう、どうして死んだ母親をその場で生き返らせて登場させなかったのか、不思議で仕方ないのう」

「何が言いたい……!」


 カムイはせせら笑い、武器を持ったままゆっくりとハハに近づいていくと、間合いを詰めて魔刃剣の切先を喉元に当てる。


「奴は介入出来んのじゃよ、死者の住む国、冥界にな」

「カミサマがこの世界を統べれば、そんな不都合も無くなる! アンタはただ人殺しがしたいだけだろう……!」

「カミサマが統べる世界……か、そんな物を待つよりも、過去を(かえり)みて、前を向いて歩く方が簡単じゃのにのう」


 魔刃剣の切先を突きつけられ、徐々にフェールフィールズの核から離されるハハ。

 額には『星なる者たち』の証であるタトゥーが刻まれており、カムイは冷めた目でハハを見ていた。


「カミサマに(すが)って何が悪いんだ……」


 微かな声でハハはそう言うと、カムイは呆れたようにため息をつく。


「聖典だかなんとかに載っている事実(うそ)だけを鵜呑みにすれば、とても素晴らしい世の中がやってくるとしか思えないじゃろうな。奴は聖典に載っている確約を守ろうとはせんよ、守ったとしても最初のうちだけじゃろう」

「カミサマを知ったような口ぶりだな……! 何が言いたいんだ!」

「新世界の秩序を守る最中に、貴様の母親なんて生き返らそうとも思わん、ワシがもし同じ立場ならそうする」

「そんなはずはない、カミサマは偉大な方だ。貴女と一緒にされては困る」


 話が全く噛み合わない二人は互いに無言になり、突きつけた魔刃剣だけが煌々(こうこう)と輝いていた。


「守護者フェールフィールズはもう既に起動している」


 ハハがそう告げると、守護者フェールフィールズの核が輝きを増して、城全体が揺れ始める。

 しかし、輝きを増すにつれて、核の大きさが変わり始め、近くにいたハハを呑み込もうと核が襲ってきた。


「なんだ!?」


 逃げる間もなくハハは、液体状になった核に捕まり、ズルズルと引き込まれていく。

 カムイはじっと、その成り行きを見ていた。


「た、助け……!」

「助けんよ。ワシはカミサマの駒になった奴に、慈悲を懸けるつもりは一切ないからのう」


 カムイはハハに淡々と言い切り、背を向けて城から出ようとする。


「本当にそれでいいのかなぁ?」

「……っ!」


 忌々しい声が聞こえ、振り返ると、守護者フェールフィールズの核の上に、半透明の人形(ひとがた)のようなものが立っており、今にも核と同化しそうなハハがハッとそれに気づき追い縋る。


「カミサマ! お助けください! カミサマ!」

「うるさいなぁ、守護者フェールフィールズの起動には贄が必要だから、君に起動してもらっただけだよ」

「カミサマ……?」


 ニタニタと笑っているかのような口ぶりに、カムイは心底腹を立てて、幻影と分かっていてもそれに対して飛びかかり、横一文字(よこいちもんじ)に斬り伏せた。


「血気盛んで結構。愉快だね君は。駒に慈悲はかけないんじゃなかったのかい? あ、そうか、僕の力でフェールフィールズが動き出したって思ってるんだね?」

「貴様の力()()()動き出したとは思っておらんよ。」

「なんだ、嫌味が言いたかっただけか。けど、フェールフィールズは起動した、君に勝ち目はないよ」

「そうかのう、案外なんとかなるやもしれんがな」


 苦笑気味に笑うカムイを見て、カミサマは納得がいかない様子であった。


「守護者フェールフィールズは、守ると決めれば如何なる攻撃だって防ぐんだよ? 攻撃しか能の無い君に勝ち目はないのに」

「そうじゃな」


 笑いを堪えるのに必死になるカムイ。

 何が笑えるのか分からないカミサマは首を傾げて、駒であるハハが核に完全に飲み込まれる様子を眺めていた。


「さてと、僕は忙しいから帰るけど、君はせいぜい頑張る事だね。じゃあ、バイバイ」


 去り際にそう言い残し、姿を消したカミサマ。

 核にハハが完全に飲みこまれた事により、部屋全体が、上階に向かって上がるように動き始める。

 しばらくの間、上がったかと思えば、カムイを吐き出すかのように、核を中心にして衝撃波が起こり、カムイは城の外へと吹き飛ばされた。

 かなり上階の位置から飛ばされた事が分かり、辺りが確認出来るようになると、城全体を持ち上げるように巨大な像が姿を現し始めていた。

 地上に着地して、カムイがその様子を眺めていると、アレクとアリシア、それにトトがやってきた。


「師匠! 一体何が起きたんですか!?」

「そこの獣人の片割れが、守護者フェールフィールズを起動させおった」

「守護者フェールフィールズ……?」


 カムイは守護者フェールフィールズについて、全員に説明する。


「守護者フェールフィールズはかつてこの地を治めていた王が、国の平和と守護を願い、城の地下に眠らせておった虎の子じゃな」

「それが起動したって事は、何かから守るために再び動き出したって事ですよね」

「カミサマを守るために動き出した、と考えるのが妥当じゃろうな」

「守護の対象がカミサマになったって事は、この場にいる全員が敵ってみなされるんじゃあ……」


 カムイは何も言わずに魔刃剣を構え、アレクたちも武器を手に、守護者フェールフィールズに立ち向かう。


「出来得るかぎり、ここから動かしてはならんぞ、近くにはシシンシャの街もあるからな」

「はい!」

「トットトの娘、確かトトと言ったな。出来る限り獣人たちを避難させろ、そう言う事は同族がやった方がよいからな」


 トトはそれ聞いてすかさず行動に移し、集落で固まっていた獣人たちに、避難するように促し始める。

 守護者フェールフィールズは完全に自立して、雄叫びのような咆哮を上げ、じっと辺りを確認すると目が輝き、口のような部分が開くと、中から閃光のような物が瞬き始め、光が収束すると、吐き出されるようにしてカムイたちに放たれた。

 すかさずカムイは魔法陣を展開して、巨大で強固な防護結界を張り、展開された防護結界に対して光線が舐めるように滑り、弾けた光線が森を襲った。


「師匠! 森が……!」

「分かっておる! しかし、厄介じゃな、あの光線をまともに喰らえば、ここら一帯が消し飛ぶぞ」

「アリシア、君の絶対零度でどうにか出来ないかい?」

「口全体を凍らすつもりだな、やれるか? アリシア」


 二人に期待の眼差しを受けるアリシアは、鼻をフンと鳴らし、いつもの意地っ張りな顔をする。


「出来ない事はないわ、けど一回きりよ。あんな巨大な口を凍らせるんだから」

「ワシは時間稼ぎをする。アレク、貴様はアリシアに近づくエレメンタルの処理を頼む、星導剣ならば切れるからな。アリシア、詠唱は迅速かつ丁寧にな」

「分かってる」


 アレクはアリシアの前に立ち、守護者フェールフィールズの体内から現れる土のエレメンタルを見据える。

 カムイが走り出すと、アリシアは迅速かつ丁寧に魔法術式の詠唱を始めつつ、杖で別の大きな魔法陣に魔法言語(マジックスペル)を書き込んでいく。

 アリシアは、魔法使いなら誰しもが憧れる、二重詠唱をやってみせているのだ。

 魔力の流れが一気に変わると、守護者フェールフィールズから溢れ出た土のエレメンタルたちが、一斉に活気づいてアリシアを襲おうとするが、その一団は一閃によって斬り伏せられた。


「アリシア、君は僕が守る。詠唱に集中して」


 湧いて出てくる土のエレメンタルに際限はないだろう、しかし、今のアレクには守る物がある。

 よって、疲れたなどと言っていられない状況だ。

 アレクは、普段見えていないエレメンタルが見えている状況に感謝し、的確に弱点である魔力のコアを狙って斬る。

 そうしていると、守護者フェールフィールズが獲物を見据えたように動き出し、ゆっくりとだが片足を上げ始め、歩き出そうとしていた。


「絶技、紫電一閃!」


 雷が落ちたかのような音が鳴ると、守護者フェールフィールズの胴体に一瞬の稲光が走ったかと思えば、胴体に斬り込みが入った――

 ――かのように見えたが、強力な斬撃は強固な防護結界で防がれており、宙に浮いているカムイが嫌そうな顔を見せていた。


「ワシだけに特化しておるわけでは無いじゃろうが、厄介だな」


 宙で隙だらけになっているカムイを捕まんと、守護者フェールフィールズは巨大な手を伸ばしてくる。

 だが、巨体さ故か、動きはそこまで早くはなく、カムイはその場から距離を置いて、迫る手から逃げる。

 空振った手は、両手の手のひらを合わせるようになり、土塊(つちくれ)の体が弾けて、土のエレメンタルたちが生み出された。

 すかさず魔刃剣の出力を変え、エレメンタルたちを斬り捨てると、今度は突きの体勢を取る。


「絶技、迅雷風烈(じんらいふうれつ)!」


 カムイは宙に魔法陣を展開して足場を作り、一気に踏み込み、一陣の風と共に雷鳴が鳴ると、刃は守護者フェールフィールズの額を捉えていた。

 しかし、やはりと言ったか、その突きでさえも防護結界で防がれており、勢いが落ちると、カムイは防護結界によって弾き飛ばされる。

 そして狙いすましたかのように、守護者フェールフィールズは口を開き始めると、宙に飛ばされたカムイに向かって光線を放つ。


「絶技! 付和雷同!」


 光線がカムイに向かって伸びていき、振るわれた魔刃剣に直撃すると、光線が曲線を描いてくるりと反転して、再び守護者フェールフィールズの口に帰っていき直撃した。

 強力な光線の一撃で、体勢を崩しかける守護者フェールフィールズだったが、仰け反っただけで、その場から再び動きだそうとする。


「何がなんでもシシンシャの街に行きたいようじゃな」


 シシンシャの街までは歩いて半日だったが、守護者フェールフィールズの歩みから見て、明け方にはシシンシャの街に着くであろう事は推測出来た。


「だからと言って冒険者ギルドに頼むのもな」


 街の総力を上げればこの巨体の歩みを止める事は出来るだろうか、と考えたカムイであったが、すぐにその考えは拭い捨てた。

 しかし、一つの考えがカムイの中に思いつき、シシンシャの街の近くに見える、湖に目をやった。


「防護結界を当てればもしや……」


 湖は、フェールフィールド内にあるフェール湖だが、そこに土塊の守護者フェールフィールズを沈める。

 そんな作戦が頭の中によぎった。

 だが、それには時間稼ぎが更に必要になる。


「第十階位の魔法を使うしかあるまいか」


 街に行き、呼べるだけの魔法使いを呼び、防護結界を張る。

 守護者フェールフィールズに防護結界を張らせ、防護結界の反発力と第十階位の魔法を使って弾き飛ばす。

 そんな作戦だ。


「アリシア! 詠唱は終わったか!」

 

 向こう側にいるアリシアに向かって叫ぶカムイ。

 アリシアは詠唱が済んでいたのか、こちらに振り返ると強く頷いた。


「よし! やれ!」

「『絶対零度(アブソリュート・ゼロ)』!」


 歩みを進める守護者フェールフィールズの足元から伸びるように氷結していき、顔の付近まで行くと、口周りを自然に凍らせたかのように、全体が凍りついた。


「よくやった!」


 カムイは二人の側まで行き、次の手である作戦を話した。


「よいか? 奴はワシらの攻撃は通さないように防護結界を張る。それを逆手に取って、湖に叩き込もうと思っておる」

「魔法学の基礎の話ね。防護結界同士は反発しあうって」

「だが、それにはかなりの数の魔法使いが必要じゃ。だからシシンシャの街へ行き、冒険者ギルドを使って、街中の魔法使いを召集する」

「集まるとは到底思えないけど?」


 カムイはそれを聞くとニヤリと笑い、アリシアの肩を叩く。


「街に危機が迫っているのは確実じゃろう。それに、あのデカブツを見れば、冒険者ギルドも何も対策せんとは思わんよ」

「そっ、勝算があるならそれでいいわ。早く街に行きましょ」


 アリシアは街に向かって歩き出すが、その歩みはやや疲れた様子で、フラフラとしていた。


「アリシア、君、魔力疲れ起こしてるんじゃない?」

「そんな事言ってられないでしょうに、一人でも多く魔法使いが必要なんだから」

「それもそうだけどさ、ここは師匠を頼った方がいいんじゃない?」


 アリシアは嫌そうな顔をして、カムイの方を見る。

 カムイは自信ありげに腰に手を当て胸を張った。


「転移魔法を使えば街まで一瞬じゃ、なぜそんなに嫌そうな顔をする?」

「だって、あんたの転移魔法、座標酔いしてたまったものじゃないから」

「気合いで耐えるのじゃ、ほれ、早うこい」


 渋々カムイの近くまで来たアリシアは、何もない空間に手を突っ込み、中から袋を取り出すと、口の前に持ってくる。

 カムイが魔法術式の詠唱を始めてすぐに、三人の姿が森の中から消えて、森に静寂が訪れた。


 街の北にある関所では、既に異変に気づいた冒険者たちが集まっており、冒険者ギルドの役員までもが駆り出されていた。

 そこに魔法陣が展開されて、三人の人物が現れると、冒険者たちが何事かと集まってくる。


「ほぅ、どうやら既にギルドは動いておったみたいじゃのう」


 三人のうち二人は青い顔をしており、声を上げた一人が集団の中から冒険者ギルドの役員に目をつけ、話しかける。


「状況がどうなっとるか説明を求める」

「は、はい、状況としては、夜間に出現した超巨大ゴーレムの討伐として冒険者たちを召集した所です」

「夜中なのによく集まったのう、して、魔法使いは何人ぐらいおる」

「ざっと数えて十人くらいかと」

「足りんな、あと九十人ぐらい必要じゃ」


 合わせて百人の魔法使いで何をするのかと不思議に思うギルド役員だったが、頭の中で何か答えが出たのかすぐに口を開いた。


「あの超巨大ゴーレムには魔法攻撃が有効なんですね?」

「強いて言えば魔法の基礎である、防護結界が有効じゃな。近くに湖があるじゃろう? そこに奴を弾き飛ばす」

「……! そのために魔法使いの数が必要なんですね! 分かりました、街中にいる魔法使いに召集をかけます!」


 迅速かつ正確な情報の伝播に取り掛かるギルド役員。

 そしてカムイは北の関所の上へと視線を送り、青い顔をした二人を置いて、関所の上へと跳躍し、向こうにいる守護者フェールフィールズを見据えた。


「なんでアイツはピンピンしてるのよ」

「さ、さぁ……? 僕も軽率だったよ、師匠に頼れば良いって言ってさ」

「転移魔法を使える事は知ってたみたいだけど、実際に使われたらこうなるとは知らなかったのね」

「座標酔いってこんな感じなんだね……」


 アレクとアリシアは労わるように互いの背中をさすりあい、座標酔いがマシになるまでその場から動こうとはしなかったのであった。


「伝令! 魔法使いの人数が百人を超えました!」

「よし、奴が完全にこちらまで来たら防護結界を張れ、目印は関所の橋の前にある広場の境界線じゃ」


 現場が慌ただしくなったのは、夜が明けそうになる頃合いであった。

 日はまだ姿を現してはいないが、山の向こうは少し明るくなりだしていた。

 向こうに見える超巨大ゴーレム、もとい守護者フェールフィールズは、歩みを止める事なくこちらに近づいて来ており、凍りついたままの口を気にする様子も無かった。


「光線を放つ様子もない、アリシアの魔法は優秀じゃのう」

「そりゃそうでしょ、だって私の魔法なんだから」


 アレクとアリシアは既に座標酔いから立ち直っており、関所の上にいるカムイの隣で同じように守護者フェールフィールズを眺めていた。


「アリシアよ、魔法には十段階の階位があると、いつだったか話したじゃろう?」

「またその話? 十段階じゃなくて五段階! アンタって変な話するわね」

「やはり今の時代の魔法使いには、そう情報が流布されておるようじゃのう」

「なんなのよその言い方、アンタが知ってる情報なんて古すぎておかしくなってるんじゃないの?」


 魔法には階位が存在して、第一から第十までの段階で構成されているが、実際に全ての階位を使える者はこの時代には存在していないからだ。

 そもそも、第六階位以上の魔法は禁忌とされていて、学ぶ者すらいない。

 だがしかし、知っている者は()()存在している。 

 カムイは歩いている守護者フェールフィールズを眺め、魔法術式の詠唱を始めた。

 

 ドス黒く赤い魔法陣が展開される。

 

 死の恐怖を詰め込んだかのような色合いの魔法陣は、空気を揺らし、森の動植物たちがざわめき始める。

 粛々と詠唱を始めながら、両手で別々の魔法陣に魔法言語を書き込んでいくと、ドス黒く赤い魔法陣から雷が走り始め、詠唱が進むにつれて、その数を増やしていく。

 包み込むように展開された魔法陣が完成すると、カムイの体が宙に浮かび、さらに魔法陣が展開された。


「えっ……! なんなの!?」


 アリシアは明らかに動揺の色を見せ、アレクは何事かと、アリシアに状況の説明を求めた。


「アリシア、師匠は何をしようとしてるんだい?」

「分かんない……! けど魔法である事は確かよ。あぁけど、楽しい……! まだ知らない魔法があるだなんて」


 下方にいる魔法使いたちは近づいてくる守護者フェールフィールズを寄せ付けないように、多重で範囲の広い防護結界は、街全体を覆うように張られた。

 守護者フェールフィールズはそれを割ろうと、体全体を使って押し潰そうとしてきた。

 魔法使い以外の者たちが不安そうな声を上げるが、防護結界を信じている魔法使いたちは、じっと我慢をするようにその様子を静かに見守っている。

 そして、守護者フェールフィールズが意図せず防護結界を張り、それが百人以上の魔法使いが張った防護結界と衝突すると、磁石が反発するかのように守護者フェールフィールズを押し出し、その勢いで後退していく。

 止めようにも止まらないままフェール湖に入るのかと思いきや、湖に入る寸前の所で止まってしまった。

 しかし、まだ、これで終わりではなかった。

 

「『虚無・崩壊(ニヒル・コラプス)』」


 ドス黒く赤い魔法陣が集約し、守護者フェールフィールズめがけて、赤黒い発光体がとてつもない速さで飛んでいき、それに気づいた守護者フェールフィールズは防護結界を張る。

 だがしかし、人智を超えたその魔法は、防護結界もろとも守護者フェールフィールズをバラバラに破壊し、守護者フェールフィールズは湖の中へと沈んでいった。

 関所の下からは歓声が上がり、互いに抱き合ったり、手を繋いで歓喜に打ち震える者もいた。

 

「まだ終わりではないぞ」

「はい、師匠。アレを切りに行かなくちゃいけませんよね」

「分かっておるではないか。背中に掴まれい、仕上げといこうではないか」


 アレクはカムイの首に腕を巻きつけ、おんぶされる形になると、カムイは強靭な脚力で、湖までの道のりを跳んで行くのであった。


 湖の周りでは、巨大な土塊が入った事によって、水が溢れ出しており、木々が薙ぎ倒されたり、巻き込まれていく動物や魔獣などが慌てふためく様子が見れた。


「師匠、守護者フェールフィールズはまだ活動を停止していないんですよね?」

「まだ中にハハが囚われておる、そやつの縄を断ち切らん限り、守護者フェールフィールズはカミサマを(まも)らんと再び動きだすじゃろう」

「ハハが……、分かりました。絶対に斬ってみせます」


 カムイは水が無くなった湖畔に着地すると、アレクを下ろし、アレクは星導剣を構える。


「ハハ、君を想う人たちの想いを束ねるよ」


 星導剣が輝き始め、ハハを想う人や物の想いが集まり始める。

 集約した光は、星座のような形になり、星導剣は、一時的ではあるが、完全にカミサマとの繋がりを断ち切る力を帯びたのであった。


 アレクは湖に浮かぶ核を見据えて構えを取る。

 それを見てカムイは、小さな声で魔法術式を詠唱して、何かをアレクに掛けた。


「絶技! 紫電一閃!」


 閃光が走るようにして守護者フェールフィールズの核へと向かい、縄を断ち切るような音と共に雷鳴が鳴り、水面の上にアレクの姿が現れる。

 

 そのまま水の中に沈むのかと思いきや、水面に足が着くと、地面に着地したかのように立つことができ、アレクはすぐにカムイが魔法を掛けた事に気づく。


「師匠ー、ありがとうございますー」


 礼には及ばないと、カムイは手を振り返す。

 

 アレクは守護者フェールフィールズの核が消滅していくのを見ていると、ハハの姿が現れ、すかさずそれを抱き止めた。


 ハハの額には何もなく、カミサマとの繋がりを示す縄も繋がっていない。

 星導剣は役目を終えたように輝きを失い、アレクによって鞘に納められる。


 アレクはハハを抱き抱えたまま、カムイのいる湖畔に向かって歩き出す。


 と、湖畔に向かうにつれて、森の中から獣人(ビースタス)や人間の姿が見え始める。


「おーい! ハハは無事かにゃー!?」

「大丈夫だよー!」


 獣人たちからは安堵の声が聞こえ、アレクは湖畔へと到着する。

 ハハをトトに引き渡すと、ハハが意識を取り戻した。


「ハハ、分かるかにゃ、トトにゃよ」

「……うん、分かるよ」


 弱々しい声で返すハハを見て、駆け寄ってきたのは族長のハッハトであった。


「ハハ、お前……! 何をしたのか分かっているのか……!」

「父さん……、僕、間違ってたよ……。カミサマって奴なんかを頼るだなんて」

「お前はイレミヤが残してくれた最後の形見なんだ、無茶な事はするな……!」


 ハッハトは怒りに打ち震えながらも、声は弱々しく、怒りよりも悲しみの感情の方が強く出ているようであった。


「父さん……、母さんの事、まだ覚えてくれてたんだ……」

「忘れるものか、お前の前では名を口にはしなかったが、いっときたりとも忘れた事はない」

「父さん……」


 ハッハトはハハを強く抱きしめ、背中を優しくポンポンと叩く。

 そうすると、ハハは静かに泣き始め、ハッハトの胸に顔を(うず)めた。


「これで一件落着じゃのう」

「……師匠、よくよく考えてみたら、長老さんの家とフェール大木を消し飛ばしましたよね」

「……そう……じゃな」


 アレクに指摘されて、ハッとした顔をするカムイ。

 守護者フェールフィールズをどうにかしようとしたあまり、フェールフィールドの要であるフェール大木と名もなき城な湖の底に沈めてしまった。

 その事実に気づいたとて、時すでに遅し、カムイはジュゲムに向かって土下座をする。


「許せジュゲム、ワシは手を尽くした。その結果がこれじゃ」

「わしは別に怒っておらんよ。幸いなことに、誰一人欠けることなくこの場にいる。それだけでも十分じゃよ」


 頭を徐に上げ、ジュゲムの様子を伺うカムイだったが、どうやら杞憂だったと、素直に受け止めて立ち上がった。


「して、これからどうするのじゃ」

「集落はまだ壊滅したわけではない、人間たちと共に住めるように、手を取り合い歩んでゆくよ」


 クィエルとジュゲムは隣り合って立ち、この先来るであろう、共存共栄の未来を指し示しているように見えた。


「そうか、ならばワシらの出る幕ではないのう」


 カムイがシシンシャの街に向かって歩き出したので、アレクが慌ててそれを追う。

 背後から、獣人や人間たちから感謝の言葉が投げかけられ、アレクはそれに応えるように手を振った。


「師匠、早く戻らないとアリシアが怒りますよ」

「あの小娘はいつだって不機嫌じゃろうに。少しばかり遅くなっても変わらんよ」


 獣人や人間たちの姿が見えなくなり、シシンシャの関所が見えてくる頃、カムイが立ち止まり、来た道を振り返った。


「どうしたんですか? 師匠?」

「姿を見せい、追ってきておるのは分かっておるぞ」


 森の中からトトが苦笑いを浮かべながら現れると、アレクは驚く。


「えっ、なんで君が」

「にゃはは、アタイもついて行きたくなったのにゃよ、ハハを騙したカミサマって奴が許せないから」

「でも獣人や人間はこれから共に住むんだから、別に来なくたって……」

「アタイが決めたのにゃ、この意志は誰にも曲げられないにゃ」


 アレクが不安げにカムイの方を見ると、カムイは不敵に笑っていた。


「ちっぽけな理由じゃが、ついてくるなら勝手にせい。ワシはジュゲムに認められたおぬしを拒みはせんよ」


 ジュゲムの名が出て、驚いたように耳をピンと立てるトト。

 しかし、すぐに後を追うようにして歩き出し、三人はシシンシャの街へと帰って行くのであった。

次回は6月2日18時に投稿します

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