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剣と魔法が交わる世界で  作者: 天望
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第15話『夜の見回り、そして……』

――その夜。

 月は欠ける事なく満月であり、雲はそこはかとなく漂うばかりで、明るい夜であった。

 と言っても、森の中は松明のような灯りが無いと、夜の闇に飲まれてしまいそうになる。

 森の中から、灯りのような物が近づいて来て、その灯りを持つ者たちが現れた。

 灯りを持つ者たち――アレクやアリシアたちではなく、見知らぬ者たちばかりであった。

 皆、青白い顔をしており、額には太陽のようなマークに星が瞬くようなタトゥーが刻まれていて、どの顔も幸薄そうな表情に見える。


「ドゥーべ様は言っていた、カミサマはいつでもどこでも見ていらっしゃると」

「そして、これから同胞になる者たちを逃してはならぬと」

「ああ、そうだ、決して逃してはならぬ。この先、来るであろう新世界には、信徒以外がいてはならないからな」


 ぶつぶつと、会話をしているのかそうで無いのか分からない発言をしながら歩く者たちは、灯りを持ちながら、とある場所へと向かっているように見える。

 森の中、その先にある、獣人(ビースタス)の集落へと。

 夜は、闇を深め始めたばかりだ。


 月明かりが森を照らす夜、トトとハハと夕刻に約束した見回りの場所に集まったアレクとアリシア。

 その姿は、元の人間の姿に戻っていて、アリシアに至っては、衣服が闇に溶け込みきっていて、肌が露わになっている顔だけが、灯りに照らされて強調されている。


「ねぇ、アレク、あの馬鹿が今何してるか知ってる?」

「さぁ……? 師匠は確か、獣人の長老に会いに行ってるのは知っているけど」

「獣人と人間のこれからを左右するような話し合いに参加してるみたいなのよ。あの馬鹿が介入したら、どうせ『星なる者たち』を徹底的に排除するような意見しか飛び交わないわね」

「師匠がそれを本気で成し遂げたいって思っているんだから、そんな意見に染まっても仕方がないと思うけどね」


 虫のさえずりが草の中から聞こえ、それを捕食するトカゲが這いずり回り、森の中からは、夜行性の動物が動き回る音も聞こえて来た。


「人間側に『星なる者たち』がいないと良いんだけど。人殺しに加担するのはね」

「やらなくちゃいけない時は来るよ。冒険者には人殺しの免罪符とは言わないけれど、自分の身にかかる火の粉を払う事は許されてるから」

「一丁前に言ってくれるじゃない、アンタは出来るって言うの?」

「猶予は必要かもしれない、けどやる時はやるよ」


 真っ直ぐな瞳は、純真無垢な少年の眼差しを物語り、何一つ黒い色を見せていなかった。

 アレクの、覚悟は出来ていると言わんばかりの返答に、アリシアはため息をつき、呆れたような様子を見せる。


「アンタらしいっちゃアンタらしい答えね。……私はちょっと無理ね、そんな覚悟出来ない」

「じゃあ君の分も僕がやるよ」

「……っ!! ……だからそう言う所がお節介焼きなのよ!」


 アリシアはアレクに赤く染まった頬を見せまいと、顔を逸らした。

 と、そこにニンマリと笑みを浮かべたトトと、苦笑いをしたハハが現れ、アリシアは少し居心地の悪そうな顔をした。


「遅いじゃない、夜ご飯は一緒に摂ったって言うのに」

「色々あるのにゃよ、こんなんでも族長の愛娘、愛息子にゃからね」


 二人の格好は相変わらずであるが、その手には尾の部分が光っている虫が入った、小さな籠を持っていた。

 それは何?、と不思議そうに聞くアレク。

 アレクがそれを知っていて当たり前だと思っていたアリシアは、えっ、と小さく声を上げる。


「これは夜光虫にゃよ。森の中だと、松明のような火は御法度にゃからね、周りを照らすならコレが一番良いにゃ」

「へぇ、実物は初めて見るや。今まではアリシアの灯りの魔法で事足りていたから」

「今、上で光ってるコレかにゃ?」


 トトが指差した先には、小さな太陽のような物が、周りを照らしながらふわふわと浮いており、ハハが安心感を覚えるような顔をして、それを見ていた。


「人数分の夜光虫を持って来たけれど、必要なさそうにゃね」

「えっ、もったいないよ。灯りの魔法はいつだって使えるんだから、夜光虫の方を使うよ」

「いいのかにゃ〜? そんな事言って」

「……? 僕、何か悪い事でも言った?」


 アレクが隣を見ると、アリシアが明らかに不機嫌そうな顔をしており、アレクはどうしてアリシアが不機嫌になったのかが不思議だった。


「まっ、夫婦(めおと)漫才は置いておいて。使うなら夜光虫の方がいいにゃよ。コレは目立ち過ぎてるからにゃ」

「敵がいるみたいな言い方じゃない」

「夜の見回りは外敵に対しての見回りにゃからね。ただ単に散歩するわけじゃないのにゃよ」

「そう、なら夜光虫を使う方がいいわね」


 アリシアは杖の先を回し、灯りの魔法を消すと、トトから夜光虫の入った小さな籠を受け取り、アレクも同様に受け取った。


「もし敵っぽいのがいたら布を籠に被せるにゃ。そうすれば目立たなくなるにゃよ」


 見回りを開始して森の中を歩き始めた頃、辺りに警戒を怠らないように神経を尖らずアレクたち。

 そんな二人を見てトトとハハは、フランクに話しかけ続ける。


「子供がいにゃくなるってのもよくある事にゃよ。もし目立って数が少なくなっていたら、集落全員で探すことになるにゃろうし」

「でも消えちゃった子供たちはどこかにいるかもしれないし、探さないとね」

「ん〜、気張らずに、気楽にいこうにゃ。迷子の子供を探すぐらいの気持ちでにゃ」


 縦列で並び歩き、前からトト、その後ろにアレクとアリシア、最後尾にハハの順であった。

 夜の見回りに慣れた二人が、先頭と最後尾を歩く事で、初めて夜の見回りに参加した二人の負担を減らそうと言う魂胆だった。


「……それもそうだね」

 

 アレクは少し気張っていたのを解くように、深呼吸をして、周りを軽く見るように意識した。

 アリシアはどこか手慣れた様子で、気張った感じもなく、辺りを見渡しながら歩いている。


「そう言えば気になってたんだけどさ、トトは劣性種じゃないんだよね?」

「そうにゃ、片方が人間で片方が獣人のハーフにゃよ」

「ややこしいね。ハハはそうじゃないよね」


 ハハは、そうだよ、と一言返答すると、耳をそばだてながら、話を続けた。


「僕は獣人との間に産まれた、生粋の優勢種だよ。と言っても、父さんにはまだ、一人前の獣人だって、認められてないけどね」

「ハッハトは自分にも身内にも厳しいにゃからね。他人にも厳しい時はあるけれど、意味のある厳しさにゃから、受け入れられているのにゃねぇ」

「トトの所はそうでもないよね。自由気ままな君がいるんだからさ」

「にゃはは、お母さんは厳しい時は厳しいけど、あんまり表立っては見せにゃいからにゃ」


 お母さん、と言う単語に耳がピクつくハハ。

 少し悲しげな顔になったかと思うと、そんな悲しみを振り払おうと顔を振り、両手で頬を叩く。

 その様子を見て、トトは気まずそうな横顔を見せ、話す話題が出ないグループのような気まずさが、アレクとアリシアにも伝わって来た。

 だが、そんな空気にも関わらず、アレクはパッと明るい笑顔を見せて、話題を振ろうとする。


「僕、実は孤児なんだよね。だから両親がいるって言うのに憧れてるんだ」

「えっ……でもあの時はそんな事言ってなかったじゃないか」

「話せなかったんだよ。けどね、お父さんに認められようと努力するハハは凄いよ」

「それはさっきも聞いたよ、あはは」


 アレクのお節介焼きが功を奏し、先程の空気とは幾分か軽くなった。

 ただ、アレクが孤児だと言って一番驚いていたのはアリシアで、アリシアは口をパクパクさせて立ち止まってしまう。


「あ、ああ、アンタそんな事……一度も言った事なかったじゃない、幼馴染なのに知らなかった……」

「幼馴染……? 僕って君にそう思われてたのかい?」

「なっ……!? あ、アンタって奴はっ……!」


 アレクが意図して隠していた訳ではなかった事実がアリシアに露呈し、アリシアは一段と顔を真っ赤にして怒り、ポカポカとアレクを殴るのであった。

 と、朗らかな空気になっていた一団の先頭であるトトが声音を変えて姿勢を低くして、アレクたちにも姿勢を低くするように促し、皆、夜光虫の籠に布を被せた。

 小さな足音でも逃さない獣人の耳が反応したのだ、外敵であろう何かを察知したのだろう。


「こっちにゃ」


 全員で、声を潜めながら移動して、木々の間から向こう側を覗いた。

 そこには普通の町人のような格好をした人々が、辺りを注意深く見渡しながら、向かい側の道を、先頭の者が灯りを持って導くようにして歩いているのが見えた。

 すると、トトとハハが何か合点がいったのか、互いに目を合わせて頷き、夜光虫の入った籠から布を剥がし取り、草陰から向かい側の道に出ていった。

 草陰から物音を立てて出て行ったためか、先頭にいた、灯りを持った者が声音を変えて、その正体を確かめようとする。


「『星なる者たち』か、それとも獣人か、どっちだ」

「獣人にゃ、族長から話は聞いてるにゃ。案内を頼まれているから、案内するにゃ」

「そうか、もうあと少しなんだ、この一団で終わりだ」

「分かったにゃ」


 ハハは後方に行って、トトは先頭に立って案内を開始しようとしていた。

 アレクとアリシアは、トトたちが草陰から出ていく前に二人から説明を聞いていたため、これ以上深くは踏み込まず、草陰から様子をうかがっていた。

 トトが先導して、ぞろぞろと集団が動き始め、一団が去った後、また森に静寂が訪れた。

 その後、暗闇に目が慣れるまで時間が経ち、二人の小さな呼吸音だけが、自然に溶け込んでいる。


「ねっ、アレク、また何か来るわよ」

「えっ? どこから?」

「さっき集団が来た道の先から」


 闇の先を指差したアリシア。

 その先を見てみると、灯りのような物が複数見え、照らされている物が人間のように見えた。

 汚れ一つない白い衣服に、額に何か描かれているようにも見える。


「あれは……」


 見える物の判断がまだつかない時に、右の腰に携えた星導剣の柄に手がふと触れると、肌がゾワリと逆立ち。

 天に向かって縄のような物が伸びているのが見えて、アレクはアレが『星なる者たち』であると(さき)んじて理解できた。


「アリシア、『星なる者たち』だ。なんであんなに徒党を組んで来てるんだろう」

「さぁね、けど、今行った一団を追っているのだとしたら、足止めしないといけないわね」

「でも君は……!」

「足止めぐらいなら出来る」


 足止めと言う言葉を強く強調し、向かい側の道へと歩み出るアリシア。

 アレクも引き続いて道に出ると、アリシアよりも前に出て、左腰に携えた鞘から剣を引き抜いた。

 アリシアが灯りの魔法を唱え、光源を宙に浮かばせると、それに気付いた一団が二人を認識して立ち止まった。


「夜分遅くにどうも。子供探しの道中で、アンタら『星なる者たち』に出会うとは思わなかったけど」

「武器を持った子供が二人か、嘆かわしい、大の大人に向かって武器を向けるなど」


 先頭に立つ灯りを持った男が返答をして、一団を宥めるように止めた。

 

「アンタらも言えた口じゃないでしょ。後ろの奴ら、物騒な物持ってギラついた目、してんじゃない」

「これは必要な事だ。これから先、やってくる平和で統制の取れた世界のために」

「カミサマって奴は案外、アンタらの事を下に見てるようだけど、それで満足なの?」

「何が言いたい小娘」


 挑発しないで、と合図を送るアレクだったが、その意図を汲み取らず、アリシアはさらに挑発する言葉を発した。


「カミサマはアンタら大の大人を、力の源になる駒としてしか認識してないって事が言いたいのよ」

崇高なるお方(カミサマ)を侮辱するつもりか! 小娘が!」


 荒々しく怒りまくしたてる男。

 後ろにいた者たちも同じくして怒りを露わにして、アリシアに武器を向け始める。

 武器を向けられても、怖じけることなくアリシアは続け様にこうも言ってのけた。


「自分の事しか考えられない奴を、崇高なるお方って、笑っちゃうわ。そんな奴が統治する世界なんて一生来なくて結構」


 せせら笑うように言ったのが効いたのか、武器を持った男たちが一斉にこちらに押し寄せて来た。

 しかし、彼らが二、三歩進んだその先から進むことは無く、何かに足止めされたかのようにして、動きが固まってしまう。


「すでに私の魔法は詠唱済みよ。長々とお話しに付き合ってくれてありがとうね」


 アリシアの氷の魔法によって、彼らは足元から脚の半分までが氷に覆われており、動くことすらもままならなくなっていた。


「そうか、そうだったのか。崇高なるお方が言っていた邪魔者とは貴様らの事だったのか」

「あんな奴に認識されてるなんて気味が悪いわ」

「我々では歯が立たないのは理解出来た。ならば、出て来てもらおう、貪狼の名を持つドゥーべ様に」


 そう男が告げ、力無くうなだれたかのように見えた途端、その場の空気が一段と重くなり、彼らの背後から、一回り大きな何かが近づいて来たのが見えた。

 その姿が灯りに近づき露わになると、アレクとアリシアはいつの間にか、一歩下がってしまっていた。

 恐怖から来る動揺。

 二人はそれを今、身を持って知り、一歩下がってしまったのだ。

 その姿は異様で、巨大な鎧が立ちはだかっているように見え、兜が狼の装飾が施されているのが見えた。

 所々には返り血が付いたような跡が見え、鎧の色も、夜の闇も合間ってか赤黒く見えた。

 そしてとても異様だったのが、その背中に携えられた剣だった。

 鍛え上げられた剣の刀身は、血で真っ赤に染まったかのような赤黒さを見せ、巨大な板が付いていると誤認する程の長さと大きさであった。

 アレをマトモに振るわれれば……と二人はまた一歩引いてしまう。


「小娘、先程の勢いは無くなったようだな」


 ドゥーべと呼ばれた鎧の人物は、低く唸るような声を出し、明らかな殺気を放つ。

 それに怖じけ付かず、アリシアが言葉を発そうとするが、うまく息が言葉にならず、切り詰めた息だけが口から漏れるだけだった。


「笑わせる、大物の前でその様子では、戦う覚悟すらも出来ていないのだな」

「……そんなことはない!」


 アリシアが声を発したアレクを見て、肩をびくりとさせ、込み上げて来た恐怖を抑えようと、忘れていた息を深くする。


「ほぅ、貴様は星の力を使える者か。崇高なるお方が言っていた。アレク・ホードウィッヒだな」

「星の力……? なんの事だか。僕の事なんて知っていてもどうしようもないほど、掃いて捨てる程度の価値の人間さ」

「私に向かってそう言えるなら、貴様は覚悟が出来た人間だな」


 背中に携えられた剣の柄を掴み、徐に持ち上げると、片手だけでそれを下ろし、地面に刃先を当てる事なく固定した。


「貪狼の名を持つ者。七曜の星(セブンスターズ)が一人、ドゥーべ、推して参る」


 巨大な鎧が一切の無駄なく動き始め、巨塊の剣が二人を襲うのであった。

次回は5月19日18時に投稿します

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