第13話『獣人と人間の仲』
所変わって、トットトとハッハトが先導する形で案内され、村長の家に着いたカムイは、先走るようにして、村長のいる部屋へと赴いた。
部屋には扉が付いておらず、声を掛けることなく、部屋の中で背を向けて座る村長に近づくと、カムイはその後ろで座り込んだ。
「きたようだな。久々だのう、紫電のカムイよ」
姿を見てもいないはずなのに、ぱっと言い当て、身動ぎ一つもしない。
村長が座る先には、村の様子が一望出来るような大穴が開いており、その眼下には先程通った道が見える。
村長は、とても痩せこけたような姿をしており、全身の毛艶も悪く、ところどころに枝毛が見え、歳を重ねた獣人であることがよく分かった。
「久々といえど、相変わらずじゃのう、ジュゲムよ」
仏像のような見た目の村長の耳がピクリと動き、髭が動いたかと思えば、トットトとハッハトが部屋の前にいるのが見えた。
「申し訳ないが、トットト、ハッハト、少し席を外してはくれまいか。旧友と話したい事があってな」
二人は静かに礼をすると、部屋の前から立ち去り、再び村長とカムイだけの時間が流れ始める。
「おぬしらが来たのは言うまでもなく、ここ最近になって、集落の様子がおかしくなり始めた原因を探りに来たのだろう?」
「なんじゃ知っとったのか。ジュゲムはなんでもお見通しじゃのう」
「集落に、知らない輩が出入りしている事は知っておるからな」
「それじゃあ話は早いの、『星なる者たち』については知っておるかの」
後ろ姿だけでは伺いきれないが、首が少し動き、頷いたようだ。
「今、集落には人間が移り住もうとしておる。別にわしはそれについては否定はしておらなんだ。しかしだのう……」
「人間の中に、統一された思想を持った者がいた、じゃろう?」
村長は再び小さな動きで頷き、話を続けた。
「カミサマ、と奴らは言っていた。その存在を深く信じ、敬う……。それだけならまだ良かった」
「思想を広め、全てを投げ打って献身するように、と強く言われたのじゃな」
「それだけでは飽き足らず、子を産み増やすように強く促し、その子にも信心深くなれと言うのだ。それがまかり通ってなるものかと、わしは反対に強く加担する事になった」
わなわなと身を震わせ、声を震わせ、村長はそう言った。
そして、背を向けていた村長がこちらに振り返るようにして動き、真正面に向いた。
痩せこけた、とも思えるその身体は、ギリギリまでに絞られ、鍛え上げられたものであると分かり、ただ年老いたようには思えない程のものであった。
その目はどんなものでも射抜けるような、鋭い眼光をてらてらと揺蕩わせていた。
「今から人間の長と、わしを含め、族長たちと対談するつもりなのだが、それに立ち会ってもらいたい、よろしいか」
「断るつもりはさらさらない。立ち会わさせてもらう」
カムイが快く承諾すると、ジュゲムは大きく手を叩き、部屋から離れていた二人を呼ぶ。
すかさず駆けつけたトットトとハッハトは、ジュゲムから、人間の長を呼ぶようにと頼まれ、ハッハトがそれを受け持ち、トットトはカムイの隣あたりに座り込んだ。
「ワシはどこにおればよいかのう」
「部屋のどこでもよい。ただし、暴力沙汰だけは起こさないで欲しい」
「分かっておるわい、貴様ほど、血気盛んではないからの」
軽い冗談を交え、カムイは部屋の真ん中の壁に背をもたれかけ、陣取る。
と、そこに人間の長を呼んできたハッハトが現れ、招かれるようにして現れたのは、初老あたりの、長にしては若い男であった。
付き人らしき人物も部屋に入ってくると、共にトットトの前に座り込み、ハッハトはトットトの側へと座った。
「人間と獣人のこれからを左右する話し合いだ。だが、固くならず、程よくな。わしたちは争いたい訳ではない」
「かたじけない、我々としても問題を抱えている。それについて話したいと思っていた」
話し合いは、程よい空気感で始まり、双方の表情は柔らかいものであった。
「獣人側の意思は変わらず、と言った所でしょうか」
「そうだ、我々は、一部の過激な輩が集落に移り住む可能性を鑑みて、人間が移り住む事については反対だ」
「その一部の輩が入り込まなければ、移り住む事には反対なされない、と考えてもよろしいか」
「村長」
ハッハトがジュゲムの方を向き、ジュゲムは意見を求まれていると判断し、口を開く。
「出来ると言うのか、『星なる者たち』を排除する事が」
「可能性はなきにしもあらず。ただ、依頼する相手に問題がありまして」
「……頼む相手は選んだほうがよい。わしには分かっている、紫電のカムイとやらに頼むつもりなのだろう」
「……!、よくご存知で。ただ、今は借金返済のために依頼を受け持っているらしく、依頼を受けてもらえるのかどうか……」
「本人ならそこにおる、聞いてみてはどうかな」
長は、えっ、と素っ頓狂な声を上げて、ジュゲムの視線の先を見ると、壁際にいるカムイに驚いた。
「まさか貴女が紫電のカムイ様ですか?」
「そうじゃよ、借金返済に奔走しとる哀れな冒険者、紫電のカムイこと、カムイ・シンバットじゃよ」
「なら話は早い、今の話を聞いて依頼を受けて下さいますか?」
カムイが有無を言わさず頷くと、長の表情は喜びに満ち溢れ、今にも踊りだしそうであった。
「『星なる者たち』に関わった者たちを排除すれば良いのじゃろう? やはり暴力じゃな、奴らは死が救済でない事をよくしっておるからの」
「カムイ、流血沙汰は起こさんでくれんか」
「奴らなら、流血沙汰を起こすつもりで来るじゃろうな。この話し合いで、既にこの議題が上がると踏んで、攻め入ってくるのは明白じゃよ」
「『星なる者たち』はそこまでして、何が目的なのだ」
「カミサマの降臨じゃよ。この世界に、カミサマと言う存在を知らしめ、降臨させ、世界を統治してもらいたいがために、なんでもする、そんな宗教団体じゃからな」
部屋がしんと静まりかえり、集落で遊ぶ子供たちの声が聞こえる。
そんな中で、再び話し合いを再開しようとする者がいた。
「私は賛成の意見なのですが、認めては下さらないでしょうか」
それはトットトであった。
それも、集落に星なる者たちを招き入れる事に賛同する意見の持ち主だった。
明らかに部屋の空気が一変して、隣に座っていたハッハトは、驚きのあまり、腰を抜かしていた。
「何を言っているのか分かっているのか? 奴らの考えは害悪そのものでしかない。その者たちを排除してから人間を招き入れた方が、集落にとっては安心出来るのだぞ」
「ええ、村長の意見はごもっともです。ですが、閉鎖的になっていたこの集落、それまでに子供の数がどうなっていたか、ご存知ですか」
「……子供の数は少なかったな」
「そうです、だからこそ『星なる者たち』の考え方も取り込み、さらに発展するべきだと思うのです」
「貴様、何という……」
ジュゲムは絶句し、ハッハトは勢いあまってトットトに掴みかかった。
それを止めようと、人間の長も間に入ろうとするが、獣人のパワーはそれをものともせず、却って突き飛ばされてしまった。
「お前は何も分かっちゃいない! 獣人は獣人だけと結ばれれば良いと、頑なに考えを改めなかった俺たちを変えたじゃないか! その時のお前は、劣性種や優性種の垣根も越えた存在だった。なのにお前と言う奴は……!」
「私の言い分も間違ってはいないでしょう。『星なる者たち』を殲滅なさるのなら、私はカムイ様の冒険者稼業を廃業に追い込むわ」
トットトは壁に寄りかかるカムイを睨み、カムイは肩をすくめ、不敵な笑みを浮かべた。
「まあまあ、一旦落ち着きましょう。賛成の意見が出たとしても、それは一つの考え方です。互いの意見の、良い所、悪い所を擦り合わせての、話し合いでしょう」
人間の長が場の空気を宥め、互いにもう一度座り直すと、ジュゲムが口を開いた。
「もし、奴らを引き入れて問題が起これば、責任は取れるのだろうな、トットト」
「問題は未然に防いでこそです。その点については問題ありません」
「大見得を切った覚悟は認めよう。クィエル、よろしいかな」
クィエルと呼ばれたのは、人間の長で、クィエルは頭を掻き、熟考した後に、こう言った。
「賛成意見も承知の上で、問題点が処理しきれた訳でもない……、なので、やはり彼らを引き入れる事には反対のままです」
「クィエル! これは獣人がさらに発展を遂げるための試金石になるのよ! なにを恐れているの貴方は」
「トットト! 君の意見はごもっともだが、今その話をするとややこしくなる! ……少し黙ってくれないか」
クィエルが苦し紛れに押し出した声に、トットトは冷静になり、しゅんと押し黙ると、再び部屋に嫌な静寂が訪れた。
と、そんな話し合いに横槍を入れるようにして喋り出したのはカムイであった。
「クィエルと言ったかの。貴様はワシに依頼をすると言っていたが、何か裏で作戦を遂行してはおらんか」
クィエルは押し黙っていたが、重く頷くと、カムイは続けてこんな提案をした。
「その作戦とやらが完了し、『星なる者たち』を殲滅できる目処が立ったら、ワシが奴らを灰燼に帰す。それを話し合いの終いとしようではないか」
「それまでに意見が纏まらなければ、……どうなさるおつもりですか」
「簡単じゃ、クィエルの依頼通りに奴らを殲滅し、獣人と人間の、平和な共同生活を送れるようにするまでじゃよ」
提案を切り出され、話し合いに再び熱が入り始めると、その話し合いは、夜まで続く事になったのであった。
次回は5月5日18時に投稿します




