第11話『フェールフィールド』
草木生い茂る、日差しすらも通さない森の中。
変わらぬ景色が続くのを、不安に思いながら歩く一行がいた。
一人は地図通りにいけばよかったと後悔する者。
もう一人は、勘で道案内をしようとした者に、今にも鉄槌を下そうとする者。
最後の一人は、自身が原因で無いかのように、あっけらかんに振る舞う者だった。
一行――カムイたちは森の中で、絶賛迷子中であった。
「どこかの〜、獣人の集落は」
「……」
背の高い草を掻い潜りながら進むカムイたちは、視界に草か木しか見えないため、目的地を目指せているのか分からない状態だった。
正体のわからない動物の鳴き声、草から飛び出る羽虫や昆虫。
季節的には暑くないはずなのに、じっとりとした汗が額から流れ落ちる。
「師匠、確かフェールフィールドの獣人たちは、魔窟の一部を生家にしているんですよね」
「そうじゃな、彼ら彼女らがここいらに住み着いたのは数百年前のことじゃしな」
「魔窟を家にするって、どんな感覚なんだろう」
想像するに、魔力に満ち溢れた空気に満たされ、生活するには必要ないものが、所狭しと並んでいそうだ。
「私も魔窟で生活してみたいって感覚はあったわ。魔力に満ち溢れた空気って、魔法使いからしたら、澄んだ空気を吸い込むのと一緒だから」
「アリシアが魔窟で暮らしたら、魔法の勉強とか言って破壊しそうなイメージがあるなー」
「何よそれ、住む家を破壊する馬鹿がどこにいるのかしら」
「冗談だよ」
前から圧を感じながらアレクは進み、カムイが草を掻き分け、進む道を行くが、一向に目的地につかない事を指摘する。
「……師匠、近道じゃから、と言って地図から外れた道を来ましたけど、やっぱりあの道を進んでおけば良かったんじゃないですか」
「なんじゃ、まだ目的地についてもいないのに文句かの」
「言うまでもなく」
アレクだけではなく、アリシアも同じ気持ちであるのか、地図を広げながら、ここがどこかと言いたげだった。
「魔法を使って飛べばいいんじゃないですか? 空から見れば、集落の位置が分かるんですし」
「魔法を使いたいのも山々なのじゃが、奴らはかなりそう言うのに過敏での。襲撃かと勘違いしおるのじゃよ」
「そうなの?」
前にいるアリシアに尋ねてみると、そうよ、と短く返される。
しかし、そのついでに説明が返って来た。
「獣人は、様々な動物と人間のハーフのような亜人種でね。感覚器官が動物に近い上、魔力の流れを読み取る力に長けているの。その上、フィジカルの面においても人間より強いし、背丈も高い傾向にある。ただ、仲間内の中での弱肉強食もあって、かなりの実力主義寄りの生活をしてるって聞いたわ」
「実力主義ってことは、弱いと除け者にされちゃうんだね」
「そうね、アンタみたいなのがいたら、すぐに集落から追い出されるわね」
「人間に生まれて良かった……」
軟弱な発想しか出来ない人間風情であるアレクがそう言うと、付け加えるようにアリシアはこう言った。
「獣人は一部の人間に人気があるから、よく奴隷として働かされてるって聞いたわ。あれは多分、集落から追い出された獣人の行き着く最終ステージなんでしょうね」
「そんな殺生な」
「良かったじゃない、アンタみたいなのでも活躍出来る場所があって」
「酷い言いようだね」
そうこうしていると、背の高い草が生い茂る草原から抜け出す事が出来て、一安心するアレクたち。
カムイはその先にある、道なき道を行くのかと思えば、その場にしゃがみ込み、土の上をジッと見ていた。
「どうしたんですか?」
「獣人の足跡じゃ」
カムイが指差す先を見ると、五つのマーブル模様が点々と土に刻まれていて、その近くには人間の足のような足跡が刻まれていた。
「どうやら劣性種もいるみたいね。……差別的な言い方に聞こえるけど、人間に近い獣人のことを指す意味よ」
「って事は、集落が近いって事ですね!」
「見回りの可能性もあるけど、長々と森の中を彷徨ってるよりかは、確実性のある情報が見つかっただけマシね」
獣人の足跡を見つけた事により、意気揚々と道なき道を進むカムイたち。
先程の道より、獣道に近くなり、不快な感覚は減り、パッと明るい表情のままでいられる。
足跡を辿りながら進んでいると、開けた場所に出た。
「ふむ、どうやらここで、足跡が途切れておるようじゃの」
下を見ると、二つの足跡は力強く踏み込まれた跡と、そうでないものと分かれているが、広場の真ん中でそれは途切れていた。
周りに木々が生い茂る広場に、突然一陣の風が吹き、刃物が振り切られる音が聞こえたかと思えば、アレクの腰にかかる重みの比重が変わった。
「っ!?」
見ると、右の腰の方に差していたはずの星導剣が無くなっており、足元を見回すがそれらしい物はない。
しかし、アレクを呼ぶような声が聞こえて前を見ると、そこには見知らぬ人間がいた。
緑色の髪に、動物のような三角形の耳が生え、なのに人間のように側頭部から耳が生えていた。
体の造形も人間に近く、露出度の高い服を着ており、目のやり場に困ったが、上を隠しているので、どうやら彼女は獣人のようだ。
右手には星導剣が鞘ごと握られており、彼女が取ったのだ。
「にゃはは、無様に盗られて悔しいかにゃ」
「獣人ですよ師匠! それにちゃんと共通語を喋ってます!」
「突っ込むとこ、そこかにゃ!?」
「あっ、柄には触らないようにね。火傷どころじゃないぐらいに焼けるから」
「結構、罠っぽかった!」
柄には触らないよう注意深く触り始める獣人。
カムイはそちらではなく、後ろに振り向き、いつの間にやら持っていた弓を引絞り、魔力の矢を放った。
矢が同じくして木の枝の間からやって来て、カムイはそれを片手だけで掴み取り、すかさず弓につがえると、再び同じ方向に放つ。
弦音が鳴り響くと、向こうのほうで、誰かが驚いた声をあげて木から落ちる様子が見え、カムイは前にいる獣人に目をやった。
「仲間は無力化した、貴様はどうする」
「に、にゃかにゃかやるじゃないか。だけどアタイの素早さ、捉え切れるかにゃ!」
シュバっと飛び、姿を消した獣人は、木々の枝を、あれよあれよと飛び回り、一体どこにいるのか分からない状況になってしまった。
だが、カムイとアリシアは至って冷静で、片方は矢をつがえ、片方は杖を立てて静かに詠唱を始めていた。
一番役に立っていないアレクは、出来うる限り、獣人を見つける事に注力し、音のする木々の間を先んじて見て、矢や魔法を放つタイミングを見測る。
何度か木の枝が揺れ動くのを見ていたが、なぜかアレクは別の物が見え始めていた。
淡い青色の光が、木の枝の中からぼうっと浮かび上がり、線を描くようにして動いている。
「師匠! アリシア! 青い光が目印だ!」
「青い光なんて見えないんだけど」
「えっ、でも、さっきから木の上を動いてるのが見えて……」
自信がなくなったアレクは小声になり、アリシアはジッと目を凝らすようにして、木の枝の先を見ようとする。
だが、アレクの言う目印が見えていないのか、音がする方は見るが、それを追うような視線移動はしていなかった。
「おそらく、星導剣が持ち主から離れた事による、救難信号じゃろう。ワシらに見えんのは仕方ないよ」
カムイは弓を引き絞り、音のした枝よりも先の枝の方に魔力の矢を放つ。
ガツンと乾いた音が鳴り、それがピンポイントで体勢を崩す一撃だったのか、獣人が足を滑らせて落ちる。
しかし、楽観の寸前で体勢を立て直し、着地すると、走って逃げようとした。
「そうはさせないわ!」
魔法の詠唱が完了したアリシアの魔法陣から、縄のような物が伸び、逃げ出そうとした獣人を絡めとり、縛りあげた。
ズルズルとこちらに引き寄せらる獣人は、離せにゃ離せにゃ、と叫び、魔法を使ったアリシアをキッと強く睨んでいた。
「襲った理由は聞くまでもないが、ワシらは貴様らの集落に用があってのう。最近変な奴らから、交渉の場を設けられなかったか」
「変な奴ら? そもそもお前らも怪しい奴にゃ! 集落は今ピリピリしてる、それもこれも集落の外から来る奴らのせいにゃ!」
「アリシア、離してやれ」
アリシアが杖を魔法陣から離すと、縄は光の粒子になって霧散し、動けるようになった獣人は、すかさず立ち上がる。
「仲間を傷つけたのなら、集落に招く事は出来ないにゃ」
「傷つけてなどおらんよ。魔力の矢で位置を割り出し、返って来た矢を足元に突き立てたまでじゃ」
「本当かにゃ、信用ならないにゃ」
「信用も何も」
と言いかけたところで、先程、木から落ちた獣人が申し訳なさそうに現れ、緑髪の獣人は呆気にとられる。
その獣人の全身のどこを見ても、矢が突き刺さったような跡は無く、健康体であったため、緑髪の獣人は半分信用した目でこちらを見た。
「し、信じてやるにゃ。……集落に行きたいんにゃろう? 私たちについてくるにゃ」
「話が早くて助かるのう」
緑髪の獣人についていくように、森の中を進み始め、カムイたちは森のさらに奥へと、歩みを進めるのであった。
次回は4月21日の18時に投稿します