第1話『剣と魔法が交わる世界で』
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ふと見上げた空に満天の星。
その瞬き一つ一つが少女の目には儚くも強く輝いて見えた。
星を掬い取ろうと手を伸ばすが、遥か遠くにある存在に指は掠めることなく、星はただ輝き続ける。
もどかしいように手を伸ばしきっても届くことのない輝きが眩しくて少女は決意した。
「誰もが憧れて輝くような強さを持った人になる!」と。
決意を流れる星に願いを込めて言い放ち、少女は輝いた瞳でそれを見上げていた。
空はただ少女の願いを聴き澄ますかのように星の瞬きを答えとして指し示しているのであった。
――時は流れて数百年。
世界は人魔対戦と言う戦乱期を越えて、人や魔族を殺すために使われていた剣と魔法を使い、冒険者として生計を立てる世になっていた。
人や魔族の血肉で穢れた土地は変貌し、魔窟と呼ばれる物も確認され、住める土地を追いやられた事により、戦乱の世でいがみあっていた種族は共生の道を進む事になった。
そんな冒険者日和な世界になったいま、かの少女はと言うと……。
晴れ渡る空、雲一つない晴天そのもので気持ちよさそうに小鳥が飛び回り、小さくさえずりを上げながら飛び去る。
その眼下、ジメジメとした路地裏のゴミ捨て場に無様に肢体を晒しながらゴミに埋もれた人がいる。
乾いた音が数回鳴ると、それはもごもごと動き始め、うめき声を上げ始めた。
どうやら日が昇りきり、昼頃を指す鐘が鳴ったのを覚醒の兆しとしたのだろう。
「うぅぅ……、なんだここは……。埋まっているのかぁ……?」
ゴミ袋の中には生の食材の切れ端や食べ残しが入っており、中に埋もれていた人物は、しばらくの間の静止の後に大声をあげて飛び出してきた。
「くっっっさ! なんぞワシをゴミ捨て場に捨てておるのじゃ!」
ワシ、と不可思議な一人称で話す女。
その身に纏うのはただの布切れ一枚だった。
しかし、そこから覗いた肢体は恵まれた体格と膨らみを持っており、誰が見ても相当な訓練を受けた者だと分かる風貌であった。
健康的に日に焼けた肌、絹のような白い髪、ゆらゆらとゆらめく焔のような黄金色の瞳と、美貌も持ち合わせた女は通りかかった通行人に声をかける。
「そこの者! ここがどこか知りたいのだが教えてはくれまいか?」
「えっ、あの……くっさ! 今あんたゴミ捨て場から出てきたような」
「いいから早う教えい!」
女は呼び止めた通行人に詰め寄り、ふんわり漂う臭いに顔をしかめる男性を気にする事なく問いただす。
「えっと『シシンシャ』の街の風俗街の外れです」
「よーそんなところに通りがかったのう、ま、教えてくれた駄賃はやろう」
懐を弄る素ぶりを見せ、ふと思い出したように手を拳で叩くと女はその男から離れ、そそくさと立ち去る。
「いや別に駄賃もいらないんだけど……くさっ」
男はそう言って掴まれた肩を嗅いで怪訝そうな顔をして、立ち去った女から視線を行く道に戻してどこかへと去っていった。
駄賃も渡す事なく立ち去った女はまっすぐ歩く事が出来ず、何やら具合が悪そうに頭を抱えながら吐き戻すような素ぶりを見せていた。
「飲みすぎたかのう……、ギャンブルで手に入れた大金片手に女遊びをするもんではないな……」
青ざめた顔には覇気が無く、今にも死にそうな女は足場の悪い路地裏からなんとか、陽の当たる大通りへと出た。
「うへぇ……昼時かの、日差しが痛くて今にも吐きそうじゃ……」
路地裏に引っ込んだ方が良いのではないかと思えるダメージの受け方をする女は、いったん息を整えようと立ち止まるが、身体の中から込み上げるものを感じ慌て始める。
口を必死に閉じ、大通りの先に見える噴水を目指して慌ただしく歩き、人にぶつかりながらもたどり着くと昨夜の陶酔がぶちまけられた。
近くにいた人たちはとんでもない行為をした人物を白い目で見て、当の本人はすっきりした、と言った面持ちで噴水の水面の中に顔を埋め。
そこからガバリと顔を上げると晴れやかな笑みを浮かべながら水滴を振り払った。
「ふぃ〜、すっきりした〜!」
服のような布切れで顔を拭き、ついでに口周りも拭く女、そのついでに噴水の水を手に掬って飲む。
美味そうに喉を鳴らして飲み干した後、見た目に合わぬ出来の悪いおっさんのような唸り声をあげた。
「あの……もしもーし、お名前言えますか?」
「んぁーなんじゃあ? ……って、げっ」
「げっ、とはなんですか」
そこにいたのは青い服を着た女性で、顔馴染みかのように声をかけてきていた。
「カムイさん、貴女何回目ですか、やっちゃいけない事を軽々とやってのけますよね」
「景観保護法……じゃったか。罰金が払えん場合は……」
「強制労働ですね」
「いーやーじゃー!」
カムイは男性警備兵にずるずると引きずられながらに連れて行かれ、留置所の牢の中へと放り込まれる。
「いつもみたいにあの少女が来るのを待つのも良いんですけど、たまにはちゃんと働いて返してくださいね」
「アリシアなら来てくれるじゃろう」
「そうとも思えませんがね、これで十回目なんですし、呆れて来ないんじゃないんですか」
着いた矢先に毒吐かれ、青ざめるカムイ。
青ざめる顔の原因は昨晩にこれでもかと体に酒を取り入れたのもあるが、強制労働をしたくないと言うのもあるだろう。
顔馴染みかのように声を掛けてきた女性警備兵は、そんな彼女を見て重いため息をついた。
「貴女のような人を対応するのも疲れてきました。早く帰ってはくれませんかね、我々にはまだ大きな仕事があると言うのに」
「帰りたいのはこっちの台詞じゃ。まあ、アリシアが来るまでの間なら話を聞いてやってもよいぞ」
青ざめた顔から一変して牢の中でふんぞりかえるカムイを横目に。
「どうしてそう、牢の中からデカい態度がとれるのかが、不思議で仕方ないです」
女性警備兵――名をリリーと言い、金髪碧眼のどこにでもいそうな風貌の彼女は、重いため息をついた口から語る。
最近になって、シシンシャの街の関所の先にある橋に現れた魔法使いの男がいるのだと。
その魔法使いは『フォーレン派だ』、と名乗りを上げ、来る人来る人を追い返すように魔法を使うのだと言う。
「面倒なのが、派閥争いの一端でこうなっているのか分からないと言う所です。わざわざフォーレン派などと、名乗りを上げているわけですし」
「その男は馬鹿じゃのう、わざわざフォーレン派などと名乗りを上げるとは」
「まさか貴女もフォーレン派の魔法使いだ、なんて言いませんよね?」
「ワシがまるで馬鹿だと言いたげじゃな」
カムイはぶっきらぼうにリリーを睨み、リリーはそれを見てくすりと笑う。
「あー、誰かがそんな馬鹿をどうにかしてくれたら良いのになー」
リリーは冗談を交えた言葉を口ずさむと、椅子から立ち上がり、巡回の時間だから、とカムイに言って留置部屋から出ていく。
代わりの者が入れ替わるようにして入ってくると、カムイは不貞腐れ、牢の中で寝っ転がった。
代わりの者が、女性ではなく男性であったから不貞腐れたのは言うまでもない。
じっとりと重たい空気がピリピリと張り詰める留置部屋の牢の中に放り込まれて早一時間。
カムイは何かに気づいたのか起き上がると、柵の向こう側に助けを求めるようにして顔を近づけた。
「来たようじゃな」
そんな一言を放ったカムイを見て、男性警備兵が不思議に思っていると、留置部屋のドアが開かれた。
ツカツカとブーツの音を鳴らしながら入ってきたのは魔法使いのような格好をした少女だった。
真っ黒いツバの広いとんがり帽子に、真っ黒いローブを身にまとい、身の丈に合わぬ大きな杖を持ち、使い魔の猫がいる……わけではないが、時折、部屋の天井に視線をやるような動作を見せていた。
「アリシア! 来てくれたのじゃな!」
アリシアと呼ばれた少女は、黒い髪をたなびかせ、青い瞳でカムイを睨むと口を開いた。
「なにが、来てくれたのじゃな! よ! あんたのために何枚のリブラ金貨が消えたと思ってるの!」
若くて可憐な少女から出るとは思えない怒声は、アリシアの怒りがどれだけの物であるかを物語っていた。
今の怒声でビリビリと鉄格子が震えたのか、カムイは鉄格子から手を離し、アリシアの怒りのボルテージをひしひしと手を握る事で感じ取る。
「そう怒るでないアリシアよ、金ならいくらでも生み出せるからのう、主にギャンブルで」
「知ってた? ギャンブルをするのにも、女遊びをするのにも、飲食をするのにも、お金は最低限必要なの。で、そんな脳足りんアンタに質問、お金はどうしたら手に入れられるでしょうか」
「無論、労働じゃな。労働なくして報酬は払われんからのう。金は有る所から支払われてそれが世の中の労働の対価になるからの」
「よく出来ましたねお馬鹿さん、じゃあ今回の分と九回分の労働をたっぷりとしてきなさいな」
アリシアは警備兵から九枚のリブラ金貨を受け取り、そのまま部屋から出て行こうとする。
状況がよく飲み込めていないのか、カムイは慌ててアリシアを呼び止めるが、アリシアは聞く耳持たず。
「ままま、待ってくれい、そんな殺生な。一万リブラを稼ぐのなんてそう易々とは出来ないのじゃぞ! まさか貴様、ワシを労働力として売るつもりじゃないだろうな」
「せいぜい頑張りなさいな、アンタの並外れた能力があったら十万リブラなんて短期間で返せるわ」
「ア、ア、アリシアァ……!」
ドアが閉められると、哀れに思ったのか男性警備兵が声を掛ける。
「リリーさんの言っていたことより、酷い仕打ちが返ってきましたね。とりあえず頑張りましょう」
「野郎に慰められるのは最悪じゃ……放っておいてくれ……」
グズグズと子供のように泣き始めるカムイはこの後、十万リブラを稼がされるために、強制労働環境に放り込まれるのであった。
次回は2月11日の18時に投稿します