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9.

「どうぞ」

「有難うございます」


 ラングレイ様が外で構わないので直ぐに話をしたいと仰るので、そのまま庭のガゼボで座ることになった。


 それは問題ないわ。けれど、ハンカチを律儀に敷いてくれた場所は、向かい合わせではなく彼の隣なのは何故かしら?


 私の頭は彼の腕あたり。容易に触れてしまう距離が落ち着かない。


「あの?」


 上着を肩に掛けようとしてくれたので、寒くないと伝えようとすれば違っていたようで。


「……灯りを前に立つと」


 透けているとボソボソと小さな声を拾った。


 寝る直前だったのもあり来客には失礼な服装だけれど、薄い羽織も着て胸元も特に開いていないのにと思ったのに。


「申し訳ございません」


 私は、幼い頃から納得できないと首を縦に振れない、頑固な部分がある。それは成長しても変わらない。


 なにより大切な人の様に扱われる行為に慣れなくて、どう反応してよいのか悩んでしまった結果、素っ気なくなってしまう。


「怒っている訳ではなく、私が他者に見せたくないというか。いや、それより私は、何をしてしまったのか貴方に直接聞きたかった。会ってもらえない間、手紙を待つ間、考えていた。だが、分からなくて。すまない」


 そんな事をぐだぐたと考えていたら、ラングレイ様が先に口を開き何故か謝られてしまった。


ラングレイ様は悪くないのに!


「私は、先ず礼を伝えたかったのです。遠征先で予期せぬ魔獣が現れたのですが、貴方がくれた耳飾りで事なきを得ました」

「よかった」


役に立った。無駄じゃなかったのね。


「予定より遅れがでてしまいましたが、帰路に着き、話をしたくて手紙をすぐに送ったのですが返事はもらえず。それだけではななく勤務時間も以前と変わり、訓練場にも訪れなくなった」


 一瞬、友のカレンが銀髪をなびかせ剣を振るう姿が浮かんだ。それと同時に陽の光で輝く金髪の女性騎士の横顔も。


「シェリー嬢」


 膝の上にある私の両手が、彼の片手で覆われた。


「待ち望んだ便りは、私ではなく家宛に届き、婚約の件は白紙にして欲しいとありました。ですが、俺は、納得できない」


 気のせいでなければ焦れるような声で。同時に被さるだけだった彼の手に力が込められた。


「まだ、正式ではなかったとはいえ申し訳ございません」

「それは、話すことが出来ないという事ですか?」

「あっ」


 不意に握られた左手を引かれてしまい身体が彼の方へ傾いていく。


「嫌だ」


 踏ん張りが効かず、着地したのはラングレイ様の腕の中だった。


「離して下さい」

「嫌だ」

「ラ」

「嫌だ。貴方にとっての私は、簡単に切り捨てられる存在なのかもしれないが、私は、出来ない」


 嫌だ離さないと耳元で囁かれながらギュウギュウと抱きしめられて。


「あの」

「嫌だ。婚約を結ぶ以外の言葉は聞きたくない。何が可笑しい?」


 先程からまるで子供の様な言い方に、つい従兄弟の6歳の少年の顔が浮かんだ。


「申し訳」

「謝罪の言葉が欲しいのではない」


 キッパリと言い切られた。でも、その口調も乱暴だけど優しい。途中から緩められた腕の中は、相変わらず緊張もするけれど、温かくて心地よい。


あぁ、私って矛盾してるわ。


「あの、このまま聞いて頂けますか? 遠征から帰られた日、女性騎士と話をされている姿をお見かけして。私は、その場からご挨拶もせず立ち去りました」


 はしたないという気持ちもあるけれど、この安心感を手放したくない気持が上回り、私は大胆にも顔を彼の肩に預け、ゆっくり焦らずと自分に言い聞かせながら、言葉にしていく。


「女性騎士?」

「はい。とても凛々しく綺麗な方でした」


 我が国の騎士団は、入団そのものが難しいと有名である。その騎士団の中でも更に優れた騎士は制服の色や金具のデザインが違う。あの青騎士の女性も階級が上を示す騎士服に身を包んでいた。


 家格だけではなく存在そのものが別格なラングレイ樣にはあのような強く美しい方がお似合いだと思うわ。


「レアの事か?彼女は」

「私が勝手に感じ、卑屈なだけなのです」


 思わず話を遮ってしまったわ。つい、レアと呼ぶその距離の近さに再びモヤモヤとした、説明のつかない気持ちになって。


でも、彼女の話は聞きたくない。


 正式な婚約者でもないのに、そんな事を感じる資格もないのに。


「食を学ぶ為に隣国のエリエに暫く行こうと思います」

「エリエ?いつまで?」


 刺さる視線が強くて目を合わせたくない。


「一年の予定です」

「そんなに」

「調理の資格をとります」


我儘だって分かってる。


「料理長が推薦状を書いて下さったのです。隣国は、我が国より食に対して力をいれているので病人食なども学べ良い機会になるからと」


 やる気があるなら行けと。隣国にパートの私がだなんて。その様な機会はなかなかないだろう。


「だが」


 このタイミングでと小さな呟きを拾った。


「私には良い機会だと思えました」


 顔を上げ、彼の目を見て言わなくては。


「婚約は、しません。今まで、私のせいで時間を無駄にさせてしまいました。違約金の件に関しては後日、改めて書面にて送る形でもよろしいでしょうか?」


 何年間かかかるかもしれないけれど、働いて返さないといけないわね。


「婚約は、今しよう。書類はすぐにもってこさせるから」


人の話を聞いてました?


「あの」

「今、婚約し一年後に婚姻をすれば問題ない。通常通りの婚約期間だ」


 両肩を掴まれ、見つめられたその視線から逃れたいのに身をよじれば更に手の力が強まった。


「俺は、シェリーがいい」


あぁ、だから言っているじゃない。


「私は、自分に自信がないのです」


家族の中で落ちこぼれだ。


「そんな事は」

「いえ、事実です。お姉様のような商才もない。お兄様のような武術や魔力量もない」


でも、だから。


「好きな事をもう少しだけ頑張ってみたいと思うのです。お姉様やお兄様、カレンの様になれないかもしれない。ですが、糧になると思うのです。後悔はしたくない」


 今回の推薦はお金も援助してもらえるのだ。家に負担はかけたくないのでとても有難い。


 学び力を尽くし糧にする。自分の自信に繋がるのではないか。そうすれば、あの女性騎士とラングレイ樣を見ても、あの時に湧きたがった、なんとも言えない惨めな気持ちも減るような気がする。


「婚約しないのは後悔はないと?」

「え?」

「青騎士団にいるレアは従兄弟で既に幼馴染と婚約している。そもそも俺はシェリーにとって手紙一枚で終わる存在だと?」


 肩にあったはずの手が私の頭の後ろに移動した為に顔を動かせない。


「幾度も茶を飲み語った日々は、貴方にとっては意味のない事だった? 俺は、いつも待ち遠しかったのに」


 ラングレイ様の顔の顔がぼやけて。私の鼻にスリッと彼の鼻が触れた。


「シェリー」


声色は穏やかなのに、端正な顔は無表情で。


「そこまでにしてくれないか」


 拒絶の言葉を口にしそうになった時、聞き慣れた声がした。


「お兄様」


 そこには、いないはずの兄、ダグラス・ライズナーが仁王立ちしていた。




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