7.
「シェリル嬢、暫く手紙や会うことが出来なくなります」
本邸ではなく彼が住んでいる屋敷に招かれるようになり、庭で他愛のない話をする際に緊張よりも楽しさが増してきていた頃、ラングレイ様の口から伝えられた。
「それは、やはり私がご迷惑をおかけしているのでしょうか?」
今度はいつお会いできるかしら?次はどのような手土産が良いかなと帰り道に考えるようになっていたのは、私だけだったのでしょうか。
やっぱり、私に、こんな格違いな方をトークで楽しませるなんて無理があったのよ。
「違う!つ、声を荒げてすまない」
ラングレイ様の突然の大きな声に驚いて、つい肩を揺らしてしまい手にしていたカップから紅茶が少しこぼれ出てしまった。
「火傷は?!」
「温くなっていたので大丈夫です。ありがとうございま…あの」
近い、近すぎる。
彼が駆け寄り、屈んで私の手を掴んでいるので、睫毛まで数えられそうなんですけど。
「よかった。濡れてしまったが大丈──」
ええ、ぼーっとしていた私が悪いんですよね。分かります。でも、いきなり顔を上げたラングレイ様が、そんな事をしてくるとは思わないじゃないですか。
目を閉じる間もなく唇が重なって。ゆっくりと離れていく奇麗なその顔が、肌が何故私より奇麗なのかとか、余計な事が頭の中をぐるぐる駆け巡る。
ああ、違う!掠めるくらいの触れ合いだけど、こう頬とか額とか段階をですね。
というか、口とか初めてだったのですがっ!
「申し訳ない、逆になってしまった。遠征から帰ったら婚約を承諾してもらえないかを今日、伝えるつもりだったのに」
抗議をしようとすれば、片手で手を覆う彼がいて。小さく、何やってんだ俺はという声まで聞こえてしまい。
「……行かれる前に何か邪魔にならない品でしたら、お渡ししても良いでしょうか?」
もう、しょうがない。実際、嫌じゃなかったんだもの。
少しずつ城内で挨拶したり、会う回数を重ねていくうちに、失礼ながら顔が恐いのもただ表情に出すのが苦手なだけだけで。ちなみに凛々しい顔に似合わず珈琲はミルクがないと飲めないみたいで。
「先延ばしにしてしまい申し訳ございませんでした。戻られましたら、お受け致します」
だから、怪我とかしないで無事に帰ってきて下さいね?
「シェリル嬢」
「ふぶっ」
ここ、イケメンに抱きしめられてときめく場面なはずよね?
いや、でも無理です。
「く、苦しいです!!」
「あ、すまない!」
前から気になっていたんだけど、ラングレイ様って力加減がおかしくない?
「ダンスの時になど大丈夫だったんですか?」
私は引き籠もりで社交を避けて生きてきたけれど、彼は出る機会もあるだろうに。令嬢方の指がバキバキにならなかったのだろうかが、気になる。
「いや、特に言われた事はないな。そもそも警護にあたる事が多いし」
おお、良かった!お嬢様方の手は無事だった!
「えっと、もう少し力を緩めて頂けると嬉しいです」
あ、これって催促してるように聞えちゃうかなと思ったら、影ができて。
「ひゃ」
「失礼」
ヒョイと立たされ足がつくと同時に影に覆われた。
「これくらいは?苦しくないですか?」
いや、大丈夫だけど、大丈夫じゃない!彼の石鹸の香りに包まれて。
それだけじゃなくて、体温とか重みとか。
「シェリル嬢?」
この人、絶対。
「ラングレイ様って、絶対に人たらしだ」
間違いない。
❇〜❇〜❇
「これを私に?」
「はい。あの、気に入らなかったら、普段はしなくて大丈夫です。でも、遠征時には身に付けて頂けたらと思います」
何を渡すか悩んだ末に、ハンカチよりは重いかもしれないけれど、防御を組み込めるしとフープピアスをプレゼントにしてみました。
「ありがとう」
カレンには銀色のフープピアスにしたけれど、ラングレイ様には金色にしてみたんです。しかも嫌がるかなと思ったのですが、埋め込まれた石は、ライトブラウンの私の瞳と同じ色に。小さい石だから目立たないけれど、まだ婚約前だし嫌かな。
「この石の色」
「あ、お嫌でしたか?」
図々しかったかな。
「その石、元々は母の髪飾りだった品なのです。とても良質な石だったので使いました」
亡き母の壊れてしまった飾りは、元は曾お祖母様の持ち物だったらしく、修復は不可能だったけれど、なんとなく可哀想で再利用できないかなとずっと思っていた。
リメイクだなんて嫌だったかな。私には、思い出の品だけれど、ラングレイ様にとっては、只の中古品よね。
「防御魔法を組み込んであります」
だから、気に入らなくても遠征時は身に付けて欲しいなと。
「今、付けても?」
「勿論です」
よかった。迷惑じゃなさそう。
カチッ
金具が留まる音がして、両方の耳にピアスが付けられた。
うん、変に目立たないし良いかも。
「有り難う、とても嬉しい。私からも。よかったら、使って下さい」
そう言うと、淡い青のリボンがかけられた小さな箱を差し出された。
「開けても良いですか?」
頷いてくれたので、そっとリボンの端を引っ張って解いていき、箱の蓋を上げると。
「あ、これ」
箱の中にはバータイプのバレッタが入っていた。石が交互に嵌め込まれているのだけど、その色が茶色と淡いブルーで。それだけじゃなくて、この品はラングレイ様と街に出かけた時に、夜店で見た品だった。
賑やかなざわめきに、路上で奏でられていた陽気な音楽まで思い出して、嬉しくなって。
「あの時、ずっと一緒でしたよね。いつの間に」
人手が凄かったのもあり、ずっと手を繋いでいたもの。私が見ていない間に購入するのは無理だったはず。
「送った後に。……暫く眺めていたのが気になって。渡そうと思ってなかなか渡しづらくて」
控えめでシンプルなデザインだけど、私とラングレイ様の色が入った石。すなわち恋人か婚姻しているかになる。
「身に付けて貰えますか?」
なんか、恥ずかしくて頷く事しかできない。せめて今、髪に付けて嬉しいって示そう。
「貸して下さい。触れますね」
見られていると、余計に焦ってしまい、なかなか付けられない私の手からサッと髪留めを取り上げると、慣れた手付きで髪に留めてくれた。
「有り難うございます」
髪に触れてみれば、編み込みまでしてくれてある。
自然とラングレイ様と視線が重なり、同時に二人で笑みを浮かべていた。
とても幸せで、今が終わらなければ良いのに。
シェリルは、彼に引き寄せられるまま、彼の肩に寄りかかりながら、願った。