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5.


「今日はもう帰んな」

「在庫確認はできます!」

「ぼーっとした状態でかい? 皆の迷惑だよ」

「つ、すみません」




❇〜❇〜❇




 料理長に久しぶりに本気で怒られてしまった。


「はぁ、本当に私って笑っちゃうほど駄目ね」


 朝から注意力散漫なのは自分でも分かっていたから気をつけてはいたのに手の甲に結構な火傷をしてしまった。


「魔法があるってありがたい事なのね」


 とっさに自分で治癒を施したお陰で応急処置は出来た。うっすらと後は残るだろうけれど、あまり気にしていない。


「それより暫く厨房に立てないのが悲しいわ」


 自分がちゃんと集中していなかったのが悪い。


「最近、眠りが浅いのも良くないのよね」


原因は分かっている。


「あ、いつの間に此処まで来ちゃったのかしら」


 気づけば、赤の騎士団の訓練場近くまで歩いて来てしまったみたいで、剣の音や発せられる声が聞こえた。普段、外部の人間は公開日にしか入れないけれど、城で働く者は少し距離はあるものの遠目からなら訓練を見られる場所が開放されている。


「ちょっとだけ」


 早退して寄り道は良くないけれど、カレンを一目見たかった。


ギィン

ガキン


 近づくにつれて声と共に金属同士が当たる音がより強くなっていく。


 私は、この音が怖い。開放日には目当ての騎士を観るために若いお嬢様方が頬を染めて熱心に応援しているけど。


「私は、あの音がいつまでたっても苦手なのよね」


 銀色の髪の人はあまりいないので直ぐに見つかった。私の親友でもあり推しの彼女は、相手に向かって迷いなく剣を振るっていた。途中、動きが速すぎて分からない。


──あぁ、カッコイイなぁ。


 生き生きとしている彼女は、とても強く輝いて見える。


「シェリー!」


あ、バレた。


 ブンブンと手をふるカレン、その相手だった氷の騎士、ラングレイ様が気づかないはずもなく私に視線を移してきた。


 その直後、私は、彼女に小さく手を振り返して訓練場を後に、いや逃げた。


「カレンを見れたのは良かったけど、やっぱり寄らなければよかった」


 ラングレイ様とはこの前お会いした時から会っていない。いえ、正確にはのらりくらりと避けていた。


「カレンにも会いに行きづらい」


 いったい私は、何をやっているのかしら。


「え」

「シェリル嬢!」


 いきなり腕が後ろに引かれ、体が傾いて踏ん張れない。倒れる!


ポスン


「すみません。強く引き過ぎました」

「あ、大丈夫です」


 一瞬だけど、すっぽりと包まれてしまったわ。背が高いのは分かっていたけれど、私って小さいのね。


 いえ、彼が大きいのよ。そんな考えなくてもいい事がグルグルと頭の中を駆け巡る。


 不意に腕に温かさを感じれば、再び掴まれていた。


「怪我をされたんですか?」

「不注意で。自分が悪いんです」


 大丈夫ですからとラングレイ様の手を外そうとするも、しっかり掴まれていて。それどころか巻いていた包帯までほどき始めている。


「あの?自分でだいたい治したので」

「水膨れになってますね。失礼します」


 大丈夫と言う前に手に柔らかい光があてられた。凄いわ。私は応急処置くらいまでの治癒能力しかない。この方は、剣の腕、人柄、魔力量、全てを兼ね揃えているんだわ。


「ありがとうございます」


 跡が残るはずであろう手の甲は怪我をする前の状態に完全に戻っていた。


「これから益々暑くなる季節になるので調理の仕事は大変だと思います。無理しないように気をつけて下さい」

「……ラングレイ様も、ごっこだと思いますか?」


私は、何を話しているの?


「忘れて下さい。手当して下さり、ありがとうございました。あの」


本当に手を離して欲しい。


「好きな事をしている貴方は、素敵だと思います。怪我は心配ですが」


 ある程度裕福な家の女性は、通常は学園を出たあとは良い家柄の元に嫁ぐか職に就いたとしても文官や侍女などで食堂で働く者は、あまりというか、私の周囲は誰もいなかった。


「私は、無理を言って働かさせてもらっているのです」


 病弱ではないけれど、暑さに弱く体力もあまりない私は、いつからか食事を作る仕事に就きたいと願っていた。立場的にも場違いだけれど諦めきれずお父様にお願いした。


『シェリーからお願い事をされるのは滅多にないからな。聞いてみるよ』


 幼い頃から家の料理人に基礎知識を教わっていたのもあり、今の料理長がいわゆるパート扱いで採用してくれた。


「場違いだって、言われているのも知ってはいるのです」


 仕事なら他にも選択肢はあったはずなのに、あえて敬遠される職を選んだのかは、今なら分かる。


 前に生きた世界で料理をする仕事をしていたからだって。


「作ることは好きですか?」

「勿論です」


 まだ技術面でも拙いし、重労働な仕事なのだけど、やり甲斐があった。


「ならば、悩む必要はないのではないでしょうか」


答えは既にでているのですから。


「──ありがとうございます」


 不思議だわ。頭の中を整理出来た気分。


「私に対しては、どうですか? やはり、話をするのは嫌ですか?」


答えは。


「お手紙を頂いていたのに返事も出さず申し訳ございませんでした」


 気後れしてしまって、どうしたら良いか分からなくなって。


「言葉にしなければ伝わりませんよね。ラングレイ様にお会いしても、上手く話が出来ないと思って。嫌ではないのです」


 私って、まるで人見知りの子供のようだわ。


「爪、食い込んでます」


 両手を掬うように握られて、改めて恥ずかしくなった。


「綺麗じゃないので……離して下さい」


 冬ではないから、切れてはない。けれど私の手は日々の水仕事でガサついており爪も短く切っている指先は美しさから随分と遠い。


「あっ」


 失礼になるけれど、もう無理だわと手をひこうとしたら、そっと撫でられた。


「何故? 綺麗ですよ」


 なにより、彼の目がとても優しげで動けなくなってしまった。


「シェリー!」


 カレンの私を呼ぶ声のお陰で我に返った。


「友人が心配して来たみたいですね。後ほど手紙を送ります」

「ツッ」


 触れるだけのキスを左右の手に落とされて、私の手はやっと開放された。


「返事、待っています」


 去り際に耳元で囁かれて、思わず耳を手で塞げば、もう彼は背を向けて訓練場へと歩き出していた。


「シェリー! 顔が真っ赤よ?! 熱があるんじゃない?!」


 この後、せっかく火傷を治して貰ったのに熱を出して三日程寝込んでしまった。






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