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12.

「シェリルさん、お客様がいらしているわ」

「私にですか?」

「ええ」


 上司であるイルマ様の呼び出しは、てっきり今朝に提出した書類に手違いがあったのかとヒヤヒヤした気持ちでいた為に一瞬、反応が遅れてしまった。

「東門にいらっしゃるわ。寒い中お待たせしてはいけないから早く行ってあげなさい」

「ですが、取り組んでいる作業がありまして長時間離れるのは難しいのですが」


 同僚に急かされて仕事を中途半端に放りだしてしまったので切りの良い所まで終らせてからでないと周囲に迷惑をかけてしまう。


にっこり。


「……直ぐに向かいます」


 行けという圧が強すぎて無理ですわね。


 そう、イルマ様の微笑みは怒鳴られるよりも怖い。私は、これ以上お小言をくらわないよう早々に部屋から退散した。




*〜*〜*



「思ったより距離があるのね」


 東門といえば王家の方々の出入り口なので近寄りもしないから不慣れである。


この道で本当に大丈夫よね?


「はぁ」


 吐く息が白い。温暖なノアール国とは違いエリエには冬がある。暑さが苦手な私にとっては非常に助かる。ただ、この気温差に体がまだ慣れてはいない。


「紙だけでは分からないわね」


 知識はいくらあっても困らない。けれど実際に体験してみる事が一番大切であり、知るというモノに対しては近道なのかもしれない。


「それにしても誰かしら。エリエに知り合いはいないし。ラングレイ様やカレンは休暇なんてありえない。騎士はそもそも遊びで他国に行く事はないと聞いたわ。お父様は、お兄様と船に乗り遠方にいるはず」


それに便りなどで事前に知らせてくるはずだわ。となると、やはり人違いではないかしら。


「…カレン、元気かしら。無茶をしてないと良いのだけど」


とにかく大きな怪我はしないで欲しい。頻繁に手紙のやり取りをしているけれど、不安は尽きない。


「きっと、応援と心配はずっと続くのよね」


 剣から遠ざけたら、私の大好きなカレンはカレンでなくなってしまう気がするから。


あら、あの姿って。


「まさか、ラングレイ様?」


 やっと大きな門が見えてきたと思えば、その前には背の高い男性が見えた。気になったのは、その方は明らかに周囲とは違う雰囲気を醸し出している。


それに、あの立ち方、見間違うはずかない。


私の声が届くはずの距離ではないのに、ふいに顔が此方へと向けれた。


シェリー


 目が合った瞬間、無表情だった口もとが緩み柔らかい笑みが広がり、その口は私の名を呼んだように見えた。


「急ぐと転ぶ」

「あ、ありがとうございます」


 走った先には、やはり間違いなく彼だった。


 ラングレイ様は、急に止まれなくて前のめりになった私を受け止めてくれて。彼から馴染のある石鹸の香りがふわりと鼻を掠めた。


「あの、どうして」


 嬉しいはずなのに自分の口から出た言葉は驚くほど困惑さが出てしまった。あぁ、こんな言い方をするつもりではなかったのに!


「それは」

「あー、いたいた!シェリル!」


 ラングレイ様が口を開きかけた時、私を呼ぶ大きな声に振り向けば、その声に合った大柄な男性、職場の先輩である彼はニヤリと笑いながら近づいてきて私の頭に上着を雑に落とした。


「シャントさん」

「ほら、また上着を忘れていたらしいな。この間みたいに風引くから気をつけろよ。あ、書類をお偉い様に渡しに行くから今日は戻りが遅い。あ、話し中にすまなかった」

「承知しました。うっ、だから痛いですって」


 彼は私の背を叩き、いえ挨拶をしてラングレイ様にはとても丁寧な会釈をした後に再び目を合わせてきて気味の悪いウインクをし豪快に笑いながら去っていった。


 あの方の周りはいつも常夏のような雰囲気なのよね。ただし、毎回ある痛い挨拶はやめて欲しいものだわ。

「あの男は?随分と仲の良い関係にみえますね」

「そう、でしょうか。色々教わってはおりますが」

 なんだかラングレイ様の顔が険しいような。上がっていた口角は下がりに下がっている。


トンッ


「ラングレイ様?」

「少しでも会いたいと、直に声を早く聞きたいと思っていた」


 私の体は軽く肩を押されただけで踏ん張りきれず簡単に壁についてしまった。


「シェリー」


 はらりはらりと降り出した雪が、私とラングレイ様の間を掠めていく。


「私も、手紙だけではなく直接お会いしたかったし、聞いて欲しい事がいっぱいありますよ」


 表情があまり変わらないラングレイ様が顔を歪めている?


なんだか……嬉しいわ。


「そのような表情で言われても納得出来るとおもいますか?」

「私が、氷の騎士様と呼ばれている方をこのような表情にさせているのが、なんだか擽ったいなと。そうですね。あとは安堵でしょうか」


 どうやら納得されてない様子ね。首を傾げているのも可愛いわ。


「お手紙で少し伝えたかもしれませんが、ここへ来たばかりの頃、とても落ち込みました」


 隣国では緩いパート生活が一気にハードモードになった。覚悟はしていたけれど、それ以上に仕事は多忙を極めていたし、食文化やしきたりも違う事に最初は酷く戸惑った。


 もう、情けなくて本当に帰りたくなった。でも、意を決して来たのだから直ぐに帰るわけにはいかなくて。


「ラングレイ様の手紙にとても励まされました」


 彼だけではない。カレンは、私を笑わせようと陽気な手紙を送ってくれて。一方ラングレイ様からの便りは、それとは真逆な簡素で内容も天気や訓練の事が多かった。


 けれど、いつも、とても丁寧に書かれた字で綴られているのだ。


「お会いできて嬉しいで」


 最後まで言い終わる前に強く抱きしめられて息が苦しい!


「ラ、ラングレイ様」

「シェリー」


 苦しくて早く腕の力を緩めてもらわないといけないのに。あぁ、耳元で名前を呼ばれてしまうと力が抜けてしまうわ。


「あ、えっ」


 顎を上げられ頬を親指で擦られて擽ったい。それに、いつの間にか距離がなくなり──。


「師匠、いや、ラングレイ。公衆の場だぞ」


 どうしましょうと思った時、人気がないはずの場に第三者の声がした私は思わず肩を揺らした。


「殿下、私の婚約者が怯えております」


 いえ、まずはラングレイ様の力の入れ方をなんとかして下さい。


 それより、今、でんかと聞こえたけれど。本気では咎めていないけれど何処か不貞腐れたような、変声期前の高い声の主は、私を見てにっこりした。


あ、知ってるわ。


 はるか昔に遠くから目にした事がある、幼いながらもオーラが半端なかった第二王子。


「も、申し訳ございません」


 社交も最低限だった私は、動揺しながらも、なんとかラングレイ様の腕から抜け出し膝を折り挨拶をする。


「顔、上げて。道端で目立つから」


 恐る恐る上げれば、絵本に出てくるような美少年と目が合うも。


「邪魔だぞ」

「婚約者が減るので止めて下さい」


壁が、いえ、ラングレイ様の背中が目いっぱいに広がって殿下の声しか聞こえない。


それよりも減るって何が?


「大丈夫ですよ?」


 きっと、私が王族に対して苦手な様子を知っているから間にはいってくれたのですよね。


相変わらず優しい。


「あれだな、天然というやつか」


 殿下の声が壁越しに聞こえてきたが、もしや私の事でしょうか。


「そこが良いのです」


 なぜ、自慢げに言うのか分かりませんよ。むしろ良い意味ではなさそうですが。


「学園長と話をしている間、自由にしようとしていたが、ラングレイも付い」

「何かありましたらお呼び下さい」


 彼は、被せ気味に話をして殿下に小さい石のような物を渡している姿を隙間から見ていたら。


……?


 殿下と目が合い、クスリと笑いかけられた。悪戯そうな笑みは何か含みがあるようで気になる。


「シェリル嬢、邪魔をした。ミルア、行くぞ」


それは一瞬の出来事で、気づけば殿下は護衛と門へと去っていった。


「シェリー、何処か静かに話をできる所はあるか? 長くは居られないが少しでも君といたい」




✻〜✻〜✻



「……この部屋で生活を?」

「汚部屋って言ったじゃないですか」


私の借りている部屋に連れてきたけれど、問題が一つ。


それは、部屋が物凄く汚いのだ。


 私、扉の前でも念を押して言いましたからね。すなわちラングレイ様が悪いんだから!


私は、決して悪くない。


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