1.
「あっ、殻が」
城内で勤務している方々が食べる食堂の奥にある厨房で昼食の準備をしていた時に、ソレは起った。
レードルの縁に卵をあて掬う窪みに卵を落としてから殻が入っていないかを確認していたのだけど、強く当てすぎ沢山の殻が入ってしまった。
あら? 以前にも同じようなが事があったような。最近ではなくて、ずっと昔に。
「私は」
滝のように頭の中に流れてきて。
「シェリル!大丈夫かい?!」
「あ、料理長!すみません」
「今日は特に暑いから忙しくても水分を必ずとりなさい。あと、しつこいようだが具合が悪いなら早めに言いな」
働き始めた頃、我慢して倒れる一歩手前を何回か繰り返した私が未だに料理長から言われている台詞である。
「はい。ありがとうございます」
料理長は、言葉が荒くて勘違いされやすいけれど、本当はとても優しい方である。
ちゃんとしないと。考えるのは後にしましょう。
とても混乱していたし、直ぐにでも一人きりになれる場所に行きたかった。けれど、今はその時間ではないわ。
私は、よしっと気合を入れ目の前の仕事に集中する事にした。
*~*~*
「シェリル、もう時間が過ぎてるよ。上がんな。ご飯食べてくかい?」
「いえ、外の空気を吸いたくて」
「なら、コレ持っておいき」
料理長からポンッと渡された籠の中をそっと覗きこめば、どうやらパンとスープの瓶が入っているようで。
「そのパン美味しいのよ!よかったわね。料理長は、シェリルにはホント甘いのよね」
「アン、なんか言ったかい?」
「いえ~」
アンさんが、おー怖っ!とふざけながら私を見てニヤリとした笑いをした。
「それ食べたら元気でるわよ」
どうやら、アンさんにも私の様子が変だと気づかれていたみたい。
「はい。ありがとうございます! また明日もよろしくお願いします」
「硬い挨拶はいいから早く行きな」
料理長がシッシッと手で追い払う仕草にお辞儀をして厨房を後にした私は、制服を脱ぎお気に入りの場所へと向かった。
「ふ~、さっきのは凄かったわ。驚いたけど、霧がなくなったというか」
そう、とてもスッキリしているわ。
「シェリー! またこんな場所にいて。今ご飯なの?」
ワインレッド色の軍服を隙なく身につけ、無造作に結んだ艷やかな銀色の髪を揺らしながら私の名を呼び大股で近づいてきた女性は、私の幼馴染のカレン・ノルマンである。
「厨房なんて今の時期はかなり暑いでしょうに。暑さに弱いのに大丈夫なの?」
「水分を摂るようにしているわ」
昔から何かと風邪をひけば長引かせていた私に対してカレンは、成人した今も過保護気味なのよね。
「ねぇ、カレンの誕生日ってもうすぐじゃない?ピアスを贈ろうかと思っているのだけど、華美な飾りが付いていなければ勤務中も平気よね?」
キョトンとした彼女は、一瞬のうちに嬉しそうな笑みに変わった。
「ええ、問題ないわ!」
「よかった。それと次の公開練習だけど、また行ってもよいかしら?」
「そりゃあ、嬉しいけど忙しいんじゃないの?無理してない?」
「全然よ。久しぶりに見たいなって」
「是非来て!結構成長したのよ私!」
更に笑みが深くなる親友の姿に複雑な気持ちが湧いてくるも、言えるはずもなく。
「よかった。あ、半分食べる?」
「いいの? 食べたばかりだけどすぐお腹が空くのよねぇ」
無邪気な顔でパンに齧りつく彼女を眺めながら自分もモソモソと口を付けた。
***
「今日は、レモネードもどうぞ」
「わー、冷えてる!ありがとう!」
「お菓子もよかったら食べてね」
「友よ!」
いわゆる前世とやらを思い出して早一ヶ月、私は暇さえあればカレンの所属している赤の騎士団に顔を出していた。
「あ、貰ったピアスだけど全く外れなくて、とっても良いわ!」
カレンの耳には、誕生日に贈った銀色のフープピアスが付けられている。
「石の色はモルトンの瞳の色にしたけれど、どうかしら?」
「埋め込んであるから引っかからないし、石も大きくないから目立たなくて良いわ。でも、高かったでしょう?」
その言葉につい、ニヤリとしてしまう。
「カレンに意見も聞きたいから奮発よ」
どういう事なのと首を傾げる彼女にざっと説明した。
「それ、ウチで販売する予定なのよ。後ろにピンが出ないピアスって今までなかったでしょう? 寝たままつけっぱなしでも外れにくいし」
「成る程。ようはお試しね」
納得したという表情に彼女は見るからにホッとしていた。
何故なら、そのピアスは普通の装飾品ではない。身につけた者が万が一、悪意を持った者から攻撃を受けた際に防御の魔法を組み込んだ品である。
しかも防げる回数は、一度だけではなく三回まで。
確かにカレンが言うように高価な品の部類ではある。でも、宝石店の経営をしているお姉様にアイデアを提供してみた所、案の定、最近マンネリ化していて困っていたのよと興奮しながら話を聞いてくれてたのよ。
結局、お礼よとタダ同然で作ってもらえたのである。
騎士団では、討伐もあるのでこのピアスがあればほんの少しだけ安心できるわ。
まぁ、それでも不安は拭えきれないのよね。
前世の今とは比べられない程に安全な生活を送っていた日々を完全に思い出してしまった私は、騎士なんて危険な仕事は辞めてもらえないかなと最近は特に強く思っている。
でも、血の滲むような努力をしてきた彼女に言えない。
結局、私は訪れても役に立たないとわかっていても騎士団の訓練場へ頻繁に顔を出している現在である。
「ねぇ、そろそろ教えてくれても良いんじゃない?」
「え?」
「だからぁ、こんなにウチに来ているのって気になる奴が出来たんでしょう?」
何を言ってるの? 私は、貴方が心配で仕方がないのよ。
「誰にも言わないから教えてよ。私とシェリーの仲じゃない」
「カレン!耳が擽ったいわ」
耳元に顔を寄せて話してくる彼女の肩を押しても、全然動かないわ。さすが騎士様!
「あ、もう!休憩時間終わっちゃうわ!早く教えてよ!」
今日のカレンは特にしつこい。
「ねぇってば」
あぁっ、もう!
「あそこの人よ!もう離れて」
カレンは、私が適当に指差した先を見て固まった。
「え、本気?」
そして解凍された彼女は私を未だかつてない真剣な瞳で私を見た。
「まさかの氷の騎士とは」
縦線が入りそうなくらいの表情に、私は指差した方向を改めて確認した。
そこには、ラングレイ・グラント。別名、氷の騎士様と呼ばれている、いわゆるエリート騎士様が真夏にも関わらず震えがきそうな程冷めた目をして此方を見ていた。
あ、終わった。
そう、こういう時って詰んだって言うのよねと前世の役に立たない言葉が浮かんだ。