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夫婦喧嘩

 そう気が付いたエヴァンジェリンの目をみて、くくくと押し殺したようにディックは嗤った。


「くく――その通りだよ。本当は、もっとココをひどい目に遭わせて、君たちの仲を完全に裂いてから――俺は紳士的に君とお付き合いを開始して、味方に引き込むつもりだったんだけど。こうなったからには仕方ない」


「わ、私を……どうする、つもり」


 ディックの目に、キラリと残酷な光が浮く。


「君の事は、ずっと疑っていたんだよ――婚約者だっていうのに、なんだか君たちはぎこちない。トールギスは君を愛しているようには見えないのに、君たちはいつも一緒にいて、こそこそしている。君たちには何か大きな秘密がある。だろう?」


 もう力の入らないエヴァンジェリンの胸に、ディックが手を押し当てる。


「でもまさか、あの呪いが君に効くなんてね。成績は首席だけど、君は意外に弱かったんだね。こんな事なら、さっさと呪っておけばよかった」


 動けないエヴァンジェリンの胸の上で、彼の手が蠢く。


「さぁ、俺の目玉の呪いが君の心臓を食う前に――トールギスと君の秘密を、教えて?」


 それだけは――できない。逃げないと。

 でも――どうやって?

 エヴァンジェリンは切れ切れの言葉で言いかえすのが精いっぱいだった。


「こんな、こと……バレたら、あなたは退学、よ……。やめて……」

 

 しかしディックは聞き入れるどころか嘲笑った。


「大丈夫さ。バレないようにうまくやるから」


「おねがい、やめ……て。な、んで、そんなに……グレアム様、を」


 グレアムが、彼になにをしたって言うんだろう。ただ家どうし仲が悪いというだけで。

 するとディックは、初めて声を荒げた。


「なんで、って……当たり前だろう!あいつの家のせいで、俺の家はずっと割を食ってるんだ! イースト家よりも後にのしあがったくせに、偉そうにあれこれ決まりをつくって、何でも禁止、禁止って……!」


 ディックの手が、エヴァンジェリンの顎を掴む。


「禁止しておきながら、自分は禁忌に手を染めているなんてね……! 本当に、トールギスのやつらはやり方が汚い」


 バレている――。蒼白になるエヴァンジェリンに、ディックは迫った。


「さぁ、君の口から告白するんだ。僕の知りたい事を」


 エヴァンジェリンは必死で首を振った。


「そうか、そうか。それなら僕の目玉に君の心臓を解体してもらおう。そうすればはっきりする。君が実は――」


 その時、バンとものすごい音を立ててドアが開いた。


「そこまでだ」


 グレアムが短く叫んで、部屋に踏み込む。その瞬間、すでにディックは捕縛魔術をかけられて床に倒れていた。


「くっ……トールギス!」


 冷酷な表情のまま、グレアムはディックに近づき、手のひらをかざした。黄緑色の光が滴るように、ディックの額に落ちて沁み込んでいく。


(あ……忘れの魔術……!)


 ディックの記憶を消せば、エヴァンジェリンの正体はバレない。エヴァンジェリンはそれに気が付いて、思わず肩の力が抜けた。


「くそ……汚い、手を……」


 これ以上ないほど悔し気に、ディックの顔が歪む。同じように床に倒れている彼の顔が次第に緩み――そして目を閉じた。


(よかった。術、ちゃんと効いたのね……)


 グレアムのすることだ、ぬかりはないだろう。すでに声も出ず、呪いに体を食い荒らされて限界を迎えていたエヴァンジェリンの意識は、ここでふっと途切れたのだった。




「起きたか――エヴァンジェリン」


 冷静な声が上から降ってきて、エヴァンジェリンははっと目を覚ました。

 横になっている自室のベットの傍らに、グレアムが座っていた。


「グ――グレアム様。私は……」


 慌てて起き上がったエヴァンジェリンに、グレアムは淡々と説明した。


「呪いは取り除いて、身体の中も修復してある。具合はどうだ」


「ええ、痛みもなにもありません……あの、イーストさんは」


 一番気になっている事に、グレアムは簡潔に答えた。


「禁制品持ち込みと傷害のかどで、しばらくの間、停学だそうだ。もちろん、まずい記憶は消しておいた」


「そう、ですか……」


「お前ではなく、奴がココに嫌がらせを行っていたことも、すべて公になった。だからお前は、これまで通りに過ごしてくれ」


 その言葉に、エヴァンジェリンははじかれたように顔を上げた。


「グレアム様は……ご、ご存じだったのですか。私が、犯人じゃないって……!」


 すると彼は、あっさりうなずいた。


「ああ。当たり前だろう」


 淡々としたその声を聞いて、エヴァンジェリンは喉が詰まったようになった。


「そ、それなら……なんで……」


 皆と一緒になって、私を責めたんですか。ただの一度も助けてくれなかったんですか――。

 言葉を詰まらせたエヴァンジェリンに、彼はうんざりしたように首を振った。


「あのイーストが、お前に目をつけてちょっかいをかけているのは前々からわかっていた。

俺とお前を仲たがいさせて、お前を篭絡でもして秘密を聞き出すつもりだったんだろう」


 そんなこともわからないのか、というような目だった。


「鬱陶しかったから、騙されたふりをして泳がせていた。確実な証拠が出てから動こうと。だから俺は、お前に余計な事をするなと言っただろう」


「で――でも、それでココさんは、危ない目に! なんとも思わなかったんですか」


 おもわずそう責めるエヴァンジェリンを、グレアムは睨んだ。


「思わないわけがないだろう。だから温室で俺がクロハガネをつかまえて、証拠をつかもうと思ったのに――お前が邪魔をして、台無しになるし」


「それなら、なぜ……あの時にそう言ってくれなかったんですか。そしたら私は、今日ココさんの箱に手を出したりしないで、グレアム様にお任せしていました!」


 ココは震える声で訴えたが、グレアムはびくともしない。


「お前は嘘をつくのが下手だからな。俺とお前が連携すれば、お前の態度からすぐにあいつは気が付くだろう。俺があいつを故意に泳がせていることもばれる。そうすれば、あいつは警戒して尻尾を出さなくなる」


 ふぅ、とめんどうそうにグレアムはため息をついた。


「俺はこんな下らない事にかかわっている暇はないんだ。どうでもいい争いは、さっさと終わりにしたかった。以上が理由だ。わかったか?」


 きっぱりとそう言い切られ――エヴァンジェリンは、うなずくしかなかった。

 けれど一言だけ、絞り出すように言った。


「グレアム様のために、努力はしておりますが……今回は、つ……辛かったです。クラスの皆に嫌われて、良く知らない人にまで叩かれて……。グレアム様の計画はわかりましたが、せめて何か、一言でも言ってほしかった、です」


「だから、お前が犯人ではないと皆には報せた。もうお前を叩く奴もいないだろう」


(そういう事じゃなくて……!)


 あの時庇ってくれなかったのは、ディックを捕まえるためだったから仕方がないにしても。


(せめて……そのあとでもよかったから、一言フォローが欲しかったです……)


 しかし、エヴァンジェリンはその言葉をぐっと呑みこんだ。

 

(ダメ。きっと何を言っても、人形がバカなことを、って思われるだけだ)

 

 悲しいとか、嬉しいとか――そういった感情をエヴァンジェリンが表に出すのを、彼は認めないのだ。ないものとして扱っている。

 命令口調で、グレアムは言った。


「引き続き、身体を休めろ。本調子でなければ、明日の授業は休むといい」


「はい……」


 諦めに、エヴァンジェリンの肩が落ちる。何も言わなくなったエヴァンジェリンを置いて、グレアムは部屋を出て行った。


 バタンと閉まるドアを見たあと、エヴァンジェリンはベッドの柱にもたれかかった。わりと強い呪いを解呪された後遺症のせいか、身体がだるい。


(お腹、すいたな……)


 バナナを、窓辺に出しておかなかった……。そう思いながら、エヴァンジェリンは諦めて目を閉じた。


(いいや、つかれた。明日の朝は……甘くないバナナを食べよう)


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