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 しかし、意外にもこの日、彼はエヴァンジェリンに何も言わなかった。ただ普段のように、無言でひとつのベッドに横になるだけの触れあいしかなかった。

 なのでエヴァンジェリンは、次の日も真面目に授業を受け続けた。

 アレックスは相変わらず睨んでくるし、ココはエヴァンジェリンを警戒していたが、グレアムの態度はいつもの素っ気ない無表情だった。


(よかった……もしかして、もう怒ってらっしゃらない……とか?)


 必要以上の会話も、挨拶すらないが、それがグレアムとエヴァンジェリンの日常だった。

 だからエヴァンジェリンは、グレアムの笑った顔を見た事がなかった。


(でも、叱られなければそれでいいから……)


 もう二度と、出しゃばったりしない。教室のすみでこっそりと息をひそめて授業を受けよう。

 しかし、それはそれで歯がゆいものだった。


(ココさんに嫌がらせしている人が、早くやめてくれますように)


 そもそもの元凶はそこだが、グレアムもクラスメイトも、エヴァンジェリンが嫌がらせをしていると思い込んでいる。今エヴァンジェリンが弁解したところで、誰も信じてくれない。

 けれど本当は、エヴァンジェリンではない他の誰かが、ココを陥れようとしているのだ。


(婚約者という立場だから、私が真っ先に疑われるのはわかるけど……このままだとココさんは、嫌がらせを受け続けることになるのに)


 しかも、だんだん嫌がらせは攻撃的なものに変わってきている。

 レポート用紙やブレスレットで済んでいるうちはいいが、クロハガネのように物騒なものが、ココを脅かしているのだ。

 この間は、一歩間違えればココの手は取返しのつかない事になっていたかもしれない。クロハガネをあの場所に仕込んだ人間の意図はわからないが――そんな残酷な事をする人が、このクラスのどこかに素知らぬ顔でいるのかもしれないと思うと、エヴァンジェリンの背筋は少し寒くなった。


(危ないよね……このまま、野放しにしてたら)


 でも、ココとの接触は禁じられているし、エヴァンジェリンの言う事など誰も信じてくれない。打つ手なしだ。エヴァンジェリンはため息をついた。


(もう、ココさんが大事なら、グレアム様がなんとかしてくだされば、いいのにっ)


 はぁと二回目のため息をついた、その時。


「ミス・ハダリー。あなたですよ」


 古代魔術学の先生が、エヴァンジェリンをさしていた。


「禁三術について、答えられますか?」


 そう言われて、エヴァンジェリンは慌てて立ち上がった。ふらりと思わずよろけるが、机に手を体勢を立て直す。


「ええと……禁三術。禁じられた三つの魔術、です」


 一度質問が頭に入れば、教科書どおりの言葉がエヴァンジェリンの口からすらすらと出てくる。


「一つ目は、死者を蘇らせること。二つ目は、死者の身体を利用すること。三つ目は――」


 すこし間を置いて、エヴァンジェリンは思わずくすりと微笑みそうになった。

 けれど、涼しい顔で続けた。


「人間を、作ろうとすること」


「その通りです。よろしい」


 ほかならぬ自分自身が禁三術の成果であることなどおくびにも出さず、 軽く頭を下げて、エヴァンジェリンは席に座りなおした。


 先生の講義は続く。


「ではその三禁術を可能にした古代の物質は? はい、ミス・サンディ。早かったですね」


 先生の答えに、あのココがはきはきと答えた。


「パラモデア、という物質です」


「そうです。みなさんも名前は知っているでしょう。絶大な魔力を有し、どんな魔術も可能にする奇跡の素材。あまりにも大きな力を持っていたせいで、人間は直に触れることすらできなかった物質――ですが、この物質は、古代書にその名前が記されているだけで、どんな材料の、どんな物質だったのか――いまだに解明されていません。みなさんは、想像がつきますか?」


 先生がクラスに質問をなげかけるが、さすがに今度はしーんとしていた。


「当然、私にもわかりません。そしてそれを研究することは、禁じられています」


 先生はクラスを見渡した。真剣な目だった。


「なぜ死んだ人は戻ってこないのか。永遠の命は存在しないのか。これらは、太古の昔からある疑問で、人の抱く願望でもあります。なので古代の魔法使いたちは、不老不死や死なない兵隊を夢見て、『パラモデア』なる物質を使って、死者を動かし、人造人間をつくってきました。それらの遺跡が、この学園の敷地内の森の中に存在します」


 先生の言葉に、皆が聞き入る。

 自分の事を、こうして他人事のように授業で聞くのは、エヴァンジェリンにはなんだか不思議な気持ちだった。


「しかし、その試みは、どれも失敗に終わりました。みなさんも歴史の授業で知っていることでしょう。古代、死者の兵隊を作った国や、ホムンクルスを生み出した文明は、すべてそれが原因で滅んでいます。以降、その技術はすたれ、風化し、現在では再現が不可能になっています。遺跡の扉は固く閉ざされ、外壁の古代文字がわずかに読めるのみ。立ち入ることはできません」


 エヴァンジェリンの胸の奥、グレアムによってつくられた心臓が、ふいにひやりと冷たくなる。

 ――自分はこの世界に、居てはいけない存在なのだと再認識させられる。


「生命の神秘は、魔術でもってしても支配することはできない。もしそこに無理やりに魔術を介入させれば、歪みが生じます。生み出したはずのそれらは、主人たる我々に歯向かい、そして取り返しのつかない事になる。だから命を魔術で作り出そうとすることは、禁忌とされているのです。森の中のあの遺跡は、その恐ろしさを教えてくれます」


 ここは思わず、うつむいた。膝の上でぎゅっと手を握る。


(私は、歯向かったりしません、逆らったりしません……むしろ、あなたたちを救います)


 だからどうか、今だけ、居る事を許してほしい――。

 

「さて! では前置きはこのくらいにして、今日の実技に入りましょう。この箱の中には、それぞれ簡単な『古代魔術』がかけられています。どれもシンプルな、魔術の中でも一番最初に編まれた呪いと言ってもいいでしょう。開けて解呪し、内容を解析して私に報告しなさい」


 先ほどのシリアスな空気とは打って変わって、先生は軽く言った。


「もし授業時間内に解呪できなければ、レポート3枚に反省点をまとめること。では、はじめ!」


 生徒たちが、教壇に並べられた自分の箱を取りに行く。

 エヴァンジェリンも、自分の出席番号『29』が書いてある箱を手に取ろうとした。黒い木でできた、なんの変哲もない呪術封じの箱。ほんの少しだが、カタカタと動いている。ネズミの呪術でも入っているのだろう。


(ん……? 待って、この箱)


 しかしエヴァンジェリンの目は、別の箱にすいよせられた。

 蓋の隙間から、わずかに紫色の光が漏れている、『36』の箱。

 目そのものは見えないが、こちらを伺うような目線を――エヴァンジェリンは直感で感じた。

 その感覚に、ひどく既視感を覚える。


(待って、これって、あの時イーストさんのお部屋で見た……骸骨の目)


 あの不気味な、見られている感覚。正体を見せない、何らかの呪いのアイテムを、彼は飼っていた。


(待って!? なんでここに、イーストさんの持っていた呪いが!? 36ってたしか……)


 そう思った瞬間、ほかならぬココが、その箱に手を伸ばした。

 

「待って!」


 もしかしたら、あの骸骨の呪いが発動してしまうかもしれない。エヴァンジェリンはとっさに 『36』の箱を横からかすめとった。


「ちょっと! それは私の箱よ!」


 当然ココは、目を吊り上げて抗議した。彼女の手が、痛いほどにエヴァンジェリンの腕をつかむ。


「返して!」


 なんだなんだ、とクラスメイトの注目が集まり始まる。焦ったエヴァンジェリンは、とりあえず中身だけ確かめようとココを振り払って、箱を開けた。


「きゃあっ……」


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