プロムパーティをもう一度
「わ! すごい、かわいい! 私の思ったとおり!」
鏡を見て、ココがにっと笑う。
一方エヴァンジェリンは鏡の中の自分を見て、すこし不安だった。
「あ、ありがとうございます……ココさんも、とっても素敵、です」
「ふふ、ありがと」
エヴァンジェリンは白いレースに金糸の刺繍の入ったドレスを。
ココは、薔薇の花と葉があしらわれた紅色のドレスを着て、メイクルームを出た。
ドレスを着るなんて初めてのことで、エヴァンジェリンはドキドキしていた。
(……私がまさか……プロムに、参加できるなんて)
アレックスは、エヴァンジェリンを見てどう思うだろう。そう考えると、ますます胸が騒がしくなるのだった。
――せっかくだし、卒業パーティをやりなおそう。
そう提案したのは、ココだった。
かくして、ココはグレアムやアレックスを巻き込み、エヴァンジェリンの看病の傍ら、再びプロムを開くために動き始めた。
「イヴの病状も鑑みて――プロムやり直しの日は、2か月先の7月にするわ。異存ないわね?」
一生に一度のプロムを台無しにされた6年生たちは、ココの呼びかけにこたえ、7月のその日、続々と学園へと集まった。
「ココ! やっほー! いろいろ大変だったねぇ」
「レニ、よかった。遠いのにごめんね。ジュディも、マリアンも」
「ううん、いいの。あんなことがあったし、こうしてもう一回パーティがあるのは嬉しい」
「ね。夏休みの間、暇だったし!」
「ありがとう、ココ」
4月30日の事件を払拭するように、女子たちは皆おもいおもいの新しいドレスに身を包んでいた。
皆のたくましさに、ココは微笑む。
「それでそれで、ココは~~? グレアムと、どうなったの……?」
興味しんしんの3人から、ココは少し視線をそらす。
「え? それは、まぁ、どうかなぁ……」
「ココ、ちょっといいか」
するとその時、後ろからまさにグレアム本人に声をかけられて、ココは驚いた。
「わ……なに?」
「あっちの、招待客のリストなんだが……」
ちら、と受付を確認して、ココはうなずいた。
アレックスはほぼエヴァンジェリンにつきっきりなので、このパーティはココとグレアムがホストのようになって動いていた。
「ああ待って、もってくるね。じゃ、みんな、楽しんで!」
遠ざかるココとグレアムを見つめ、レニとジュディはうなずいた。
「あれはモトサヤね」
「雨降って地、固まる……ってやつ」
夏の、美しい夕暮れ。しっとりとした音楽が流れる中、ダンスをし、食事を楽しみ、みな満ち足りた思いで過ごしていた。
前回のイメージを変えるために、今回はホールではなく、ガーデンパーティという選択をココはした。
ヴァイオリンが切なげなワルツを奏でる中、エヴァンジェリンはアレックスに手を引かれ、初めてのダンスというものを体験していた。
「わ、わっ、ごめんなさいっ」
足を踏みそうになって、思わず謝る。けれどアレックスは聞き流して、エヴァンジェリンの腰を抱いてふわっと持ち上げた。
ココが選んでくれた、ふわふわの白のドレスが花のように広がって、周囲の目が注がれる。
「わ……アレク、さん」
すとん、と抱きとめられ、エヴァンジェリンは真っ赤になる。
「お、重かった、ですよね、ごめんなさい……っ」
その耳元で、アレックスは笑う。
「イヴが重いわけないじゃん。雲みたいに軽いし、足踏まれたって、猫よりも痛くないよ。だから――」
アレックスが、エヴァンジェリンの手を引いて、くるっとターンする。
美しいヴァイオリンのリズムが、促すように流れる。
「今を楽しんで、イヴ――!」
アレックスの笑顔と、音楽につられて、エヴァンジェリンも足を動かす。
小さなヒールに包まれた足で、アレックスに合わせてステップを踏む。
「そう、上手――」
安心したのか、エヴァンジェリンがふわっと微笑む。
アレックスは混じりけない笑顔を浮かべた。
ほら、イヴ。みんなが君を見てる。あんまり綺麗だから――。
皆の注目を浴びる中、アレックスは今一度エヴァンジェリンを持ち上げた。
「綺麗だなぁ、最初からそう思ってたけど」
思わずそう漏らすと、エヴァンジェリンはちょっと困った顔をしたあと、つぶやいた。
「……アレクさんの正装も、かっこいいです」
「えっ……もう一回言って」
彼女を地面に降ろして、腕の中に閉じ込める。
逃げ場のなくなった彼女は――赤くなりつつも答えた。
「に……似合ってます、スーツ……初めてみました」
ココのアドバイスで、アレックスは夏の正装をしていた。
エヴァンジェリンと対になるような、白いシャツに、腰の締まったベスト。そして白金のネクタイ。
「へへ……ちょっと窮屈だけど、イヴに褒められるんなら毎日スーツ着ようかな」
するとエヴァンジェリンは、うつむいて、小さな声で言った。
「……スーツじゃなくても、かっこいいから、大丈夫です」
するとアレックスがぴたりと止まる。頭のうしろに手をやる。
(あ~~~~! くっそ、手放しでほめられると……嬉しいもんだな!)
そして、エヴァンジェリンの手をしっかり握って、再びバイオリンの音にその身を任せる。
――やっと、つかまえた。もう、何があっても放さない。
彼女はこれから、アレックスの恋人なのだから。
「ありがとう、イヴ」
そっと身を寄せ――幸せな二人は微笑んだ。
◆◆◆
真夏の夜。木につるされたランタンを見上げながら、アレックスはかたわらのエヴァンジェリンを気遣った。
「体どう? もうベッドに戻っとく?」
木の下のベンチに座ったエヴァンジェリンは、首を振った。
「いいえ、大丈夫です。もう少し、ここでみなさんを眺めていたい……」
「そっか」
二人がよりそっていると、そこへココとグレアムがやってきた。
「お疲れさま、二人とも」
エヴァンジェリンは頭を下げた。
「ココさんとグレアムさんも……お疲れ様でした。素敵なパーティ、ありがとうございます」
「ふふ、楽しんでもらえてよかった」
アレックスもうなずく。
「イヴにはどうしても出てほしかったからな」
イヴは微笑んだ。
「とても楽しい時間でした。綺麗な景色です。ランタンの明かりと、星空と、みなさん……ずっと……こうして眺めていたい」
「ええ、そうね……」
ココがうなずき、4人はしばし、会場と、クラスメイトたちのさざめく様子を眺めた。
ふと、グレアムが口を開いた。
「4人でここにいるのも……あと少しか」
そう。ココはこの学園を離れて植物研究所に籍を置き、アレックスはブレイズ・グロリアの新人キャンプへと向かう。
そしてグレアムは、家に戻って、トールギス家次期当主として、その一歩をスタートする。
彼と婚約破棄をしたエヴァンジェリンだが、しばらくトールギス家にとどまって、療養をする事になっていた。
「そうね。寂しいわ。いろいろあったけど……ほんとに今日で、卒業なのね」
「そうだなー。でも、この景色が見れて、よかったな」
「ゆっくりできるのも、今夜までねぇ。明日から引っ越しだのなんだので、バタバタだわ」
「ココさん、研究、がんばってくださいね。アレクさんも、怪我に気を付けて……」
するとアレックスは、ちらっとグレアムを見た。
「グレアム……イヴをよろしくな。休みには絶対行くからっ」
「はい、私も、練習試合の日は、見にいきます……!」
アレックスの雄姿を見るのが楽しみだ。
――二人の清い交際は始まったばかり。一方グレアムとココは、そんな二人を一緒に見守りつつ、少しずつ、その距離を縮めていた。
「そうね。私も練習試合、時間見つけていくわ。イヴも、体がよくなったら、研究所に遊びにきてね」
「はい、ぜひ! えと、グレアムさんも、一緒に」
エヴァンジェリンがそういうと、グレアムは苦笑してうなずいた。
「ああ、ココがよければ」
「いいわよ、もちろん」
今度は、アレックスとエヴァンジェリンが顔を見合わせて笑う。
「あー、よかった。全員とりあえず、生きてて、行先きまってて!」
エヴァンジェリンは、ふふっと笑った。
ここで、未来の話ができる事が、このうえなく嬉しく、ありがたい。
その幸せをそっと抱きしめるように、エヴァンジェリンはうなずいた。
「はい、そうですね」
うなずきながら、頭の中の物語に、エヴァンジェリンは最後の一行を記した。
静かに死ぬはずだった悪役令嬢は、こうして仲間といっしょに、いつまでも幸せにくらしました――と。
これにて「悪役令嬢エヴァンジェリンは静かに死にたい」完結しました!
長い話を読んでいただき、ありがとうございます!
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