新しい夏を、君と
混乱するエヴァンジェリンに、アレックスは丁寧に説明した。
卒業式の日、ディック・イーストが現れて、パーティを台無しにしたこと。
彼の言葉を受けて、ココとアレックスは、グレアムからすべてを聞いたこと。
「だから俺……いてもたってもいられなくて、遺跡に入ってったんだ。そしたらイヴがいて……血ぃ流してて。間に合ってよかったぁって思ったらイヴが動かなくなってさぁ…………俺全然間に合ってなかったって……」
続いて、アレックスは語った。
最後、人造人間の子どもと一緒に、パラモデアを使ってエヴァンジェリンを人間にしたこと。
パラモデアの魔力は消え、遺跡は崩壊し、子どもも消滅したこと。
「最後、よくわかんねぇけど、あの子も笑ってたって気がするよ。そしたらその直後、遺跡が崩れ始めてさ! ほんと肝が冷えたよ。ココのくれた種がなかったら、やばかったな。けど……イヴが目ぇ覚まして、よかった。ほんと、生きててよかったよ……」
「アレクさん……」
なんといったらいいのかわからない。
お礼を言いたいが、それぐらいでは到底たりないほどのことを、してもらったという気がするからだ。
「だけどグレアムによれば――イヴの心臓はまだ完璧じゃないらしくて。不整脈? とかなんとか。目覚めたら、新しい体に慣れるようリハビリをする必要があるって言ってた。学園は設備が整ってるし、せっかくだから夏休みを通して回復訓練をしようって」
「あ……そっか、今は夏休み、なんですね」
「そう。皆家に帰っちゃったけど――俺たちだけは、事後処理とかいろいろあって、残ってる」
「事後処理?」
「グレアムは、イヴの調整……いや看病? があるし――遺跡も壊れちゃったしで、事情聴取とか、いろんな検査だとか。ディックはいろいろわめいてたけど、おえらいさんが来てイヴの身体を調べて、完全に人間だって証明がついちゃったもんで、また謹慎に逆戻り。まぁそのうち、復学するだろうけど」
エヴァンジェリンはなんだか頭が痛くなった。
「ああ……たくさんの人にご迷惑を掛けてしまいましたね。なんだか……ごめんなさい。アレクさんもココさんも、私たちのせいで、夏休みなのに帰れなくて……」
「あのさぁ」
アレックスがつん、とエヴァンジェリンの頬をつつく。
「俺、居たくて居残ってんだよ。イヴが起きるかどうか、気が気じゃなかったんだから。卒業したら、一緒にいるって――約束したの、覚えてないの?」
そういえば、最後玄室で、そんなことを言った気がする。
――嬉しかった。でも。
「あ、あ、りがとうございます……わ、私、あんな大それたことを言っちゃって、でもあれは、もう最期だと思ってたから、だから、その」
すると、アレックスの唇がとがる。
「なに? 本心じゃなかったって……? 俺のこと、ほんとは嫌い?」
「ち、ちがいます! アレクさんのこと、と、とても好きです! でも……その、私なんかが……」
「え、嘘、もう一回言って」
「私、なんかが……」
「ちがうよ、その前」
「えっ……」
エヴァンジェリンは困惑してアレックスを見た。アレックスは真剣に、食い入るようにエヴァンジェリンを見つめていた。
とてもいたたまれなかったが――エヴァンジェリンは、観念した。
「アレクさんの事が……す、好き、です。でも、私は人間じゃないし、すぐに死ぬ、から――好きになっちゃダメだ、って、ずっと思ってて……」
「じゃ、つまり、実はずっと、俺のこと好きだったってこと⁉ いつから⁉」
「えぇ…‥? お菓子をくれた時、からかな……?」
「……それって、俺じゃなくてお菓子が好きってことない?」
「いえ、私にお菓子をくれて、気にかけてくれた男の子は――アレクさんだけでした。だからそこは、違います」
エヴァンジェリンはふうと深呼吸した。
ずっと、言えなかった気持ち。
「ずっと好きでした。アレクさん……私の太陽。前、そう言いましたよね?」
「ああ、箒で一緒に飛んだとき……プロム、断られて……なのにイヴはそんなこと言って」
アレックスは切ない笑みを浮かべて、ぎゅっとエヴァンジェリンの身体を抱きしめた。
「あのときイヴが言ってた、悪役令嬢、って、そういうことだったんだな」
エヴァンジェリンはひそかに笑った。まさかこの本当の意味が、アレックスにばれてしまう日がくるなんて。
「たしかに、グレアムからしたら、イヴはそういう役回りだったのかもしんないけど――」
エヴァンジェリンの身体をしっかり抱きしめて、彼は言った。
「俺にとっては、ずっと君が、唯一無二のヒロインだったよ」
その言葉に、思わずエヴァンジェリンは笑った。
「でも、最初は私たち、仲が悪かったじゃないですか」
「あの時はゴメン……でも俺、今はイヴのためなら死ねるよ」
エヴァンジェリンも、アレックスを抱きしめ返した。大きな背中。エヴァンジェリンの腕がまわりきらない。
「死なないでください。健康第一で」
「うん、心がける」
アレックスが腕をゆるめて、顔を上げた。
エヴァンジェリンも、腕の中で彼を見上げる。
カーテンから、初夏の風が吹き込んで、二人の髪を揺らす。
みずみずしいその風に誘われて――二人の輪郭が、そっと重なる。
エヴァンジェリンはなんだか、不思議な気持ちだった。
春が終わり、平和な日常が戻ってきた。
その夏に、エヴァンジェリンはいない予定だったのだ。
(けれど今、私、夏を感じてる―――)
人生、何が起こるかわからないものだ。
夏の風と、アレックスの体温を感じて、エヴァンジェリンは目を閉じた。
(あったかい……アレクさんの、からだ)
死ぬと思っていたのに、自分は死ななかった。
だからきっと、今まで考えもしなかったことを、可能性になかったようなことを、これからエヴァンジェリンは体験していくのだろう。
(でも、怖くない。私、知りたいって思ってる。アレクさんの、ことも、もっと……)
焦らなくていい。夏はまだはじまったばかり。
優しい風が、そう言ってくれているような気がした。