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信用できない男の子

 人気のない廊下に来てやっと、ディックはエヴァンジェリンを離して歩みを止めた。


「ハダリーさん、大丈夫だった?」


「……すみません、助けていただいて、でも」


 戻らなきゃ。しかしディックは隠したエヴァンジェリンの右手に手を止めた。


「その手、どうしたの?」


 一歩引いたが、ディックの動きの方が早かった。血の流れる手を掴まれて、ローブの外に晒される。


「どうしたの!? この傷……。まさか本当に、クロハガネが!?」


 驚くディックに、エヴァンジェリンはどう答えるか迷った。


(本当のことを言って、いいのかな……)


 すっかり弱気になっていたエヴァンジェリンは、首を振った。


「いえ……たぶん見間違いです。でもわざと、ココさんにスプレーをかけたわけじゃないんです」


「貸してこごらん」


 エヴァンジェリンの手を取り、ディックが治癒の術をかける。


「ごめん、血は止まったけど、傷そのものは塞がらないな……」


 それだけ深くかまれてしまったという事だろう。エヴァンジェリンは持っていたハンカチを手に巻いて、彼に礼を言った。


「いいえ、助かりました。ありがとうございます」


 そう言って身を引こうとするエヴァンジェリンを、ディックは止めた。


「あんな目に合わされても……君はトールギスのもとに戻るのかい」


 エヴァンジェリンは思わず黙り込んだ。たしかに、今自分の寮に戻りたいか戻りたくないかと言えば――戻りたくない。


(私、グレアム様の言いつけをまた守れなかった。きっと怒っている……わ)


 迷うエヴァンジェリンの左手を掴んで、ディックは再び歩き出した。


「なら、今夜だけでも俺のところに来なよ。大丈夫、バレないようにしてあげるから」


「で、でも、それは……!」


 生徒が勝手に、他寮に寝泊まりする事は校則違反だ。エヴァンジェリンは、他寮どころか同じ寮の生徒の部屋にも足を踏み入れたことはない。けれどディックはエヴァンジェリンの手を引いて、寮の自分の部屋に引っ張り込んだ。


「ごめんね、ちょっと狭いけど。相方は、まだ戻ってないみたいだ」


 ディックの部屋は全体的に薄暗く、至る所に本や植物、そしていわくつきのアイテムが散らばっていてお世辞にも片付いているとは言えなかった。

 13まで文字が刻まれた時計、目隠しのされた肖像、顔のないビスクドール――そして薄暗い机の奥に、偽物か本物かわからないしゃれこうべが置かれているのを発見して、なんとなくエヴァンジェリンの背中が寒くなる。


「いえ、私、帰ります。お邪魔してしまっては、相方の人にも悪いですし……」


 よく見ると、しゃれこうべの中に何かがいて、エヴァンジェリンを見ている。ぎょろりとした目が、おどろおどろしい紫色に光っているのだ。


 怯えるエヴァンジェリンを見て、ディックは苦笑した。


「ごめんね。たしかに怖いものばっかりで――あんまり女の子を呼ぶような部屋じゃなかったね」


 エヴァンジェリンは、相変わらず髑髏から目が離せないながらも言った。


「いえ、そんなことは……ずいぶんいろんな呪術アイテムをお持ち、で……きゃあっ!?」


 突然不気味な声と共にしゃれこうべから何かが飛び出して、エヴァンジェリンは身をすくめた。


「い、今のは……!?」


 天井や周りを見回すが、飛び出したなにかは忽然と姿を消してしまったように、どこにも見当たらない。

(飛んでった……?虫か、なにか?)

 一体あれは何だったんだろう。エヴァンジェリンはぞっとした。

 ディックは肩をすくめた。


「俺ん家は代々、呪術を使う家系だからね。ついつい、アイテムを集めちゃうんだよね。でも、どれもみかけばっかで大したものじゃないさ。最近は何でも禁制品に該当するようになっちゃったし」


 少し不服そうに彼が言う。たしかに、ここ数年で呪術に関する物品の扱いは厳しくなった。この締め付けには、トールギス家、そしてグレアムが色濃くかかわっている。


(ココさんは、来年呪いのせいで『死ぬ』予定――。未来でのその可能性を、少しでも低くするために、グレアム様はいろんな手を打っている……) 


 ディックはつまらなさそうに、天井からつるされた何かの動物の顎の骨を指さした。なんの動物かはわからないが、中には土が入れられて、鉢植えになっている。


「ほら、これなんでどこにでもあるアイビーの葉だし」


顎骨の鉢植えには、緑の蔓草が生い茂っている。こまめに水を与えているのか、その葉には水滴が浮いていた。白と緑の混じる蔓は可愛らしいが、アイビーには毒もある。しかし彼は無造作にその中に手を入れた。


「花が咲いてる。君のプラチナの髪によく似合いそうな色だ」


 そう言って、ディックは薄紫の花をエヴァンジェリンに差し出した。

 こんな部屋に生えている花なんて、少し怖かったが、無下にするわけにもいかない。

 何かあったらあとで捨てよう、と思いながらエヴァンジェリンはそれを受け取った。


「ありがとうございます……。私ほんとうにもう」


 しかし、ディックはエヴァンジェリンの言葉を遮った。


「君はなんで……そうまでして、あのトールギスを慕っているんだい。あんな冷血漢」


「そ、それは……」


 何というべきか、エヴァンジェリンは迷った。たしかにグレアムは、エヴァンジェリンに対して冷たい。しかしそれには、ちゃんと理由があるのだ。――なぜならエヴァンジェリンは、人間の女の子ではなくただの道具だから。

 しかし、そんな事を彼に言うわけにもいかない。


「ハダリーさん、もしかして……脅されたりしている? 無理やり何かの契約を、結ばされているとか?」


 心配そうに言いつつも、彼はじりじりとエヴァンジェリンに近づいてくる。

 もし、彼がエヴァンジェリンを捕まえて、この体を隅々まで調べたら――


(ホムンクルスだって、バレちゃうかも……)


 ありえない、と思いつつもとっさにそんな危険が頭をよぎったエヴァンジェリンはさっと身体を翻した。


「ごめんなさい、私もう、帰りますっ……!」


 逃げるようにドアを開けて、何も考えずに廊下を走って、走って――。

 やっと止まったその時、エヴァンジェリンはくたくたに疲れていた。後ろを確認したが、誰もついてきてはいない。


(よかった――)

 

 エヴァンジェリンは、その場にずるずる座り込んだ。まだ息が上がっている。


(イーストさん、なんだか、怖かった……)


 親切を装いながらも、その目はエヴァンジェリンの秘密を伺う光が浮かんでいた。

 もし、ホムンクルスだという事が、彼にバレてしまったら――エヴァンジェリンはぞっとした。


(グレアム様は罰を受けるし、私は……廃棄される)


 怖いだのなんだの言っていられる立場ではないのだ。いくら冷酷だろうが怒られようが、エヴァンジェリンの帰る所はたったひとつしかない。

 グレアムの用意した、あの部屋しか。


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