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呪いの正体

「起きる……?」


 次の瞬間、『それ』は手をふりかぶり、エヴァンジェリンの頭を地面にたたきつけた。


「っ!」

 

 防ぎきれなかった。

 ボクン、と頭の中で嫌な音がした。ぐわんと視界が揺れて、目がかすむ。

 たらり、と瞼まで血で濡れる。

 『それ』は、倒れたエヴァンジェリンには目もくれず、棺に取りすがっていた。


「ゴ主人様! 起キテ! 起キテクダサイ! 約束ノ時間、来マシタ! 2000年後のサバト! 五月祭前夜……! ゴ主人様蘇ル!  起キテ起キテ起キテ!」


 もうろうとする意識の中で、エヴァンジェリンはその声を聴いた。

 

「ドウシテ……待ッテタノニ……ズット……待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ待ッテタノニ」


 『それ』の黒い体に、真っ赤な呪いの文様が浮かび上がる。

 触れる人間をすべて害する超弩級の呪いの発生を――エヴァンジェリンは目の当たりにした。


 けれど、エヴァンジェリンにとって『それ』のその声は、ただただ悲しかった。

 もうろうとする意識を必死で保ちながら、エヴァンジェリンは立ち上がった。


(――今日は、五月祭、前夜)

 

 夏を迎え、自然界にあるものすべてのものが力を増す、特別な日。

 古文書で読んだことがある。今日は古くは、魔女の集会――『サバト』の日と呼ばれていたと。


(今日が――棺の中の主人が、目覚めるはずだった日、なんだ)


 2000年前。よみがえりを信じていた古代の魔術師は、ホムンクルスとともにこの墓に入ったのだ。

 遠い未来、『2000年後のサバト』によみがえる事を信じて。

 だからこの子は、ここでじっと、主人が目覚めるのを待ち続けていたのだ。 


(2000年も!)


 怒りよりも痛みよりも、エヴァンジェリンはそのことに打ちのめされた。


(そんなの、呪いになったってしょうがないわ……!)


 この子を―――放ってはおけない。

 棺に取りすがって、必死で叫ぶその両肩を、後ろから抱きしめる。


「ごめんね……本当に、ごめんなさい。あなたはずっと、2000年も、待っていたのにね」


「ドウシテ……ゴ主人様、起キ、ナイ? オ前、外カラ来タ? 外ニゴ主人様イル? 私ノゴ主人様モイル?」


 そうか、それでこの子は、主人を求めて、外に出てしまったのか――。

 それが、学園の悲劇を引き起こしてしまった。

 もう、そんなことは起こさせない。この子にもわかりやすいように、エヴァンジェリンは必死にかみ砕いて説明した。


「あなたのご主人様は、もう死んでしまって、いないの。2000年後のサバトに人の魂がよみがえる、というのは……嘘なの。あなたたちは、それを信じていたのかもしれないけれど…‥」


 信じていたのだろう。この子も、そしてこの子を副葬品として隣に一緒に葬って忘れさった、過去の権力者も。


 その間、気の遠くなるような時間を、この子は待って、待って、待ったのだ。そうするうちに、パラモデアは強い気をため込んでいく。そして、待望のその瞬間、ご主人様が目覚めなかったその時――パラモデアの莫大な魔力が、絶望と共に呪いに転じた。


「嘘ダ、嘘、オ前ノ言葉ハデタラメ、ゴ主人様、目覚メル、ソノタメの霊廟、コノ部屋、私……!」


 幼児を相手にするように、エヴァンジェリンはうなずいてやった。


「そうよね。あなたのご主人様は、よみがえるためにこのお墓――霊廟を作って、起きた時に使えるようにこのお部屋にいろんなものを置いたのね。お皿も、ベッドも、あなたも」


「ソウ! 私、マタゴ主人サマ、役ニ立ツ! 願イヲカナエル! ソノタメニ……ソノタメ、ニ」


 棺に頭をつけて繰り返すその姿は、まるで泣いているようだった。

 ……自分は、この子にとどめを刺さなくてはいけないのか。そう思うと何も言えず、エヴァンジェリンもその頼りない背中に、額をつけた。


「ご主人様……いいひとだったのね」


 こんなに慕われているということは、きっと、グレアムのように冷徹な「ご主人様」ではなかったのだろう。

 ひくり、としゃくりあげながら、その子は答えた。


「私、ノ、ゴ主人様……トウサン。見セテ、アゲル」


 すると背中にくっつけた額が熱くなり、エヴァンジェリンは思わず目を閉じた。

 この子が送り込んでいるのだろうか――瞼の裏に、映像が浮かぶ。

 

 日がさんさんと降る、なだらかな丘陵地帯のふもとで、長いローブを羽織った老人が、子どもに何かを言っていた。

 白銀の髪に、青い目。そして眉間によるノーブルな皺。どことなく、グレアムが年を取ったような感じがするな、とエヴァンジェリンは思った。

 ――もしかしたら、グレアムの祖先の血筋なのかもしれない。この地方の魔術師ならば、あり得る話だ。


『やっとできそうだ。あれが、わしの墓じゃ。わしは召使どもと一緒に霊廟に入るのは好かん。この老人につきあわせて殉職させるのは、忍びないからのぉ。じゃが、お前だけはわしと一緒に来てくれるな?』


『モチロンデス。ドコマデモゴ一緒シマス』


 子どもはほがらかな笑顔を浮かべている。白茶けた髪に、細長い手足。こんな子だったのか。とエヴァンジェリンは思った。

 その言葉に、彼は好々爺めいた笑みをうかべた。


『よし、よし。ホムンクルスを玄室に連れ込むことは、禁じられておるが……わしの力ならば、なんとかなるじゃろう。わしの最高傑作のお前だ。残していくのはあまりに惜しい』


 子どもの頭を、老人は優しくなでる。彼女は誇らしそうな笑みを浮かべていた。


『正しく埋葬すれば……わしはあの世で修行ののち、2000年後によみがえる。じゃからお前には、2000年耐え抜くために、多くの魔力を授けた。わしが生涯をかけてつなぎあわせた、この世に二つとない、ほぼ無尽蔵のパラモデアじゃ。これだけの魔力があれば、どんな願いもかなえられる。これをもっておいておくれ』


『ハイ! シッカリ守リマス!』


『そうじゃ。待っていてくれるな。わしが目覚めたその時は、そのパラモデアで――お前を人間にしてやろう。このわしの、本物の娘に』


 その言葉に、子どもの顔がぱああっと明るくなる。それを受けて、老人は幸せそうに笑った――。


 そして、緑あふれる情景が掻き消え、映像が外から室内に切り替わる。

 蝋燭の灯った暗い部屋のベッドに、老人が横たわっていた。床にも机にも、書物が積み重なって、身動きができないような部屋だった。部屋の外は暗く、誰の気配もしない。

 そんな部屋のベッドの上で、子どもは老人の手を握りしめている。

 

『良いか――わしが死んだら、この屋敷のものは持ち出され、すべて遺産目当ての者どもに検査される。そうなる前に、お前は霊廟に隠れるのじゃ。隠し部屋の場所はわかるな?』

 

 こくこくと子どもはうなずいた。


『よし、では行くのじゃ。わしの遺体が処理されて、そのうち運び込まれるだろう。50日も過ぎれば、もう誰も来なくなる。そうすれば、お前はわしの隣で、わしの目覚める日を待っているがよい……』


『ゴ主人様……デモ。アナタヲ一人で、逝カセタクナイ』


『言ったじゃろう。わしはまた目覚める。2000年など、神の時間からすれば、瞬きじゃ。わしの本当の家族――本当の子どもは、お前だけだ。瞬きのあとに、また会える。さあ』


『マバタキ……ホントウノ、家族』


『そうじゃ。さあ、いきなさい』


 子どもは、おずおずと立ち上がり、後ろ髪を引かれるような顔で部屋を後にした。

 ――そう、逆らうことなどできないのだ。主人には。

 子どもが出て行った廊下は暗く、その古代の屋敷には人っ子一人いなかった。


(霊廟を作るほどの権力者で、魔術の才も抜きんでている人――なのに、とても孤独な人、だったのね)


 だから、娘にとホムンクルスを作って、その子どもを模した人形を愛した。

 そして人形も、彼の愛に、純粋な愛を捧げていた。

 それがありありと感じられて、エヴァンジェリンの目からも、涙がこぼれた。


 映像は消えて、エヴァンジェリンは目を開けた。ここは暗い玄室。目のまえには、悲しむその子がいた。


「わかる……わかるわ。悲しい。信じられないよね。あなたのご主人様が、目覚めないなんて……」


 この子は信じて、ずっと待っていたというのに。

 どうすれば、いいだろう。

 考えに考えて、エヴァンジェリンは口を開いた。


「あのね……もしかしたら、あなたのご主人様に会えるかもしれない方法があるわ」


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