プロム惨劇
「みなさーん! お楽しみのところを、ごめんねぇ」
制服ではない。礼服でもない。黒いマントを身にまとった男子が、壇上でなにやら手を振る仕草をした。
すると、紫の光が走り、ばたりばたりと生徒が倒れる。
キャーッと女子生徒の悲鳴があがり、ココは目をむいた。
「な、に、どういうこと……⁉」
テロか、泥棒か、人殺しか――!
「あれは……あいつだ、ココに嫌がらせをしてた、ディック・イースト……!」
壇上のディックは、呪いを振りまきながら笑っていた。
「ははははは! そこにはいなかったみたいだ、ごめん! どこだ、出てこい、グレアム・トールギス! それに犯罪者のエヴァンジェリン・ハダリー!」
ドン、ドン、ドン! 花火のように、呪いの光がホールを走る。
キャーと泣きわめき、逃げ惑う声が、二人のいるホールの端まで聞こえてくる。
「犯罪者?」
「どういうこと……」
しかし二人は立ち尽くして、ディックの言ったその言葉に釘づけになっていた。
「おーい、早く出てこいよ、卑怯者! 出てこないと、また他の生徒が犠牲になるぞぉ!」
パニック状態の中、生徒たちが逃げようとドアに殺到する。それを横目で見てから、アレックスはディックのいるステージへとずんずん歩きだした。
「待ってアレク! あんたも呪われるわ……!」
アレックスは構えのポーズをとった。
こんな事があるとは思いもしなかったが――決闘技をやっておいて、よかった。
「心配すんな。あんなのにやられてたまるかよ。ココは逃げてろ」
振り返らず、ステージに到達したアレックスは、すたっと壇上に登ってディックに対峙した。
「おやおや、誰かと思ったら、君はあの尻軽ビッチの金魚の糞か」
下劣な軽口を無視し、アレックスは戦闘態勢を取ったまま真正面から切り込んだ。
「エヴァンジェリンが犯罪者って、どういうことだ」
するとディックは一瞬、虚を衝かれたような顔をした。
「んん? そこ? なんで俺がいるのとか、人に攻撃してんだよとかじゃなくて?」
「答えろ」
アレックスがすごむと、とたんにディックははじけたように笑いだした。
「ははははは! なるほど、なるほど、そういうことかぁ。アレックス・サンディ君。君はあの木偶人形の毒牙にかかったってわけだね?」
「はぐらかすな。彼女を傷つけるつもりなら、たとえ同級生でも容赦しない」
「ふ~ん、けっこう強そうだね、君。体力おばけだしね……いいよ、別に。教えてあげるさ。僕はむしろ、それを言いにここにきたんだから」
いやらしい上目遣いで、ディックはアレックスの目を覗き込む。
「でもひとつ教えてくれ。君は……あの『お姫様』の正体に、気づいていないのか?」
「お前が何を言いたいのか、俺にはわからない」
おかしくてたまらない、というように、ディックが口元をゆるませる。
「くくく…ふふ、ふ、そうかそうか、それなら教えてあげよう。エヴァンジェリン・ハダリーは、人間じゃない」
「は……?」
「グレアム・トールギスが作った人造人間だ」
わけがわからない。
わけのわからない言葉を、アレックスの頭が拒否する。
「は……?」
何を言っているんだ。目のまえのこいつは。
そんなものが、現在のこの世界に存在するわけがない。
「お前……停学されてキツかったのはわかるけど……さすがにそれは」
エヴァンジェリンに横恋慕をして言いよって、それが失敗したからって――人造人間、とは。
「それでイヴに対して、わけわかんねぇいちゃもんつけるって、ダサすぎだろ」
そんなことをするために、パーティに乱入してきたのか。
なんの罪もない生徒を呪って、エヴァンジェリンの嘘をばらまき、侮辱するために。
「てめぇ、ふざけんなよ」
思うよりも、体が先に動いていた。
目のまえのディックの胸倉をつかんで、重たい拳をくりだす。
「えっ」
だけど、彼はふらりとよけた。
酔拳のような、独特の動きだった。
「はは。知らない? 僕も決闘技が得意なんだよ」
「ぐはッ」
魔術で強化した手刀が、アレックスのみぞおちに決まる。
「だから君に負けるつもりはない。でもそれより、教えてくれないかなぁ。エヴァンジェリンの、居場所を」
「知らねえよ! お前、イヴをどうするつもりなんだよ!」
「そりゃあ、停止してやらないとねぇ。だって、人造人間を作るのは禁忌なんだから。そして動かぬ証拠をもって、トールギスは逮捕だ! ハハハ!」
アレックスはもはや哀れな者を見る目でディックを見た。
「もうやめろよ。そんな嘘、誰も信じない。トールギスがむかつくのはわかるよ。けど、このへんにしとけ」
ガッ、と腕を押さえ込むと、ディックは不敵に笑った。
「……嘘だって? 君はあのエヴァンジェリンが、俺たちと同じだと思うの? あのいかにも人形じみた、トールギスの陰から出れないような女が?」
「イヴは人形じみてなんかいない」
「でもさ、普通の女の子にしてはおかしいところが多すぎるだろう? なんで嫌なやつに絶対服従して、四六時中一緒にいるんだ?」
「それは、家の決めた婚約者だから……って」
「たしかにそう説明していたよね。政略結婚だって。でも君、聞いたことある?
トールギス家の次期当主、グレアムの婚約者の彼女が――どの家門出身なのか。いったいどういうメリットがあって、両家は子息と令嬢を婚約させたのか」
ぐぐっ、とディックがアレックスの腕を押し返す。
「知らねぇよ、そんなん」
「いけないねぇ、好きな子のことなのに。俺は停学になってから、ハダリー家を調べてみた。そう力はないが、古くから北にある魔術師の家系さ。現在の当主は、高齢の爺さんだ。なんと80。で、彼とエヴァンジェリンの関係は――養父と、その娘」
「エヴァンジェリンは、養子ってことか」
それを聞いて、アレックスは多少なりとも衝撃を受けた。
……名門の家系に生まれたお嬢様だと思っていたのに、まさか。
(だから……だから、グレアムに逆らえなかったのか……?)