プロムパーティ
ベビィピンク、アップルグリーン、サックスブルー。数えきれないほどの、パステルカラーの風船が、上にも横にもふわふわ漂っている。
桃色のコットンキャンディに、カラークリームをたっぷり絞ったマフィン。その上に、「PARTY♡」の文字。
卒業式を終えた午後。甘い香りと、ネオンカラーのライトに包まれたホールで、はじけたプロムパーティが始まった。
「Yeahhhhhh!!! 6年生の皆さん! この度はっ、卒業、おめでとうございますweeeeeee!!」
ド派手なサングラスをかけた西寮の監督生が、壇上で開始を呼びかける。
「6年間の苦労も努力も、赤点もクソ喧嘩もぜーんぶ今は忘れちゃって! 踊ろう!
歌おう! 男子も女子もォ! 気になるやつに告白しちゃお~~~~~~ッッ!!!」
ボン! と派手な音とともに、ピンクのラメと煙がぼわっと立ち込める。きゃあっ、と嬉し気な歓声が上がり、煙の向こうにバンドが姿を現す。
「わああっ!」
一層声援が高くなり、ご機嫌なパーティーチューンが流れ出す。
ダンスミュージックの波に身を任せ、誰もがパートナーの腕に身を任せ踊りだす。
「ちょっと、なにもうへばってんのよ、アレク」
ココに腕をひっぱられ、アレックスはうぐうとうなった。
「いやごめん、昨日、飲みすぎて……」
「だから言ったじゃない、馬鹿ッ。吐いても踊るわよ!」
ぎゅーんとギターが音を飛ばす。ココはここぞとばかりに音に合わせてくるっと回った。
手をひかれたアレックスは、なんとかその慣性に耐えてココをサポートする。
「もうちょい、お手柔らかに……」
「やなこった!」
バンドが次々繰り出すアップチューンに合わせて、ココは踊って踊って、踊りまくった。
風船が、ネオンが、揺れて見える。
皆がくるくる踊っている。ドレスがキラキラ、ライトもキラキラ……
どこを見ても綺麗だ。
だけど、どこを見ても、グレアムはいない。
(いいじゃない、だからなにっ!? 今はただ踊るの――――!)
曲調がメロウソングに切り替わり、ココはやっと踊る足を止めた。へろへろになっているアレクをソファに放りなげて、チェリーの浮くカクテルを一気飲みする。
「水……水……」
ソファでアレックスが鳴く声が聞こえたので、ココはしかたなくミネラルウォーターのボトルを取ってもっていってやった。
「ったくもー。余裕だしとか言っといてこのざま、どういうことよ」
ぱきっとふたを開けてやると、アレックスはごくごく水を飲みだした。
それを横目で見ながら、二杯目のカクテルを一気飲みする。
メロウなビートと甘いシロップが、混ざって喉におちていく。
「おいココ、お前も飲みすぎるなよな……」
水で少し回復したのか、アレックスが起き上がって忠告した。
「よけーなお世話よっ……わあっ⁉」
その時、ココはグラスを落としそうになった。
その胸元に、白い何かが飛び込んできたからだ。
アレックスがソファから立ち上がる。
「こいつは……ピィピィ⁉」
ココははっとして胸元の鳥を抱きかかえた。
「うそ……イヴの家族?」
ぴぴぴぴぴ、とピィピィが鳴いて、二人に足を差し出した。
その足には、手紙が結わえてあった。
「届けてくれたの? これって……」
アレックスが、二日酔いも吹き飛んだ顔で、その手紙を広げる。
「イヴからだ……!」
二人は額を突き合わせて、その手紙を覗き込んだ。
『 アレクさん、ココさんへ
ごきげんよう、エヴァンジェリンです。
とつぜんお手紙を送りつけてごめんなさい。
以前、アレクさんにお願いしたいと言ったことがあるのを、覚えていらっしゃるでしょうか。
手紙でこんな事をお願いするのは申し訳ないのですが、今しか機会がなく、やむを得ず紙面からお願いいたします。
どうか、この子、ピィピィの飼い主になってはくれませんか。
この子のために、バナナの木と、寝床を二つと、用務員さんに終生の餌の管理をお願いしてあります。
ですが、それだけでは心もとなく。名目上だけでよいので、ピィピィの飼い主になっていただきたいのです。ピィピィを気にかけ、何かの折りには様子を確かめていただければ、ありがたいのです。
もちろん、連れて行っていただけるのなら、ご実家のある南へ一緒に連れて行ってもかまいません。
こちらに、だいたいですが、ピィピィの終生かかる飼育料を同封してあります。
どうか使っていただければ、嬉しいです。
突然こんなお願いをしてごめんなさい。
お二人のおかげで、私は学園最後の2年を、楽しく過ごせました。
言葉にできないほど、とても、とても、感謝しています。
友達といっていただいて、嬉しかった。
ご迷惑とは思いますが、優しいお二人になら、ピィピィの事も頼めると思ったのです。
どうか、よろしくお願いいたします。
ココさんとアレクさんの健康と幸せを、遠くからお祈りしております。
エヴァンジェリン・ハダリー』
二人の身体から、一気に血が引く。
「なにを言ってるんだ、イヴ……」
「これじゃ……これじゃまるで」
二人は顔を合わせて、どちらともなくつぶやいた。
「遺言みたいな……」
手紙をたたんで、アレックスは混乱したように首を振った。
「冗談じゃない、イヴはまた、俺に会うっていったんだ。なのになんで、こんな事を頼むんだ……!」
「遠くから祈っています……って、やっぱり、どこかに行ってしまったってこと?」
その言葉にアレックスがはっとする。
「やっぱり、今朝出発したのか! ちくしょう、今から追いかけりゃ、間に合うか……⁉」
「まって、行先も知らないじゃない」
「家の用っていうんだから実家のある北だろ!」
すぐにも出ていこうとするアレックスをとめて、ココは叫んだ。
「本当に実家に帰るなら、ピィピィだって連れていくでしょ。冷静になって……!」
「じゃあどうしろって言うんだよ!」
やぶれかぶれにアレックスが叫んだ、その時。
ドーンと派手な音がして、ステージに煙と炎が上がった。
その音に、思わずびくっとココは肩を震わせた。
「何⁉ まったくもう、物騒な演出……!」
ステージに目を向けたアレックスが、目をすがめる。
「いや……待てよ、あれって」
ココもステージを振りかえる。すると、そこには。