ごちそうと小さな贈り物
エヴァンジェリンとアレックスは、ビュッフェのテーブルに向かって、それぞれお菓子を山もりに取り合ってあげていた。
それを確認して、ココは内心うなずく。
(うん、うん、いい感じじゃない。その調子、その調子……)
そう思いながら振り向くと、隣にいたグレアムと視線がぶつかる。
「……さっきからきょろきょろして、どうしたんだい」
冷静なその声に、ココは首を振る。
「なんでもないの。会場の飾りつけ、どうかなーって見てただけ」
「君のすることに間違いがあるはずないよ。ツリーも生花も完璧だ」
穏やかにそう言われて、ココの胸にさざ波がたつ。
(そんな……優しいこと、言わないでよ)
ココはあくまで、グレアムの目をエヴァンジェリンとアレックスからそらすために、今日隣にいるのだ。それなのに。
「君が僕を誘ってくれるなんて珍しいな。今日は俺も、楽しもうと思うよ」
微笑みながら、グレアムは嬉しそうにココを見る。貴公子然とした顔が甘く和らぎ、そんな目で見つめられるとこっちが溶けてしまいそうだ。
(だから、もう!)
ココは目をそらす。
自分に向ける十分の一でも、エヴァンジェリンに優しくはできないのだろうか。この人は。
(いやまぁ……今イヴとグレアムが仲良くなったら、それはそれで困るんだけど!)
ふぅとため息をつきたいのをこらえて、ココはグレアムを見上げた。
「そうね。楽しみましょ。最後のクリスマスだもの。何か食べに行く?」
エヴァンジェリンとアレックスが去ったのを確認して、ココはグレアムをビュッフェコーナーに誘った。
ここの食べ物は、実行委員会(というか、女子二人)で決めたのだ。ココ自身も、食べるのを楽しみにしていた。
「さっ、今日は食べまくるんだからぁ!」
グレアムは微笑みながら、彼女の後ろをついていった。
◆◆◆
広間の大時計が、8の針を指す。
エヴァンジェリンはそれをちらりと見て、お皿に目を落とした。
「はぁぁ……おなか、いっぱいです……」
「だなぁ。もう何も入らない!」
噛むとあつあつの肉汁がとろけだすミンスパイ。
芳醇なドライフルーツがぎっしりつまったクリスマスプディング。
食べ応えのあるローストターキーは、煮詰めた白ワインのグレービーソースにからめると、小食のエヴァンジェリンでもいくらでも食べられた。
そしてデザートは、ほわほわのマシュマロが浮いた、悪魔のように甘いホットチョコレート。
入りきらないんじゃないか、というくらい食べた。
もう、このへんが潮時だろう。時計を見ながら、エヴァンジェリンは懐からクリスマスクラッカーを取り出して、おずおずと言った。
「アレクさん……これ、受け取ってくれますか」
交換しなくていい。エヴァンジェリンはそう思った。だってアレックスは、他に交換したい人がいるかもしれないから。
しかしアレックスはそれを見透かしたように少し笑って言った。
「もちろん。俺のももらってよ。交換しよう、イヴ」
そう言われて、エヴァンジェリンは自分がちょっと恥ずかしくなった。
気を遣わせてしまった。自分が勇気を出して、交換しようと言えなかったばっかりに。
「ありがとうございます。アレクさん……」
「へへ、俺もイヴと交換できてうれしい。鳴らそうよ!」
「はい!」
アレクを見て、エヴァンジェリンはしみじみ思う。
こんな優しい人だとは、最初はわからなかった。けれど。
(彼と友達になれて、よかったな……)
こんなにエヴァンジェリンと一緒にいてくれて、優しくしてくれた男の子は、後にも先にも、アレックスだけだ。
「よーし、いっせーのー、せっ」
パーンと同時にクラッカーを引く。
エヴァンジェリンがもらったクラッカーの中からはキャンディの包みがとびだし、
アレクがもらったクラッカーからは、白い羽がふわりと舞った。
「わ……キャンディ」
クラッカーの中には、エヴァンジェリンが好きな味ばかり、キャンディがぎっしり詰まっていた。カランツにペパーミント、そしてバナナ味……。
そしてアレックスの方は……。
「わ、この羽なんだ? くっついてきた」
ぴたり、と羽はアレックスの胸や腕、そして背中にくっついた。エヴァンジェリンはくすくす笑った。まるで天使の羽みたい。
「もしかしてこれ……ピィピィの? なんかいい匂いがする」
「はい。ピィピィの羽です。それに少し、幸運の魔法をかけました。数分で切れちゃいますが――くっついている間は、ちょっといい事が起こるはずですよ」
するとアレックスは、神妙な顔つきになった。
「幸運……か。今一番、俺に必要なものだな」
「そうなんですか?」
エヴァンジェリンはきょとんとして聞いた。
「あ……あ、いや、なんでもない、こっちの話。イヴ、もう食べ物は大丈夫?」
「はい。たくさんいただきました。もう、思い残すことはありません。私はお暇することにします」
満面の笑みでそう答えたエヴァンジェリンに、アレックスはふっと目じりを下げる。
「ならよかった。寮まで送るよ」
「アレクさんは、お友達とは過ごさなくて大丈夫ですか?」
エヴァンジェリンはそう気遣ったが、アレックスは首を振った。
「いや! いいんだ。イヴはそんなこと、気にしないでよ」
アレックスと立ち並んで、エヴァンジェリンは会場を後にした。帰り道にも、ところどころの柱にガーランドが飾ってある。
パーティの名残りを惜しむように、エヴァンジェリンはヤドリギの美しい飾りを眺めた。
「綺麗ですね。もしかしてこれも、ココさんの案なのでしょうか」
エヴァンジェリンの横で、アレックスも立ち止まる。
「そうそう。いろいろ育てて、女子総出で作ってたな」
そんな彼女たちの努力と働きがあって、エヴァンジェリンは今日楽しい時間を過ごせたのだ。そう思うと、自然と頭が下がる思いだった。
「そうなんですね……。このヤドリギのリースも素敵です。ココさんたちに、お礼をいいたいです」
ほっと内側に明かりのともったような、オレンジ色のヤドリギの実を眺めると、彼女を思い出して温かい気持ちになる。
「あのさ……イヴ」
「なんですか?」
「ヤドリギの言い伝えって、知ってる?」