作戦会議
彼女が振り向く。エヴァンジェリンを見つけて、ぱっと笑顔になる。
「イヴ! なんだか話すの、久しぶりね。バナナの調子はどう?」
「とっても良いです。あ、食べてはもらえましたか?」
「もちろん! ばっちりだったわ。でも鳥が食べるのなら、もっと糖度は抑えたほうがいいかしら。栄養過多は身体に悪いものね……」
考え込む彼女に、エヴァンジェリンはクラッカーの包みを差し出した。忙しそうな彼女を、エヴァンジェリン相手の雑談で長々足止めするのは忍びない。
「ん? クラッカー?」
「これをお返ししにきたんです。私、パーティには出席しないので、材料を無駄にしてしまうと思って」
「えっ」
ココが驚いたような顔をする。すかさず隣にいた女の子が、興味津々に聞く。
「そういえば、ハダリーさんって食堂で見たことないよね。ご飯、どうしてるの?」
「ええ、と、部屋でいただいています……」
「えー! そうだったんだ? 特別待遇ってやつ?」
「何たべてるの? 私たちと同じやつ? それともシェフが作ったごちそうとか?」
意外な事を聞かれて、エヴァンジェリンは正直に答えた。
「い、いえ……バナナを食べています」
するとココも友人も、目が点になった。
「バナナ?」
「バナナって、あの、バナナ?」
「はい。果物のバナナです」
ココと友人が顔を見合わせる。
「待って待って、デザートってこと?」
「それだけってことはないよね?」
「いえ、バナナが私の食事です。朝に一本、夜に二本」
真面目に答えたエヴァンジェリンだったが、ココの様子が変わった。
がしっと肩を掴まれる。
「なにそれ、どういうこと……? それも、グレアムの命令なの?」
「い、いえ、命令というか、私はその……昔から体が弱くて。ちゃんと食べ物を、消化できなくて……だからバナナが一番なんです」
「でも、バノフィーパイをアレクと食べたんでしょう!? 食べれないってこと、ないわよね?」
「そ、それはそうですが……でも、私はバナナが好きなんです。その、美味しいので……」
なんとかココに納得してもらえるよう、エヴァンジェリンは言い訳をひねりだした。
食堂に出向かないのはグレアムの命令ということもあるが、一番は、エヴァンジェリンの身体のことがあるからだ。
通常の食事を消化することは、エヴァンジェリンの身体にとっては必ずしも良いこととは限らない。魔力も使うし、効率が悪い。
栄養にならないこともないが、エヴァンジェリンの身体はあくまで、グレアムの魔力で動いている。ないよりはあった方がいいが、豪華な食事が必要なわけではない。
(食事の消化に貴重な魔力を使うくらいなら……バナナで済ませて、浮いた魔力を他の事に使ったほうがいい)
という判断でしていたことだったのだ。
しかし、そんな事情をココに話せるはずもない。案の定ココは、眉間にしわを寄せていた。
「つまり、バナナ以外のものをろくに食べたことがない、ってことね…‥‥」
「そんな……だからそんな痩せてるんだ、ハダリーさん」
二人はいたわしい目でエヴァンジェリンを見ていた。
「ほ、本当に平気なんです。私。最近は、アレクさんからお菓子もいただいていますし……それで充分なんです」
必死で説明するエヴァンジェリンに、ココは心配な顔で言った。
「そう……? イヴがそういうなら、無理強いはしないけど……でも、これは受け取れないわ」
ココはそう言って、クラッカーの包みをエヴァンジェリンに返した。
「クリスマスパーティくらいは、来てちょうだいよ。きっと楽しいパーティーにするって、約束するから」
「ココさんが実行委員なら、きっと素敵なパーティーになるでしょうね」
行ってみたくない、と言えば嘘になる。
だが、グレアムに許可を取るのは今度こそ難しいだろう。
メガロボールの試合と違って、こちらは完全に『娯楽』だからだ。
「ね、来てよ。そうそう、今週末はアレクたちがもみの木をとってきて、飾り付けするのよ。きっと綺麗よ」
ココの隣の友人もうなずく。
「そうよ、おいでよ。だって、今年で最後なんだよ? 一度もクリスマスツリーを見ないなんて、もったいないよ!」
エヴァンジェリンは困った。
「行けたら、行きたい……です」
思わずそうつぶやいたエヴァンジェリンを見て、ココははっとした。
「……イヴ。もし寮を出づらいなら……私が助けようか」
「え……」
ココはエヴァンジェリンの耳元でこそっと囁いた。
「グレアムの目を盗んで、出れるようにしてあげる。ね、それなら来れるでしょ?」
「いいんですか、そんなこと――」
「もちろん。だってイヴは、友達だもの」
にこっとウインクして、ココと友人は去ってしまった。
エヴァンジェリンは茫然と廊下に立ち尽くして、返されたクラッカーを見つめた。
(どうしよう……ココさんに迷惑がかかったら……でも)
自分も、パーティーに出られる。キラキラ輝くツリーを見上げて、ごちそうを食べ、このクラッカーを誰かと交換する――。
そう考えると、おかしいくらいにわくわくしている自分がいた。
◆◆◆
「……というわけで、当日は、私がグレアムに張り付いて隙を作るわ。だからあんたは、彼にバレないように、イヴをエスコートしてあげて」
「はい!?」
ツリーに飾り付けるガラス玉のオーナメントを、アレクはうっかり落としそうになった。
ココがすかさず、ぱしっと玉をキャッチする。
「ちょっと気を付けてよね。これ、アンティークの年代物なのよ。値段をつけるとしたら数十万はくだらないってグレアムが言ってたわ」
「いやいやちょっと待ってくれ。その話本当なのか? イヴがバナナしか食ったことないって……」
「うん。本人が言ってたもの……でも、体質のせいらしいわよ」
「けど……」
アレクはうなった。今までエヴァンジェリンが食堂にいなかったのは、部屋でちゃんと食べているから、と思い込んでいた。
(……一人で食べているってことは知ってたけど、内容までは知らなかった……)
だから、バノフィーパイを食べてあんなに嬉しそうだったのか。
取るに足らない小さなお菓子をあげても、丁寧にお礼を言ってくれてたのか。
「やっぱ、おかしいよ。だってイヴは、お菓子が好きなんだよ。本当はきっと、もっと食べたいはずだよ。あのグレアムが、それを止めてるなら…‥」
「待って。たしかにグレアムの虐待の可能性もあるけど……実際私も、本人につっこんでやろうかって思ったわよ! でも……」
「でも?」
「イヴは絶対に、グレアムの事を悪く言わないのよ……。食べないのは自分の身体のせいだって強調してたわ。私たちがグレアムを責めるのを見越して、前もってかばっているみたいに。だから……」
「グレアムが責められることを、彼女は望んでいない、か……」
アレックスははぁとため息をついた。
「なんなんだろうな。あの愛情はないけど、忠誠心はがっちりあるかんじ。イヴはあいつに、恩でもあるのか? それとも弱味でも握られてるのか?」
その言葉に、ココは答えられなかった。グレアムの『全部が終わったら説明する』という声が、頭に響く。
信じていいかはわからない。けれど、グレアムもまた、一方的に責めない方がいい気がするのだった。
「たぶん……なにか、事情があるのよ。そうせざるをえないような事情が」
「なんでそんなことわかるんだよ?」
ココはきゅっとツリーにリボンを結びながら言った。
「女のカン! とにかく、パーティのときは頼んだわよ」
「わかった」
またどやされないように、アレクはオーナメントを慎重に取り付けながら言った。たしかに言われてみれば、ずしりと重い金属製のそれは、価値があるような気がしてきた。
(数十万ね……グレアムが言いそうなことだな)
そこでアレックスははっとした。
「けど……いや、ちょっと待って? ココ、つまりグレアムと、また話する仲になったってこと?」
「同じ実行委員だから……嫌でも話さないわけにはいかないのよ!」
ちょっとムキになったココを、ついついつつきたくなってしまう。
「ふ~ん……委員会、ねぇ」
ココの頬が少し赤い。これ以上つっこむと確実に怒らせるので、アレックスはこのくらいでやめておいた。
(実行委員や目くらましやらで、ココはグレアムと一緒に行動して、俺はとらわれのイヴ姫を、隠しつつ案内……)
これはクリスマスパーティーで、お互い何かあるかもしれない。
ひやっとするが、同時にドキドキする。当然、緊張もある。
(最後のクリスマス……俺、イヴにちゃんと、言わないと)
自分の気持ちを。