説明するといわれても
ココは若干焦りながら自分もドアの方へと向かった。すると。
「アレクさん、大丈夫ですか。今日の相手は、ひどかったです。医務室に行きましょうか?」
「へーきへーき。ちょっとかすっただけだよ。あはは」
寄り添って歩いてくるアレックスとエヴァンジェリンの声がし、ココはあわててバタンとドアを締めた。
そういえば、監督生ラウンジは決闘術のクラスと同じ階にあった。
(まっ、まずい! 二人の仲はグレアムには秘密のはずっ……!)
すると涼しい顔で、ココのうしろにグレアムが立った。
「通りたいのだが……どうかしたか?」
だらだら冷や汗が流れそうになる。晩秋なのに。
「ええっと、ごめんなさいね、ドアのたてつけが……」
「貸して」
「いいえぇ! いいのよここは私が、バカ力だからね……!」
するとグレアムが、背後でクスリと笑った気配がした。
――何か言われるかな、とココは思わず身構えてしまった。
しかし、グレアムは何も言わず、ココがドアを開けるのを待っていた。
(そっか……もう、私のことなんて、興味ないのかもね)
それが一番だ。だって彼には、エヴァンジェリンという婚約者がいるのだから。
だけど。自分から彼を拒否したくせに、未練に胸が痛む。
そして頭の裏に、エヴァンジェリンの笑顔と、そして悩むアレックスが浮かぶ。
「ねえ、一つ聞いていいかしら」
「なんだい」
「もし……もしイ……ハダリーさんが、あなた以外の人と恋に落ちたらどうするの? あなたは怒る?」
「それはありえない」
落ち着きはらってそう答えたグレアムに、ココは思わず眉をひそめた。
「そう? なんの根拠があってそう思うの?」
「彼女は、そういった感情を抱かない」
「……それなら、あなたにも感情を抱かないということ?」
「……そうだ」
ココは、付き合っている時も聞けなかった事を、初めて聞いた。
「……それでいいの? 家の都合で婚約している、と聞いたけれど……二人とも、それで幸せなの? ハダリーさんの自由はないの? 彼女が……かわいそうだとは思わないの」
「思わない。エヴァンジェリンは……」
冷静なその声が、ふと途切れる。
「かわいそうでは、ない」
ココは思わず振り向いた。
「なんで……!? そんなに無関心で、ハダリーさんがかわいそうだわ。あんなに優しい子……!」
「あれは、優しくなんてない。君にはわからないだろうが……」
そう言うグレアムの顔は、なぜかしかめられていた。
無理やり自分に言い聞かせているような――どこかが痛むような、そんな表情だった。
グレアムの言ったことは、まったく納得できない。なぜエヴァンジェリンを見て、かわいそうじゃないなんて言えるんだろう?
彼女は優しい子なのに。
しかしそう思いながらも、ココはしかめっつらの彼が心配になった。惚れた弱味だ。
「大丈夫?」
しかしグレアムは逆に、一歩下がった。
「今の俺は、君に何も言える立場じゃない――。でも、いつか説明したいと思っている」
「なにそれ、どういうことなの」
「すまない。卒業したら――説明させてくれ。君が聞いてくれるのなら」
今じゃだめなの? くわしく聞かせてよ――!
ココがそう詰め寄る前に、グレアムはさっとドアを開けて、逃げるように出て行ってしまった。
「待って……」
ココは慌てて廊下に出たが、そこにはもう、誰もいなかった。
◆◆◆
「クリスマスクラッカー……?」
授業の合間に配られた小さな包みを開いて、エヴァンジェリンは首をかしげた。
中にはキラキラしたホログラムの紙と、手紙が一通入っていた。
エヴァンジェリンはそれを読み上げた。
「今年のクリスマスパーティは、一人ひとつ、クラッカーを用意してもらいます。中身に、受け取った人が嬉しくなるようなメッセージや小物、魔術を入れてください。作り方は裏面参照……」
エヴァンジェリンはぺらりと裏を見た。ホログラムの厚紙を丸い筒にし、その端をキャンディのようにリボンでくくる、という簡単なもののようだ。
「全員提出なら、私も作らなきゃかな……でも」
エヴァンジェリンは、クリスマスパーティーに出たことがない。なぜならそれは、25日のディナーの時間、皆が夕食を食べる食堂ホールで行われるものだからだ。
(私はいつも、ここでバナナを食べているし……縁のないことね)
作ったクリスマスクラッカーは、パーティーで誰かと交換しなさいと書いてあった。
(私には、必要ないものね。材料、無駄になっちゃう。実行委員の人たちに返したほうがいいかしら)
実行委員は監督生だ。つまり、グレアムに返せばいい。しかしエヴァンジェリンは手紙の文字を見て気が付いた。
(この字、ココさんのだ。このクリスマスクラッカーの手配は、ココさんが担当しているんだわ)
ならば、彼女に返すのが筋というものだろう。
エヴァンジェリンは授業の合間にココに材料を返そうと、元通り包んで次の日の授業にもっていった。
――最近彼女は忙しそうだから、なかなか捕まらないかもしれない。
そう思っていた矢先に、廊下で友人たちと歩く彼女を見かけたので、エヴァンジェリンは勇気を出して声をかけた。
「あっ、ココさん……!」