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少しでも一緒に



「なるほどね。よかった、やっとピィピィくん、バナナにありつけたのね」


 バナナをぱくっとかじって、ココはうん、うん、とうなずいた。


「よし、糖度は申し分なし。ブルー系の肥料を使って正解だったわ。メモっとこ」


 元気なココとは対照的に、アレックスはバナナを握りしめてうつむいていた。その姿を見て、ココが笑う。


「ぷぷ。そうしてるとゴリラみたい」


 ココの周りに座る悪友たちもはやし立てる。


「傷心ゴリラだ」


「いや、失恋ゴリラ?」


 アレックスは唇を尖らせて威嚇した。


「うっせーぞ。誰がゴリラだ!」


 しかし友人たちはふざけて耳を貸さない。


「なぁ、食べないんなら俺にくれよそれ」


「ずりぃ。俺も食べたい、姫の育てたバナナ」


「なんかヤラシイ響きだな、それっ」


 いつもは一緒にふざけあうアレックスだったが、今日ばかりはうんざりして、無言で彼らに背を向けた。


「もう寝るわ……」


 しょぼんとした背中に、さすがの悪友どもも黙る。

 ふっと魔法のかかった紙飛行機が飛んできて、かさっとアレックスの手に止まる。


「んだよもう……」


 ベッドの上で、紙飛行機を放り投げる。するとそれは開いて、ぱさっとアレックスの顔の上に落ちた。


『グレアムからイヴを奪う、って言ってた威勢はどこにいったの! 情けないわよ!』


 ペン先が跳ね上がった、お転婆なココの字。


(っ……たく、他人事だと思って!)


 しかし、これは彼女なりの気遣いでもあるのだろう。アレックスはふてくされるのをやめて、ベッドに身を起こした。


 今日会えたというのに気持ちを伝えることができなかった自分がふがいないのは、事実だ。


(くそ、どうにかしたい。彼女の頼み、って、何なんだ……)


 昼休みだけじゃなくて、もっと彼女といる時間を増やしたい。アレックスは新年度配られた時間割をじっと眺めた。

 最上級生の時間割は比較的余裕がある。授業が詰め詰めだった今までとは違い、卒業研究のための時間を割けるようになっているのだ。

 

(必修はぜんぶ済んだ。つまりこれからは、どの教授の授業を受けるか、もはや自由――ってこと)


 そこでふと、アレックスは思いついた。


(そうだ! なんでいままで、思いつかなかったんだろう――!)



 ◆◆◆



「そこまで!」


 教授の鋭い声が、リングの空気を震わせる。


「勝者、エヴァンジェリン・ハダリー。両者礼!」


 エヴァンジェリンは、決闘の相手を務めてくれた下級生に頭を下げた。


「ありがとうございました」


 今までエヴァンジェリンに負けたことなどなかった西寮の男子生徒は、悔し気に歯を食いしばりながらも礼を返した。


「……負け、ました」


 リングの外で、ひそひそささやく声がする。


「なぁ、なんか最近、『お姫様』強くなってない?」


「しばらく見ないと思ったら、何したんだろうな? いけないドーピングとか?」


「捕まるだろ」


「いや、トールギス家の力でどうにでもなるんじゃねーの」


 依然として、エヴァンジェリンが決闘技のクラスに入ることを良く思わない生徒もいる。

 主に西寮の生徒たちだ。彼らはまだ、去年の事件――ディック・イーストの事を根に持っているのだ。彼はまだ、休学している。今年もその沙汰は続行らしい。


(相応の罰ではあるとは思うけど……)


 しかし、グレアムの操作によって、本当の事は外には知らされていない。

 彼らはきっと、ディックはエヴァンジェリンに手を出したせいで、グレアムに不当な罰を受けさせられた、と思っているのだろう。


(その誤解を解くことはできない以上――私が目の敵にされるのは、しょうがない)


 決闘で、多少反則を掛けられても。嗤って見下されたとしても。


(でも……厳しく決闘してくれたおかげで、私、技を見切ったりフェイントを予測したり、できるようになったわ)


 むしろ彼らには感謝、だ。そう思ったとき、クラスのドアがドンっと開いた。


「すみません、寝坊しました!」


 走りこんできたのは、なんとアレックスだった。


「え……?」


 目を丸くするエヴァンジェリンだったが、教師は厳しく一喝した。


「初日に遅れるとは何事か! サンディ、罰として今日のリング掃除はお前だ!」


「わかりました!」


 体育会系らしく、アレックスは潔く頭を下げた。すると角刈りの教師は少し溜飲が下がったのかうなずいた。


「うむ。では……次の試合!」


 しんと静まり返る部屋の中。エヴァンジェリンはアレックスを凝視した。


(アレクさん!? な、なんで……!)


 授業が終わり、皆が退出する中、エヴァンジェリンは掃除にとりかかるアレックスに走り寄った。


「ア、アレク、さん……! どうしてこのクラスに」

 

 掃除を手伝いながらも、エヴァンジェリンは聞いた。


「実は……俺もずっと決闘技、気になっててさ。今年で生徒もおしまいだし、やっといて損はないかなって」


 にかっと笑った彼に、エヴァンジェリンはなんとなく釈然としなかった。


「で、でもアレクさんは、メガロボールでもお忙しいですし、わざわざ新しい授業を取るなんて……」


 するとアレックスは降参したようにエヴァンジェリンを見た。


「へへ……さすがイヴ、鋭いな。なんでわざわざここに来たかって、それは……」


 もしかして、自分が危ない事をしていないか見張るためだろうか、辞めろというためだろうか。

 しかし――アレックスは少しためらったあと、唇を噛んで言った。

 笑っているような、への字口にしているような、妙な表情だった。


「君と少しでも、一緒にいたかったから」


「……えっ」


「俺、バカだからさ。イヴの取ってるやつで俺が入れそうなクラス、ここしかなかったんだ」


 そして、純粋そのものの目で、エヴァンジェリンに笑いかける。


「でも、イヴ強かったなぁ。すごいや。ここまで強くなるまで……どのくらい頑張ったの?」


 その声は、ただただ優しかった。

 エヴァンジェリンは思わず震えそうになった。

 なぜか、目の奥が熱い。


「そんな……大した事は」


 強くなったことをほめられるなんて初めてだ。

 このクラスの人々は基本厳しいし、グレアムはもっと高い水準を要求している。

 先ほど勝った際も、疑われたり揶揄されたりはしたが、誰も賞賛などしてくれなかった。


(褒められるために、やっているわけじゃない。強くなるのは、自分で決めて、頑張っていること。だけど……)


 ほかならぬアレックスに気が付いてもらえて、嬉しくないわけがない。


「ありがとうございます。アレクさん」


 するとアレックスは、正面からエヴァンジェリンの感謝を受け取ったあと――少し照れ臭そうに、頭の後ろをかいたのだった。


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