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エヴァンジェリンのおねがい

「わっ、なんだ!?」


「ピィピィ、おちついて」


 彼女の腕の中に、白い鳥が収まっていた。


「ピ、ピィピィ?」


 わけもわからずアレックスが呼びかけると、エヴァンジェリンは嬉しそうにうなずいた。


「はい。ピィピィです。私の家族なんです。今日は、バナナの木を見せようと思って。

 ほら、ピィピィ。この方は私の大事なお友達、アレックス・サンディさんです」


 鳥はちら、とアレックスを見た。少し警戒しつつもこちらを窺っているようなその目が、一番最初のエヴァンジェリンを思い出させて、思わず懐かしいような気持ちになる。


「ああ、ココが言ってた、イヴの家族、か。よろしくな。たしかに似てる。この子、イヴと目の色が同じなんだな」


 この鳥は『家族』で、自分は『友達』。ちょっと釈然としない気もするが、『大切な』が付いていたことは純粋に嬉しい。


「ええ、そうなんです。ココさんにもあとでご挨拶しなければ。でもまず……ほら、ピィピィ、木のほうにいっていいよ」


 エヴァンジェリンが腕を差しのばすと、ピィピィはちらりとアレックスを見たあと、そこから飛び去った。

 ――なにやらけん制するような目つきだった気が、しなくもない。


「イヴ、体調は平気か? 6年になってから、ずっと見なかったから」


「はい。お騒がせをしました。少し長患いをしてしまったのですが――今はもう、すっかり治りました。明日から授業に復帰する予定です」


「そっか。ならよかった。心配したよ。学園から出て行っちゃったのかと思った」


 すると彼女は、ちょっと寂し気に微笑んだ。


「そんなこと、ありませんよ。ちゃんと六年次までいますから」


 少し緊張しながらも、アレックスは手を差し出した。


「その、あらためて――今年もよろしくな、イヴ」


 エヴァンジェリンはその手を握り返した。


「ええ、アレクさん。残り一年間ですが……また仲良くしてくださると、嬉しいです」


 するとその時、ガサガサ、と音がして、背後の木からポトリとバナナが落ちた。するとエヴァンジェリンは大急ぎで木にかけよった。


「ピィピィ⁉ あなた自分でとったの?」


 もちろん答えはないが、バサッと音がし、またぽとりとバナナが落ちた。

 エヴァンジェリンは飛び上がらんほどに喜んだ。


「すごい! すごいわ! とても上手よピィピィ、その調子……!」


 その様子にアレックスも気になって、彼女の隣に立った。

 二人が見守る中、ピィピィは木になっているバナナをつついて、その中身をついばみはじめた。


「よかった……」


 ほっとしたような声のエヴァンジェリンは、はっと振り向いてアレックスに説明した。


「あ、すみません。見苦しいところを……。実はこの木は、ピィピィのためにと思って、植えさせていただいたもので」


「なーる。そうだったのか」


 ペット――家族のためだったのか。

 いまさらながら、アレックスは腑に落ちた。


「たしかに、とれたて食べるほうがおいしいもんなぁ」


「そうですよね」


 ニコニコしながら木の上の家族を見守る彼女の視線は、今までで一番優しいものだった。

 ココにとってのワンダー、いや、それ以上に親密なものがあるのをアレックスは感じ取った。

――新しい彼女を知れてうれしいような、少し妬けるような。


「ほんとに家族なんだな」


 そう聞くと、エヴァンジェリンは少しうつむいた。


「はい……ずっと、一緒にいて、励ましてくれた子なんです。この子にどれだけ助けられたか……」


 そう言ってから、エヴァンジェリンはふいに体の向きを変えて、アレックスに向き直った。

 ルビーの瞳に見上げられ、思わずドキッとする。


 ――数か月ぶりに見た彼女の瞳は、恋を自覚したアレックスの胸に突き刺さる。


「あの……私、その」


 しかし彼女は、言いよどむように目線を逸らす。

 彼女は何を言おうとしているのだろう。アレックスの胸の鼓動が、高鳴る。


「ど、どうした?」


 迷うようにして、彼女は言葉を絞り出した。


「アレクさんに……お頼み、したいことがあるのです」


「頼み? なんでも言ってよ」


「でも……すみません。今はまだ、お伝えできなくて。その時が来たら、きっとお伝えします。から、その時……聞いて、もらえますか」


 おずおずと、彼女が見上げる。


「もちろん、いいよ。でもなんで今、言えないの? もしかして何か困ってる? そうだったら、力になるよ」


「困っては……いません」


 逸らされた視線を逃がさない、とアレックスは一歩踏み出した。


「本当に? イヴ、俺には何でも言っていいんだよ。だって――友達だろ? イヴが何か困っているなら、助けたいんだ」


 友達、と言っておきながら、自分で胸が痛んで、少し笑ってしまいそうになる。


「アレクさん……」


 エヴァンジェリンはそう言って、ふと何かに気が付いたように体をかがめて、落ちたバナナを2本とった。温室の水道で軽く洗い、それぞれ薄い布に包んで、アレックスに差し出す。


「ありがとうございます。アレックスさんには、もういっぱい助けてもらっています」


「そんなことない。俺、君に――」


 なにもしてやれない。心を開いてももらえない。

 しかしそういう前に、彼女はアレックスに2つの包みを受け取らせた。


「そんなこと言わないでください。忙しいのに、毎日ここにきて、私と話をしてくれました。休暇中は、キャンディもくれたじゃないですか。嬉しかったです」


「そんなの、大したことじゃない」


「でも、私にとっては、大きなことなんですよ。私――ずっと、お友達のひとりもいませんでした。それでいいって思っていたけど……やっぱり、うらやましかった。最初、ココさんがもらったブレスレットを見たとき、うらやましかったんです。そんな人がいるのって、いいなって。でも、私に手に入るものなんかじゃないって、最初からあきらめていました」


 エヴァンジェリンはアレックスを見上げて、ほっと笑った。白薔薇がピンクに色づいたような、健気な笑みだった。


「だから今、私は嬉しいんです。この世界に、誰かひとりでも――自分のことを気にかけてくれる人がいるというのは、とても幸せな事。それを知ることができました。これって、すごく大きなことだとは思いませんか」


 秋の明るい陽射しを浴びながら、温室の中で微笑む彼女の笑顔は――秋薔薇と同じくらい、儚くて。

 ズキン、と胸が痛む。


(やっぱり――グレアムは、彼女を気にかけてはいないのか。そしてイヴは、ココがうらやましかったのか……)


 アレックスと友達になる前は、エヴァンジェリンの心のよりどころは、ペットのピィピィだけだった。そういう事だろうか。


(グレアムは冷たい中、ココが現れて――きっと、イヴはどれだけつらかったんだろう)


 ふいに、目のまえのエヴァンジェリンを抱きしめたい衝動が沸き起こる。耐えがたいほどに強く。


(もう、動物だけじゃない。俺がいるって、言ってやりたい。俺なら、絶対君に、寂しい思いをさせない、って……)


 いろんな気持ちがまぜこぜになって、けれどアレックスの口から出たのは、しかし穏やかな言葉だった。


「そうだね……イヴ。俺も嬉しい」


 できない――自分の気持ちを、儚く笑う彼女にぶつけるなんて。

 無理やり、これ以上踏み込めば、エヴァンジェリンはきっと傷つく。

 ガラス細工のような彼女は、抱きしめたら、壊れてしまうかもしれない。


(できない……だって、君に、笑っていてほしいから)


 懊悩するアレックスに、エヴァンジェリンはいつもの調子で言った。


「よかったら、そのバナナ、ココさんと一緒に召しあがってください。ささやかですが、手伝ってくださったお礼、です」


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