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最高学年


「エヴァンジェリン――エヴァンジェリン!」


 大きな声で呼びかけられ、エヴァンジェリンはだるい瞼を上げた。


「グレアム……様」


「聞け。今日から6年の1学期が始まる。が、お前は皆の前に出れる状況じゃない」


 目のまえで彼がしゃべっているのに、なんだかエコーがかかったように聞こえる。

 耳まで調子が悪いみたいだ。


「治すために静養しろ。俺も学園に出るのは必要最低限にして、お前のメンテナンスにあたる」


「わかり、ました……」


 グレアムはローブに袖を通した。


「始業式に出てくる。いいか、ベッドから動くなよ」


「はい……」


 バタンとドアが閉まる。エヴァンジェリンは瞼を閉じた。

 ――体中が痛い。


 この休暇を利用して、グレアムはエヴァンジェリンの体内に魔力増幅の魔術を埋め込んだ。物理的なものではなく、理論をもとにした魔術だ。

 グレアムが作り出したエヴァンジェリンの肉体は、材料も構造も、本物の人間の肉体と変わりはない。ただ、心臓を動かすには、グレアムの魔力がいる。

 この状態では、奇跡の物質『パラモデア』を動力に動くホムンクルスに勝つことは難しくなってくる。

 そこでグレアムは、エヴァンジェリンの身体が前よりも強くなった今、魔力を増強させる術式をエヴァンジェリンの心臓に埋め込んだのだった。

 心臓が脈打つ力を利用して、魔力を同じ量増殖させる。発電装置に着想を得たのだとグレアムは言っていた。


(痛―――ッ、苦し……)


 心臓が脈打つたびに、まだなじんでいない術式が傷口に触れるように痛む。


(で、でも、初日よりはまだ、まし……)


 埋め込んだその瞬間は、耐えがたいほどの痛みで、エヴァンジェリンは失神してしまった。

 そうすると心臓も止まってしまうので、グレアムはなんどもエヴァンジェリンの頬を張って起こし、難しい魔術を最初からやり直した。


 以前、手足を成長させたときよりも、決闘術の訓練よりも、痛かった。

 けれどエヴァンジェリンは必死に耐えた。ここで術式を安定させ、自分の心臓に組み込んでしまえば、今までの数倍は魔力を使えるようになるのだ。


(勝てる確率が――上がる!)


 呪いに包まれた、古代の遺物を相手にしなければならないのだ。打てる手段はすべて打っておいたほうがいい。


(耐えなきゃ。早く体をなじませて、授業に出ないと……)


 エヴァンジェリンは痛み止めを飲むこともせず、ひたすら心臓をむしばむその苦痛に耐え続けた。



◆◆◆


 長い夏休みだった。だから学校にきたら、すぐに彼女の顔を見に行こうと思ったのに。


(おっかしいな。イヴ、どこにもいない)


 始業式。監督生、上級生の席も、北寮の生徒の整列する場所もすべて見るが、どこにも彼女はいない。

 肝心のグレアムは、ホールの講壇の上に立って、最上級生代表の挨拶をしている。

 相変わらず、完璧なツラに、よどみない演説――けど、その側にもエヴァンジェリンはいない。


(どこだ⁉ 具合が悪いとか? まさか……学校やめた、とか⁉)


 一昔前。貴族のご令嬢は、卒業を待たずに免状だけもらい、名門魔術師の家へ一足先に嫁入りをした――なんて話を、聞いたことはある。


(でもそれって、俺たちのじいちゃんばあちゃんの世代だろっ!?)


 女性も男性と同等に活躍する今、そんな制度は時代遅れだ。


(そんなんあるわけないだろ、落ち着け……そうだ、明日、一緒の授業の時に会えるじゃないか)


 ところがなんと、いつもとなりに座っていた教室の席も、授業が終わるまで空のままだった。

 アレックスは意を決して、グレアムに声を掛けようとした――が、なんと彼もクラスに姿を現していなかった。


(二人してサボタージュ? いやでも、そんなタイプじゃないし……)


 終業後、アレックスは教授のいる教壇へと向かった。


「先生、なぜ北寮の二人は欠席しているんですか?」


 すると教授は事もなげに言った。


「ああ、病欠だよ」


 それから1日がたち、3日がたち――それでもエヴァンジェリンは、姿を現さなかった。

 アレックスは毎日昼休みは温室にも顔を出したが、当然そこにもいなかった。


(病欠……って、マジなのか)


 北寮の生徒にも聞いてみたが、グレアムはともかく、体の弱いエヴァンジェリンは、長期間休むことはよくあることらしい。


「大丈夫かな……イヴ」


 土に肥料をまぜながら、ぽつんとアレックスはつぶやいた。

 ここに植えられて一年経ったバナナは、すでに根付いて育ち、大した世話を必要としてはいなかった。

 だけどアレックスは、毎日毎日世話を続け――そして数週間たったある日。


「あれ……?」


 いつものようにバナナを眺めていると、温室のドアがキィと開いた。


「アレクさん、ですか……?」


 入口に立っているのは、ほかならぬ彼女だった。

 少しやせただろうか。夏服の袖からのぞく手足は、以前よりもさらに細く長くなっているような気がした。

 彼女の姿を認めた瞬間、アレックスは走り出していた。


「イヴ……!」


 よかった、よかった。彼女がいた。ちゃんと生きて、アレックスの前に立っている。

 思わず抱きしめようとした、その時。


「ピーーーーーッ!!!!」


 甲高い声と共に、何か白いものが二人の間に割り込んだ。


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