心配されてる?
次に目を開けたら、そこは医務室のベッドだった。
「あ、アレックス!」
「目ぇ覚ましたか」
「よかったぁ」
「よかったじゃねえよっ、こらっ、この!」
ベッドに横になるアレックスを、選手たちが覗き込んでいた。
とたんにアレックスは起き上がろうとした。
「し、試合はッ……⁉ っていたたたた」
「無理すんな寝てろって」
「お前腕に肋骨に、計3本折ってんだから」
「え、そんなに⁉」
アレックスは目だけ動かして自分の身体を見下ろした。腹と腕に、ぐるぐると包帯が巻かれていた。腕には添え木もされている。
その時、シャッとカーテンが開いて、ココが薬を手に入ってきた。カーテンの外で待機していたクラスの友人や女子たちが、どっと入ってくる。
「先輩、目が覚めたんですね!」
「見事な吹き飛びっぷりだったなぁ」
ココはサイドチェストに水薬を置いて、おごそかに言った。
「あんた、少なくとも今夜一晩は動いちゃダメだからね。医務室生活よ」
「えええ、まじか……って待ってくれよ、試合はどうなったんだ試合は」
キャプテンがにっと笑った。
「勝ったぜ。10対9の僅差でな」
アレックスは胸を撫で下ろした。
「そうか……よかった……」
「で、も!」
副キャプテンが、穏やかな笑顔でアレックスを覗き込む。
「うわ」
「次よそ見してボールをおろそかにしたら、競技場50周してもらうからね」
「ひえ……いや、わかりました、すんません。俺の注意不足でした」
「わかればよろしい」
そうしめくくった副キャプテンを尻目に、友人たちがやいやいと話し出す。
「ってか何を見てたんだよ?」
「飛んでる蝶とか?」
「ゴーストでもいたん?」
そのどれもちがう――。アレックスは肩をすくめた。
(イヴを見てた――なんて、言えるわけない)
しかも、彼女がグレアムに肩を抱かれるのを見て、ショックを受けて集中力を欠いたなど。
ふぅ、とため息をつきそうになって、アレックスは逆に力を入れて顔を上げた。
……めそめそしたって、しょうがないじゃないか。
そう思ったとき、クラスメイトたちの頭の向こう、医務室の入り口でたたずむエヴァンジェリンの姿が見えた。
「あっ……イヴ!」
目が合った。とたんにエヴァンジェリンはおよび腰になって、後ろのドアに手をかけた。
「ま、まって、行かないで」
皆の視線がイヴに注目する。イヴは蒼白になりながら頭を下げた。
「す、すみません、すみません。私はもう、行きますので」
彼女がドアを開けて廊下へ出る。アレックスは必死だった。
「待って……!」
それを察して、ココがエヴァンジェリンを追いかける。悪友のマシューたちがにやにや笑いながら、皆を追い出しにかかった。
「ほい、皆出てください。寮にもどりましょうや」
「選手のみんなも一緒に、帰って祝勝パーティーだ!」
「そうそう、パーっといきましょ。色ボケエースくんはここに置いてって」
どやどや去っていく背中たちに、アレックスは唇を尖らせた。
「んだよ、そんなんじゃねぇし……っ」
そして彼らと入れ替えにして、ココに連れられてエヴァンジェリンが入ってきた。
「んじゃ、私も寮にもどるわ。ごめんねイヴ。あの薬、アレクに飲ませてやってもらえるかな?」
ココはエヴァンジェリンの肩からすっと手を放して、最後ににかっとアレックスに向かって笑って消えた。
(んだよ、もう……)
そう思いながらも、エヴァンジェリンが近づいてくるのがうれしい。
「あ……アレクさん、大丈夫ですか」
悲壮な顔をして、エヴァンジェリンがベッドの横に立った。
今にも泣きそうである。
「イヴこそ大丈夫か? そんな顔して、また決闘クラスで何か……?」
すると彼女は首を振った。
「違いますよ……! あ、アレクさんの状況を、見て……!」
その声は震えている。アレックスは頭をかいた。
「あー……そうだよな。へへっ、見に来てくれなんて言って、こんなヘマして……情けねぇな、俺」
エヴァンジェリンは首を振った。
「そんな……そんなことは、ないです。アレクさんは、足が速くて……活躍、されていました。でも……」
どきっとした。でも、なんだろう?
「メガロボールの試合を見たのは、今回が初めてでしたが……あんな、暴力的なものだったなんて……」
エヴァンジェリンはうつむいて唇を噛んだ。
「軽率に、応援している……などと言って、後悔、しています……」
アレックスの笑顔がかたまる。
「そ、それって……どういうこと?」
もう、応援するつもりはないという事だろうか。
情けないアレックスに、幻滅したということだろうか。
しかしエヴァンジェリンは小刻みに首を振った。
「もし、もし……知っていたら、アレクさんを、止めていました……!」
エヴァンジェリンはぎゅっとおろした拳を握って、アレックスの目を見た。
その目は泣きそうな、怒っているような、そんな目だった。
「こんな、こんなひどいけが、するものだなんて……知ってたら」
こんな、顔をくしゃくしゃにした彼女を見るのは初めてだった。
アレックスはあっけにとられた。
(俺……イヴに、心配、されてる?)