おやつタイムだいすき
エヴァンジェリンは首をかしげた。
「なにがでしょう?」
「君が笑うと、なんかすっごく、こっちも嬉しくなっちゃうんだ。もっと笑ってほしい」
そう言って、アレックスはまぶしい笑顔をエヴァンジェリンに向けた。
さきほどココに言われたときよりも、よほど頬が熱くなる。
彼こそ、笑うと印象ががらりと変わる。人懐っこい大型犬のようだ。
「あ……ええと、その」
こういう時なんて言えばいいんだろう。ありがとうございます、だろうか。
わからなくて、口をつぐんでしまう。
「最初、ハダリーさんのこと、あんな目にあわせちゃって……だからこんな風に話してもらえるのが、ほんと……嬉しくて。へへっ、なんか照れ臭いな」
そう言って、アレックスはエヴァンジェリンに何かの包みを差し出した。
「これ、今回のお礼。俺とココから」
「え……そんな、悪いです」
「受け取ってよ。魔界通販のカタログみて、二人で選んだんだ」
そう言われて、エヴァンジェリンは恐る恐る包みを解いた。
すると中には、温かそうな毛糸でできた手袋が入っていた。
「わ……あ、ありがとうございます」
「手袋、もってないっていってたからさ。ほとんどココが選んだんだけど」
「あたたかそうです。何てお礼を言ったら、いいのか……」
するとアレックスは、もう一つ、リボンをかけられた包みを取り出した。中には、色とりどりの小さなおはじきのようなものが入っていた。
「あとこれは、俺から。こないだ風邪ひかせちゃったお詫び」
エヴァンジェリンの目が、きらっと輝く。
「これは……もしや、お菓子、でしょうか?」
「カラフルチョコだよ。食べたことない?」
アレックスは少し驚いていたが、エヴァンジェリンはうなずいた。
「はい。初めて、です」
「え……? お菓子屋のレジの横においてあるような、よくあるチョコレートだよ」
アレックスはぶつぶつつぶやいていたが、エヴァンジェリンは袋の中に詰まった、ピンクや水色、黄色のそれらをじっと見つめた。見ているだけで、なんだか明るい気持ちになるような色たちだ。
こんな素敵なものをいただいたうえ、一人占めするのはなんだか申し訳がない。
「あの、よかったら、一緒に召しあがりませんか、サンディさん」
袋をあけて差し出すと、アレックスはちょっと笑って一粒取った。
「ありがと。でもまず、ハダリーさんが食べなよ」
「では……お言葉に甘えて」
エヴァンジェリンは迷いながらも、一番上の淡い水色のチョコを一粒取った。
「いただきます……」
口の中に入れると、それは甘くて、意外と固かった。アレックスを見ると、ぱりん、とかみ砕いている。エヴァンジェリンも真似をして、かりっ、と砂糖衣につつまれたチョコに歯を立てた。
すると。
砂糖衣の中に隠れていた、ほろ苦く甘い味が口に広がる。
口の中が贅沢にとろけるような、少し大人の甘さ。
これが、チョコレートか。その味をエヴァンジェリンはかみしめた。
「どうかな?」
「おい、しいです……」
エヴァンジェリンはアレックスに丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます、サンディさん。また、おいしいものをいただいて……このお礼は、いずれ必ず」
「お見舞いだから、いいよそんなの。あ、でも……いっこだけ」
「なんでしょう?」
アレックスは少し照れ臭そうに、頭をかきながら言った。
「その、俺も、ココみたいに名前で呼んでほしいな」
「え……」
「ほ、ほら、俺もココもサンディって苗字だからさ、なんかややこしいっていうか」
たしかに、同じ苗字だと、どちらを呼んだのか混乱を招いてしまうかもしれない。
そう思ったエヴァンジェリンはあっさりとうなずいた。
「わかりました。では……アレックスさん、でよろしいでしょうか」
「アレクでいいよ。俺も君のこと、イヴって呼んでもいい?」
それは、ココが考えてくれた愛称だ。彼女と親しい彼にならば、特に問題ないだろう。
「ええ。もちろんです」
「えっ、いいの!」
自分から聞いたくせに、アレックスは大げさに驚いて――そして、喜んだ。
「っしゃ! やったぞ」
なぜ、そんなに喜ぶんだろう――。エヴァンジェリンにはわからなかった。
けれど、最初みたいに誤解されて嫌われたり、逆に傷ついた顔をされたりするよりは、ずっといい。
そう思いながら、エヴァンジェリンはお菓子を勧めた。
「どうぞ、アレクさんももっと召し上がってください」
しかしアレックスは首を振った。
「いいよ、イヴが食べて。そのためにもってきたんだから」
「え……いいんですか。ありがとう、ございます」
申し訳ない、と思いつつ、おいしいものを食べる手は止まらない。
そんなエヴァンジェリンを、アレックスはなぜかずっと、楽しそうに見ているのだった。
それからというもの、アレックスはココと共に温室に現れて、毎回キャラメルだのチョコレートだの、エヴァンジェリンに恵んでくれるようになった。
悪いな、と思いつつも、エヴァンジェリンはすっかり彼のくれるお菓子が好きになってしまっていた。毎回昼休みになるのが楽しみで、無意識ににこにこしてしまう。
雪解けもすぎ、だんだん温かくなってきた温室で、彼と二人でバナナの世話をするのは、存外楽しい時間だった。
(今日頂いた、ええと、ふぃなんしぇ、というお菓子もおいしかったな……)
――昼休みになると、アレクがお菓子をくれる。だから頑張ろう。そんな風に、勝手に思ってしまっている。
「どうした、エヴァンジェリン。立て。本番で上の空でした、は許されない」
いけない。つい、お菓子を思い出して集中力を途切れさせてしまった。
エヴァンジェリンは膝の痛みをぐっとらえて立ち上がった。
先日から始まった、戦闘人形を使っての訓練は、今までで一番きつい『訓練』だった。
「すみません。グレアム様、もう一度」
グレアムが、つかんでいたマネキンを無言で手放す。黒いその人形は音もなく、再びエヴァンジェリンに襲い掛かってきた。
「くっ……!」
固い腕からとびだす一撃を、なんとか防御魔法で防ぐ。
しかし人形は次の瞬間には逆方向からの攻撃を繰り出している。
「うぐっ……」
何とかよけて、攻撃魔法を打ち返す。
しかし、人形はひらりと宙を舞い、エヴァンジェリンの魔法をかわした。
――この人形は、魔術を使うことはできないが、無尽蔵の体力がある。
何度でも蹴りや打撃を繰り返し、疲れるということを知らない。
加えて、魔術で攻撃を行っても、無尽蔵の魔力ゆえに、焼石に水程度しか効果がない。
この人形を打ち砕くには、その胸に埋め込んである練習用の心臓を素手で打ち砕くしかない。
(とにかく、人形にマウントをとらないといけない。それから――胸の心臓を取って砕くんだ!)
エヴァンジェリンは必死に魔術を放った。しかし腕で防御されて、まったく胸にはとどかない。
「うぅ、ぅ……」
ついに体力の限界を迎えたエヴァンジェリンはがくんと膝をついた。その背中に、マネキンの容赦ない蹴りが振り下ろされる。
「――そこまで」
グレアムがマネキンを止めた。その声はいらだっていた。
「こんな事では――エヴァンジェリン」
ぜいぜいと息をするエヴァンジェリンを、グレアムは膝をついて覗き込む。
「ごほっ……すみま、せ……ッ」
必死で受け答えするエヴァンジェリンに、グレアムは冷たく詰め寄る。
「わかっているよな? 本物はこんなものではない。お前とちがって『あれ』は、本物のパラモデアで動いている。魔力も強さも桁違いだ。お前があれに勝てるのは、魔術の腕のみなんだ!」
「ど、努力――しま、す」
ドン、とグレアムは床を拳でたたいた。
戦闘人形との闘いで、エヴァンジェリンはまだ一勝もできていない。
そのことが、グレアムを焦らせているのだ。
「していない……! 今のままでは、またココも……そして俺も!」