キャンディを買いに
「えっ」
エヴァンジェリンは一歩下がった。
「大丈夫です、一人で行けます……サンディさんは、ココさんのそばにいてあげてください」
「いや、そばにって言っても男子は女子寮入れないから、俺がいてもあんまり意味ないし」
そうか、普通、生徒の寝室は男女別なのか。エヴァンジェリンはうっかり自分たちの秘密をもらすかと思ってひやっとした。
しかし、アレックスをどう断ろう。
「えと……でも……」
「今まで町に行ったことないのに、こんな寒い日に行くなんて危ないよ。俺なら道も覚えてるし、菓子屋さん? の場所もわかるし」
道を知っているのは、たしかにありがたい。
けれど、先日のこともあって、なんだか気まずい。
「お、俺も、ココが心配だからさ! どんなキャンディか知っておきたい。その、ええと、ダメかな?」
アレックスが、心もち体をかがめて、エヴァンジェリンの目を真剣に見る。
――目線を合わせてくれている。
(そっか……彼も、ココさんが心配なのね)
それなら、エヴァンジェリンの好き嫌いで拒むのは悪い。
「わかりました。それなら、午後の授業が終わったあとで、一緒に買いに行きましょう」
すると彼の表情が、ぱっと明るくなる。
「っしゃ! それなら、俺、ハダリーさんを迎えにいくよ。北寮の入り口んとこでいい?」
万が一にも、グレアムに見られたら困る。そう思ったエヴァンジェリンは慎重に提案した。
「いえ、それは申し訳ないので……学園の玄関ホールで待ち合わせするのは、いかがでしょうか」
「うん、わかった!」
彼は屈託なく笑って、温室を出て行った。
◆◆◆
(早くきすぎちゃったかな……)
シンと静まり返った金曜日夕方の玄関ホールで、アレックスはそわそわしていた。
(まさか、ふたりで出かける事になるなんて)
いささか強引だったかもしれないが、そんなラッキーが今日おこるなんて、まったく予測していなかった。
風邪で倒れたココに感謝したい気持ちである。本人にはどやされそうだから言わないが。
アレックスは玄関ホールのガラス窓に映った自分のシルエットを確認した。
(変じゃないかな? 久々に……私服なんて引っ張り出したけど)
なにしろ授業中は制服、放課後はユニフォームという生活を送っているから、普通の服を着ることがあまりない。
おっかなびっくり、細身の紺色のパンツに、同系色のセーターをかぶったが、コートと寮色のマフラーでほとんど下の服は見えなくなってしまった。
(まぁ、脱がないだろうしいっか……)
ガラス窓の自分の髪が跳ねているのも、なんだか気になる。指先でひっぱってみるが、そんなことではどうにもならなかった。
(なんだろ、普段は自分のカッコなんて、ぜんっぜん気にしたことなんてなかったのにな)
少しは気ぃ使いなさいよ! とたびたび言っていたココの声がよみがえる。
ちゃんとすればそれなりなんだから! というのがまくらことばにいつもついていた。
普段は聞き流していたその言葉を思い出して、ふぅと心をおちつかせる。
(大丈夫、ちゃんとした服を発掘したから、そこまでトンチキな見た目ではない……はず)
それでも、制服でない自分が、彼女の目にどう映るか、そんなことが気になってしまう。
(グレアム・トールギスは……きっとふつーの服もおしゃれ? なんだろうなぁ……)
エヴァンジェリンの婚約者の彼は、制服ですら高貴に着こなしていた。さぞ私服も、いいものをさらりと身に着けているにちがいない。
そして同時に、エヴァンジェリンがどんないでたちでくるのかも、気になってしまう。
(あんな綺麗なんだし……何着ても似合いそうだけどさ)
綺麗系なのか、かわいい系なのか……どちらにせよ、私服を見てみたい。そんな下心が、抑えられない。
「あっ」
その時、彼女が廊下の向こうからやってきた。その姿は――
「え? 制服?」
エヴァンジェリンはいつもと変わらぬいでたちで、アレックスの前にやってきた。
「お待たせしました、サンディさん」
いや、よく見たらケープを肩にまとっていたが……。
アレックスは少し拍子抜けした。
「どうかなさいましたか?」
「いや、なんでもないよ。行こうか!」
贅沢を言っていい身分ではない。彼女とこうして一緒に歩けるだけで、嬉しいではないか。
アレックスはそう思いながら、学園を出発した。
雪の積もる道を半刻ほど歩いて、二人は学園に一番近い町、パスティナクに到着した。
すでに5時。大地の雪の色が反射したような、ミルキィカラーの夕焼けが町に降り注いでいた。
そんな中、レンガ造りの街の入り口にたたずむエヴァンジェリンは、冬の妖精のように可憐だった。
(すごい綺麗な色だよな、この子の髪の色って……)
銀色に近いプラチナ・ブロンドは、まるで無垢な雪そのものだった。なんて冬に似合う髪だろう。
(いやでも、春は春で、夏は夏で……って感じで綺麗なんだろうな)
こんな女の子の隣を歩いているのが、この自分だなんて。なんだか信じられない。
彼女は、今までアレックスがかかわってきたどんな女の子とも、違っていた。
「サンディさん。お菓子屋さんはどちらでしょうか?」
「んっ⁉ ええと、たしかメインストリートをまっすぐ行ったところだったかな」
二人はゆっくり、雪の積もったレンガの道を歩き始めた。
この寒さのせいで、金曜の夕方だけど人はまばらだ。けれど、街頭の明かりはキラキラと輝き、ショーウインドウでは思い思いのデコレーションが目を楽しませてくれる。
魔法洋品店に、ケーキ屋。ブティックに、レストランやカフェ――。
歩きながらも、エヴァンジェリンはちらちらとショーウインドウを見ている。
「寄りたいところ、ある? 入ったら?」
するとエヴァンジェリンはびくっと肩をすくませて、首を振った。
「い、いえ。そういうわけでは」
もしかして――いや、たぶん、まだ自分は怖がられているんだろうか。強引についてきてしまったので、彼女は嫌がっているのかもしれない。
そんな不安が、ちらりとアレックスの中をよぎる。
「……ごめん。無理やりついてきて。俺が一緒にいたら、お店とか入りづらいよな」
すると彼女は首を振った。
「そんな……サンディさんが謝ることは。道がわかって、助かりました。それに……」
エヴァンジェリンの声が、途中で遠慮がちにとぎれる。
「それに?」
「謝らなければいけないのは……その、私の、ほうで……」
「え? なんで? ハダリーさんは俺になんにもしてないじゃん?」
すると彼女は、とても小さな声で、おずおずと言った。
「この間……バナナの木を運んでもらったとき、サンディさんを、怒鳴ってしまいました。親切にしてくれたのに……ごめんなさい」