初めてのともだち
ココとエヴァンジェリンが会うことに、グレアムは意外にも何も言ってこなかった。
もしかしたら、知らされてないのかもしれない。
(たしかに、私たちどっちかが言わないとわからないものね……)
できることなら、これからも温室だけでひっそり会って、グレアムには知られずに過ごしたい――。
と思いながら、エヴァンジェリンはその日の昼休みも温室に向かった。ココはこの時間毎日やってくるのだ。なんだか悪いと思いながらも、二人の間にあったわだかまりはすっかり小さくなって、にこやかに話せるようになってきた。
(私、グレアム様以外のひとと親しくお話するなんて……初めてで)
ココが来るのを、心待ちにしている部分さえあった。
ずっとあこがれていた、友達と一緒に過ごすこと。その感覚を味わわせてもらっているようで。
思わず浮き立ってしまう心を押さえながら、エヴァンジェリンは如雨露を水で満たし、バナナのお世話の準備をした。
木を見上げると、ここ数日の寒さにかかわらず、葉は見事に青々としげっている。
(ココさんのおかげね。バナナが元気になったの)
何かお礼をしなくちゃ。そう思っていた矢先、バタンと温室のドアが開いた。
「ココさん、今日も――」
しかし、振り向いたエヴァンジェリンは固まった。そこに立っていたのは、ココではなくアレックスだったからだ。
「あ……何か……ご用ですか」
前回、怒鳴ってしまった事が頭によみがえる。謝りたいとは思っていたが、そのままになってしまっていた。
おもわず固まったエヴァンジェリンに、アレックスは慌てていった。
「いや、ごめん。ココから伝言……今日はいけないからって。ココ、昨日から寝込んでて」
エヴァンジェリンは、それを聞いて心配になった。あの元気なココが、寝込むなんて。
相手がアレックスである事も忘れて、質問していた。
「ココさんが? どうかされたのですか?」
「なんか熱? 顔が真っ青でさ。でもただの風邪だから、大丈夫だよ」
あっけらかんとそういうアレックスだったが、エヴァンジェリンはますます心配になった。
高熱に青い顔。冬が始まるとはやりだす、たちのわるい風邪だ。エヴァンジェリンもかかったことがあるが、治るまでに時間がかかり、ずいぶんと苦しめられた。
「ノースライム熱ですね。それは心配です……ココさんはこちらに来られて日が浅いですから、耐性がないでしょうし」
「いやいや。ココは頑丈だからさ。今は辛そうだけど、ちょっと寝てれば治ると思うよ」
彼はノースライム熱のしつこさを知らないからそんなのんきなことが言えるのだ。
「ノースライム熱には、ジンジャースノウキャンディが効くのですが……」
エヴァンジェリンはおずおずと言った。あのキャンディで、エヴァンジェリンはだいぶ楽になったのだ。
「ん? なに? それ」
「常冬の雪に埋もれた畑で育ったショウガを砕いてキャンディにしたお薬です。とてもあったまって、熱が楽になるのですが……」
「へぇ、こっちにはそんな治療法があるのか。初めて聞いた」
「そうですよね……」
たしかに、南生まれの彼らには、聞きなれないキャンディだろう。持っているはずもない。
グレアム様に頼めば、彼女にキャンディ買って届けてくれるだろうか。けれど。
(そんなことを頼んだら、こうして私とココさんが会ってるってことが、ばれちゃう……)
しかしエヴァンジェリンは、自由にできるお金も持っていなければ、この学園の外に出たこともない。
(グレアム様に、ダメもとでお願いしてみる……? あっ……待って、そういえば……!)
エヴァンジェリンは、先日のバナナの苗木の代金のおつりが、まだ引き出しの中にしまってあることを思い出した。返そうとしたら、不機嫌な顔で突き返されたから、そのまましまっておいたのだった。
(あれを使って、私が買いにいけばいいんだ……!)
幸い、今日は金曜日だ。今日の夜にかけてからの週末は、町までの外出が許されている。
グレアムにばれないように、授業終わりにさっと出かけて、さっと帰ってくればいい。
(町へ行くのは、禁止されてるけど……)
そこに大きなお菓子屋さんや薬屋さんがあることは、生徒たちの間の話を聞いて知っていた。
グレアムの言いつけをやぶってこんなことをするのは、ちょっと怖い。
でも。
(ココさんには、よくしてもらった……。初めてのノースライム熱は、苦しいはず)
エヴァンジェリンは決心した。
「サンディさん。お願いがあるのですが」
「えっ⁉ 君が俺に? なに?」
「私、今日の夕方、ジンジャースノウキャンディを買ってきます。それをお渡しするので、ココさんに渡してはもらえませんか。他の寮には入れないので……」
するとアレックスは温室の吹き抜けから空を見上げた。
「今夜、めちゃくちゃ寒くなりそうなのに? いいよ、ココのために、そんな無理しなくて……」
「いえ、私は寒さには慣れていますから、大丈夫です」
「でも、町までけっこう歩くよ?」
「そうなんですか?」
アレックスは目を丸くした。
「ハダリーさん、町に行ったことないの?」
「ないですが……」
「マジで⁉ 五年間も学校にいて?」
驚くアレックスを横目にしながら、エヴァンジェリンはてきぱきとバナナに水をやり始めた。昼休みは有限だ。
「はい。ですが、キャンディはちゃんと買ってこれると思います。そのあと南寮をおたずねしますので、受け取ってもらえませんか」
「どうしても今日行くの? 別の日にした方が……」
エヴァンジェリンはうなずいた。
「ええ。ひきはじめが一番つらいですから、ノースライム熱は」
するとアレックスは、すっとエヴァンジェリンの横に立った。
「それなら……俺も一緒に行く」