謝罪とはなんぞや
「えっ」
アレックスは驚いたようにエヴァンジェリンを見た。
「そういうの、もう嫌なんです。もう、私に構わないでください!」
もう、利用されるのは嫌だ。それに、誤解されて責められるのも。エヴァンジェリンはその一心だった。
するとアレックスは、ショックを受けた顔ながらも――エヴァンジェリンに向かって、微笑んだ。
「そっか……初めて怒ったね、ハダリーさん」
その返しは予想外すぎて、エヴァンジェリンは思わず一歩下がった。
「よかった。俺、君に怒ってほしかったのかもな」
そう言ったあと、アレックスはじっとエヴァンジェリンを見つめた。
「俺は君から何も引き出そうなんて、思ってないけど……」
少しうつむいて、彼は笑った。
「ただ、君に許してほしかったんだ。でも、これも俺の勝手だよな」
そう言って、アレックスはエヴァンジェリンに背を向けた。
「怖がらせてごめん。もう、近づかないようにするよ」
(ああ……なんだか、後味が悪いな)
エヴァンジェリンはそう思いながら、ひとりバナナの植え付けを終わらせて、学園へと戻った。午後の授業中も、さきほどの言い争いのことが気にかかってまともに集中できない。
あんなこと、言わなければよかった。エヴァンジェリンは早くも、アレックスに対して怒ったことを後悔していた。
(誰かに対して怒るのって、その瞬間はスッとするかもしれないけど……終わってしまえば、嫌な気持ちになるばかりなのね)
アレックスは怒っているだろうか、傷ついているだろうか……なんて、そんなことばかり考えて、気持ちが沈む。
こんな気持ちになるのは初めてだった。なぜならエヴァンジェリンは、今まで誰かに対して怒ったことなどなかったから。
(いやだなって思っても、グレアム様には言えるわけなかったし……)
むしろエヴァンジェリンはいつも、怒鳴られ、怒られる側だった。今回初めて、逆の立場を経験したのだ。
アレックスの、傷ついたような笑顔が頭をちらつく。くっ、とエヴァンジェリンは唇をかんだ。
(私、自分がされて嫌な事を……他の人に、してしまったんだわ)
そのことに気がついて、エヴァンジェリンは自分が嫌になってしまった。
(悪いこと、してしまった……)
そうか、だから人は謝るのか。
相手に謝って許してもらえれば、きっとこの嫌な気持ちは軽くなるだろう。
ココも、アレックスも、この気持ちを味わうのが嫌で、エヴァンジェリンにあんなに謝っていんだ。
(そっか……そうだったんだ……)
自分も、アレックスに謝りたい。
しかし、どうやって謝るべきなんだろう。
エヴァンジェリンは一人、授業に上の空になりながらそう考えた。
(何を引き出すつもりですか、かぁ……)
温室を後にして、アレックスはエヴァンジェリンの言った言葉を思い返した。
(ディック・イーストと同じだと思われたのかな)
グレアムの話によれば、彼はエヴァンジェリンに横恋慕して、それがこじれて呪いをかけたのだという。
エヴァンジェリンとグレアムを仲たがいさせるために、ココも利用されたと言っていた。
その執念深さを思うと、少しぞっとする。
(俺はそんなつもりは……ないのに)
ただ、エヴァンジェリンに謝りたかった。そして、彼女がもう一人で泣くことがないように、してやりたかった。
はぁとため息をついて、アレックスは校舎の庭に広がる芝生の上にごろりと横になった。
(泣かせたくないって……いや、そんなこと以前に、俺、マジであの子に嫌われてんじゃん)
そんなことに気づかず――いや、気づかないふりをして、必死に付きまとっていた自分がアホすぎて笑えてくる。
(とうとう、はっきり構わないでください! って言われちゃったなぁ)
いくら話しかけてもかっちり線を引き、決して感情を見せなかった彼女が、今日は本気で怒っていた。エヴァンジェリンが初めて、感情をアレックスにぶつけたのだ。
きゅっと唇を結んで、プラチナの眉が八の字になって。
(嫌われちゃったけど……でも)
怒った顔も、かわいかったな。
(なんでだろう……あの子には、嫌われても、何をされても……)
アレックスの方からは、嫌いになれない。
むしろ、もっと彼女の事が気にかかる。
あの子の気持ちを、もっとよく知りたい。それで彼女の気が晴れるなら、思う存分アレックスを怒って、嫌って、たたいてほしい。
――なんでも、してあげたい。
そこまで思って、アレックスはまたため息をついた。
(何考えてるんだ、俺は。嫌われてるっていうのに何がしてあげられるって言うんだよ……)
目を閉じて、降り注ぐ陽光を瞼の裏に感じながら内心ぼやく。
けれど瞼の裏には、すぐにエヴァンジェリンの姿が浮かぶ。
「ああ、もう……」
たまらずアレックスがつぶやいた、その時。
「ちょっと、こんなとこで昼寝なんて風邪ひくわよ」
元気な声に、アレックスは薄目を開けた。
「なんだ……ココか」
「あらどうしたの、そんな落ち込んじゃって。あんたが珍しい」
ココは珍しく、めったに出さない優しい声を出し、アレックスの隣に腰かけた。アレックスはぼやきながら起き上がった。
「なんだよ、俺そんなにしょげてねぇぞ」
「何があったの?」
ココは思ったことをずばずば言うし、おしとやかさのかけらもないが、優しさがないわけではない。むしろ困っている人を放っておけない方だ。
つまり、今のココは、きっとアレックスの相談に乗ってくれる。彼女のそんな性格を知っているアレックスは、この時ばかりは正直に起こったことを話した。
「ふーむ。ハダリーさんにふられた、と」