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高嶺の姫


「なに? あんたってストーカーだったの?」


「何の話だよ」


「ハダリーさんの事よ! 毎回毎回つけまわして……グレアムもアレだけど、あんたもたいがいよ!」


「俺はただ、彼女の隣に座ってるだけで!」


「それがだめなのよ! あの子いつも迷惑そうな顔、してるじゃない! 可哀想だからもうやめなさいよ」


「えっ……そう、なのか」


 談話室でココと言い争うアレックスの肩を、茶髪の男子生徒が乱暴に小突く。


「はは、アレクもやるよなぁ。北寮の姫に横恋慕とは?」


「は? 姫?」


「エヴァンジェリン姫様のことだよ。あの子はトールギスががっちり捕まえてるから、いくら美人でも誰も手を出せなかったんだぜ」


「そうそう。そこにアンタらが現れて、均衡がやぶれたっていうか。いやー、アンタが姫を叩いた時は恐怖したよ。でもそこからお近づきになってんだから、結果オーライかもな?」


 一時期、ココへの嫌がらせのせいで関係が冷え込んでいた南寮と北寮だったが、エヴァンジェリンの濡れ衣が晴れ、今はすっかり元の環境に戻っていた。


「マシュー、俺はそういうつもりじゃ……!」


「でも、今はトールギスはココにご執心、ってことは、エヴァンジェリン姫をかっさらうチャンスかもしれないな? どーだ皆、賭けるか?」


 お調子者のマシューは周りに呼びかけた。次々とヤジが飛ぶ。


「そうだなぁ、アレクが振られるに煙草ひと箱」


「だなぁ、俺もそっちに色変わりインク」


「じゃあ俺は金を賭ける」


 マシューはやれやれと首を振った。


「おいおい、これじゃあ賭けになんないな。誰か姫とのハッピーエンドにかける奴はいないのか。いてっ」


 マッシュの頭を、ココがはたいた。


「肝心のハダリーさんが嫌がってるでしょうが。賭けなんて成立するわけないでしょ」


「待てよ!別に俺はそういうんじゃないから」


 マシューがにやにやしながら聞く。


「じゃあ、どういうつもり?」


「俺はただ……あの子にひどい事しちゃったから、なにか詫びたいって思って」


「それで毎回毎回、しつこく授業であの子のとなりに?」


 ココが厳しく問い詰める。


「ちゃんと許可はとってる! 彼女はいいって」


「でも毎回顔が固まってるわよ。あんたまさか、無理やり口説いたりしてるんじゃないでしょうね?」


「そんなわけないだろ! 何か俺にできる事がないか、って毎回きいてるだけだ」


「ふうん。で、彼女はなんて?」


「特にない、って……」


 それ見た事か。そんな顔をするココに、アレックスは言い訳のように言った。


「で、でも、少しずついろいろ話してくれるようになったんだ。レポートの事とか、授業内容の事とか……」


 それを聞いて、周りはいっせいにため息をついた。


「普通に勉強してるだけかよ……」


「姫の隣に座っておきながらそんなつまらん事、話してるのか」


 アレックスはムッとした顔で聞き返す。


「なんだよ、じゃあ何を話せっていうんだよ」


「そりゃ、仲良くなりたいんなら相手の事をきかないと」


「そうそう、好きな食べものとか、休みの日の過ごし方とか……」


 口々にアドバイスをする彼らを、ココは止めた。


「ダメよ。この朴念仁に、気の利いた会話なんて無理」


「お前がそれ言う?」


「あんたよりはましよ」


 そう言って、ココは頭に手をあてた。

 その点、グレアムは完璧だった。

 そう――田舎出身で、周りはアレクのような荒くれ男ばかり。そんな環境で育ってきたというのに、この学園にやってきて、初めて出会ってしまった。

 洗練された物腰。優美な表情。いつも白檀の良い香りを漂わせている完璧な王子様――そう、グレアムに。

 最初彼が声をかけてきてくれた時は、さすがのココも驚いた。

 何でこんな御曹司が、田舎出身の私なんかに?と。

 しかしグレアムはそんな疑問がどこかへ消えてしまうほど、ココに向かって熱心に甘い言葉を囁いた。

 そんな事をされればひとたまりもない。恋愛には初心なココは、婚約者がいるにもかかわらず、どんどんグレアムの事を好きになっていった。

 だけど。


(その結果がこれ。やっぱり世の中、旨い話なんてないんだわ)


 エヴァンジェリンは、性悪な悪役令嬢ではなく、ただのお淑やかな女の子であった。

 そんな彼女がいながらココに手を出そうとしていたグレアムは、どう考えてもクズ男だ。


(でも……全部バレたあとでも、あの人なんか、私に言い寄ってくるのよね……)


 ココが拒絶すると、グレアムはまるでこの世の終わりのような顔をして、一身に追ってくる。


(あんな顔をされたら……まるで私が悪いみたいじゃない! もう!)


 エヴァンジェリンがいるのに、またグレアムの事を考えてしまっている自分がいる。ココはそんな自分に苛々しながら、アレックスを叱り飛ばした。


「とにかく、ハダリーさんが嫌がってるから、もうストーカーはやめなさいよっ」







 次の日の昼休み。エヴァンジェリンは学園の正門で、バナナの苗を載せた荷馬車が到着するのを今か今かと待っていた。

 少し冷たい風が、エヴァンジェリンの鼻先をかすめる。もうすぐ冬がやってくるのだ。


(バナナ、ちゃんと育つかしら。場所はいただいたけど……)


 グレアムは、バナナを育てるために温室の一部を借り受けてくれた。前のグレアムからは考えられないほど優しい待遇だ。

 

(嬉しいけど、ちょっとこわいというか、不気味なような――)


 グレアムの気が変わる前に、さっさと受け取って植え付けを済ませたい。そう思いながらひたすら直立で待つエヴァンジェリンの背中に、快活な声がかかった。


「おおーい! 北寮のミス・お姫さま!」


 誰のことだろう。そう思って振り向くと、朱色のユニフォームを着たゴツめの一団が、少し遠くからエヴァンジェリンを認めて手を振っていた。


「……?」


 なんとなく知っている顔はあるが、誰とも一度も話した事がない。とおもったら、その集団の中にはアレックスがいた。とびぬけて背が高いからすぐにわかった。

 彼の前に立つ、やや背の低い茶髪の男子が叫ぶ。


「お姫さま、聞いてよ! おそれながら、ここにいるアレックスが君の事――おぶっ!」


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