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第6話 ここから始まった物語

 家に帰って来た純達は、デスクトップパソコンに蔓延るウイルスを駆除する為対策を考えていた。


 対策と言っても内容は割合簡単なもの。ミドリの、アンチソフトウイルスウェアのアップグレードが大きな課題。今のミドリの性能でも進行を抑え込めれるが、あくまで抑え込めれる程度。要は、駆除するにはミドリをパワーアップさせないといけない。


 そこで必要な物が一つだけある。それは、パーソナルAIサポートアンチウイルス専用のガジェットだ。それが有ればミドリのサポートも出来れば、デバイスとして使う事も可能となる。他にもやれる事に広がりが出る。


 ガジェットを手に入れる方法は大まかに二つある。一つ目は、市販に売られている物を購入。二つ目は、個人による自作。

 今回純達は後者での入手を試みる。


 家に帰るついでに製作するに必要な物を調達しており、テーブルの上に広げている。特に目立つのは、真ん中に置かれている新品のスマートフォンが一台。これをベースにミドリ専用のガジェットもとい、家となるものを自作する。


「先ずは分解しましょう」


 勿体無い気もするが、新品のスマートフォンを一度全て基盤も含め分解する。その中から必要な物だけ抜き取り、正規品を少し弄りつつそこにはめていく。

 形だけ作るなら造作もないこと。とはいえ、純は自作をした事がない為、作業の殆どをミドリに任せて、助手をする程度に収まっている。


 ────それから約1時間程経過した。


 OSのインストールなどのセットアップを全て完了した。新品のスマートフォンはあらま不思議、パーソナルAIサポートアンチウイルス専用のガジェットと生まれ変わった。作る過程で少し改造したせいもあり、普通のスマートフォンより見た目が分厚くなってしまったのは致し方ない。


 だが、完了しただけで完成ではない。あくまでガワが出来たまで。ここから更にミドリが必要なアプリなど作成して、アンチソフトウイルスウェアであるミドリそのもののアップグレードの作業をしなければならない。


 正直、AIアンチウイルスが必要とするマニュアルなどの知識はほぼ皆無。一般的なアンチウイルスウェアなら純も訳ないが、根本的な作りが違うAIアンチウイルスの調整は手が出せない。


 ──その後更に30分程経過したが、製作の殆どミドリ一人でどうにかなってしまった。

 とはいえようやく完成した。更に細かい調整は、今後運用していく中でやるとして、先ずは新しくなったスマートフォンの電源を入れる。


 動作確認も中々のもの。殆どミドリが作業したが、自作という観点から謎の満足感と達成感が湧き上がる。


 何がともあれこれで、デスクトップパソコンに居るマルウェアもといウイルスの駆除に取り掛かれる。

 と、思った矢先ミドリの姿を見てその手を止めた。


 純に見つめられて気恥ずかしいのか、モジモジしながら頬を赤く染める。無言で見つめられるものだから、失礼ながら問い掛ける事にした。


「あの、どうかなさいましたか?」


「──姿が見窄らしいなって」


「ガガーン!」


 確かに言われてみれば、ガジェットは完成し、ミドリ自身服装含めて自由にカスタマイズ出来る機能は搭載しているにも関わらず、服装は昨日出会った時点での布切れ一枚の姿。

 見窄らしいと言われても仕方ない。


 それでもAIアンチウイルスと言えど、ミドリにも乙女心というものがある。純の何気ない一言が、ミドリの心に深く突き刺さってく。


「あ、そうだ」


 何か思い出したみたく、デスクトップパソコンを設置してある机の引き出しを開けて漁り始める。

 まだそんなに物を入れ込んでいなかった為、早くも探し物を見つけ出した。それを、軽くミドリへて放り投げる。


 受け取った物は、USBメモリー一つ。

 いくら改造したスマートフォンでも、USBを挿し込むのは不可能の為、USBハブを使用してスマートフォンへと接続してデータを読み込む。改造したスマートフォンはミドリと直接繋がっているのと同じな為に、読み込んだデータを見てミドリは目を見開く。


「純様これって…!」


「学生の時に何となく作ったやつだ。嫌なら別に──」


「とんでもございません!有り難く使わせて頂きます!」


 ミドリは、素早い手捌きでUSBの中にあるデータをスマートフォンの中にコピーし、起動させた。すると、ミドリの体はデータに包まれて、その身に変化をもたらす。


 頭に黒いひし形が連なったカチューシャが付けられる。同じく黒く、丈の短いノースリーブドレスに、二の腕までの長さのフリルをあしらったアームウォーマーまで身に付けておる。見るからに寒そうだった素足も今は、黒いタイツに茶色のロングブーツを履いている。

 そして、飾りではなく武器であろう大鎌を片手に持っているではないか。


 髪色以外、殆ど黒一色に大鎌。これだけで分かる。


「まるで死神みたいですね」


「…やっぱり返せ。今すぐ削除する」


「激しくお断りします!」


 軽く大鎌を振って、改造したスマートフォンに純を近付けさせない様に抵抗する。そこまで気に入ったのであれば、それはそれで良しとする。


 ミドリは改めて自分の姿を確認する。「初めて純から貰ったもの」そう思うとうっとりとして、表情が崩れてしまうくらい嬉しい。


 改造したスマートフォンで、自分の姿の基本設定にして大切に保存する。


「では、《テーマ》は死神という事で宜しいでしょうか?」


「テーマ…あー、あのテーマね」


 《テーマ》とは、AIアンチウイルスがどの様な姿で、どんな戦闘スタイルになるかが決められるシステム。

 例えば騎士のテーマでセットアップすると、AIアンチウイルスの姿はそのテーマに沿ったものとなり、それに合った戦闘スタイルが自動的にプログラムされる。勿論、人型以外も選択は可能だ。中には伝説上の生き物だの、無機物だのとテーマは幅広く存在し、その数だけ世界に存在している。


 ミドリにも元々のテーマが存在していたのだが、会話の内容から察するに、前のバディが既に削除して真っ白な状態になっているに違いない。見た目が見窄らしいのも恐らくそれが原因だと思われる。


「テーマは確かに大事だな。まあ、これと言って思い付くのも無いし、死神で良いんじゃない?」


「はい、ではその様に進めますね」


「意外とやる事多いな」


 ガジェットが完成したらそれで終わりかと思いきや、その後でミドリに関する事で色々手間取っている。セットアップが完了している様で実はそこまで完了していなかった。


「これにてようやく完成ですね。改造したスマートフォン」


「にしても長いな。どうせなら名前でも付けるか?ミドリウェアとか?」


 改造したスマートフォンと一々呼ぶにしては長過ぎる。そこで純は、鼻で笑いつつも自分の苗字の緑とミドリの名前から適当に取って付けてみた。呼びやすく、覚えやすければ何でも良いと思って言ったら、どうやらミドリが思いの外気に入ったらしく強く首を縦に頷いた。


「良いですね。では《ミドリウェア》と命名しましょう」


 色々と寄り道はしたが、全ての作業が終わってミドリ専用のガジェット・ミドリウェアが完成した。

 しかしこれで終わりではない。寧ろこれからなのだ。

 ガジェットを作る事が目的ではなく、デスクトップパソコンの中に居るウイルスを駆除が本命。


 ミドリはミドリウェアの中へ戻り、いつでも電脳世界に飛び込めれる準備をする。純も専用のインカムを耳に装着し、ミドリウェアとパソコンをケーブルで接続させて道を作る。


 ──さぁ、飛び込め!



 ////////



 ミドリが降り立った場所は、巨大ウイルスが居た場所。前回と違い、ウイルスの大元である核の場所は特定している。倒しても意味の無いウイルスは無視して、直接乗り込んで進行を少しでも早く食い止める。


 しかし、降り立った場所はウイルスの巣窟。知っていた事だが、ウイルスの数は多くもう既に取り囲まれている。ここからどう立ち回って行くかで、戦況は変わってくる。


 大鎌を両手で持って構える。一気に動かず、ゆとりを持ってから行動に移す。そして、戦闘開始の合図は唐突に訪れる。


 背後から、光線か撃ち出されるも心に余裕を持っていた為体を少し横に反らした避け、他の仲間達に誤射させる。ウイルス同士の仲間内での攻撃は基本消滅はしない。けれども効かないという訳でも無い。当たれば怯むので、その隙を突いて切り伏せるだけ。


 横へ避けてすぐ、柔らかい体を活かして大鎌を大きく振り翳して周囲のウイルスを一掃する。

 数はまだまだ健在だが、一掃された様子を見て核が動き出した。データを集約し、相手を即座に破壊するプログラム光線を撃ち放った。


『避けろ!』


 迎え撃とうとしたが、純の指示によって中断した横に飛び移って回避。放たれた光線は、地面を抉りながら壁まで撃ち流され大爆発を起こす。


 まだ核ウイルスの攻撃は終わらない。丸い自分の体を、グググと鈍い音を立てながらも凝縮させて小さくさせる。

 何をしてくるか不明な為、安易には近付けずに立ち止まる。細心の注意を払って、どんな攻撃にも対応出来る態勢を整えていると攻撃は突然やって来る。


 極限にまで凝縮した体を一気に膨らませて、体中にあるスパイクを辺り一体に撒き散らした。何処へ逃げてもその先にスパイクが飛んで来る。ならば真正面から防御する。

 ミドリは、大鎌を手で回転させて飛んで来るスパイクを全て弾いてみせた。


 広範囲の攻撃だった為にか、周りにいたウイルスにも被害に遭われていたが、マルウェア同士ではお互いに消滅させられないので大した被害は無い。


 なんとも腹立たしい事だ。


「癪に障りますね…」


『冷静に、な?』


「でしたら純様、どの様に致しましょうか?」


『そら、もう一撃で』


 冷静になれと言っていた純も、イマイチ攻め切れて無い事にその色を滲ませている。

 再度ミドリが構え直すと、周りに群がっていたウイルス達が一斉に襲い掛かって来た。

 大鎌を長く持ち直してから、その場で横一回転で周囲のウイルスを全て薙ぎ払った。

 増殖したウイルスとは逆に、核ウイルスだけが距離を取り始めた。


 それでもこの場所を宿主とした時点で、いくら距離を取ろうとも他の場所へと逃げる事は無い。焦る事は無い。落ち着いて手早く、目の前に居る敵を薙ぎ倒して近付く。


 少しずつ道が切り開いて行く。目の前に居る三体のウイルスを消滅させて、ようやく距離を取った核ウイルスに追い付いた。

 そこからの相手の行動が早かった。


 即座にノーチャージで光線を放って来たのだ。咄嗟の事もあり大鎌で防いだが、大きく弾かれて両腕が上がってしまい隙が生まれた。


 好機と見たウイルスは、光線を速射重視に置き換えて連射。攻撃が近付く前にどう対処するか頭の中で考える。

 敢えて受けて強引に攻撃へと転じるか、もしくは無難に回避して難を逃れるか。前者はミドリが傷付くのは明白。かと言って後者を選ぶにしても、連射の嵐を掻い潜るのに足だけでなると、下手をすれば躓いて大きな隙を生んでしまう可能性もある。


 時間が無い。選択が今にも迫られる時、純が新たな選択肢を与えた。


『──バク転で回避しながら防御だ!!』


 ミドリは脚に力を込め、後方へと飛びながら足で光線を弾き飛ばして片手で地面に手を着いて連続で回転する。


 ようやく攻撃が収まり、地に両足が着いて一安心なのだが、ミドリは若干涙目になって攻撃を弾いた足を抑えていた。

 足にファイアウォールを纏ってウイルスから身を守っていたが、痛みが無い訳でない為この様な事になっていた。


 これなら、ミドリの考えた前者を選んだ方が良かったと思う事もあるが、被害が足の一箇所という最小限で抑えられているから、純の指示に間違いは無い。

 寧ろ弾いた光線は、他のウイルスに被弾して怯んだのだ。


『ミ、ミドリ大丈夫か?指示間違ったか?』


「い、いえこれくらい大丈夫です。最適な指示、ありがとうございます…くふぅー」


 大丈夫と本人は言うが、その痛みを人間で例えるならタンスの角に小指をぶつけた程のもの。悶える声が可愛くも思う。


「気を引き締めます!頑張ります!純様に勝利をお届けする事に、全力で精進して参ります!!」


 二度、三度と両頬を叩いて気合いを入れ直す。何もそこまで気張らなくても良いと思うが、そんな真面目な所、純に対して何か頑張りたいと思うそんな一途な気持ち。

 戦いの中で、ミドリの事が更に深く知り得て来た。


 だからこそ、純もそれに応えるべく全力で尽くす。


『次で決める』


「はい!」


 なりふり構わずのウイルス達は捨て身で襲いに来るも、一瞬で全てミドリの大鎌の餌食にされる。

 一人ではどうにも出来なかった事が、パートナーであるバディが居ると居ないでこの差。ミドリもまた、純の為に全力で尽くそうとする。


 荒れ狂うウイルスとその攻撃を全て退き、全ての元凶であるラスボスの喉に刃は届く。


『勝利の女神はミドリに微笑んだ!』


「えっあ、私に微笑みました!」


 ミドリの体が緑色に発光し、その光から0と1の羅列した数字が溢れ出して大鎌へと吸い込まれていく。アンチウイルスデータがマルウェアを破壊する為のプログラムへと変換され、力となる。


 懐に潜り込み、腰を低くして大鎌もまた地面スレスレにまで構える。


 踏み出す一歩は地面にめり込み、柄を握る両手は血でも滲み出るかの如く強い。大鎌の刃からは、許容量をオーバーしているのか、データが僅かに漏れ出ている。それだけで、如何にこの一撃が重いのかが分かる。


 そして遂に、


「──死神の大鎌!!」


 渾身の力で薙ぎ払われる大鎌によって巨大な核ウイルスは、一瞬で輪切りとなった。その攻撃が余波となってウイルスは勿論関係の無い、傷付ける事の無いパソコン内部のデータなどもを諸共破壊した。


 ミドリ自身も予想以上の力を振るって、その余韻に浸かっている。


 ここまでの力を出せれたのには、大鎌に乗せたのはただのデータやプログラムだけではないということ。相手を葬りたいという気持ち、純の想いに応えたいという気持ち。その気持ちが相乗効果を生んだ。


 一時的なものだったが、確かにミドリは感じた。「自分が知らない力を引き出せたこの人こそ、運命の相手」だと。

 それともう一つ妙な感じもする。が、今は気にする事も無いだろう。


『馬鹿、やり過ぎだろ…』


 一方で純は勝利の余韻どころか、ここまでやらかしたミドリに呆れ果てていた。

 そんな純の気持ちを梅雨知らずのミドリは、電脳世界からミドリウェアを介さず直接モニターから飛び出て来た。

 やり遂げた表情をしており、とてもとても清々しくいた。


 まだウイルスは全て駆除し終えていないが、それは後でも構わない。核ウイルスを駆除したお陰でその活動は全て停止されている。これ以上増える事も、悪さをする事も無い。


「純様に、勝利をお届け出来ました」


 終わってみれば何とも呆気ないもの。寧ろ、ここまで辿り着くまでの方がよっぽど疲れた。

 喧嘩して、仲直りして、ガジェットも自作までしたのだ。その疲れが一気にのしかかり、尻餅をついて大きな息を吐く。


「純様!?」


「平気、平気だから近い!離れろ!」


 何かあったのかと青ざめたミドリは、顔を近付けて体中を弄る。ここまでの態度の急変は異常とも言える。純もここまでの距離感は異性であっても嫌らしく、引き剥がそうと奮闘。

 お互いに対面での正座でようやく落ち着く。これ以上の体力の消費はまっぴらごめんだ。


「純様、私のバディになってはくれませんか?」


「えっ、なってなかったのか?」


 その返しに思ってもみなく、ミドリは思わず素っ頓狂な声が出る。考えたりするものだと思っていたのだが、まさかそう来るとは。純の中では、もうバディとして受け入れてくれていた。

 考えてみれば思い当たる節は幾つもある。


 AIアンチウイルスと知ってながら、自分を拾って世話をしてくれた。あれだけ言い争った後に勝手に出て行った自分を、心配して追い掛けてくれた。ガジェットも用意してくれた。戦う為の力も、指示も何もかも与えてくれた。


 その瞬間、ミドリの中で感じた事のない感情が溢れ出した。止まらないこの感情、心地良い気持ち、少し前に感じた「好き」という感情を超えたその先にある感情。


 ──恋心。


「結婚しましょう!!」


 別におかしい事ではない。人間とAIアンチウイルスが結婚したという事例はある。


 気持ちが昂って少々前のめりになってしまった。純の表情は今まで以上のもので、ドン引きしていた。


「えっ何、気持ち悪!」


「ガガーン!」


「驚きの反応やめろ。それはこっちの台詞だ」


 距離感を分かってきた純の言葉使いは少しずつ砕けてきた。

 もう何度目かの優しさもミドリに見せる。頭を優しく撫で、頬を伝って、ミドリの手を離さない様に両手で包む。


 結婚の事はともかく、バディの返事はまだ。しかし、それの返事も純の中で決まっているし、ミドリが家に転がり込んで来た時点でもうその決意は決まっていた。


「新しいバディハッカーの誕生だな。宜しくな」


「それは、夫婦として認めて下さったという事では!」


「うるせぇわ!!」



 ////////



 ──現在。



 雨降る中で、ミドリは昔の思い出を振り返っていた。「思い出の中の純様も素敵!」なんて考えもあり、蕩けた表情な上口元から涎が垂れていた。折角の美人が台無しである。


 過去に色々あったが、そこで得た想いは本物であり、これからもずっと大切にしていきたいと思う。彼がいたからこそ、今のミドリがある。一人孤独に絶望の中を彷徨っていたのを、彼は手を差し伸べて救ってくれた。


 そんな彼が今、家でお腹を空かして待っている。こうしちゃいられないと思い、立ち上がって荷物を手に取る。

 雨を心配して迎えに来ている真っ最中の純には悪いが、ミドリも動けばその内合流するだろうと考える。愛しの彼に、手間を取らせる訳にいかせない。


 そんな彼女に声を掛ける者が一人。


「待たせた」


 タイミングよく純が到着した。純を視界に入れた途端、ミドリの表情は一瞬で煌びやかなものとなった。


「はい!はい!純様の為なら、例え火の中水の中でもいくらでも待ちます!」


 犬の様にはしゃいで騒がしく、少々周りからの目も痛い。ミドリはそんな事思ってはいないだろうが。

 そんな事より早く家に帰らなければ、雨がまた酷くなる事もある。ミドリの傘と荷物を交換して、早く帰る様に促す。


「早く帰るぞ」


「あ、待って下さい純様。荷物は私が運びます」


「ミドリは買い物してくれただろ?俺が持つからゆっくりしてろ」


 気を遣わせてくれた事に、ミドリの胸がハートの矢が撃ち抜かれる。今となっては「好き」が限界突破してる彼女に、もう言葉での愛情表現は困難を極めている。だからいつも、言葉と共に行動で愛情表現をしている。


「純様純様」


 軽く背伸びして純の頬に口づけをした。ミドリの「やってやったぜ」的な顔をしているのが気に食わなかったのか、純もおでこに静かにやり返した。


 少し間が空いて、ようやく何されたか理解して一瞬で顔がリンゴの様に赤く染め上がる。いつものやり取りなら、ミドリが攻めて純が受けるも、今回は不意打ちでその逆になって動揺を隠せない。そもそも、純からこういう事をするなんて殆ど無い。

 だからこそ、ミドリはこんなにも慌ただしくなる。


「じじじゅ純ささ純様?!!」


「それより本当に早く帰るぞ。ミドリのカレー食いたいんだ」


「うぅ…嬉しいですけど、何か悔しいです!」


 振り回される事に慣れてしまっていたが、いざ逆に振り回す立場となると何とも気持ちの良いものだと実感した。偶にはこういうのもアリだと。

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