第4話 振り返る思い出
「材料がありませんね…」
3時の時間が回ったある日の午後のこと。夜ご飯に備えて支度を始めようかと思って台所に立ったのだが、肝心な材料が無い事を知った。
ミドリからしたら、これは大失態と呼べるべきもの。まだ日が昇っている内に、スーパーに出掛けて買い物しなければならないときた。移動手段としてのバイクはあるが、バイクは積載量が限られている。車が有れば良かったが、生憎そんな高価な物は無ければ、維持出来るお金も持ち合わせてはいない。
だがら、急いで徒歩で行き帰りしないといけない。
ミドリは大きめのエコバッグを持って、その中にお財布、連絡手段としてミドリウェアを詰め込んで準備をする。
廊下を歩いて玄関へと向かう途中で、お手洗いを済ませた純と出会した。
「お〜ミドリ…今から買い物か?俺も付き合うよ」
「ありがとうございます。ですが、純様のお手を煩わせる訳にはいきませんので」
軽く一礼してから玄関で一度座り込んで、茶色のロングブーツを履いて純へ向き直る。「いってきます」と笑顔で言って足取り良く出て行った。純は「そんなお買い物に真剣にならなくても」と思うも、笑顔に笑顔で返して手を振って送り出した。
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天気は良好、気温もまだ春もあって暖かい。
ミドリが向かうスーパーは、家から徒歩20分程で辿り着く業務用スーパー。業務用なだけあって一つ一つの品揃えの豊富は勿論、お店で扱う様な大袋で販売もしている。更に良い点は、お財布が乏しいご家庭にも満足のお手頃価格。
頭の中でこれから買う物のリストを整理していると、信号の無い横断歩道を前に立ち往生してるお婆さんを目にした。
ちゃんと横断歩道の前で立っているにも関わらず、自動車はお婆さんを無視して通過している。
そんな姿にいても立っても居られず、お節介かもと思われるが手助けをする事にした。
「お婆さん大丈夫ですか?私が、今すぐ渡れる様にしますね」
「あらあら良いのよ、そんな事せずとも」
「歩行者優先です。任せて下さい!」
右を見て、左を見てからもう一度右を見て自動車が来てない事を確認する。先ずは、自分が横断歩道に出てからお婆さんを先導させる。
手を挙げて渡ろうとした時だった。クラクションを鳴らしながら、猛スピードで走って来るスポーツカーが現れた。止まる気配など一切無い。寧ろ、退かないなら轢いてでも進んで行く勢い。
ミドリもミドリで歩行者優先を貫き通す為、避けようともしない。流石のスポーツカーも、急ブレーキをして寸前の所で止まってくれた。しかし、ガラの悪い男の運転手が悪態を吐きながらミドリに迫って来た。
「何処見て歩いてんだ!轢き殺すぞ!!」
「貴方こそ、横断歩道の前に人が居れば止まるのが交通ルールです。知らないのですか?」
口答えするミドリに癪に触ったのか、拳を振り上げて暴力で分からせようと仕掛けて来るも、裏拳で殴り飛ばして返り討ちにし、男は歩道へと吹っ飛ばされる。
それを目の当たりにしていた、他の自動車も横断歩道の前で急ブレーキを掛けた。
渡れる事を再確認して、お婆さんの手を取って渡らせた後一礼し笑顔で手を振って別れた。
一つ片づいたが、まだ問題は残っている。ミドリは殴り飛ばした男の元へゆっくりと歩き、目の前まで来ると襟首を掴んで顔近くまで引き寄せて、先程言われた事を言い返す。
「何処を見て運転をなさっているのですか?駆除しますよ?」
先程の一連の流れに加えて、真顔でそんな事を言われたら男はもう何も言えなかった。いつまでもそこで尻餅をついていたは、後続車にも迷惑が掛かる。男の襟首を掴んだまま、車内へ放り込んで車を出す様に促した。その後は、法定速度で進んで行くのを見てスーパーへと足を向けるのであった。
それからまた少し歩いた所で、今度は後ろから声を掛けられた。
「ミドリさ〜ん!」
振り返ると、ご近所に住んでいる小学生の少年が走っては寄って来た。
ご近所付き合いもあって話したり、遊んだりと絡みが多い。何かある度に家まで訪れては報告や自慢話など聞かされる。ミドリはそれを優しく受け答えしてるせいもあり、とにかく懐かれている。
「奇遇ですね。今日は、どんなお話を聞かせてくれるのですか?」
「あのなあのな…ってミドリさんは買い物なのか?」
「えぇ、純様の為に買い出しをしているのです」
純の名前が出た途端、少年の表情が険しくなった。
少年はミドリには懐いてはいるが、逆に純の事はあまり好きでない。寧ろ毛嫌いしている。例えるとなると今がそう。ミドリがお買い物してるというのに、純は家で過ごしている事実が気に食わないのもある。
「純の奴め、またミドリさんばかり動かして。やっぱりミドリさんにはもっと相応しい相手がいる!例えば俺みたいに」
「そう言って頂けて嬉しいです。純様が待っていますので私はこれで失礼しますね」
軽く流しながらもちゃんと受け答えをし、それから笑顔で別れた。別に、ミドリは少年の事を嫌っていたりなどはしてはない。単純に純の事が好きな故の言葉。側から見れば少々素っ気無い感じもするが、少年を相手にしている時はいつもこの様な感じ。
色々と寄り道をしてしまい、少し遅めにはなったが目的地に到着した。
カートにカゴと入れて、スイスイ押して目的の物を探し始める。
今日作ろうとしているのはカレー。選んだ理由としては純の好物もあるが、ミドリの思い出の料理という事もある。
にんじん、じゃがいも、玉ねぎ、牛肉と使う材料の吟味をしつつカゴの中へと放り込む。より良い物を食べて貰う為に、AIとしての能力をフル活用する。なんともまあ無駄遣い。
次いでに、次の日で使う材料や補充しないといけない調味料なども追加してレジへと向かう。
丁度レジで並んでいると、ミドリウェアから一本の電話が入る。画面を見れば『♡♡純様♡♡』という表示がされていた。もしや、純の身に何か起きたのかと思い、慌てて電話に出た。
「純様どうかなされたのですか!?今すぐ戻ります!!」
『違う違う違う!外雨降ってるから、傘を届けるまで待ってろって話しだ!』
ふと外の方を覗くと、先程まで晴れ渡っていた空は暗い雲に包まれており、純の言う様に雨がいつの間にか降っていた。
今日の天気予報は、午後から30%の確率で雨が降る事は最初から知っていた。しかし、たかが30%程度と侮っていたのが失敗。所詮確率は確率で、降る時は降るのだ。
「あっ、ですが、私はプログラムデータですので濡れる心配はありません」
『それでもだ!いいか動くなよ!』
プツリと切れた通話。何をそこまで心配する必要性があるのか、通話が切れた真っ暗な画面を眺めながらそう考える。しかし、こんなプログラムの塊である自分の事をあんなにも心配してくれた事を時間差で感じ取り、思わず頬が緩んでしまう。つくづく自分は幸せ者だと有頂天になり、言われた通りスーパーから動かない様に全身全霊で決意した。
レジの順番も来て、お会計を済ませた後スーパーを出る。中で待つのも良いが、これから入店するお客からすると邪魔になる。
スーパーを出て、横数メートルには屋根付きのベンチに座り込んだ。
荷物を膝の上に乗せて、雨降る空へと黄昏れる。
その時ふと思い出したのだ。初めて純と出会ったあの日、あの時のこと。
それは、丁度こんな風に天気の悪い日の事だった。