第3話 勝利の女神は私に微笑みました!
ワームを駆除し終えたミドリは、電脳世界の中を歩き回っていた。破損データなどがあればミドリが即座に修復している。
約10分程経過しており、ミドリから特にこれと言った悪い連絡は受け取っていない。純がワームを引き寄せるプログラムを送信した為、被害を最小限に抑えられたと思われる。
空間内の端っこに着いた所に別の場所へと移動出来る扉があった。基本的な移動手段はそんなものである。
ミドリは手の平から出されている3Dホログラムモニターを操作しつつ、パソコン内全体の状態を確認している。
「純様、どうやらマルウェアの脅威は去ったようです」
それを聞いて、純は安堵の息を吐く。こういうのは未だに慣れない。
ミドリも一呼吸置き、そろそろ引き上げようとしたその時だった。ホログラムモニターから別の場所でマルウェアが存在している事を知らされる。
「すみません純様。別の場所でマルウェアを発見しました。早急に対処します」
『いや待て!少し休憩したらどうだ?』
連続でのマルウェア戦。見覚えの無いワーム相手にあそこまで苦戦を強いられていたのだ。気を利かせて休ませようと外から声を掛けていたのだが、ミドリは大丈夫の表情をしてすぐさま走り出した。
何処にマルウェアが現れたのかは、全てホログラムモニターが最短ルートで案内してくれている。
移動途中で、突如として現れたマルウェアにミドリは不思議に思う事があった。電脳世界に潜る前にウイルススキャンをして、パソコン内部に蔓延っている外敵を検出したというのにこの有り様。どんな些細なマルウェアにも反応するウイルススキャンを掻い潜り、更に今となるまでミドリですら検知出来ずにいたのだ。
さっきのワームといい、今日の相手はつくづく考えさせられる。
検知したマルウェアが居ると思われる扉の前まで辿り着いた。この先どんなマルウェアが待ち受けているのか、改めてホログラムモニターでチェックする。モニターに表示されたのは、「ワーム」の単語一つだけ。
大きく深呼吸してから大鎌を手にし、扉に手を掛けて開ける。
ゆっくりと開かれた扉の先には、画面越しから見ていた純も絶句するものだった。
ミドリが目にした光景は画面越しから見る純とは違い、間近で見るそれは想像以上のもの。
本来なら、電脳世界特有の青い空間が目の前に広がって待っているが、空間内全体にびっしりと大量のワームで埋め尽くされていた。
うごめくワーム群は、ミドリの存在に気付いて一斉に此方へと顔を移した。
思わず身を一歩引いた。それは本能からなのか、それとも自分の意思なのかはミドリ自身すら分からない。
それでも自分のやるべき事は全うしなければならない。その思いで引いた足を前へと踏み出す。
「純様見ていて下さ──」
ワームの群衆の中へと飛び込もうと瞬間、ミドリの体が0と1の羅列となりその場から消えた。
少し違う。消えたというよりは強制的に帰還されたのだ。純の手によって。
気がつくとミドリはミドリウェアの中に居た。突然自分の居た場所が変わった為か、辺りをキョロキョロ見渡して画面から覗いてる純に頬を膨らませて可愛く怒る。
「純様どういう事ですか?!」
「すみません、このノートパソコン一度此方で預からせて貰います!」
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借家に帰って来た純達であったが、それでもミドリの可愛い可愛い怒りのボルテージが収まる事はなかった。寧ろ時間が経つに連れて、可愛さがより一層高まっている。
「純様!純様、私の方を向いて下さい!」
「向きました!はい終わり!」
振り返っては両手を開けて、言われた通りちゃんと向きましたよアピールしてからすぐさま背中を向けて、リビングへと足を運ぶ。
勿論そんな素っ気無い態度を取れば、ミドリが次に取る行動は目に見えていた。
廊下を歩く純の腰にしがみ付いて泣き叫ぶ。
「酷い、酷いですよ純様ー!そんなに私の力が信じられないですかー!ふわぁぁん!!」
「何が『ふわぁぁん!』だ!あの状況、誰がどう見ても分が悪いだろ!」
ズルズルと膝を引き摺られても頑なに離そうとしないミドリと、意地でもリビングに歩く純。
苦労の末、リビングに設置してある自分のデスクトップパソコンを起動する事が出来た。
これから例のワームについて話し合おうと振り返ると、部屋の隅で啜り泣きながら拗ねているミドリが座り込んで居た。
「酷いです、あんまりです。そんな言い方ないじゃないですか…」
果てしなく面倒臭いと感じた。この状態となったミドリを上手く宥める方法は幾つかある。今日はその内の一つをしてみよう。
「ごめん悪かったって。ほらミドリ」
優しく抱き寄せては頭を撫でる。この方法は中でも一番有効。たったこれだけでミドリは上機嫌になるのだ。なんともまあ、チョロいAIアンチウイルスだ。
しかしながら、今日はいつになくモゾモゾしている。視線を落とせば、胸元で瞳を潤わせて上目遣いで見ていた。絶対に碌なものじゃないと察した。それでも一応聞いてみる事にする。
「その目は何?」
「36回…」
「は?何が36回だよ?」
「私にこうやってすれば、機嫌が直ると思ってますよね?」
まさかとは思うが、初めてその行為をした時から数えていたのか。恐ろしいというか何というか。
黙っていれば誰もが振り返る美人だというのに、本当に残念としか言いようがない。
「違うのか?」
「違いますよ!いいですか純様、私は──」
「はーい、よしよしよし!」
ミドリの言葉を遮って思いっきりクシャっと撫でると、一瞬で蕩けた顔となってその身を委ねていた。終いには頬擦りされる始末。これ以上の茶番には付き合ってられない。
家に帰って来ているが、今は仕事中なのだ。ちゃんと集中しなければならない。
「馬鹿な事やってないでさっさと片付けるぞ」
「むぅ…承知しました」
椅子に座ってデスクトップパソコンで操作する純の膝の上に、ミドリが座り込む。邪魔と言って退かしても良いが、それがまかり通った記憶が無い。諦めた様子でキーボードを叩いては、ミドリウェアとパソコンにケーブルを繋いで情報の整理をする。
ミドリが駆除したワームの分析、解析を行いつつ何の手段を用いれば対処出来るか話し合う。これから戦うワームも、もしかしたらその一種かも知れない。しかし、どんなに考えてもぶつかる壁は一つだけ。
「増殖機能を抑制するプログラムは最初から使用するとして、あの数をどう対処すればいいんだ?」
既に増殖してしまった数だけは、やはりどうする事も出来ない。それに空間内全てにワームが這っているとなると。
「でしたら新たにプログラムを作成しましょう。内容は《合体》です」
指を鳴らして「それだ!」と純は思った。単純な話、個々相手に真っ向から勝負するのは愚策というもの。ならば一つにしてしまえば済む話。こちらが作るプログラムで、一つに合体した巨大なワームを駆除すれば、それで解決する。
とはいえ、それにも相応のリスクが伴う。
先程まで戦っていたワームも合体したから苦戦したのだ。空間内に蔓延るワームを集めたらその分大きく、強くなってミドリですら駆除が困難を極める。
でも、まだ試していない事が一つだけある。
「その前にワームが一ヶ所に集まっているなら、切り離して削除してみようか」
預かったパソコンを起動させて、誰もがやるであろう手順で試みる。ワームに侵食されているせいか、パソコンの動作も本来の性能以下となっている。
じわじわと作業を進め、ようやくストレスとの戦いが終わろうとしたが、分かり切った事が起きる。
「削除出来ませんね」
動作の重い中でやっとそこまで作業したというのに、この仕打ちはあまりにも酷。大きな時間のロスとなった上に、今も尚健在するワームが増え続けてしまっている。
「削除出来ないワームかぁ…準備するか」
「はい」
ミドリはミドリウェアを使って衣装チェンジする。ミドリは何かを製作する時は決まって、つなぎに着替え、頭にはヘルメットを被っている。
それ以外にも、作業する時はそれに合った服装を変える。簡単に言えば形から入るタイプなのだ。例えばお菓子作りならパティシエの制服、勉強をするとなったら眼鏡を掛けて学生服を着用する。
そのせいで個人的に、コスプレ趣味が目覚め掛けているのはまた別の話。
ミドリウェアの中でトンカチ…ではないが、様々なホログラムモニターを開けてマルチ作業をこなしていた。
一方で純はというと、特にやる事も無くミドリの作業姿を間近で見ていた。基本的に作業は全てミドリがしてくれている。
純にだって一応その程度は自分で出来る。やらないのは、ミドリから止められているからなのだ。「純様は、私が頑張る姿を見ていて下さい!」と、この仕事を始めた頃に言われた。無理矢理しようとしたり、反論しようものなら拗ねてしまう。
ミドリの作業開始から数分が経過した。ミドリに掛かれば、年単位で取り掛かる様なプログラム作成も短い時間で済ませられる。今作成しているものは比較的簡単なものらしく、純が思う以上の速さの仕上がった。
ミドリウェアの中で、出てもない汗を掻く仕草をしてやり遂げた感を滲み出しつつ、純に笑顔を向ける。
「純様、準備が整いました。いつでも」
「やろっか」
ミドリは元の服装のドレスへと戻して、大鎌も手にする。純も預かったノートパソコン、デスクトップパソコンとミドリウェアをケーブルで繋いで、ミドリが通る道を作り、サポート出来る状態へとセッティング。
二人は共に小さく頷き、その合図でミドリは電脳世界へとダイブするのであった。
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電脳世界に飛び込んでワームが居座っている扉の前へと着いて、いつでも作成したプログラムを実行出来る様に準備を整える。
大きく深呼吸をし、心も体も落ち着かせて扉へ手を掛ける。
ガチャリと開かれたその時、中から大量の触手が伸びてミドリを拘束、そのまま中へと引き摺り込んで行った。
「クッ、そうまでして侵入者を排除する気なのですね!」
腕を強引に動かして、大鎌で触手を何とか切り裂いて抜け出しはした。しかしながら、入って来た扉はワーム群によって封鎖された。更に、外部からの手によっての帰還も何故が妨げられており、完全に退路を断たれてしまっていた。
別段、逃げる気などは毛頭ない。最初から今この場で駆除する事を決めていたが、やはり逃げられないというのは精神的にくるものがある。
それでもミドリには純がついている。あくまで退路が断たれただけで、純との回線が遮断された訳ではない。
このまま実行する。
ミドリは手の平から緑色の球体を出現させた。それは、先程完成させたばかりのプログラム。
それを天高く投げ飛ばし、球体は空中で弾けて0と1の羅列のデータが降り注ぐ。プログラムはこの空間内に居るワーム群に送られ、それをダウンロードさせる。
何でもかんでも、ダウンロードさせるのがマルウェアだけの専売特許だと思ったら大間違い。
そもそもマルウェアは、人の手によって作り出されたもの。その逆の事だって人間には可能なのだ。
ダウンロードをしたワーム群は、次々と一ヶ所に這いずり集まり一つになろうとしている。絡み合い、重なり合い、繋がり合って、形となり、新しい姿へと変わった。
「これは少々骨が折れそうですね」
作戦は成功。当初の予定通り、合体したワームの駆除となるが目の前に居るソレは、先程戦っていたワームとは桁外れの大きさをしていた。
普通の人間と比例するとなると、相手は怪獣並みの大きさにまで合体してしまったのだ。
対策をしているとはいえ、今まで以上に警戒しないといけない。
大鎌を腰の高さで構え、そのまま身を低くしていつでも飛び出せられる態勢へ。
そして勝負開始の合図は突然やってくる。
ワームがミドリへと突進して来たのだ。それに速い。警戒はしていたが、予想以上の速さに驚き、咄嗟に上へとジャンプして避けた。
空中では無防備になる事は百も承知。苦虫を噛み潰したような表情で、次の攻撃に備える。
案の定、空中のミドリに再度頭から突進して来た。大鎌の表面を使って防御をするも、ぶつかった衝撃を逃す事も出来ず、そのまま押されるがまま天井まで押し付けられた。背中を強打して重力に従って落下するミドリに、しつこくもワームは追い掛ける。
頭を大きくしならせて、追い討ちにミドリを叩き潰す。
地面にクレーターが出来る程の衝撃を全身に浴び、ダメージは相当なもの。意識までは刈り取られておらず、腕に力を込めて体を起こそうとする。
たった二撃の攻撃でこんな状態になるとは思わなかった。
ミドリは気付いていない。まだ、少し前の戦いで疲れが溜まっている事に。その為、いつもより動きが鈍くなっている。
立ち上がろうと力を込めるミドリの足首に、触手が巻き付いて勢いよく投げ飛ばそうとする。好き勝手されまいと、大鎌の先を使い、地面に食い込ませて踏ん張りを掛ける。
「色々とマズい状況のようです、ねっ!?」
粘り強く抵抗するも、触手に腕を叩かれて大鎌を手放してしまい、とうとう投げ飛ばされてしまった。縦回転しながら、壁に激突と同時に上半身が壁の中に埋め込まれ、下半身が壁からぶら下がり壁尻状態に陥ってしまう。
動けない今がチャンスと一斉にワームの体中から、大量の触手を仕向ける。その気配を察知したのか、ミドリは足を使って上半身を壁から抜け出して触手を回避する事に成功。
四つん這いで息も絶え絶えな様子だが、足を止めればまた捕まって碌な目に遭わない。
疲れ果てている体に鞭打って駆け出して、手放した大鎌に向かって行く。素手でも充分に相手を出来るがそれでは攻撃力不足。何としてでも、武器である大鎌を取りに行かなければならない。
それでもワームの猛攻は続いていく。上から迫る触手を受け流し、辛うじて凌いでいる。
そこへ、ミドリの耳に純からの通信が入る。
『ミドリ、聞こえるか?』
「は、はい。すみません純様、私の力が及ばずに…」
『それよりワームを倒す方法を考えた。ちょっと聞いてくれ』
純の作戦を聞き入れつつ足を動かして、ようやくの思いで大鎌に辿り着いて柄を握り締める。
『──とまぁ、結構危険なんだが行けるか?無理なら別に』
「うぅ…やってみます。いえ、やります!成し遂げます!」
純の言う事には忠実なミドリが珍しくも少し渋っていた。それでも彼の事が大好きなミドリは、何が何でもやり遂げる決意をする。
決心した直後、右脇腹に何かが衝突して鈍い音と共に吹っ飛ばされる。ボールの様に地面を何度もバウンド、転がってようやく止まりはした。けれどミドリは、何かされた右脇腹を苦痛の表情で抑え込んでいる。
──見えませんでした…どうして?
などと、疑問を持つ。
今の場面を純も見ていたが、視認出来なかった。電脳世界では、あらゆるデータやプログラムが可視化されて様子が分かる。それで見えないときたのだ。
目に見えない攻撃にどう対処するか、まさかこんな隠し玉があったとは思いも寄らなかった。
いや違う、隠していたのではない。最初からその力を披露していた。
「そういう事ですか。だから、ウイルススキャンでも検知されなかったのですね」
『ミドリ、しゃがめ!』
周りから攻撃など来ていないが、純からそう指示されたので素直に受け入れて身を低くする。すると、何かが通ったと思われる吹き抜ける風や音が発生した。
『無理矢理解析して解った事がある。このワーム《マルウェアフリー》だ!』
「本当におかしな話ですね!」
普通のマルウェアは、何らかの方法でインストールをさせて攻撃を実行させている。対してマルウェアフリーは、痕跡は残さず、いつでも活動出来る状態になっており、そのまま気付かれず攻撃を実行する手段を持ち合わせている。
『ファイルレスマルウェア』『ファイルレス攻撃』とも呼ばれるが、それらを総称してマルウェアフリーとなっている。
攻撃が見えなかったのは、至極単純にマルウェアフリーの力を応用して使ったのだ。
『俺が指示するから突っ込むんだ!』
「純様愛しております!!」
「それ今関係無いよな?」なんて思うが、純に対する愛情の力なのか先程までの動きが嘘の様に大暴れする。
純が解析したお陰で何処から攻撃が来るのかを言葉一つで知り、それに合わせて上手く立ち回る。見えない上、死角から襲って来るのもあるが、ミドリの反応速度がそれを上回っている。
「決めます!」
大鎌を両手で力強く持ち、走る勢いも合わせて高く跳んだ。自分のアンチウイルスデータを刃に乗せ、後は振り翳せばワームを倒せるところまで上り詰めた。
両腕に力を入れた途端、思わぬ事態に苛まれる。
ワームの頭が二つに割れて大きな口を開ける。口の中は歯が無い代わりに、粘りのある液体が分泌されている。入ってしまえば、自力で這い上がるのは不可能。そのまま丸呑みされる。
急いで態勢を変えたいミドリだが、完全に攻撃モーションに入っており、今から中断するには難しい。
ワームは頭を伸ばして空中に居るミドリを、そのまま一口で食べる。ゴクリと飲み込む音と一緒に、ミドリは完全に飲み込まれてしまった。
ゲップをして、邪魔する者が居なくなり、他の場所を感染させようとワームは準備し始める。
食べられる瞬間を見ていた純だったが、何故か焦る事もなく真剣にその目で画面を見つめていた。
『──作戦通りだ』
そう呟くと同時に、ワームの体から大鎌の刃が飛び出てきた。そして刃が走り出して、ワームの体を切り裂いて進んで行く。
切り裂かれた中から一つの人影が飛び出して、着地する。その人影は勿論ミドリだった。
わざとミドリは食べられたのだ。細かく言えばワームの中に入り込むのが、純が言っていたワームを倒す方法。直接ワームにアンチウイルスデータを上書きさせて、自分が優位に立つ様にしたのだ。
「体中ベトベトです…」
そのせいで、ローションの様な透明な液体が体中ベトベトにさせ、着ていたドレスのデータが壊されており、ボロボロになっていた。上半身は完全に肌を晒しており、左腕で胸を隠して何とかしている。下半身はスカートの裾が短くなったりして際どくなってるものの、まだ衣服としての機能は保たれている。
「勝利の女神は私に微笑みました!」
頬を赤く染めながらも、大鎌に自分のアンチウイルスデータを込めながら右手だけで長く持ち直す。
体の事より目の前に居るワームに集中する。
一撃必殺、ミドリの得意とする技でこのワームとの勝負にケリをつける。
「──死神の大鎌!!」
片手だけで大鎌を扱って薙ぎ払い、巨大なワームの体を一刀両断してみせた。アンチウイルスデータのプログラムが実行され、ワームのデータを破壊していく。修復される事なく崩れ落ち、0と1の羅列となって消滅した。
大鎌を地面に突き立て、純から見えない様に背中で隠しつつ衣服のデータを修復。流石のミドリも、純にこの醜態は見られたくない様子。
振り返るミドリの顔を見て、少しだけ胸打ったのは内緒の話。
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全ての仕事を終え、今日この日の疲労を回復するには暫くのんびりと過ごすしかない。純がリビングでゆっくりと座り込むと、背中からミドリがダイブして来た。当然ながら勢いはついており、純のおでことテーブルが激突する。
恨めしの目で顔を上げると、キラキラとした瞳で純を見つめるミドリの姿があった。
「純様純様!」
頭をこちらに差し出して、撫でて貰うことを要求している。とてもとても嫌そうな顔をするが、何をするにしてもミドリがいなければこの仕事も出来ていない。それどころか生活も危ない。
純もサポートをして疲れているが、ミドリの方が心身共に疲れ果てているのは明確。
軽く溜め息を吐いて、優しく、ゆっくりと頭を撫でて称賛の言葉を伝える。
「お疲れ様ミドリ。今日もカッコ良かったよ」
「純様のサポートあってこその勝利です!」
普通、「カッコ良かった」なんて女の子に掛ける言葉ではない。もっと他に良い物がある。「凛々しかった」、「可愛かった」などと少し考えれば色々と出てくるものだ。
しかしミドリは違う。どんな言葉でも、純から贈られる言葉は全て心にズッキュンと来る。
「それにしましても、今回のワームは類を見ない相手でしたね」
「暫くの間警戒しなければならない。でもまあ、いつも使っているプログラムが通用したのは幸いだったな」
「…そうですね」
腑に落ちない部分もあるが、純の言葉を信じてその気持ちを飲み込む。実際、少々手こずる程度で基本的なものは何も変わっていない。
「では、そろそろ夜ご飯の支度をしますね」
キッチリとしたエプロン姿で台所に立ち、鼻歌混じりで包丁を手に調理開始となった。純もミドリばかり頼る訳にはいかず、一緒に料理のお手伝いをする。
これが、緑谷純とミドリの仕事がある日のいつものやり取りである。