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第4話

 パンとチーズを持ち帰り、自宅に戻って一息つく。これは明日の朝食で、そんな物を食べられる日が来るとは思わなかった。

 テーブルに置いてあったノートパソコンに触れ、一瞬浮かんだ不安や嫌な考えを打ち消す。あの女が何らかの力を持っているのは明らかで、その恩恵にあずかれるのなら不審な点の1つは2つは目をつぶろう。


 重い気分のまま、それでも短いシナリオをいくつか書いてメールを送る。気付けば朝を迎えていて、メールを送った後にそのまま寝てしまったようだ。

 メールボックスには返信が届いていて、1件採用と書いてある。その内容は、何らかの大きな働きかけが無いと実現しない出来事。

 それでいて誰から困ったり傷付くような事では無いため、あの女が言っていた事が本当か確かめるには都合が良い。

 昨日同様キノコを持って食堂を訪ねると、勇者一行が沸き返っていた。どうやら騎士の叙勲を受けたらしく、貴族になるのも近いらしい。

 祝いという事で俺にも食事が振る舞われ、ただそれはそれとして頼みたい物を頼む。

「シチューとパン。それと、肉をお願い」

「ざっくりしてるっすね。最近、景気良いっすか?」

「ああ、良いキノコがある場所を見つけた。ずっと採れるとは限らないけど、当面は困らないと思う」

「お肉は人を幸せにするっすよ」

 猫耳のウェイトレスはころころ笑い、俺のオーダーを厨房へ通した。

 ちなみに採用された俺のシナリオは、勇者の叙勲と爵位授与のほのめかし。彼の冒険者としての実績は申し分無いが、昨日までは噂すら無かった。

 これは間違い無く俺が送ったシナリオの影響で、同時にあの女がそれを実現するだけの力がある事の証明だ。

「シチューとパン。お肉は鹿の燻製っす」

「ありがとう。あっちは盛り上がってるね」

「なんだか、偉くなったみたいっす。そんな人がまだここに通ってくれるのは名誉っすね」

「ああ」

 飾らない人柄という奴で、彼等の人気を支える理由の1つだ。他にも勇者と呼ばれる冒険者を見た事はあるが、この街においての実績と知名度は彼等が1番だろう。

 もしかしてその勇者1人1人にシナリオライターが付いているのかと思いつつ、俺は盛り上がる勇者達の姿をぼんやりと眺めた。


 勇者から振る舞われたデザートの焼き菓子を食べ終え、明日の朝食を受け取って新居へ戻る。

 時々後ろを振り返るが、ローブ姿の人影は無し。とにかく、あの女に会いたくはない。

 それでもこうして朝食を持ち帰る事が出来るのは彼女のお陰で、そこだけは素直に感謝をしよう。

 自宅に戻ったところで、すぐ扉に鍵を掛ける。あの女には通用しないと思うが、意識の問題だ。そう考える時点で、すでに追い込まれている気もするが。

「さてと」

 とにかくシナリオを書かない事には始まらず、生活も成り立たない。

 軸はやはり、勇者を盛り上げる展開。色々と思いつきやすいし、また大抵の人は勇者が魔物を倒す展開に爽快感を覚えるはず。

 また難解な展開は思い浮かばないし、王道で良いと思う。

「今期は中ボスか」

 俺としての目標も、勇者が中ボスを倒す展開。叙勲と爵位までは行ったので、後はなんだろう。

 目を閉じ腕を組んで、昔やったゲームやアニメの展開を思い出す。幸いここは異世界で、アイディアを丸ごと借用しようと咎められる事は無い。

「……こんな所か」


・新しい装備と、その入手イベント

・新しい仲間の加入。もしくは別れ

・敵側の事情

・恋愛関係

・修行とその成果による中ボスの討伐


 俺のシナリオが全て採用される訳ではないため、それぞれはあまりリンクさせない方がよさそう。

「……いや、違う」

 華々しい話は、あの女に雇われている他の誰かが考えているはず。そこに俺のシナリオが混ざっては矛盾が生じかねず、お互いにとって良くない。

 良い内容なら適宜採用されると言っていたが、それだと各々のエゴがぶつかり悪い方向へ行ってしまいそうだ。

 だとしたらメインを考えているだろう連中の補強。サブシナリオとも呼べないほどのサイドストーリーを考えていこう。

 自分の経験上、そういう脇に逸れたストーリーを好む層も必ずいる。声こそ大きくは無いが、コアな分支持もされると思いたい。

「勇者の周辺で起きる小さな出来事。……舞台はあの食堂か」

 それなら毎日通えば情報収集も修正も可能で、また規模が小さい分把握もしやすい。

「場所は食堂。登場人物は食堂の勇者一行と、食堂の従業員、そして客。街の人間」

 人の生死には原則関わらない、ささやかで身近な内容。また俺独自のシナリオなので、微妙にリンクさせて1つのストーリーにしても良い。

「大抵人助けだよな、こういうのは」

 メインは勿論勇者とその一行。悩み相談から入って、やはり人の生死に関わらない内容。地味な展開になるが、自分が考えられるのはそのくらいがせいぜいだ。

 導入部分を幾つか書いて、メールを送信。入りはそれぞれ違うが、途中経過と結論は大差ない。違うのは登場人物や舞台くらいで、細かい事は採用されたら考えよう。



 


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