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【500万PV】織田勘十郎異伝〜自重しなかった結果、別家を立てて生き残ります。〜  作者: 八凪 柳一
第四章 坊丸東進

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別視点 蹂躙と誤算

いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。

楽しんでいただけると幸いです。


また、いつも誤字報告をしてくださる皆様、とても助かっております。自身でも確認はしておりますが、また間違うこともあるかと思います。その時はよろしくお願い致します。(ただし、誤字報告だけで、お願いします。)


なお、送り仮名は、どちらでも良い場合は、分かりやすくする為、多めになっている事がありますが、誤字では無い事もあります。誤字の場合は修正し、誤字じゃない場合は、ルビで対応しようと思います。

〜武田陸奥守side〜


 木曽谷は狭いのぉ。南蛮由来の巨馬ではこの谷には入れんかったろう。南部馬と掛け合わせることで、木曽谷にも入ってこれたわ。三河守様は育馬も上手ということか。多才じゃのぉ。


 多才と言えば、三河守様が連れて行けと言った、塚原土佐守の養子となった新左衛門も多才よ。刀術も馬術も交渉もこなしおる。木曽への絶縁状を叩きつける役目は元服前の幼子がやることではないが、なんという胆力か。


 その新左衛門が帰ってきたが、袴が血で汚れておるの。ふふふ、家老の一人を叩き切ったと?良い手柄となったであろう。何なら中務大輔か左京大夫を叩き切っても良かったのに。


 それにしても、三河守様は凄いのぉ。出奇制勝かと思えば、無手勝流な事もする。全ての勝利が三河守の掌の上よ。木曽谷からは住民が半分も流れたと聞く。元々四千五百程しか兵となり得なかったこの木曽が今では、二千も集まらんらしい。


 そもそも三河守様はお優しきお方。出来る限り、無辜の民を殺したくはないのだろう。それでも残ったのだ。後悔しながら、死ぬが良かろう。


 おや?三軍大将の形原佐渡守殿がお越しか。順番的には三軍が総大将なのに、国守経験者という一点から儂に信濃・甲斐侵攻軍の総大将を譲って下さった器の大きな方よ。立場的には、側室の親同士で全くの平等だというのに。いや、鳴お嬢は最も正室に近い、側室の立場か。まぁ、研修の折、役職の違いはあっても人は皆平等であったな。こんなに優れた人物と同等であることに誇りを持たねばな。


「陸奥守殿、木曽谷の包囲は終わり申した。存分に蹂躙なされよ。」

「おや?随分とお怒りのようだの?佐渡守殿。」

「対外的には内密にとなっているが、うちの娘と吉法師様は親友なのよ。娘の親友を侮辱してくれたのだ。木曽など捻り潰して構わんだろう?」

「なるほどのぉ。一緒に捻り潰しても良いのでは?」

「いや、誰も逃さぬ戦いをするだけよ。小角衆の話では、左京大夫は山中に逃げて、飛騨に向かおうとしているとか。飛騨とは敵対しておったであろうに。恥を知らんのか。」

「相分かった。そちらはお任せしよう。」

「うむ。」


 さて、思う存分馬を走らせるか。この地を血みどろにする為に。



〜形原佐渡守side〜


 この狭い木曽谷をああも上手く馬を走らせるとは、流石は陸奥守殿。陸奥守殿は、三河守様が、上手く馬を育てたからとか思っていそうだが、それは違う。元々三河の兵は歩兵が強い。騎馬兵は機動力としてしか使っていなかった。それをたった数年で騎馬隊を組織だて、戦える軍に仕立て上げた。


 勿論、三河守様が大きくて力強い馬を用意したのもあるだろう。馬場に色んな仕掛けを作って、傾斜や荒れ野のような訓練道を作ったのもあるだろう。しかし、馬は本来臆病な生き物、あんな狭い谷を走れるように訓練するのは至難の業。勿論、それに乗る兵も然りだ。それを上手く育てている。それが、信濃・甲斐侵攻軍の総大将をしてもらっている本当の理由だ。


 三河守様は初め、某に総大将をと言っていた。それを某が陸奥守殿にとお願いしてこうなっているが、某と陸奥守殿では将としての器が違う。


 陸奥守殿のご厚意で、肩を並べさせていただいているが、将としての経験値も指揮力も雲泥の差がある。三河での研修が無ければ、陸奥守殿もあそこまで腹を割って話してくれる仲になれたかどうか分からぬ。三河守様には色んな意味で感謝しかないな。


 お?副将の竹谷玄蕃允殿と軍師の鈴木飛騨守殿、それから軍監の司笆左兵衛佐殿がこちらに来られた。玄蕃允とは年が近いせいか、三河守様が三河を収めるまでは好敵手というかよく争っていた。あのまま三河守様が三河を治めてくれねば、此奴との戦で死んでいたかも知れぬ。それがどうだ、今では某が大将で此奴が副将よ。変われば変わるものよ。


「何じゃ佐渡守。気持ち悪い顔をして。」

「気持ち悪いとは何じゃ!三河守様が治める前の三河を思い出しておっただけじゃ。」

「「その頃はどうだったのです?」」

「「敵じゃった」」

「「それはそれは。」」

「「運が良かったのよ。」」


 そう運が良かったのじゃ。おかげで長生き出来るのかもしれん。三河守様が作られた病院とやらの定期検診で悪い病気を見つけてくれ、すぐに治療できたしの。それに側室とは言え、鳴も三河守様に嫁ぐ。勿論、外戚として大きい顔をしようとかは思わん。それこそ、玄蕃允の娘竹もそうだしの。それよりも、そんなことをしたら、三河守様のお怒りをどれだけ買う事になるか。某は長生きしたいのだ。鳴に男の子が出来たら形原を継がせるか?佐太郎には悪いが、三河守様のお子が、佐太郎よりも優れているに決まっているからのぉ。


「何じゃ、今度はじじむさい顔をして。」

「少しは黙れ玄蕃允。」


 何じゃろうな。戦の最中なのに、こんなに和気藹々としてしまうのは、きっと三河守様のおかげじゃろう。



〜中務大輔義康side〜


 三郎大夫も摂津も備中も惣兵衛も死んでしもうた。父が言うから、三河守に従属しようとしたのじゃ。父は言うたではないか。うつけの弟が、うつけの下におるものかと。その父は既に逃げおった。逃げたが、逃がしてもらえず、死んだのだがな。


「三河守様は、敬愛する兄上を蔑む木曾家は要らぬと仰せにござりますれば、滅んでいただきましょう。じゃとぉ!ふざけるなぁ!」


 木曽一の剛の者上村作右衛門は、止める間も無く、使者たる塚原新左衛門という元服前くらいの若武者に、切り掛かって一刀両断にされおった。目にも止まらぬとはこの事よ。わしは勿論、家臣らも腰が抜けて動けんかったわ。


「使者に手を掛けようとは、義仲流源氏の木曾家も落ちたものですな。数日後、木曽谷は陸奥守様ら率いる四万が蹂躙致しまする。辞世の句でも詠んでおいてください。しからばごめん。」


 二ヶ月ほど前から、木曽谷から民が減っておった。それと同時に、民たちの間で妙な噂があった。隣国三河の明神様を愚弄した咎で木曽に神罰が降ると。三河明神には従属を伝えたのだ。そんな馬鹿な話があるものかと。家臣たちは気にも留めなかった。勿論、儂もじゃ。


 淡路も中右衛門も監物も掃部も死んでもうた。逃げ出した与左衛門も木工正も右馬も伯耆も山中で死んだそうだ。父は叫んでいた。


「神子と謳われ、天賦に愛された者がうつけを敬愛すると誰が思うか!嫡流ならうつけではない己が当主とならんとするは当然ぞ!なんじゃそれは!!ありえんだろうが!!うつけじゃぞ!本当にうつけならそうじゃろうが!!」


 そうか。本当はうつけではなかったのか。皆も気づいてしまったようじゃ。それこそが、三河明神のはかりごとじゃったのだ。あの者は鬼神じゃ。あの者は謀神じゃ。三河明神に踊らされたのじゃ。


 木曽はもういかぬ。連枝の遠江も次郎も三郎も四郎も宮内も又兵衛も先に逝った。儂も向かわねば。宗太郎も九郎次郎もまだ幼いと言うに、不甲斐ない父ですまぬな。

前2つと3つ目ではテンションが違いますが、最初は3つ目しかなかったのです。これだと800字くらいなので、追加しました。また、作った時期も違います。3つ目は二月くらい。1つ目と2つ目は十月半ばです。作った時のテンションがこんなに如実に。



木曾家一族郎党はこんな感じ(プロット)


木曾家(連枝10家、家臣16家、陪臣2家)


木曽中務大輔義康・左京大夫義在(隠居)・宗太郎

上松右京大夫信行・右京亮政春・九郎次郎義豊(義康次男)

山村三郎大夫良道・三郎左衛門尉良利(義康婿)

 竹中小一左衛門

 萩原九大夫

大石遠江守

安曇次郎

西牧三郎満兼・三郎太貞兼・三郎大夫満忠

洗馬四郎

馬場宮内少輔

贄川又兵衛在重・監物重有

鮎川摂津守藤長・次郎兵衛尉清長

上村作右衛門在忠・作左衛門康忠

大矢備中守友重・備後守友則

荻原備前守元忠

勝野惣兵衛・平左衛門

沖田淡路守元豊

村井忠右衛門在智

川崎与左衛門

島崎監物重綱・内蔵介重通

千村掃部頭家晴・掃部助家政・掃部允政勝

奈良井治部大輔家信・式部少輔義高

西野木工正友重

野尻右馬助家秀・太郎右衛門康家

原市右衛門在仁

古畑伯耆守家景・重右衛門重家

三尾十兵衛在禮

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