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【500万PV】織田勘十郎異伝〜自重しなかった結果、別家を立てて生き残ります。〜  作者: 八凪 柳一
第四章 坊丸東進

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第四話 曳馬城編集の成果

いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。

楽しんでいただけると幸いです。


また、いつも誤字報告をしてくださる皆様、とても助かっております。自身でも確認はしておりますが、また間違うこともあるかと思います。その時はよろしくお願い致します。(ただし、誤字報告だけで、お願いします。)


なお、送り仮名は、どちらでも良い場合は、分かりやすくする為、多めになっている事がありますが、誤字では無い事もあります。誤字の場合は修正し、誤字じゃない場合は、ルビで対応しようと思います。

 編集した曳馬(ひくま)城と安祥城の入れ替え後、敵味方関係なく曳馬城(元安祥城)は遠江の住民を惹きつけた。地図を考えれば分かる。曳馬の地は、現代の浜松に隣接した場所。遠江の中央に近いところにある。ここが落ちた時点で遠江における今川家の支配は終わる。


 さて、この編集というチートはどういうわけか、そこに住んでいた住民を巻き込まない。周辺の土地は更地になり安祥付近に移動したようだが、住民は何故か放り出されたように近隣の地に移動していた。それらの住民もわらわらと曳馬城に寄ってきた。それは周辺豪族も同じこと。元々内応していた土豪は勿論のこと、内応に応じなかった今川方武家も勝ち目なしと諦念したのか、子を伴って曳馬城を訪れた。


 降伏してきた者は内応しなかった事を罪とし土地を没収し、閲兵式後、進退を決めてもらうつもりで、客人としている。勿論、駿河に向かわせるつもりはない。この曳馬城から出陣する兵は七万五千だ。それを見て完全に臣従してもらおう。


 新しく降伏してきたのは、今川一門から新野左京之介親種と養子新五郎三歳。堀越陸奥守氏延と嫡子六郎二歳。今川遠江衆からは五十音順に、秋鹿(あいか)左京亮朝兼(ともかね)と嫡男弥太郎九歳。大沢治部少輔(じぶのじょう)基相(もとすけ)とその一族郎党。奥山右馬助定之と嫡子二人、熊谷備中守実長兄弟(嫡男は内応)。伊達蔵人頭親宗と弟二人、親宗の嫡男藤三郎。原川大和守頼政と弟。二俣近江守昌長と嫡男小太郎輝昌と嫡孫小次郎二歳。堀江三郎左衛門清泰と嫡子二人。松井山城守貞宗と嫡子三人。矢部信濃守定信と嫡子となった。


 つまり、遠江における敵が絞られた。三河から放逐された松平広忠とそれに従っている近藤平右衛門忠用親子、鈴木三郎大夫重勝親子、菅沼次郎右衛門俊弘親子の小勢力と掛川城の朝比奈備中守泰能一門、宇津山城朝比奈兵部少輔泰長一門だけだ。


 他にも掛川・宇津山に近く離れられない者を除き、続々と遠江衆と国人衆が集まってくる。両朝比奈の城近くの者は使者を送ってきている。ここで、遠江衆で内応していた者を復習しておこう。こちらも五十音順にいく。


 今川家臣団からは浅羽治部大夫貞幸と嫡子二人。天方(あまかた)山城守通季(みちすえ)と嫡孫三歳。天野七郎右衛門景泰(かげやす)と嫡子一歳。飯尾豊前守乗連(のりつら)と嫡子一歳、飯尾家家臣の江馬加賀守時茂と江馬安芸守泰顕(やすあき)。興津美濃守道久(みちひさ)・藤兵衛尉正信兄弟と嫡男弥四郎十歳・弥三郎八歳・弥二郎二歳・弥一郎一歳。奥山大膳大夫定吉と嫡子大膳亮吉兼、次子大膳少進(だいぜんのじょう)有定。久貝(くがい)一右衛門正寛と嫡子九歳。久能三郎右衛門宗弘と嫡子三郎次郎忠宗、次子三郎四郎元宗、三子三郎左衛門宗能(むねたか)。熊谷備中守の嫡男黒川又一郎直安と又三郎直基・又次郎直次兄弟。西郷孫一郎正員(まさかず)・孫三郎正勝兄弟と孫三郎嫡子の孫六郎・孫九郎兄弟。西郷十郎右衛門政清と嫡子五郎十歳。竹田右京大夫輝高・右京亮高正兄弟と嫡子三人。浜名備中守正国と嫡子二人、備中守の弟である大屋安芸守政頼・左馬允政景・右馬允頼次三兄弟、備中守の叔父猿田弥三郎忠正・新三郎(正国次男)親子、備中守の家臣である安方(やすかた)伊賀守正道、石原孫次郎国孝、大野助蔵国道、岡本左衛門尉信久。孕石(はらみいし)和泉守光尚・嫡子藤六元泰十三歳。本間八郎兵衛親季・嫡子八郎三郎季孝(すえたか)が来た。


 国人衆からは井伊修理亮直平と息子彦次郎直満・平次郎直義・乙次郎直元・虎松十一歳・亀之丞十歳・(ゆう)九歳。伊井家家臣の今村藤七郎正実、小野和泉守政直親子、奥山因幡守親朝、祝田(いわいだ)助四郎平政。石野土佐守師安(もろやす)・阿波守師広兄弟と土佐守嫡子一人。加賀爪甚十郎泰定と嫡子八歳。黒田監物亮義重と嫡子八歳。戸塚平三郎達正・平次郎正広と平三郎嫡子十一歳。瀬戸 方久。曽根佐大夫(さだゆう)興長と嫡子二歳。都築雅楽助秀景と嫡子惣左衛門秀綱十二歳。冨樫伊予守氏賢(うじまさ)と嫡子鶴童丸三歳。長池六郎左衛門輝能(てるよし)と嫡子八歳。浜名湖水軍の中村源左衛門光貞と嫡子三歳。原左衛門尉頼卿(よりのり)と嫡子三人が来た。


 そんな気はそこまでなかったのだが、戦わずして勝つを体現してしまった気がする。まぁ、戦いはあるのだけれども。戦いかなぁ?蹂躙だろうなぁと考える坊丸であった。

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