第七話 側近候補とハーレム候補(大量)
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楽しんでいただけると幸いです。
また、いつも誤字報告をしてくださる皆様、とても助かっております。自身でも確認はしておりますが、また間違うこともあるかと思います。その時はよろしくお願い致します。(ただし、誤字報告だけで、お願いします。)
なお、送り仮名は、どちらでも良い場合は、分かりやすくする為、多めになっている事がありますが、誤字では無い事もあります。誤字の場合は修正し、誤字じゃない場合は、ルビで対応しようと思います。
あとひと月、全ての田植えが終われば、三河に出陣する。目算で織田弾正忠家の軍勢は七千八百。織田大和守家が千八百五十、織田伊勢守家が六百、約一万の軍勢となる。対して三河安祥勢は三千八百五十。その奥にいる今川勢は四千九百。今川勢は奥三河・東三河にいる者たちを除き、各地に点在している状況なので、各個撃破となる。つまり圧勝である。しかも、内応する兵力は換算していない。
内応兵力は松平十八家が七千二百、三河国人衆が大凡四千二百、安祥家譜代が大凡四千五百。おそらく、安祥広忠は安祥側の圧勝と思っているに違いない。内応さえなければ、織田VS安祥は、一万と約一万九千の戦いになるのだから。
それにしても、情報の重要性がいかに大事か分かる。織田側が忍び衆を使った玄人な情報収集に対して、安祥側は雇った伊賀者(偽)による情報収集。安祥側の情報には嘘がかなり混ざっている。いや、内応を伝えてないだけで、嘘は言っていないらしい。十八家にしろ譜代にしろ国人にしろ兵を揃えているのは確かで、安祥側からの命令後に集め始めたのだから、自分たちの味方と思うのは仕方ない。それが織田側から「安祥家から命じられたら兵を揃えるように」と依頼されているなど思いもしまい。
なお、戦略については、父に立体地図を使って、丁寧に説明してある。私は戦場に行かないが、勘助も常備兵百を率いて三河に出陣するので、不明点があれば聞いてもらいたいものだ。
さて、本題に移ろうか。現在、私の屋敷には、続々と人質もとい側近候補とハーレム要員候補が送られてきている。まぁ、娘を送っているのは松平十八家だけで、安祥譜代や国人衆からはきていない。来ていたら大変な人数だったろう。ハーレム要員候補は二十二人もいるのだ(松平十八家は二十六家ある)。正室もいないのに大変である。ここに正室と吉法師の正室や側室が加わる予定だ。父が織田宗家(信長家)の子も其方が作るのだ。なんて言うとは思わなかった。ハーレム百人目指すんかい!と強く言いたい。裏ステータス的には可能だけれど(ありがとう秀吉)。
ハーレム要員候補は二歳から五歳。側近候補は零歳から十五歳。生まれたての赤子が来た日にゃ、一緒にきた父親を説教してやろうかと思ったくらいだ。母親はどうも産後の肥立ちが悪いらしい。乳母も来ているので、こちらで育てるしかあるまいよ。しかもこの子、慶長五年の伏見城の戦いで目付として参戦した「三河武士の鑑」安藤定次じゃないの!これは立派に育てないと(トホホ)。元服済みの側近候補は二人。しかしこの二人が大問題だ。安祥家もう滅びても良いんじゃないか?と思ってしまう人材だ。一人は酒井忠親の嫡子、酒井小五郎忠次。一人は内藤忠郷の嫡子、内藤甚一郎正成。これだけじゃ終わらなかった。元服前の子供たちの中には、のちの石川家成とか、のちの鳥居元忠とか、のちの本多正信とか、のちの高力清長とか、のちの本多重次の父親(五歳)とか。
三河統治が楽そうな人材ばかりで嬉しい反面。本気で家康くんは生まれなくても良いかな?と思ってしまう自分が怖い坊丸であった。
安祥広忠には今川家に落ち延びてもらう予定だ。こちらから今川家を攻める大義名分にもなってくれるのだ。小豆坂の戦いを二三度するだろう。来年は「天文の大飢饉」の年だ。尾張三河を除く近隣諸国から米を買い上げて経済戦争を仕掛ければ、今川は大きく動けまい。そして「第二次河東一乱の決戦」の年に今川を叩こう。まぁ、それも史実通りに事態が進めばの話だし、庵原左衛門尉が想定以上のチート武将でなければの話だ。こちらには軍師が二人もいるのだ。忍び衆もたくさんいるので、なんとかしてみせるさ。
ひとまず、側近候補たちとハーレム要員候補たちは、学びの時間である。側近候補たちは快川和尚と土佐守と駿河守にぶん投げる。ハーレム要員候補たちは美濃浄妙山国恩寺よりお越しの僧兵を含む五人の尼僧にお願いした。より好みに仕上げてもらうことにしよう。勿論、私も側近候補たちと一緒に学ぶのだけれど。




