第十六話 剣豪を勧誘してみよう(出来るとは言ってない)
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空き家から出ると、土佐守と伊勢守に刀に手をかけた状態で身構えられた。
「おお、坊丸殿ご無事であったか。いや、安心した。」
「すいませぬ、伊勢守殿。思いもしない者と邂逅しておりました。どこを気に入られたのか分かりませぬが、味方になったようなのでご安心下さい。」
「なんと!すごいのぉ。我らは動けはするが、空き家に入れなんだ。」
「流石です、土佐守殿。私の身内は近すぎて気絶してしまいました。」
土佐守と伊勢守に手伝ってもらって、大学允と美作守を介抱すると、ようやく熱田神宮に向かう。紀伊守は、今か今かと待っていてくれた。神宮内の離れに土佐守も含めて案内してくれると、お休み下さいと出て行った。本来なら神宮内の離れなど入れるところではない。織田家の嫡流である事と、不本意ながら熱田明神という称号のお陰だろう。
現に、大学允たちはそわそわしている。流石に神道流開祖の土佐守は泰然としているが。
---さて、勧誘してみるか
---「人たらし」を意識して
「さて、お約束の刀ですが、伊勢守殿には長船長光のこの刀をどうか?」
「こ、これは・・・、いや、しかし、そんな」
---気持ちはよーく分かる
---足利家所蔵の逸品ですからね
「おそらく、影打であろう。真打は将軍家がお持ちであろうし。」
刀は作成するに当たり、特に大事な依頼の場合、複数打つ。その中で一番良い物を「真打」として依頼主に納め、それ以外は控打・影打として手元に残す物だ。普通は銘は入れないが、真打に次ぐ控打だったのか銘が入っていた。
「そ、そうでござるよな。しかし、これだけの物、頂くには某に返すものが・・・」
「さようさな。であれば、今後、万が一にも主家と関東管領家との間に不和が生じ進退を考える事が有れば、私に仕えてくれるというのではどうか?勿論、そんな事が無ければ、そのまま持ち続けて頂いて良いのだ。」
「ふむ。長野家は大きくなり過ぎておりますな。今の上杉様は問題ないでしょうが、お世継ぎ様の御代にどうなるか。相分かり申した。それでは、拝領仕る。」
まぁ、大胡城主の伊勢守を勧誘出来るとは思っていない。これで数年後、上杉憲政と長野業正との仲が拗れた時、独立ではない選択肢が生まれるのではないかと夢想してしまう。そういう未来に繋いだと思えば、全六百巻あるという経典名を冠する名刀を渡すのも良いものだと思えてしまう。
さて本命は土佐守だ。家臣とは言わない。剣術指南役で良い。これから三十年以上生きる方だ。元服までの十年だけでも有難い。それに歴史転生物なら塚原卜伝を家老とか傅役とかよくあるし。
「土佐守殿には、こちらでどうか?」
「ほぉ、よく出来た影打ですな。長寿院様の佩刀でござるか。良いのですか?これを拝領するなら、身共が坊丸殿に仕えるくらいでしか返せませぬが。すぐに剣術の旅に出るやも知れませぬぞ?」
「一刻でも手解きいただけるなら安いもの。今はまだ身体も出来ておりませぬ。いずれ、そうなるなら有難い。」
「ふふ。すぐにと言わぬ辺りが面白いのぉ。良かろう。終生とは言えませぬが、お仕え致そう。」
---やった!!
---そのうち、完全家臣化を目指すさ!
「等持院の佩刀」を「長寿院の佩刀」と呼ぶ当たり関東の方だと思うが、等持院も長寿院も同じ人物だ。呼名はなんでも構わない。
なお、大学允は後日傅役を辞した。それを受けて、父信秀は塚原土佐守を傅役とする。土佐守は苦笑しながらも断らなかった事が嬉しかった。




