第十六話 北畠の従属と織田市の婚約
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なお、送り仮名は、どちらでも良い場合は、分かりやすくする為、多めになっている事がありますが、誤字では無い事もあります。誤字の場合は修正し、誤字じゃない場合は、ルビで対応しようと思います。
長勝は今、伊勢国一志郡多気にある霧山多気御所にいる。兄弟子で、天文二十二年から当主を務める北畠権中納言を訪ねたのである。
ここ多気は伊勢国と大和国を結ぶ伊勢本街道沿いにある交通の要所であると同時に、七つの経路のどれをとっても峠越えとなる天然の要害であった。城郭本体だけでなく、麓の城下町まで含めて、大要塞を成していたとも解釈できる。城下には三千五百戸ほどが建ち並び、七百人から千人の家臣が暮らしていた多気から南西へ十六里行けば南朝の拠点である吉野へ、南東へ十二里行けば伊勢神宮へ至ることから、どちらで非常事態が発生しても一日で駆け付けることができた。南朝へ米や海産物を運び込む上でも好都合であった。また北朝の都・京都に比較的近いことも利点の一つであった。
この御所を築城したのは、南北朝時代初期のことである。当時、北畠氏の拠点であった南勢にある平地の城郭は次々に落城し、北畠顕能は長期戦に耐えうる城として興国三年から同四年に、一志郡多気に城を構えた。当時十七歳であった顕能は、交通の要所であったことから多気を選んだ。南北朝期の大小数十回に及ぶ戦では、北畠軍は一度を除いて霧山城から出陣していた。その後の歴史は省略するが、織田信長に攻め落とされるまでの二百四十年間は難攻不落の居城であったと言える。
長勝はこの兄弟子との対面は、実は今回が初めてである。師塚原土佐守を通じた交流や文の送り合いは、季節の折々で三歳から続けてきたが、一度も会ったことは無かった。ただし、嫡男の鶴松丸は五歳の頃に曳馬城下の塚原道場に放り込まれて以来、弟子として接している。彦五郎の次の弟子なので、二番弟子と言って良いだろう。
史実の北畠具房と言えば、太り御所と呼ばれた大漢だったようだし、実際出会った頃には丸々としていた。しかし、鍛えてみて分かったことは骨格がしっかりしていてよく食べるため、運動量が伴わないと太りやすかっただけで、あれから三年でしっかり絞り込めている。まぁ、鍛錬を怠ると食事制限とかはしていないのですぐに横に肉がつくのだが、八歳にしては明らかに体格も良く、北畠家の血なのか、かなりの美丈夫に育ちそうだ。
閑話休題
この度、紀伊・大和からの帰りに伊勢に寄ったのは理由がある。現在伊勢は六角家の治める伊賀・南近江と隣接しているが、それ以外は織田家と隣接している。彼の正室は六角定頼の娘だ。本人にその意思はほぼないが、攻めるとすれば織田しかない。長勝と兄弟弟子で、嫡男を弟子入りさせてはいるものの、織田とはゆるい不可侵関係でしかない。
それを強固にする必要がある。とは言え、長らく良い関係にある北畠を攻める気は長勝にはなく、しかしながら、他人任せにもしたくはないため、長勝自身が織田家への同盟説得の使者となった。今後の織田家の表向きの敵国は大友・大内(陶)・尼子ではあるが、本質的な敵国は足利である。北畠家と言えば、初代顕能・二代目顕泰の代までは足利と戦っていた家柄で、足利を潰す頃にはきっちりこちら側であってもらいたいと思っている。
それに、同盟に対する決め手は持っている。先日のことだが、紀伊攻めに入る前に、尾張に小姓らを連れて、当主信長に挨拶に向かった時のこと。小姓のなかには、もちろん北畠鶴松丸がおり、鶴松丸を見た市が一目惚れをして、鶴松丸をつけまわして、周りが大変困るという状況が生まれた。史実のように浅井長政に嫁ぐことは不可能になった状態だし、市ももう八歳。嫁ぎ先を考えても良い頃合いなのだが、親族大好きな姉上が、お気に入りの市を嫁がせる気はさらさらなかったようだ。しかし、市から「鶴松丸様に嫁げないなら尼になる」宣言を食らい、早々に折れた。
その姉上から、北畠権中納言が断れない状況で婚姻同盟を結ぶようにとお達しがあったのだ。まぁ、紀伊・大和は落とす予定だったし、その帰りに挨拶をと、霧山多気御所を訪れたのである。文では、分からなかったが、昔から長勝を気に入ってくれていたようで、嫡男でなければ、三河に行きたかったとか、遠江で剣術修行を共にしたかったとか、色々な逸話を聞かせていただいた。実はかなり昔のことだが、父信秀の弾正忠推薦も権中納言殿の発案だったようだ。その頃に、美濃を出奔して、現在側近として活躍している松波新九郎を羨ましく思っていたと述べておられた。
その後、とんとん拍子に話は進み、表向きは婚姻同盟、実際には従属同盟となることになった。また、鶴松丸の烏帽子親は長勝が務めることが予定として組まれ、鶴松丸と市の間に男子が生まれなければ、次男または三男でも良いので、帰蝶との間の子が欲しいとまで言われた。実は帰蝶との間には、既に子が二男二女がおり現在妊娠中である。子作りに際して「跡継ぎのすすめ(薬品名)」を用いているので、次に生まれるのは男子であるのは確定しており、次男でも三男でも良いのだが、せっかく姉信長の残念すぎる名付けセンスによって、名付けられた茶筅丸を万が一の時には養子に出すことにしよう。ちなみに嫡男は奇妙丸という、予想通り「赤子は猿のようではないか、これが人になるのか?奇妙、奇妙。そうじゃ、この子は奇妙丸じゃ!」と名付けられた。
【大漢について】大食漢という誤字報告を受けましたが、ふつうに「おおおとこ」と読む字です。知らないとは思わなかったので、ルビを振ることにしました。