別視点 虎千代の越後入り
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。
楽しんでいただけると幸いです。
また、いつも誤字報告をしてくださる皆様、とても助かっております。自身でも確認はしておりますが、また間違うこともあるかと思います。その時はよろしくお願い致します。(ただし、誤字報告だけで、お願いします。)
なお、送り仮名は、どちらでも良い場合は、分かりやすくする為、多めになっている事がありますが、誤字では無い事もあります。誤字の場合は修正し、誤字じゃない場合は、ルビで対応しようと思います。
〜織田虎千代side〜
約十年ぶりに越後の地を踏む。春日山が見え、出迎えてくれる越後の民や国人たちが見える。
---嗚呼、越後だ。
そう言えば、旦那さまがこう叫べと言っていたな。
「待ちに待った時が来たのだ。多くの英霊達(伏齅のこと)が無駄死にで無かった事の証の為に、再び亡父(長尾為景のこと)の理想を掲げる為に、北陸制覇のために!春日山よ、私は帰ってきた!」
ふむ。気持ちが昂揚してくるな。よい言葉だ。越後の民たちも、国人たちも士気が上がるのを肌で感じる。今日このまま春日山城に入らず、越中に入った方が良かろうか?いや、帰ってきたのだ。城には入らせてもらおう。
旦那さまは、黒田が背くことも予見していたようだ。私に話してくれなかったのは、兄たちが死ぬことを知って悲しませたくなかったらしい。子どもの頃は分かっていなかったが、私ももう大人だ。二人の兄たちが、本気で私を守ろうとしていたなら、左衛門尉兄上の気を逸らすなりして、越後から逃げねばならぬような事態にはならなかったに違いない。
それでも、子どもの頃に話してしまった、優しい兄たちのことを覚えていてくれて、敵討ちの機会を与えてくれた。昔からそうだ。旦那さまは、私のしたいことをさせてくれる。宇佐美が姫として育てたかったことはよく分かっている。でも、旦那さまは、「いつかそうなったら良いよね。」と好きにさせてくれた。突然、槍を習いたいと言い出したら、土佐守様が来た。結局、薙刀の方が適性があって、今は薙刀を振るっている。馬に乗りたいと言えば、日ノ本のものではない、丈夫な馬を手に入れてくれた。突然、勉強がしたいと言い出した時も、美濃から尼僧を招聘してくれた。
※全て偶然なのですが、虎千代は良い風に解釈しています。
世間的には阿婆擦れだろう。私を姉と慕ってくれているが、どう考えても、鳴やさわや姫や春の方が可愛いし、すでに男の子を産んだ者も四人おる。確かに、十七(数え年、実年齢は十六)を超えてからとは、ずっと言われてきたが、私だって旦那さまの子が欲しい。拗ねてしまうと宥めてくれるし、手を繋いで添い寝してくれる。都ねーさまや雅ねーさまから、色々凄いと聞いているし、夏殿や胡衣殿にも色々聞いて学んでおるのに。年齢だけが邪魔をする。
襲いかかろうにも、旦那さまは、本当は私よりお強いので、きれいに躱されて逃げられてしまう。模擬戦の時のように、手加減に見えない手加減をして捕まってくれても良いのにと思う。そうしたら、必ず言われるのだ。「おじーちゃんおばーちゃんになっても、ともにいたいのよ。」と。強く出れぬではないか。そんな未来見てみたい。
〜柿崎弥次郎side〜
東海探題様の奥方はこれほどにお強いのか。越後はこんな大物をみすみす他国に渡したのだな。どうにか匿って、越後にさえ、いてもらえていたら、女であることをどうにか隠して、いや男とか女とか関係ないか。この強さ、この戦略眼、この統率力、この立案力どれもこれも一級品だ。ご先代(晴景のこと)様と争いになっても、このお方を守るべきだったと悔やむ。そう、隣国に匿うだけのつもりだったのだ。いや、これを悔いても仕方ないな、東海探題様はそのご慧眼により、叔父上(駿河守のこと)が不遇に扱われていることを察知され、勧誘しただけだという。そこにたまたまこのお方がいたのだとも。
東海探題様は、これまでこのお方の力は使っておられなかった。それでも同じくらいの期間で四国を切り取られ、東海の雄(今川治部)と甲斐の若虎(武田大膳)を刈り取った。その翌年には関東を従えた。このお方が、越後入りした時のお言葉も、東海探題様から教わったという。あれには、肌が震えた。また、東海探題様の民は皆、季節に関わりなく笑っているという。おそらく、出会うべくして出会われたのだ。このお方と東海探題様は。
そして、東海探題様とこの方との間に、ご二男様かご三男様が生まれれば、長尾家を率いる棟梁にと仰せと聞いている。それまでに我らが担うのは、北陸(越後・越中・能登と加賀の一部)の平穏。一向宗対策には、坊丸教という最強の宗教がある。おっと、東海探題様には内緒じゃぞ。この宗教名を出すと、不快な顔をされると聞いておる。自身を神と思えという指導者が多い中、神と思われるのを嫌がるとはなんと謙虚なことか。それこそが、さらに信仰を集める力となっておるのやもな。
おおおお!加賀に一向宗対策の砦を幾つか造っておくと、聞いておったが、これは見渡す限りの壁ではないか!凄いのぉ。唐の国にある万里の長城を模しておるのか?手取川沿いに河口から山裾まで壁がある。んんん?手取川はこんなに深かったのか?こんなに深い川ならもっと有名であろう?何?!これも東海探題様の手の者が?!高く長い壁の前には深く広い川。ふむ。途中に何ヶ所かある板状のものが、橋になると。なるほど、川幅は城壁より広いが川中に橋の柱が沈んでいると?!日ノ本では見ないものよ。何?!南蛮の技術とな?!鉄砲にしても城壁作りにしても外国の優れたところを取り入れるとは、さすが東海探題様は違うのぉ。
大変申し訳ない。この話の前に第五話が抜けておりました。追加いたします2023/03/13